【11】悪役ではなくなった悪役……。




このようにして、俺はスピア様と結婚した。
周囲は思いの外祝福してくれたし、カイツ殿下はまるで今までが嘘のように、優しく俺に接してくれて、祝辞を述べてくれた(スピア様が洗脳したらしい……)。
学園では、スピア様と同じクラスになり、机を並べている。
卒業式では、みんなに祝福された。

――それから、三年が経った。

俺は、今日はスピア様と湖を見に来た。
俺には料理が出来なかった。そのはずなのに、スピア様がある日、俺の頬を撫でながら何事か呟いた途端、俺は急に料理が出来るようになった。この頃には、俺はスピア様の力が本物だと認識していた。

スピア様が異世界人だと言うことは、宰相閣下と公主様は知っていたらしい。
何でも二人が召喚したという設定で、スピア様はこの地に来たらしいのだ。
思えば七歳で一目惚れされたと聞いたが、インターネットが広まったのはその頃だ。

今日は二人で手を繋いで、白鳥を眺めている。
それから俺は、静かにスピア様の横顔を窺った。まっすぐに水面を見ている。
ただいまでも俺は信じられない。スピア様は、本当に俺のことが好きなのだろうか?
俺の方は、好きだという思いがどんどん募っていく。
だけどこれが洗脳された結果だとしたらと、時折怖くもなる。ただ、そんなことはないと俺の直感は言う。俺はちゃんとスピア様のことが好きだ。

俺達は二十歳になった。今年は、スピア様の戴冠式だ。
結婚も、正式なものになる。だから俺も王妃として、様々な場所に顔を出すことになるのだ。今から緊張していたりする。

「何を考えているんだ?」
「べ、別に!何も!」
「当ててやる。俺のことだろう?」
「っ」

思わず俺は図星だったから赤面した。頬が熱い。実際そうだったので、ギュッとスピア様の手を握った。今でも喧嘩をすることは多い。だけどそんな日々がどうしようもなく大切だ。

「なぁジェイド」
「なんだ?」
「プロポーズ、まだちゃんとしてなかったからな」
「え?」
「俺は心底お前を愛してる。いつだってお前の手料理で朝を迎えたい。生涯俺と共にいてくれ。結婚、してくれ」

スピア様はそう言うと俺の手を取って、銀色の指輪を填めた。
思わずポカンとしていると、抱きしめられた。

「色々あったな。俺も若かったから肉欲が先行してた」
「……先行しすぎだった」
「ただなぁ、俺、まだ若いぞ」

ここ数年、俺達には、あまり肉体関係はなかった。驚いて顔を上げると、ニヤリとスピア様は笑っていた。

「結婚したら、覚悟しておけ」

その言葉に、俺は再び真っ赤になって俯いた。今ならば、スピア様の腕の中にいるのは悪くない気がしたからだ。だけど。スピア様は、すぐに堕ちる者は嫌いだと言っていた気がする。それに俺の体は本当に辛くなってしまう。スピア様は絶倫だ。

「その……優しくしてくれるか?」
「そう言う可愛い台詞、お前でも言えるんだな」
「う、うるさいな!」
「どっちのお前も俺は好きだけどな」

このようにして。
俺とスピア様の平穏な日々は始まった。


同時にそれは、俺の悪役道の終焉でもあった。これで、俺は満足している。
だからギュッとスピア様に抱きついて額を押しつけながら、思わず笑みを浮かべて、静かに目を伏せたのだった。

お伽噺で言うところの、めでたしめでたし、である。