「――次に強姦未遂を起こしたら、退学処分だ。覚悟しておけ」

俺は、グイと相手のネクタイを掴み、無理矢理こちら側へと引き寄せる。
そして右側の口角をつり上げた。
涙混じりにコクコクと何度も屈強な体つきの生徒が頷く。

「行って良い。二度と来るな」

俺がひらひらと手を振ると、脱兎のごとく生徒は出て行った。

全校生徒の誰もが恐れる風紀委員長――それが俺、神宮寺雅じんぐうじみやびである。
誰もが、っていうのはちょっと言い過ぎかも知れない。
ただ俺は、あくまでも、そんな風紀委員長を目指してます。

何故って?

それは俺が”腐男子”だからです。

ここは、私立王道学園――もとい、私立鳳凰学園高等部である。

幼稚舎から大学院までが、山間の広い盆地に学園都市を築いている。
正確には、盆地が丸々、学園の敷地なのだ。

基本的にはエスカレーター式だ。

だから幼稚舎にさえ入ってしまえば、その後の受験生活は安泰である。
ちなみに俺は、この学園の存在を知って、必死に勉強をして、高等部一年時に外部入学した。
何せこの学園は、表向きこそ財政界の大物や大金持ちの子息が通う進学校だ。
だが、『全寮制の男子校』であり、知る人ぞ知る『ゲイ率7割』の”生BL”の宝庫なのである。

中学時代は、めくるめく二次元の世界で満足していたのだが、やっぱりみたいじゃないか、王道学園!!

そんな邪な理由と、奨学金制度の充実による父の薦めで、俺は必死に必死にそれこそ血反吐を吐く覚悟で努力して、難易度の高い外部試験に合格したのである。

それが昨年の話しで、二年生になった現在、俺は風紀委員長をしているわけです。

「新入生の犯行だね。春だなぁ」

椅子に座りながら、副委員長の、香坂葵こうさかあおいが呟いた。
俺たち以外の風紀委員は、校内見回りの最中だ。
俺の執務机の右に、直角に置かれたもう一つの執務机がある。
そこに座っている香坂は、綺麗な黒髪で、大きな瞳をしている。
170cm半ばの身長で、俺と大差ない。

しかし俺とは大違いで、黒檀のような長いまつげも、蒼味がかった瞳も、大変美しい。
美人受けktkrと出会ったときに俺は思った。
だがその後、香坂が男前美人受けだと俺は気づいた。
線の細い腰つきなんて、半端無いエロスだ。
香坂を見ていると、ついつい妄想が行き過ぎて笑ってしまいそうになるものだ。

なお中学時代は、香坂が風紀委員長だったらしい。
高等部入学後の一年時に風紀委員で知り合った俺も、次の委員長は悔しくも香坂なんだろうなぁと思っていた。
どうして悔しいかというと、俺が王道編入生とお近づきになれなくなってしまうからに他ならない。
どうせならば、近いところで観察したいじゃないか!
風紀委員長なら王道君の総受け騒動の渦中にありながらも、エンディングを迎えることはないし。安定した当て馬率だ。

とはいえ、俺も頑張った。
真面目に真面目にきっちり制服を着て、成績も常に上位をキープ――これは奨学金にも関わってくるし――その上、体力と武力をつけるために筋トレと鍛錬をかかさなかった。
また、外見も重要だろうと、日々イケメンになるべく研究もした。

そんなこんなで、次期委員長は、俺か香坂か、という話しになった。

だが、香坂の鶴の一声で、委員長は俺に決まった。

『内部生だと知り合いにどうしても甘くなってしまうことがあるかもしれないし、ここは神宮寺の方が適任だと思う』

あの時ほど、香坂を神だと思ったことはない。

こうして順調に風紀委員長に就任した俺は、王道通り、生徒会とは犬猿の仲になりつつも、仕事をこなしてきたわけであります。
ちなみにわざと犬猿の仲になろうなんて考えなくても、最初から仲が悪かった。
前生徒会長の、御神楽弥生みかぐらやよい先輩が、前風紀委員長の、眞田一臣さなだかずおみ先輩と仲が悪かったのである。
だから俺はその伝統を引き継いだだけだ。

この生徒会がまた王道なのである。
生徒会役員は、人気投票で決まるのだ。
風紀委員会に所属している生徒と選挙管理委員会に所属している生徒をのぞいた全校生徒で、人気投票をやるのである。

俺は人気投票なんてやっても上位に食い込めるわけがないので、最初から風紀委員長狙いだった。選挙管理委員会でも良かったのだが、万が一生徒会が王道君に食いつかなかった場合、煽るためには風紀委員長の方が都合が良いと思ったんです。

香坂は風紀委員に入っていなければ、恐らく生徒会に所属していたはずである。
俺が知る限り、香坂は攻めにも受けにもかなりの人気がある。
その上、常に首席だ。
なんでも中等部の頃から、首席だったらしい。
香坂は中等部からの外部生なのだそうだ。

昨年こそライバルだと香坂のことを思っていたが、今では、本当に頼りになる副委員長だと思っている。

「春だと? もう四月も終わるんだぞ」

そう、そろそろ王道編入生に来ていただきたい季節である!

「気がゆるんできたんじゃないかな」
「俺たちで引き締めなければならないな」
「そうだね」

香坂はそう言うと、先ほどの強姦未遂犯の調書を書き上げて、俺に渡してきた。
不良×風紀委員もいいよね!
妄想が顔に出てしまわないよう、俺は鉄壁の無表情を身に纏い、書類を受け取る。

「後、コレも」
「なんだコレは?」
「さっき、理事長直々に生徒会と風紀委員に通達が出たんだって。その概要」

淡々とそう言った香坂に渡された書類を見て、俺は鼻血を出しそうになった。
仕方がないと思います。
だって、だって、だってだ!
夢にまで見た、王道編入生がやってくる報せだったのだから!!

「明日の朝の校門付近見回り担当は誰だ?」
「誰だったかな、ちょっと待って」
香坂が、ファイルを捲り始める。
「理事長直々なんだろう? だったら、万が一のことがあったら困るから、俺かお前が見回りに行った方が良いだろう」

あくまでも仕事であるという顔を意識して取り繕い、俺は言った。
本当は、ただ単に副会長と王道編入生の、王道イベントが見たいだけです!

「あ、僕だ」

香坂のその声に、俺は頭を辞書で殴られた気分になった。
天下の副委員長様が担当なら、もっともらしい理由がなければ、見回りを代わってもらえない。

「……もしかして神宮寺、編入生を見に行きたいの?」
「何故だ?」

しかもバレた!

顔に出ていたのだろうかと、視線を逸らして窓を見る。
しかし窓硝子に映るのは、俺が出来る限り頑張ってなりきっている風紀委員長の、無表情の顔である。
黒い髪に、黒い目。
少しだけつり目だ。
頑張れば、切れ長の瞳と言えないこともないだろう。

「見回りに行きたいのかなと思って」
「季節外れの編入生だからな、騒ぎにならなければいいと思っている」
「やっぱり見に行きたいんだね。じゃあ代わってもらえる?」
「別に見たいわけじゃ――」
「騒ぎが起こらないように、見回りしたいんじゃないの?」

なるほど、俺が仕事熱心だから見回りに行こうとしていると、香坂は思ってくれたのか!
てっきり好奇心から見に行くのがバレバレだったのかと、俺は冷や汗をかいていた。
だから、香坂の純粋さに申し訳なくなった。
穢れていてごめんなさい!

「ああ。正直、自分の目で見ておきたい。あの生徒会の連中が絡む以上、何が起こるか分からないからな」
「あれ、副会長が迎えに行くって、僕話したっけ? さっき持ってきた事務の人から偶然聞いたんだけど」
「それは――……」

正直焦って俺は、心臓が口から出そうになった。

「……――生徒会にも通達が行っていたとさっき聞いたからな、推測したまでだ」
「なるほど」

さして興味もなさそうに頷いた香坂は、他の書類を片付ける作業を始めた。
俺も仕事を始めるフリをしながら、頭の中は妄想でいっぱいだった。
なにせここは私立王道学園!
俺様生徒会長、腹黒王子様副会長、チャラ男会計、寡黙ワンコ書記、双子の生徒会補佐が勢揃いしているのである!!
きっとめくるめく、本物の王道イベントがあるに違いない。
楽しみすぎて俺は、鼻血が出そうになったので、上を向いてごまかした。