見回りと称して、俺は校門から校舎までの道を覆うような森の一角に、うずくまっていた。
編入生は、八時に来るらしい。
現在七時五十分。
俺は七時から此処で待機している。
前方ではきっちり七時半に到着した生徒会副会長の滝波馨たきなみかおるが、物憂げな表情で校門を眺めている。
薄茶色の髪と、同色の瞳が、今日も王子様然としていて、キラキラしている。
隣にある噴水が、まるで彼の美しさを絵画の中に閉じこめようとしている風だ。
流石は滝波財閥御曹司だ。
いつも笑顔を貼り付けている優しげな風貌が、生徒の人気を集めているのだが、俺は絶対にアレは作り笑いだと確信している(腐的に)。
そうこうしていると、門を乗り越えようとしている不審者が視界に入った。
――キタ!!
俺が凝視すると、華麗に着地した王道編入生と思しき生徒が、伸びをした。
「ここが叔父さんの学校かぁ」
聞こえてきた独り言に、俺、ガッツポーズ。
理事長の甥っ子ktkr。
門の開け方が分からないところもまた、王道。
門番兼警備員のちょい悪オヤジ風である大堂要さんが、ポカーンとしたように待機室から出てきた。
「……凄い運動能力だな」
「おう! ありがとうな! ……です」
うわ、慣れない敬語を取り繕った――!!
これだけでご飯三杯いけるよ、俺。
「いや、褒めてるんじゃないんだが……」
「俺は、一ノ宮遥いちのみやはるか。今日からここに編入するんだ! ……です」
「嗚呼、理事長の……まぁ、通って良いぞ」
大堂さんはそう言うと、編入生を促した。
それを待ちかまえていたように、歩み寄った滝波副会長が、編入生を見る。
俺も編入生を凝視する。
綺麗な金髪に、空のような青い瞳をしている。
身長は160cm代だろう。
整いすぎた顔立ちに、思わず目を奪われた。
きっとコレは、理事長室で、カツラと瓶底眼鏡を貰うフラグに違いない。
「君が、一ノ宮君?」
滝波が、柔和に微笑んだ(恐らく作り笑いだ、腐的に)。
「おう! お前は誰だ? ……です?」
「鳳凰学園高等部生徒会副会長の、滝波馨です」
「馨か! よろしくな、です。 お前……その、嘘くさい笑顔、やめろよ……です。気持ち悪い」
来ました、頂きました――!!
嘘くさい笑顔の指摘、がっつり拝見させていただきました――!!
「っ」
すると驚いたように、滝波が息を飲んだ。
目を見開いている。
「気持ち悪い、ですか」
「おう。作り笑いなんかするなよ、馨はそのままで綺麗なんだからなっ、です」
「……そんなことを言われたのは初めてです」
そう言って副会長は屈むと、一ノ宮の唇を奪った。
奪った――!!
大事なことなので二回言いました。
「なっ、なにするんだ!!」
一ノ宮が慌てたように、真っ赤な顔で拳を振るう。
華麗に除けた副会長の後ろにあった噴水の一部が、音を立てて大破した。
王道編入生は馬鹿力、と脳内に刻む。
コレは、風紀委員的には、あまり宜しくないが、族フラグだ。
どこかのチームのヘッドか、族潰しか。
胸がwktkだ。
「急でしたね、すみません。さぁ、理事長室に案内しますよ――遥」
「おう、有難うな!」
その上、意外と心が広いのか、鶏頭なのか、怒りを忘れた様子でついて行く王道君。
嗚呼、このまま理事長室までついて行きたいッ!!
しかし俺には見回りの仕事があるからここまでだ。
しょうがない、食堂イベントまで、我慢しよう。
俺はそう決意して、茂みからひっそりと歩み出て、さも今までも見回りをしていましたという顔で、辺りを散策した。


王道通り、この学園では、生徒会と風紀委員は、授業免除の制度がある。
テストで点さえ落とさなければ、仕事と称してサボりたい放題なのだ。
きっと今頃1年S組では、さわやかスポーツ少年や、儚い美少年を、王道君が籠絡していることだろう。それとも、同室の孤高の一匹狼の不良か、あるいは隣席の平凡君か。どのパターンでも美味しくいただけます。
「来て早々、不法侵入に、器物破損かぁ。神宮寺の予想通りだったね――被害者側じゃなくて加害者側だけど」
俺が妄想に耽っていると、書類仕事をしながら、香坂が言った。
「そうだな。今後の動向を注意して見守らないとならないな」
腐的に!
俺が意気込むと、香坂が顔を上げた。
「そう言えば、見回り中に遭遇しなかったの?」
「遠くから少し見かけた」
「さっき1Sの風紀の――ええと」
「嘉川がどうかしたのか?」
「うん。嘉川が、ものすごくモジャモジャの頭で、牛乳瓶の底みたいに分厚い眼鏡をかけた、小柄の編入生だったって、メールをくれたんだ」
俺にはきていない。
風紀委員×副委員長……?
副委員長×風紀委員……?
嘉川は、空手の有段者だから、やはり攻めだろうか。
顔つきも精悍で、身長も180cm近くあるし。
綺麗に筋肉が付いていた記憶がある。
風紀委員に入る前は、親衛隊持ちだったらしい。
彼は幼稚舎からの生え抜きの生徒らしく、中学時代から風紀委員だったとのことだ。
「……これからは、神宮寺にも送るように言っておく?」
俺の沈黙を、勘違いして受け取ったらしく、香坂が心配そうに言った。
中学時代から同じ委員会だった嘉川が、委員長である俺ではなくて、副委員長である香坂にメールを入れたことに俺が不満を抱いていると思ったのだろう。
香坂は、空気が読める子だ!!
「いや、俺は香坂に聞くから良い」
「そう」
すると珍しく安堵の表情を浮かべて、香坂が短く吐息した。
香坂も大概無表情なのである。
俺と良い勝負だろう。
「それで、噂通りなの?」
「いや……」
実際には美少年だった。かなりの美少年だった。しかしそれをここで言ってしまっては、香坂×一ノ宮というカップリング時の、変装ばれイベントが消えてしまう。
香坂は飄々としているからきっと、一ノ宮の襲い受けだろう。
「よくは見ていないんだ」
「そう」
興味なさそうに書類に視線を戻した香坂を見ていて、ふと俺は思いだして時計を見る。
そろそろ昼食時である。
昼休みだ。
春は忙しくて学食になど、暫く足を運んでいなかった。
しかし今日は絶対王道イベントが発生するはずである。
――なんとしても学食に行かなければ!!
「ところで、香坂」
「ん?」
「久しぶりに学食に行かないか?」
「――……別に良いけど、どうしたの急に。いつも神宮寺はお弁当だよね?」
「忘れてきたんだ。購買も最近じゃ飽き飽きしてるしな」
その上、高い学食代を払うために、朝一でATMにも行ってきた。
二階席は、風紀委員専用のクレジットカードが使えるのだが、俺の目的地は一階だ。
それに購買には忙しいときに良く行くため、何も不自然ではないはずである。
「丁度今区切りが良いから、それじゃあ行く?」
「ああ」
こうして俺は、学食に向かうことに成功した。


どこぞの高級レストランも真っ青の豪奢な扉の前で、香坂が足を止めた。
「はい」
俺に手渡されたのは耳栓である。
「悪いな」
俺たちは揃って耳栓をしてから、ボーイさんに扉を開けてもらった。
すると、耳栓越しにも黄色い悲鳴が響いてきた。

「きゃぁぁぁぁぁ神宮寺様あぁぁぁ」
「風紀委員のお二人がいらっしゃるなんて!!」
「香坂様、なんて麗しい――ッ!!」
「愛してます!!」

きっと皆、香坂への愛を叫んでいるのだろう。
俺には関係ないことだが、この悲鳴を一心に浴びている香坂は、本当に凄いなと思う。
そして、こんなに人気者の香坂の隣にいて、よく俺は無事だよなぁとも考える。
いつか刺されそうだ。

「この辺りに座るか」

俺は二階の生徒会と風紀委員の専用席ではなく、一階の一角に陣取って耳栓を外した。
「何で一階なの?」
同様に耳栓を外しながら、香坂が首を傾げた。
「手持ちがない。カードも忘れた」
なるほど、と頷いた香坂と共にメニューを開く。

丁度その時のことだった。
食堂が一気にざわめく。
俺たちが入ってきたときとは異なり、ひそひそとした、怒声と悲愴を帯びた悲鳴が漣のように広がっていった。

「何あのモジャモジャ」
「マリモのくせに梨様と一緒だなんてッ」
「あの眼鏡、何だよ、だせぇな。俺の百合野様とそれなのに何で一緒に」
「牧野様が、あの牧野様が、一緒!? 学校に来てらっしゃったなんて!!」
「所で、隣にいる平凡なのは、アレ誰だ?」

俺はメニューをじっくり見ている香坂に安堵しながら、気づかれないように一瞬だけ、入り口側を見た。
そこには、スポーツ特待生で、バスケ部のエースである、梨勇気たかなしゆうきと、華道の家元の子息で抱きたいランキング上位の、百合野菫ゆりのすみれ、不良こと孤高の一匹狼の、牧野努まきのつとむ――いずれも親衛隊持ち――と、平凡な少年、そして王道君こと一ノ宮遥(変装済み)が立っていた。
やることが早いぞ、一ノ宮!!
ああ、きっと牧野と同室になったんだろうな、そうじゃなければあの不良が学校に来るわけがない。そして平凡君は、きっと隣の席かなにかだろう。巻き込まれ不憫受けも美味しいです! 梨と百合野は、根が良い奴だから、外見に囚われず声をかけたんだろうか、それがいつしか恋心に変わり――……

「何食べるか決めた?」

香坂の声で、俺は我に返った。
タッチパネルでチーズハンバーグを選択した様子の香坂が、俺に聞いたのだ。
「同じものを」
そう言うと、香坂が俺の分も注文してくれた。
そして俺は、再び気づかれぬように、チラチラと編入生を観察する作業に戻る。

その時のことだった。

「きゃああああああああああああああ」
「生徒会の皆様よぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「森永会長抱いて下さいぃぃぃ!!」
「滝波副会長とキスできたら死んで悔い無し!!」
「伊崎様ぁぁぁ、今日は僕と遊んで下さいっ」
「何言ってるの、会計親衛隊として許さないんだからっ」
「松川様は今日も凛々しい……嗚呼、書記をするペンになりたい」
「海くんと陸くん、可愛すぎっ、鼻血でそう――!!」

耳栓をしていなかったため、もろに生徒会の皆様方への黄色い悲鳴が俺の耳へと入ってきた。これには流石に香坂も視線を向ける。
「生徒会が学食に来るのも珍しいよね、最近は特に」
「風紀も生徒会も春は忙しかったからな」
適当に相づちを打ちながら、俺は、生徒会役員達が、王道君の方へ向かっていく姿を、ひっそりと、本当にひっそりと見守った。
「あ、さっきぶりだな、馨!」
「やぁ遥」
来ましたよ来ましたよ、名前呼び!
副会長のでれでれした顔に、俺はnrnrしそうになる顔を無表情に保つため頑張った。
「お前が珍しく馨が気に入ったって奴か」
俺様会長、森永恭一郎もりながきょういちろうが腕を組んで、ニヤリと笑う。
黒い髪と、怜悧な瞳が、妖艶に光っている。
この学園の王様らしい圧倒的な存在感を放っている。
俺様会長としては実に美味しいキャラクターである……が、俺は個人的には嫌いだ。
「お前誰だよ?」
「生徒会長の、森永恭一郎だ」
「恭一郎か、よろしくな! です!」
「この俺をファーストネームで呼ぶのか。怖い者知らずなんだな、気に入った」
そういうと、強引に森永会長は、王道一ノ宮にキスをした。
見ちゃった、見ちゃったよ、夢にまで見た王道場面を!
「なにすんだよ、変態!!」
生徒会長の鳩尾に、一ノ宮の拳がクリーンヒットした。
派手に吹っ飛びそうになった森永が、顔を引きつらせながらこらえている。
会計のチャラ男である、伊崎莉央いさきりおが、背中を支えているみたいだ。
いい気味だ、と思いながら見ていると、目があったのでそれとなく逸らした。
王道生徒会長としては美味しいのだが、あんまり好きではないのである、森永を個人的に。
「「ええ、恭ちゃんまで気に入ったの?」」
双子が揃って声を上げる。
それから山辺兄弟、海と陸は、顔を見合わせてにこりと笑った。
「僕は、山辺海やまのべかい
「僕は、山辺陸やまのべりく
この二人は、一卵性双生児だ。
第一学年であるので、王道君とは同級生である。
彼らは、一ノ宮の周囲をグルグル回り始めた。
「「どっちがどっちでしょう」」
きたきたきたきた、王道!!
「右が陸で、左が海」
「「すごい……なんでわかったの!?」」
凄い動体視力の持ち主なのか、カンなのかは分からなかったが、王道君は外さない。
そこへ、一ノ宮が頼んだと思しきオムライスが運ばれてきた。
「オムライス……おいしい」
普段は無口な寡黙ワンコの、松川志乃夫まつかわしのぶが、珍しく声を上げた。
これから、めくるめく王道君争奪戦が始まるのかと思うと、俺の胸は熱くなった。それはもう熱くなりましたよ!!

が。

「何で、こんな所に風紀の委員長様と副委員長様がいるんだ? あ?」

一気に水を差された気分になったのは、森永がこちらへと歩み寄ってきたからだった。
俺と森永は犬猿の仲なのである。
俺としては、初めはフリだったのだが、ことあるごとに絡んでくる森永のことがいつしか、本気で嫌いになっていた。
「昼食をとりに来て何が悪い?」
「専用席で食えよ」
「お前らの顔が見たくなかったから、下にしたんだ」
本当は手持ちがない――という理由をひねり出して、王道君を見るために下にいたんですけどね。
すると、そこへ王道君が歩み寄ってきた。
「お前ら、喧嘩は良くないぞ!!」
その声に俺と森永が揃って、王道君一ノ宮を見る。
「仲良くしないとダメなんだぞ?」
「確かに風紀委員長自ら風紀を乱してりゃ世話無いな」
失笑するように森永会長に言われて、俺はこめかみに青筋が浮かびそうになった。
「お前は誰だ? 恭一郎の友達か?」
「……――友達ではない。俺は風紀委員長の、神宮寺雅だ」
「雅か! お前……格好いいな!」
王道君はお世辞が言えるのか、メモメモ。
「そっちのお前は誰だ? お前は本当に綺麗だなっ」
一ノ宮が、俺の正面に座っている香坂を見る。
「――風紀委員会副委員長の、佐々木小次郎です」
「ささ……!?」
香坂のまさかの偽名対応に、俺はポカンとしそうになったが、風紀委員長のキャラではないので我慢した。
「小次郎か! よろしくなっ!」
「風紀委員とよろしくするって事は、問題を起こして内申点を下げるって事だから、あまりよろしくしない方が良いと思うよ」
「な、何でそんなこと言うんだよ?」
「事実だから」
いつもと代わらず飄々と、苛立つでも笑うでもなく、香坂が言った。
「俺たち、友達だろ、小次郎!?」
「友達……?」
小首を傾げた香坂が俺を見た。
「僕と彼は友達なの?」
「何で俺に聞くんだ」
「君の危惧していたことが本当に起こりそうだなぁと思って。これは確かに理事長直々に通達もあるはずだね」
そう言うと香坂は、運ばれてきたハンバーグを食べ始めた。
一ノ宮のことは、完全にスルーしている。
とうの一ノ宮はと言えば、森永に引っ張られて、一緒に来た一年生を置き去りに、二階席へとあがっていったのだった。


とりあえず、王道食堂イベント、コンプリートッ!!