【1】照合
高砂と時東は、英刻院藍洲から貰った聖書を膝に乗せて、開いていた。
テーブルを挟んで向こう側には、レクス=ハーヴェストが座っている。
こちらは、テーブルの上に、英刻院藍洲から貰った聖書を置き、表をめくっている。
『
――創世記――
■1■聖書
現在――この世界では、黙示録が起きようとしている。
そう、言われていた。根拠は、聖書の記述との一致である。
正式名称は、『東方ヴェスゼスト派正統聖典』だ。
内容は、以下のものである。
【旧約聖書】
・創世記
・歴暦記
・詩篇
――まず主は、『光あれ』と言った。これはPSY知覚刺激による受容体刺激だと考えられている。続いて『光は言葉であった』これは、ESPによる意思疎通能力だと考えられている。最後に、『言葉は神であった』と続いて最初の三行は終わりだ。主がESPにより、全ての生体PSYを持つ、人間や動物に意思を伝えたという意味だと考えられている。無論これらは科学研究上のものであり、宗教院は、ただの言葉だという認識だ。
――英刻院藍洲』
皆、しばらくめくっていた。
その後、時東が、ザフィスのカルテを取り出した。
サイコメモリック石板に刻まれたZXのカルテである。
『
――最初に展開した台には、上部に五本の点滴を下げる金具が均等配置で並んでいた。その間の一箇所には、少し下から銀の曲がった金具がさらに上に伸び、五つよりも少し下にさらに二つの点滴パックを下げる場所があった。
それが右であり、それよりさらに下側の左にも似たような金具があり、こちらには一つ下げられる様子だ。まずはその一番上の五本。赤を少し薄めた点滴パック、緑を少し薄めた点滴パック、パッケージは普通の点滴パックのほぼ透明の僅かに白半透明のもので、チューブもそうだが、これはPSY復古医療製品の内容物完全状態保管可能パックだ。
』
こちらのザフィスのカルテは、何度か、映像で皆で眺めた。
最後は、高砂が小さく吹き出しながら、日記を投げた。
高砂が自分で書いた日記である。
『
ギルドとは、そういう場であり、ギルドが気にするようなこう、取り入る系じゃないし、逆にもっと話し合って俺達にもその面白い話を聞かせろな感覚で周囲も見守っていて、高砂は気分が良かった。
このようにして、十八歳になり議長が十六歳になった頃には、ロードクロサイト議長と右腕のシルヴァニアライム闇枢機卿は、暗黙の事実になっていて、その二人直属にハルベルト闇枢機卿が存在している体制が最大派閥で固定した。ハルベルト少年の二次性徴も終わり、彼は十四歳である。
万象院や匂宮を裏切る気などないが、ギルドは判明した結果として、様々な集団と重複加盟者も大量に居るし、特別三機関や民間人も大量にいるし、別にその時々で誰がどこにいっても誰も何にも言わない組織だったので、さっきまで雑談していた二名が、一時間後に闇猫と黒咲として殺し合いをして、お互い生き残った場合はそれには触れずにまた雑談再開という最高の組織だったのである。
』
それから三人は、昨夜もゼクスが見た夢――使徒ゼストの夢の映像の一部分を、PSY融合装置で、再生した。
「普通夢記憶痕跡を辿る場合、『使徒探し』『黙示録』『ゼスト映像』『旧世界滅亡』とかのキーワードでかける。その他にも本日の俺は、沢山ヒットしそうなワードとPSY色相を放ってる。だから間違いない。七つの大罪には絶対に対処しなきゃダメなんだからね」
使徒ゼストと思しき音声が響く。
――夢記憶痕跡。
最初に夢記憶痕跡を、時東とレクスが辿ったのは、オーウェン礼拝堂へと転移する直前だ。その時のやり取りを、どちらともなく思い出していた。
『王宮に行けと言われたんだな?』
『ああ』
『――王宮には、医療院置換システムが存在すると聞いている。今、医療院は逆に目立つかもしれん。王宮は逆に安全に思える』
『事実か?』
『ああ。ただ、ゼストの指示なら夢に痕跡があるかもしれないから測定後に移送しよう』
『頼んだ――このルシフェリア礼拝堂には、オーウェン礼拝堂への転送システムがあるそうで、オーウェン礼拝堂とは、王宮のことであるらしい。昔聞いたことがある』
この時だ。夢を時東が分析し、黒色のローブでレクスと共有した。
その後、時東は先日高砂と話した。
『さぁ? 時東は、医者をやったらいいんじゃないの? 俺こそ何したらいいのか不明だよ。だって、自分を守れって……なんかねぇ? 医者は人助けができるけど、俺は何するんだろうって思うんだけどむしろ。ただ、自分がそうだと自覚させられるような感覚に動揺するのはわかる』
『うん、とりあえず医者やるわ。うん――ところで高砂、最近お前は夢、見たか?』
『まぁねぇ』
三人は、その情報を共有してから、視線を交わした。
そして再び、ゼクスの夢の中の、ゼストの声を再生した。
「マインドクラックっていうのは、偽物の記憶や歴史を頭に刷り込まれるんだ。抜け出す手段は、絶対に本物だと確信できる記録を残しておいて、それと照合する事だけなんだ――だけど、それってすごく、難しいでしょう?」
そのまま――ゼクスの回答まで聞いた。
「――英刻院閣下が書いた聖書だったら、俺、信じても良い。ザフィス神父のカルテなみに正確に書いてありそう」
再生装置を切って、三人はまた顔を見合わせた。
今彼らの手元には、英刻院藍洲が記した聖書が三冊、各それぞれに、さらに時東は単独でザフィスのカルテ、高砂は誰よりも信じられる自分自身の日記を持っている。
現在彼らは、各個人では終えていたが――無事なギルドメンバー三名として、改めて照合中である。英刻院藍洲が自分達にこれを渡したのも、彼もギルドに入っているからだ。高砂の日記は、そもそも、高砂がマインドクラックに備えて設置しておいた防衛対策である。ザフィスのカルテのみ、偶然か否か不明だ。だが、信用できそうだと現時点で三名に判断されている。
「――ザフィスのカルテによると、ゼクスは、あそこまで深刻な病気ではない」
「「……」」
時東の声に、高砂とレクスがそれぞれ目を細めた。
それから大きく高砂が吐息する。
「俺の日記によると、ゼクス=ゼスペリアは、武力のない守られるべき一般人ではなく、幼少時から高い能力を持っていた――闇猫のリーダーで『白紙・空白・砂嵐』」
何度か頷いてから、レクスが背もたれに体を預けた。
「――まず、俺はクライス父上に非常に溺愛されている。それ以上に、クライス父上はアルト猊下にベタ惚れで、前回会った時も、二人でしばらく旅行に行くと言っていた。兄上と俺が実の兄弟だというのを、俺はもともと知っていた――はずなんだ。さらに兄上自身も自分がゼスペリア十九世だと知っていた。明らかに、現実と一致しない。法王猊下もあのように冷酷な方ではない」
それぞれが口にしてから、再び顔を見合わせる。
「「「……」」」
だが――だとすると、あの病人のゼクスは、偽物なのに使徒ゼストの夢を見ていることになる。さらに、偽物なのに、英刻院閣下達の怪我を治してしまうような祝詞を唱えられたということになる。一同は、首を傾げた。
「リスクを考えるならさ、やっぱりあの病人ゼクスは、偽ゼスペリアで、配布してくれた各種のアイテムは、俺達の自滅や自爆を誘うやっかいな品って……事……で、いい? 正直、でも、俺がもらったあれ、俺単独で黙示録起こせそうだった」
「……俺も、偽ゼスペリアだと思っていたら、どう考えても本物らしき、終末時計を渡されたから、非常に動揺した」
「――偽ゼスペリアの看病をした結果、使徒ルシフェリアの十字架を手に入れた」
「「……」」
「そんなことはありえない。あの病人の兄上は、確かに兄上なのだろう。おそらく、兄上自身が、マインドクラックされてしまっているんだ」
レクスの声に、高砂が首を傾げた。
「身体病状込みで? そんなことってできるの?」
「――できる。PSY-Otherの青の自己治癒能力を、逆に使う。常に病気のダメージを出す。外から見た場合、どちらも青過剰となる」
時東が頷いた。答えながら、それならば薬も効いただろうなと内心納得してもいた。
詐病じゃないのは明らかだったが、不安は当然あったのだ。
「一度かかった偽装記憶込みマインドクラックを解く方法――……」
レクスが呟くと、高砂が答えた。
「逆マインドクラックして、現実を流し込むのが一つ。もう一つは、絶対にありえないことを体験させて、マインドクラックだと気づかせることです。安全なのは、睡眠時に、こちらから新しく記憶偽装込みのマインドクラックを複数仕掛けて気づかせる事でしょうね。大体の入りは、『――というのは全て夢であり、本当のゼクスは』として始める形かな、と」
「ありえないこと……? 例えばなんだ? 兄上にとって、ありえないこと?」
「――今だったら、病弱を通り越して死にそうなゼスペリア十九世にはありえないことです。例えば、『病弱なゼスペリア十九世だったというのは全て夢で、今は生体兵器を単独討伐してきてボロボロ』という、前の現実に近づけた逆クラックを仕掛けて、その後ありえない――そうだな『そこへやってきた時東が、自分を聖娼婦にしよとした』とか」
「ありえないだろうが!」
「高砂先生、兄上ではなくロードクロサイト議長にとってありえないらしいが、良いのか?」
「ええ。まぁ」
「おい高砂……そういうことなら、『――というのは全て夢であり、そこへやってきた高砂中納言に孕まされた』だって通るんだろうな? ありえないだろう? ありえるとか言ったら、お前……」
「時東、主旨が変わってるような気がするけど……うん、ありえないんじゃないかな、さぁ? 俺、ゼクスじゃないから、ちょっと分からないかな」
高砂がひきつった顔をし、時東が目を細めている。
それを見て、レクスはこめかみに指を当てた。
「――まぁ、二人共、やってみてくれ。もう一つの問題を先に考えよう」
「「……」」
「誰がマインドクラックをしたのか――……こんな、王都全域を飲み込むような大規模なマインドクラックは、そう長くは続かない。宗教院には、被害が実は出ていないんだろう?」
「おう。ユクス猊下――ハルベルト副議長に連絡が取れて、逆にあちらからこちらに戻れないそうだ。宗教院関係者は、王都が危険なため、宗教院から一人も出ていないし、そこにクライス様もいて、アルト猊下と仲睦まじいらしい。法王猊下達もご無事だ。王都の新聞だけが誤報だ」
「――そういえばこのマインドクラック騒動、オーウェンの恩赦祝典で、誰も聖職者が見つからない前後から始まっているみたいだよね。明確にどこから始まってたのかは不明だけど。病弱設定なら、ゼクスは祝詞読めないし、コネある英刻院閣下・ラフ牧師・ザフィス様・銀朱様が倒れたね、こっち。旧宮殿の花王院陛下達は、避難だから宗教院同様こちらには来られなかっただろうし」
高砂が言うと、レクスが頷いた。
「宗教院関係者なら、黙示録風災害を起こしている連中の資料は閲覧可能だ。ゼスペリア十九世の居場所を知っている人間もいただろうな。それに、考えてみれば、この騒動から余計な連中が王宮に入り込んできたし、橘宮家も相続争いをしている――よし、その線で、俺は少し調べる。二人は、大至急兄上のマインドクラック対策を頼む」
こうして彼らは別れた。