【10】真実を知る悪役……。



「寂しかったか?」

週末。
実家で寝ていた俺の部屋に、なんとスピア様が入ってきた。
眠い目を擦った直後、俺の意識は覚醒した。何故ここにいるというのだ!

「……」

じりじりと俺は後退した。寝台の上で、壁にピタリと背を当てる

「俺は寂しかったぞ」
「随分と楽しそうなデート記事が載っておりましたが」
「嫉妬か?」
「嫉妬!?」

違う。断じて違う。
……ま、まぁちょっとは羨ましかった。俺達の間にはそう言う行為は存在しないからだ。有るのは肉体関係だ。しかし、しかしだ。俺は流石に自宅の自分の部屋では何もしたくない。

「何をしに来たんですか?」
「分かってるだろう?」
「ここでは嫌だ!」
「他なら良いのか?」
「そう言う意味じゃない!」
「俺……考えたんだけどな、お前ってもしかして性的に淡泊なのか?」
「は?」
「快楽堕ちを狙ってたんだけどな、どんどん嫌われていっていた気がして……実はカイツに何度も性的に誘われて、その苦痛が少し分かったんだ。もしかして悪いことをしていたんじゃないかと」
「その通りだ! 気づくのが遅い!」
「じゃあもっと穏やかなら、俺と結婚してくれるか?」
「そもそも何で結婚まで飛躍するんだ。俺は――……いやその別に!」
「なんだよ?」

仲の良い恋人になりたかったと口走りそうになって、そんな自分を殴ってやりたかった。
例えば俺は手を繋いでみたり、肉体的接触なら頬にキスされるくらいの関係が良かったのだと思う……我ながら純情だ……。

「俺は快楽でならお前を喜ばせてやる自信がある」
「そんな自信捨ててしまえ!」
「……でもな、考えてみると、他にどうすればお前を喜ばせられるか分からないんだ。お前は俺が何をしたら嬉しい?」
「別に! 不要だ! そもそも俺が好きになったのは、正義感溢れる……ち、違、言葉のあやだ。嫌いだ!」
「――へぇ。俺の上辺が好きって事か。じゃ、これからも正義の味方で居てやるよ」
「は?」
「誰もが理想の絵に描いたような優等生な俺が好きなんだろ」
「……何を言って……」
「俺は、疲れてるんだよ、ヒーローとかガラじゃないからな。だから正直、悪役なんて居なくなれと思ってた。そんな時、ネット小説に出会ったんだ」
「――へ?」
「そうしたら悪役と上手くいくキャラが沢山居た。だから俺も、お前と上手くやれるかと期待したんだ。お前がいっつも魔導書を開いてたから気になって、読み始めたんだよ」
「……そ、それで?」
「なのに上手くいかない。お前、悪役だろ? それも、周りに強制されてる悪役。根は良い奴」
「お、俺は本当に、平民差別を――」
「俺は嘘だってもう分かってる。宰相との話を聞いてたって言っただろ」
「だけど、やっていたことは事実だし、これからだって……」
「お前のために正義の味方でいてやっても良い。けどな、別の案もあるんだ」
「別の案?」
「俺が悪役になる。と言うか、そっちが俺の本心だ。差別はどうかと思うけどな、俺は俺に逆らう人間は嫌いだ」
「え」
「どうせ絶対王政だ。別に今からそれを実行したって良いんだよ」
「ちょ、ちょっと待て。じゃあ学園の平和は誰が守るんだ?」
「本当はお前が守りたいんだろ? だったらお前がやれば?」
「無理があるだろうが!」
「けど、俺が悪役になれば、正義の味方になったお前とフラグをたてられる気がする」
「待て、考え直せ。俺と貴公の間にフラグはない!」
「お前が手に入らないんならどうでも良いとこの一週間で改めて思った。カイツといてもお前のことしか考えてなかった。お前のことを連れてくれば良かったとしか思わなかった」
「だ、だったら、連れてってくれればいいだろう」
「着いてきてくれるのか?」
「そ、それは……その……」
「ルイザに聞いた。お前、記事見ても顔色一つ変えなかったんだろ。嫉妬もしないし。俺に興味ないんだろ?」
「ち、違う! 待て、そういう事じゃ……」
「じゃあ俺の側にいてくれるか?」
「それは無理だ」
「お前の言葉を聞いて、公主様とも話し合ったけどな、お家断絶なんてしないと誓う。お前の兄の出世も確約する。これまでもそうだったって聞いたぞ。だからお前が悪役をしてたって。お前はやりたくもない悪役をやってたんじゃないのか? 俺がやりたくもないヒーローの外面をとりつくっていたみたいに。俺は本当はゲスいんだよ」

俺はポカンとした。確かにスピア様の俺に対する行動はゲスい。クズっぽい。
それに――演じることが疲れるというのは、俺もよく分かっている。

「俺は、本当の俺を分かってくれる癒しが欲しかったんだ」
「俺には癒せないぞ」
「いいや。側にいてくれるだけでホッとする。いつも悪役してるお前を見て、俺は安堵してた。お前という存在が居なければ俺は成立しなかったと今なら分かる」

スピア様が歩み寄ってきた。俺は思わずシーツをギュッと掴んで狼狽えた。

「もう止めにしないか?」
「それじゃあ学園のみんなが納得しないだろう」
「学園ではヒーローをするさ。二人だけの時だけは、お互い本心で話したい」
「でも、俺を躾るってあれほど……」
「躾る必要がないと分かったからな。それに――基本的には、単純にお前を抱きたかっただけだし」
「っ、な、なんで俺を……」
「ルイザが全部暴露したって聞いたぞ。一目惚れしてから、ずっと好きだった。何か気になって仕方がなかったんだ。正直容姿が好きだ。だから性処理にと思った。ただいまでは、なんだか違うと気づいた。カイツと過ごしていた時間の中で、俺はカイツじゃなくてお前の笑顔を見てみたいと思ったんだ。思い返せば、俺に対してお前が笑顔を向けてくれたことはないからな。どうしたら笑ってくれる? 嫌味な笑いは除外して」

俺をスピア様がのぞき込んできた。その真剣な眼差しに、飲み込んだ息が喉で凍り付いた気がした。そこにいつもの意地の悪い笑みはない。かといってヒーローらしい笑みもない。真剣なその眼差しに、体が震えた。

――これは、本心なのだろうか?

だとすれば、俺達は両思いだと言うことになる。

「好きだ、ジェイド」
「俺も……好きだ」

唐突な告白に、胸がドクンと脈打った時には、俺は反射的に口にしていた。
そうしたら――ニヤリとやはり意地の悪い表情にスピア様が変わった。

「なぁんだ。だろうとは思ってたけどな」
「!」
「やっぱり俺が失恋するっておかしいからな。何せ俺は、”主人公”なんだから」
「え?」
「ネット小説にあっただろ? お前は、悪役転生が好きだ。だろ? で、だ。俺は、俺TUEEEが好きなんだよ。チョロインチーレム大歓迎。本当なら、俺が手を出したらみんな奴隷化する予定だったんだけどな。まさかここまで粘られるとはな」
「ど、どういう意味だ?」
「この世界が魔術でネットを見られるようになったように、科学世界からもこちらの世界に来られるようになってるんだよ」
「は……?」
「それもあちらでは、自分だけの世界に行ける。異世界トリップだ。ネットに散々あるだろ?」
「あ、あるけど……え?」
「俺は、俺という主人公最強の世界を選んでやってきた異世界人だ」
「な、嘘だろ?」
「本当だ。だから本来、俺にとっての登場人物のお前達は俺には逆らえないんだよ。そして俺をたてる悪役だとか、右腕――親友だとか、俺がすぐに超えるレベルの師匠とかが、この世界には出来た」
「そんなはずが……」
「お前らは俺が作った異世界の登場人物なんだよ」
「!」
「まさか、本人達が画策してその立ち位置を選んでるとは思ってなかったけどな」

言葉を無くした俺は、じっとスピア様を見上げた。
じゃあ、ということは、俺は本当に、悪役転生みたいに……? 悪役を演じていて……?
だけどそれはスピア様の望んだ世界で……?

「だけどお前は、チョロく俺には堕ちないし、奴隷にもならない。快楽調教してもだ」
「何を言っているのか理解できない」
「それでも俺はお前に恋をした。この気持ちは変えられない」
「……――じゃあ、いつかはスピア様は元の世界に帰るのか?」
「いいや。星の数ほど異世界転移を選んだ人間はいるけどな、皆帰れないことは承知で自分たちだけの世界を作り上げたんだ。作り上げたというか、そう言う世界が一人一人に存在してたんだよな。そもそも魔術の世界にインターネットがあるっておかしいだろ?」

俺は言葉を失った。突然こんな告白をされても、理解が追いつかない。
じゃあ、なんだ? 俺は、架空の人物なのか? それとは違うのか。スピア様は異世界トリップと言っていたから、自分の理想の世界に来ただけで、俺達は確かにそこに生きていたのだとは思う。

「だから俺は、”力”を使えば、お前を洗脳することも出来る」
「そんな……」
「でも俺はそうはしたくない。お前のことが好きだからだ」
「……俺も……その……好きだ」

混乱していたこともあり、俺は再度本心を繰り返してしまった。

「だったら、正式に俺と結婚してくれ。もう側妃にはしない。正妃として」
「待ってくれ、カイツ殿下はどうするんだ?」
「一夫多妻制を廃止する」
「え」
「あの後宮はお前だけのものにする。実際塔自体は、元々お前のために建てたんだし」
「歴史が古いって話しじゃ……」
「俺には時間操作ができる。記憶の改ざんもな」
「じゃあ俺の記憶は……?」
「民衆の記憶を弄るほどは暇じゃない。けどな――……俺との結婚を承諾しないんなら、お前が俺を好きになるように改ざんすることは出来る」
「そ、そんなことしたら、大嫌いになるからな!」
「ああ。改ざんしたら、お前は今のお前じゃなくなるから、そんなことはしない。俺は今のままのお前が好きだ」

そう言うと寝台の上に載ってきたスピア様に抱きしめられた。
力強い温もりに、鼓動がドクンと音を立てる。

「だからちゃんと俺と結婚してくれ」

俺は、何を言えばいいのか分からなかった。ただ、スピア様の側にいたいと思った。
やっぱり好きだからだ。

「本当にお家取りつぶしは無しなんだな?」
「お前がそれを望むならな」
「兄の出世も約束してくれるんだな?」
「いいぞ。お前、家族思いだよな」
「……そう言うことなら……結婚……してもいい」

呟くように告げると、優しいキスをされたのだった。