俺は自室に戻ると、鍵をしっかりとかけて、二回ほど施錠してあることを確認した。
俺の部屋は、六十階建てのビルの上から二番目の階にある。

サンシャイン(池袋の建造物)を彷彿とさせるこのビルは、幼稚舎から大学院生までの寮兼簡易(?)娯楽施設なのである。

その中でも五十九階は、高等部生徒会と風紀委員の一人部屋が連なっているのだ。

大学からは外部進学する者も多いため、教師よりも強い権限を持っている王道生徒会と風紀委員がこの階に部屋を与えられているのである。
一つ下の階は中等部の生徒会と風紀委員、その下の階は、初等部の児童会役員等々の部屋となっている。

流石は金持ち学園である。
俺は十畳ほどのダイニングキッチン兼リビングと六畳の部屋を二つ――勉強部屋と寝室――を一人で使っている。

鞄を置いた俺は、勉強部屋に備え付けられているクローゼットを開けた。
そして参考書の一角をごそっと抜き取る。
その後ろに置いてあるBL小説や漫画を眺めていたら、気づくと顔がゆるんでいた。

俺は、小説家である父の影響で、本に目覚めた。
中でも父が、偽名でBL本の仕事を引き受けたため、それを読んでいく内に、はまってしまったのである。父は純文学作家なのだが、全然売れない。代わりにBL小説では高収入を得ている模様である。

母は幼い時に亡くなったため、俺は父と兄と弟と四人で生活してきた。
兄は既に社会人で、弟は小学生である。
ちなみに俺は、家族の誰にも腐男子であることはカミングアウトしていない。
なお我が家は決して裕福ではないので、この学園の奨学金制度には本当に助けられている。

「やっぱり王道が一番だよな。俺様生徒会長×王道君がいいか」

俺は今夜読む本を選別した後、クローゼットをしめた。

それからキッチンへと向かう。
俺は、仕事で忙しい父と兄、小さい弟、に挟まれて育ったため、家事を昔からやってきた。
ハンバーグを作るため、フードプロセッサーにタマネギを入れながら、ぼんやりと妄想する。

――これから、王道君こと一ノ宮遥は、どんな騒ぎを巻き起こすんだろう。

第一の希望は、生徒会役員との総受けフラグの後の、会長とのエンディングである。
争う森永と副会長が見たい。
いや、そこで喧嘩ップルになるのも美味しいな。
副会長は、香坂と一緒で受けにも攻めにも大人気なのだし。

香坂と言えば、まさかあそこで偽名を言うとは思わなかった。
編入生に疑う素振りがまるでなかったことは想定内だったとはいえ。
「香坂は、名前呼びされるのが嫌だったのか?」
考えてみると、香坂が名前で呼ばれているところを見た記憶がない。

しかし、香坂の名前を知った一ノ宮が、押して押して押して、香坂を籠絡するというのも、実に美味しい!

俺はできあがったハンバーグを食べながら、昼間もハンバーグを食べたことをハッと思い出した。仕方がない、好きなのだから。俺はBLの次に、ハンバーグが好きなんです。


翌日の放課後。

風紀委員室の、俺と香坂の机の上には、たった1日で書類が山を築いていた。
その大半が、王道君による器物損壊、王道君に対する暴行未遂、王道君との殴り合いの喧嘩、等々だった。

予想はしていたが、コレは凄い。
一種感動してしまった。

「この量を一々確認して事情聴取していたら、明日になるね」
淡々と香坂が言う。
「そうだな」
俺は我に返ると、眉間に皺を刻み、さも困っているというような顔をした。
「しかも嘉川の話しだと、一ノ宮は、生徒会室に入り浸ってるらしいよ」
「なんだと?」

腐的に王道展開過ぎて、ガチヤバイ。
俺は唇を噛みしめて、にやけるのをこらえた。
きっと怒っているように見えたはずだ。

「一般生徒は許可が無ければ立ち入り禁止のはずなんだけどね」
「その許可を出す会長が招き入れたんだろう。あのバ会長」
「これから騒ぎが収まってくれると良いんだけど、拡大していったらどうなるんだろう」

珍しく香坂が大きな溜息をついた。
俺としては、何処までも拡大していって欲しい。

しかしながら、確かにこの量の書類を処理するのは面倒である。
それに、一応風紀委員長も王道君争奪戦に加わった方が雰囲気出るだろうし。
そこで俺は考えた。

「こうしよう。一ノ宮が騒ぎを起こさないように、俺が見張る」
「神宮寺が?」
「ああ。風紀委員の特権で、授業には出なくても良いしな」
「一人で大丈夫? 交代制にする? 後は二人一組にするとか」

交代制にして、香坂とのフラグを立てるのも美味しい。
どうしようかと俺は迷った。

「あんまり抱え込まないで」

香坂が俺を気遣うようにそう言った。
本当に良い奴である。

「香坂も、な」
「うん。とりあえず今日は、この書類の山を片付けようか」
「……そうだな」

こうして俺と香坂は、夕食もとらずに書類の山と格闘することになったのだった。