【番外編】魔術師の緊張!★
黒い森へと戻ってきてから、一週間が経過した。
送ってきてくれた日に一泊してから、帰り際にサフは、『またじきに来るから魔法陣は残しておいてくれ』と言っていた。別段消す理由も無かったし、俺だって王都にたまには遊びに出かけたいと思っていたから、転移用魔法陣はそのまま残してある。決してサフのために残してあるわけではない。
だから別段、魔法陣のある部屋を、毎日毎日見に行くことにだって、特に理由はない。
毎日数時間おきに見に行くのは、俺にとってその魔法陣が未知のものだから、興味を惹かれて観察しに行ってしまうだけなのだ。
「はぁ……って、そんなわけないよな……ははは」
俺は自分自身につっこみを入れながら、アップルパイを作っていた。
何時サフがやってきても良いように――だなんて認めたくはないが、何故なのか、黒い森の我が家に帰宅して以来毎日俺は、アップルパイを作っている。サフがアップルパイを好きだと教えてくれた奴は、本当余計なことをしてくれたものだと思う。
送ってくれた日にサフが、第二騎士団のみんなからの差し入れだと言って、卵・ハム・干し貝や、林檎などの各種果物、アスパラなどの各種野菜を大量にくれたのである。一週間はもつだろうし、ジャムなどにすれば暫くは、これまでの百五十年間よりは随分と贅沢な食生活が送れそうだった。
「何の話だ?」
そこへ背後から声がかかり、俺は思わず動きを止めた。
アップルパイをオーブンに入れようとした体勢のまま、硬直した。
後は焼くだけだ。
――間違いなく、サフの声がしたと思った。
だが、ついに幻聴まで聞こえてきたのかと思うと、どんだけ俺は会いたがっているんだよと悶えそうになり、そして振り返って誰もいないことを確認してしまうのも怖くて、次の行動に移れない。
「アップルパイを作っているのか?」
しかし背後から肩越しにのぞき込まれて、俺は瞬間的に赤面した。
何か言おうとしたが、唇が震えるだけで、言葉にならない。
「な、なんで……ここに?」
「また来ると言っただろう」
背後に立たれた気配なんて全くなかったが、サフは気配を殺すことが得意そうだから、仕方がないのかも知れない。寧ろ俺が気にするべき所は、魔法陣が起動していたことに気がつかなかったことだ。
いくら新しい魔術だからといって、身近で動いた魔術の気配に気づかないなんて、俺も鈍ってしまったものである。これじゃあ後進指導なんて、ふんぞり返って出来はしない。
「さっさとオーブンにパイを入れて、こちらを向け」
「あ、ああ」
小刻みに頷いて、言われるがままに俺は、アップルパイを焼き始めた。
それからゆっくりと唾液を嚥下してから、振り返る。
そこには、確かにサフが立っていた。
首元を緩めながら、騎士の正装の上着を脱いでいる。
そうしながらサフは、金色の瞳で、俺を見ていた。別に笑っているわけでも怒っているわけでもない、普通の表情で。だけど俺は、サフの顔を見たくて仕方がなかったんだと、ハッキリと自覚してしまった。男相手に、見惚れる――なんて、馬鹿馬鹿しい。
「少し寝台を貸してくれ。非番前の夜勤明けで、無性に寝たいんだ」
「わ、分かった……その、疲――……」
……――疲れているのに、来てくれたのか……?
と言おうと思ったが、羞恥に駆られた俺は、踵を返して、ベッドを目指した。
「ああ。その前に、久しぶりにこの森の空気が吸いたい」
「久しぶりって、たった一週間前に来たばっかりだろ」
「たった一週間、か」
扉の側へとサフが向かう。
俺はベッドの上のシーツを整えてから、彼の隣へと向かった。
サフの隣に立つと、良い香りがした。サフって、いつもこんなに良い匂いかしているのだったか。今まで意識した事など全く無かったため、俺は何を考えているのだろうと、自分を制することに必死になった。
サフが扉を開ける。
俺が外に出ていないこともあって、今日の森はそれなりに良い天気だ。
「外に出ないのか、サフ」
動かないサフを見上げようとすると、唐突に背を押された。
「え」
足が縺れて、俺はそのまま、玄関から外へと出てしまった。
芝を踏んだ瞬間、空を見上げる前に俺は、集中豪雨に襲われた。
急にサフが来たせいで緊張していて大荒れだった俺の心を象徴するように、晴れているにも関わらず、滝のように大粒の雨が、俺の真上から落ちてきたのだ。
慌てて扉の内側まで戻ったが、俺はずぶ濡れである。
「なにするんだよ!」
「別に。それより、風呂に入ってきた方が良いんじゃないか、風邪を引くぞ」
「誰のせいだよ……」
「さっさと入ってこい。俺は、横になっている」
濡れ鼠になった俺を残して、サフは入り口脇の雨合羽掛けに上着を掛けると、さっさとベッドの方へと歩いていった。
――なんだと言うんだ、この仕打ちは。別にって何だよ、本当。
一人で緊張していた俺が馬鹿みたいだ。
なんだかふてくされた気分になりながら、俺は浴室へと向かった。
湯船にお湯をはるのは面倒だった――というか、一応客人がいるわけでもあるし、俺はシャワーで済ませることにする。脱衣所に着替えのヘンリーネックのTシャツと、黒いボトムスを用意して、浴室へと入る。
なんだろう、一週間前の出来事は、やはり俺の思い違いだったのか。
単純にサフは、マジェスティあたりの命令で、俺の様子を見に来ただけなのかも知れない。
そう考えながら熱いシャワーを浴び、髪と体を濡らしていく。
毎朝シャワーを浴びるときの流れ通り、髪を洗った後、続いてボディソープに手を伸ばそうとして、俺は、しかし息を飲んだ。
――思い違いにしろ、仮にそうであるにしろ……も、もしかしたら、
何かの拍子に偶然間違いが起こって、サフとまた、何というか、そう言うことをすることになるかも知れない。
可能性は否定できないし、すべきではない、ありとあらゆる可能性を考えるのは魔術師の基本姿勢だ。
勝手に一人で赤面した俺は……念入りに、自分の体、下半身、特に息子を念入りに洗ってしまった。何やってるんだろう、恥ずかしい。
ふかふかのタオルで体を拭き、着替えてから部屋へと戻って、俺は更に恥ずかしさが増した。寝台では足を伸ばして、腕を組み、サフが目を閉じていたからだ。
俺の考えすぎ!
大体、疲れていて無性に寝たいと言っていたのだから、そりゃあ寝ていて当然だ。
起こさないように気を配りながら、歩み寄ってみる。
すると穏やかな寝息が聞こえてきた。
「疲れてるんだな……」
何せ、騎士団長なのだし、日々の仕事も大変だろう。
夜勤明けなら尚更だろうなと思いながら、サフの顔をのぞき込む。
思ったよりも長いまつげをしていた。寝顔を見るのは、初めてだ。
俺は両腕を寝台につき、まじまじと整っているサフの顔を観察する。
少しだけ眉間に皺が寄っている。
「……起きるなよ」
思わず呟いてから、俺は顔を更に近づけてみた。
自身の鼓動がいやに耳について、体が強ばる。
ええい、勢いだ!
俺はきつく目を閉じて、ゆっくりと、サフの唇に、自身の口を重ねてみた。
温かくて、薄いけれど柔らかい。
触れたのは一瞬で、本当に触れるだけのキスだったが、俺はそんな自分の行動に、なんだか満足していたし、それが精一杯だった。深呼吸して気を静めようとしながら、うっすらと瞼を開く――そして目を見開いた。伏せられていたはずの金色の瞳が、こちらを眺めていたからだ。
ほぼ同時に、後頭部をサフの大きな掌が抑えたため、それ以上距離を取れなくなる。
「あ」
慌てて何か言おうと思い口を開いた俺。その唇の中へと、サフの舌が入ってきた。
思わずきつく目を伏せる。
「っ」
逃れようとする舌を絡め取られ、それから強く吸われた。気づくと俺の舌は引きずり出されていて――
「んっ」
サフに甘噛みされた。衝撃に驚いて、肩が跳ねる。しかし甘い疼きが広がるだけで、痛みは無かった。
「はっ……ッ」
唇が離れても、暫く唾液が糸を引いていた。目を開いてそれを確認すると、無性に恥ずかしくなった。
「寝込みを襲う趣味があったとは知りませんでしたよ、ソーマ様」
わざとらしくそう言ってサフが笑った。
「違っ!! 大体お前起きてただろ!」
「ああ。横になるとは言ったが別に、睡眠をとっているとは言っていない」
「普通は同じ意味だ――……っ、なんで寝たふりなんか……」
「貴様がどういう反応をするのか気になっただけだ」
「満足したか!?」
俺が唇をとがらせると、面白そうに目を伏せて、サフが喉で笑った。
「ああ。満足した――未だ足りんがな」
そう言ってサフが俺の腕を掴んで引き寄せた。体勢を崩した俺を、半身を起こしたサフが抱き留める。ベッドの上で背後から抱きかかえられる形になり、俺は狼狽えた。
「――思わず口づけるほど、俺に会いたかったのか?」
「なッ、そんなんじゃ――」
「俺は――……会いたかったぞ。この一週間があまりにも長すぎて、気が狂いそうだった」
サフが俺を抱きしめる腕に力を込め、耳元で囁くように言う。
率直にそんな風に言われて、俺は自分でもハッキリと自覚できるほどに、赤くなった。サフと出会ってからの俺は、まるで赤面症になってしまったかのようだ。
「貴様にとっては、たった一週間なのかも知れないけどな」
サフの唇が、後ろから俺の首筋に降りた。
吸い付かれ、体が震える。
「俺……も、――んッ、ぁ……っ!!」
必死で、俺だって会いたかったのだと言おうとしたら、痛いくらいに強く吸われた。
「今日は随分と素直だな」
「……」
「肌が白いから、痕がくっきりと映える」
「痕!? は? キスマークなんかつけんなよ!!」
「見られては困る相手でもいるのか?」
「いないけどさ!」
我ながらすがすがしいほど寂しい回答をしてしまったことに、なんだか情けなくなった。
俺の言葉に吹き出しているサフが、また何とも酷である。
「!」
ずれた思考が引き戻されたのは、サフの両手の指先が、俺のそれぞれの胸の突起を、服の上から撫でた瞬間だった。布の上から、擽るように撫でられて、俺は動揺した。
「サ、サフ……ちょ、ちょっと……」
「なんだ?」
「……止めろ」
「嫌か?」
「……お前、疲れてるんだろ? 寝たいって」
「嫌じゃないんだな」
「え、あ」
「嫌じゃないんだろ?」
「っ、それより、お前疲れてるんだろ? さっさと寝ろ!!」
「俺の質問に答えろ。嫌じゃないんなら何も問題はないよな? それに俺が寝たいと言ったのは、貴様と寝たい――ソーマを抱きたいって意味だ」
「え……」
呆気にとられると同時に、恥ずかしさが勝って、何も言えなくなった。
「触れたくて触れたくて仕方がなかった」
シャツの下へと手を潜り込ませ、それぞれの乳頭を撫でながら、サフが耳元で囁く。そのまま舌が、左耳の中へと入ってきて、水音が俺の聴覚を支配した。初めての感覚に、ゾクリと背筋が震える。
「うッ……はぁ……んん」
耳から響く音は、ただひたすら羞恥を煽る。反対に、こちらもまた未経験な程に優しく撫でられ続けている胸は、なんだかよくわからないが、俺に曖昧な熱をもたらした。
「ぁ……ぁ……っ……」
穏やかな指先の感覚に、瞬きをしながら、大きく息を吐く。
俺の耳元から口を離したサフが、楽しそうな顔で俺をのぞき込んでくる。
「どんな気分だ?」
「よく、わかんない……っ……」
「息が上がっているぞ」
「……そんなこと言われても」
「だが、いつもより大人しいな」
「は?」
「酒が入っていないからか。まだ、緊張しているみたいだな」
「……え……そ、そうなのかな……?」
「煩いほど散々喘いでいる貴様を見ているのも好きだけどな。口を塞いで黙らせてやりたくなる」
「これまではサフが性急だったから、なんか色々と俺ついて行けなくて、声が出てたのかも知れないぞ」
恥ずかしくなったので思わずサフを睨んで嫌みを言ってみると、余裕たっぷりといった表情の中に意地の悪い瞳を浮かべて、彼は頷いた。
「今日は時間がたっぷりある。何せ明日いっぱい非番だからな。嫌という程優しく丁寧にしてやる」
「べ、別に良い。普通で」
「普通?」
会話をしながらも、俺の胸を触るサフの指先は、羽を撫でるように軽い刺激を与えながら、緩慢な動作を繰り返す。
「普通、か」
「ひッ、ン――っァ!」
突然サフが、両方の胸の突起を、同時に摘んだ。
その瞬間、今までに感じたことがないほどの疼きが、胸から体の奥深くまでにしみこんでいった。
「ぁ、ぁ……っ、フぁ……ッ」
少し力を込めて胸の飾りを弄んだ後、再びサフの指先からは力が抜けた。
またゆるゆると本当に触れるだけといった調子で、撫でられる。
しかし一度火が付いたように熱くなった体には、その刺激が――辛かった。
「っ、ふ、ァ――……ッ、ン」
息を吐く度に、それが熱っぽくなってしまうのが分かる。
「……ッ……」
多分、もどかしいのだと思う。
「サ、サフ、もう止め――」
「貴様に触りたくて仕方がなかったと言っただろう?」
「……な、なぁ、サフ……!」
気づくといつの間にか、腰が震え始めていた。寝台の上に座っている太股も動揺だ。
「――いや、いやだ……ッ! も、もう止め……ぅア! ン、あ、あ、ああっ!」
首を振りながら縋り付くように夢中で言うと、またきつく胸を摘まれた。
「ん、ん、ん……ああッ……ふぁ……や、やぁ」
「普通にして良いんだろう? 俺の普通通り――好きなように」
「だ、だめ、だめだッ!」
楽しそうなサフの声に、慌てて俺は声を上げた。
サフの好きなようにされるというのは、何となく本能的に嫌な予感を覚えた。
「や、優しく……丁寧にしてくれるんだろ? お願いだから」
羞恥から小さな声で俺は言った。というか、なんだよ優しく丁寧にって。
「……煽っているのか?」
「は?」
「……真っ赤な顔をして、涙を浮かべて? それで、だ。そんな風に上目遣いに可愛くお願いされたら、理性が持たない」
変態が此処にいると俺は思った。俺が一体いつ可愛くお願いなどしたというのだ!
上目遣いも何も、そんなものは単なる身長差の問題にすぎない。
そもそもサフには最初から理性なんて無かった気がするのだが、それは俺の気のせいなのだろうか?
「まぁソーマがそれを望むのなら、な」
唇の片端を持ち上げて笑ってから、穏やかな顔でサフが目を伏せる。
「起ってる」
「っ」
指摘され、俺は自覚したくなかったことに、嫌でも気づかされた。
胸から離れたサフの左腕が、しっかりと俺の腰を抱きかかえる。
厚い胸板を背中に実感して、気恥ずかしくなる。
「ひゃッ」
もう一方の右手で、覆うようにボトムスの上から自身を掴まれた。
「ァ」
骨張った大きな手が、ゆるゆると陰茎を撫で上げる度に、俺のそれは硬度を増していく。
常時剣を握っているせいで、分厚く硬くなっているサフの掌の感触。
ダイレクトとは言い難いが、刺激を与えられ、今度こそ体が完全にもどかしくなった。腰を動かして、すりつけたくすらなる。だが恥ずかしいから、最初こそ我慢していた。しかしすぐに堪えられなくなった。だというのに――
「ぁ、あ……うッ……!」
揺れそうになる腰は、しっかりとサフに抑えられているため、動かせない。
もどかしい熱だけが中心に集まってきて、背筋を熱が這い上がる。
「あ、嫌……っ」
「嫌だ嫌だとそればかりだな、いい加減傷つくぞ」
「な、ぁ……くッ――ぅあ」
「気持ちいいんだろう? そう言え」
「ん、ぅ――……」
頬に熱が集まる。実際、気持ち良かった。だがそれを言葉にするのは、躊躇われる。
「言わないなら、ずっとこのままだ。続きもしない」
「気持ちいいです」
俺は反射的にそう口走っていた。嗚呼、俺って、どうやら気持ち良いのに弱いみたいだ。
「これからも素直にそう言え。良いな?」
幼子を諭すように言うサフに向かって、俺は何度も何度も頷く。
「染みになったな」
「っ!」
続いて聞こえてきた声に、恐る恐るボトムスを見れば、確かにそこは湿ったようで色が濃くなっていた。呆然としていると、サフに下衣と下着を脱がされた。
「わっ」
そして後ろから押されて、両手をベッドの上につく。顔の真正面に、シーツがあった。
「良い眺めだな」
「ちょ、やめろよ!」
下腹部を丸出しにする形で、猫のような姿勢になった俺の秘部を、まじまじとサフが見ている。――何が良い眺めだ! 実年齢は兎も角、俺よりよっぽど親父臭い。抗議を込めてからかってやろうと口を開こうとした俺は、しかし直後に目を見開いた。
「ひッ、ぅ、あ、あ、何」
湿った堅いものが、後穴をつついたのだ。
息を飲んで、続く感触に堪えながら、それがサフの舌先だと理解した。
「んぅ……ぁ、はっ……うう」
まるで襞の一つ一つを舐め解すように、丹念に舌先が動く。
くすぐったさと違和感に身がすくむ。
「逃げるな。腰が引けてるぞ」
口を離して喉で笑い、そう言った後、再びヌメヌメとサフが舌を動かし始める。
「ぁ……ン――!」
中へと舌を差し込まれて、体が震えた。
緩やかに抜き差しされ、思わずきつく歯を噛む。
「き、汚っ」
俺がそう言って体を遠ざけようとしても、しっかりと腰を掴んだサフの手は離れない。
それから暫く、舌先で中を解された。
「はっ、ふぁ……」
漸く開放されて肩で息をすると、その瞬間、今度は指が入ってきた。
「!」
「じっくり丁寧に優しく慣らしてやる――嫌と言うほどな」
「ぁ、ぁ、ぁ」
入り口からすぐの所で、確認するように中の壁を撫でられた。
小さな動きで抜き差しされ、くちゅくちゅと卑猥な音が周囲に響く。
「んっ」
涙が浮かんできたので、思わずシーツをきつく握った。
指は次第に深くまで進み、そして中で止まった。
「あ……っ! あ、ァ、んぁッ……う……」
その指が小刻みに揺れる。まるで中をかき回されているような感覚だ。
与えられる刺激が体に快感をもたらす。
俺の太股が震え、先端からは先走りの液が垂れ始めていた。
しかし決定的な快楽は与えられない。
「あ、あ、あっ……ん、ぁやだ」
「また嫌だ、か」
「だ、だって……いやなんだよ、なぁ、サフ……っ、も、もっとぉ……」
俺は堪えきれなくなって、思わず口にした。
「まだ駄目だ。もう少し、全体を慣らした方が良い」
「うっ、ぁ、やだぁッ……ふ、ぁ……」
「――そんなに此処を触って欲しいのか?」
「! い、ぁ、あ!! ンッ!」
唐突に内部の感じる場所を直接的に刺激され、体に力が入った。
「本当に此処が好きみたいだな」
「……」
答えられないでいると二本目の指が入ってきたため、目を見開いた。
「あ、あ、あン――っ、ぅあ!」
「……もう少し背をそらせてみろ。もっと気持ちよくしてやるから」
「ん、ふぁ……」
言われるがままに背をそらせながら瞬きすると、涙がこぼれてきた。
「良い子だな」
「ぁ……ッ! ひ、ァ!」
二本になった指が、再び浅い抜き差しを繰り返し始めた。
しかしその刺激が、今度は奥まで届くようになり、感じる場所にも少しだけ響いてくる。
「未だきついな……腰が揺れてるぞ」
「う、ぁ……は……はっ」
無意識に、指を感じる場所へと誘導しようとするように、腰が蠢くのを止められない。
「や、やだもう、あ、あ……――! サフっ」
「なんだ?」
「え、はぁ、……ぁ……っ――ッ、!」
指の動きが不意に止まる。しかし俺の腰の動きは止まらない。
「あ、あ、あ――ッ、んぁ……駄目だ、駄目、俺、俺――……」
ゾクゾクと背筋をもどかしさが這い上がってくる。
体が熱い。
「駄目? もうぐちゃぐちゃじゃないか。蕩けてる。何が駄目なんだ?」
「ンあ――!!」
急に激しく、深く浅く指を抜き差しされ、俺は思わず目を見開いて声を上げた。
――もうちょっとだけ、もう少しだけ、右側を……
「右側? ここだろ?」
「え、あ、うあ、ああああ!」
俺はいつの間にか、感じるがままに望みを口走っていたようで、楽しそうに笑ったサフの手で、ある箇所を突き上げられていた。
「これが気持ち良いんだろ?」
「っ、……ふ……ぁ、あ」
声が震える。
「言え」
「気持ち、良い……気持ちいいよ……ッ!! ひぁッ」
俺が叫ぶと、逆側のサフの手が、俺の陰茎を握った。そちらをゆるゆると扱かれ始め、もう膝を立てていられなくなって、ベッドに突っ伏した。
体に力が入らなくなって、ただ秘所だけをサフの前に晒している情けのない状態だ。
だけどそんなことを、最早自覚できなくなっていた。
再びサフの指の動きが鈍くなり、前も後ろももどかしくて、涙が止めどなく出てくる。
「う、ぁ、嫌、嫌だ、ああああっ……も、もう、止め……」
「止めるわけにはいかないな。丁寧にして欲しいとお願いされた以上は」
「も、もういいからっ……! いいからぁッ!」
「いいからなんだ?」
「え……」
霞がかった思考を鮮明にしようと、俺は何度も瞬きをする。
「今日は嬉しかったんだ。俺からしか口づけをしたことがなかったのに、まさかソーマからしてもらえるとはな」
「う、ファッ……んんん」
「貴様に求められたいと望むのは、俺の贅沢か?」
その言葉の意味を必死で理解した俺は、息継ぎだけでも必死だったが、思わず笑ってしまった。――俺はきっと、上手く言えないけど、サフのことを求めている。そうじゃなかったら、あんなに緊張したり、意識したり、シャワーを浴びながら一人で恥ずかしがったりしない。
「俺、は……サフの事、好き……だ」
「っ」
「サフが、欲しい……多分、――! あ、あ!! う、うぁ、あ、あああああ!」
俺が漸く絞り出した言葉が終わった直後、圧倒的な質感を持った熱が、中へと入り込んできた。
「最後の多分が、余計だ馬鹿」
「ううぁ、や、は、大きっ……う……!」
「もう優しくも丁寧にも出来ない、限界だ、どれだけ自制していたと思っているんだ俺が」
「あ、あ」
後ろから貫かれ、腰を掴まれ、ガクガクと揺らされる。
激しく突かれる度に、視界が白く染まる。
「無、無理だ、ぁ、あああああ! ん、ァッ、や、サフ、サフ!」
深く腰を進められ、息が出来なくなる。
シーツを掴む余裕さえ消えて、衝撃を支えることだけで、手が精一杯になった。
「ふ、ぁッ――ンっ」
唐突に体位を変えられ、俺は気づくと仰向けになり、正面からサフを見上げていた。
「あ、あああっ、ぅあ、ん、ン――や、やだ……違、良い……気持ちいい! っく!?」
俺の言葉の最中に、サフの男根の硬度が増した。
しかし動きが止まる。
「あ、あ……ぁ、あ……っぅ、ぁ、なんでっ」
「悪い、持ってかれるかと思った」
意味が分からなくて、涙で歪む瞳で、サフを見上げた。
するとどこか苦しそうで切なそうな顔をしていたサフが、フッと穏やかに笑った。
「――愛している」
「え、あ……ッ!! うあ」
「好きだ、ソーマ」
そう言ってサフが、俺に深く口づけた。
その感触にすら、体の熱が煽られて、苦しくてたまらなくなる。
「あ、んぁ、うッ……あ、んぁっ……も、もう……俺……ぁ、はぁッ」
口が離れた瞬間、俺はサフにしがみついていた。
「ン、ア――!!」
再び激しく動き出され、俺は目を見開いて、声を上げた。
「も、もうイッ……ぁ」
「俺もだ、イって良いか?」
「ふ、ぁ、ア――っ、ンあ――!!」
そのまま激しく腰を打ち付けられると同時に、陰茎を撫でられ、俺はイった。
サフもまた達したようだった。
しばらくぼんやりと、ベッドの上に、俺は横になっていた。
サフの腕に頭を預けていると、不意に彼がこちらをじっと見ていることに気がついた。
「……サフってさ」
「なんだ?」
「俺のこと、好きだったのか?」
「何を今更……何度も、伝えたつもりだったんだがな」
「……そっか。うん、そうか」
なんだか苦笑が浮かんできたから、俺は目を伏せた。
「俺、頭悪いからハッキリ言ってもらえないとわからねぇんだよ。ま、ハッキリ言ってもらっても、信じられるかって言われると別だけどな」
「俺の気持ちを疑っているのか?」
「……なんていうか」
「伝わっていなかったのだとすれば、確かに明確に言わなかった俺が悪い。だが、現在悪いのは、俺の言葉を信じられない貴様だ」
不機嫌そうにサフはそう言うと、俺の体を抱き寄せた。
「ソーマ。俺は、気の利いたことを言える訳じゃない。それでもな、何度でも、これだけは言う。言える。好きだ。ずっと側にいたい。片時も離れたくない。それこそ――たった一週間を堪えることに、躍起になるほどにだった。長い時を生きてきた貴様からすれば、瞬きする程度の時間に過ぎないのかも知れないが」
「俺もこの一週間、長かったよ。こんなにその……大切だって、思ったのなんて、初めてだから、どうして良いのか良くわかんないけどな」
サフの胸に顔を預けて、俺は呟いた。
「無理にでも王都に連れ戻して毎日見ていたい、そんな思いと、他の誰にもソーマを渡したくないから、この家で俺以外と会わない日々を送って欲しいって言う、おかしな葛藤が俺にはあった。我ながら、どうかしているな」
「どうかしてるのは、確実に俺だ。サフが来ないかな来ないかなって考えて、一日に何度も魔法陣見に行って。あげくには、俺が行こうかなんて思ってた。だけど勇気無かったし。馬鹿みたいだよな」
俺が苦笑すると、サフが、髪の毛を撫でてくれた。
「毎日毎日、サフが来たときのためにアップルパイ焼いてたんだぜ? 馬鹿だろ、俺」
空笑いした俺は、そこでハッと気がついた。
「あ……!」
オーブンに、アップルパイが入れっぱなしだった。
絶対に焦げている。
慌てて起き上がろうとしたが、サフの腕の力が強くて体が動かない。
「離せ、アップルパイが――!」
「食物を無駄にするのは良くないが、リンゴならいくらでもまた持ってきてやる。それより聞かせてくれ。なんだって? 俺を待ってた? 王都に来ようとした? 俺のためにアップルパイを焼いた?」
クスクスと笑いながら、サフが言う。
途端に、自分が何を口走っていたのか気づいて、俺は羞恥に駆られた。
「ち、違っ――」
「やっぱり貴様は俺のことが大好きなんだな」
「そ、それは――」
「違うのか?」
「……っ……違わないけどさ」
このようにして、結局その日のアップルパイは駄目になった上、俺は散々からかわれた。
「一週間に一度非番がある。その度に、これからも来る。必要なモノがあったら言ってくれ。林檎とかな」
二人で過ごした一泊二日が終わり、魔法陣の前で振り返りながらサフが言った。
「いらねぇよ!」
「ソーマのアップルパイは中々美味かったぞ」
結局、新たにもう一度、俺はこの休みの間にアップルパイを作ったのである。
「しいていうなら、服が欲しいな。急に土砂降りにあったりすると困るから――そういえば、何でお前、あの時俺のこと外に突き飛ばしたんだよ?」
「何もないのにシャワーを浴びろと言うのも照れくさくてな。別に俺は、貴様が浴びていなくても構わなかったが、ソーマを見た瞬間に、色々な余裕が消えたから、冷静になる時間を欲したんだ。寝る前にな。第一、俺は、風呂に入ってからここに来たわけだし」
「な」
「じゃあな」
それだけ言うと、サフは、魔法陣で帰還した。
後に残された俺は、ただ一人で、赤くなっていたのだった。
二人の関係は、未だ始まったばかりだ。