SIDE:時夜見鶏(前)
>>聖龍暦:7251年(開始)
あー、午後から会談だっけ。怠いな。帰りたい。寝たい。
俺、もう二日ぐらい≪邪魔獣≫退治でほとんど寝てないし。
過労死しちゃうよ。
「……?」
あれ、珍しいな。
白い子犬がいる――可愛いなぁ。
ん、誰か近寄った。えええ、俺嫌われてるし、何か怖がられてるし、これじゃあ近づけないよ。あの誰かも怖がらせるだろうし。あーあ、犬に触りたかったな。
だけど、誰だろう。
見たこと無いなぁ。
黒髪で、空色の瞳。
うーん、子犬に手を差し出して――お、笑った。こっちも可愛いなぁ。
さて、そろそろ、帰るか。
暫く俺は歩いた。
すると、なんだか暦猫が、深刻そうな表情でやってきた。
えええ、俺、なんかしたかな?
「時夜見、少し宜しいですか?」
宜しいですかって、もう俺のこと引き留めてるじゃん。怖い怖い怖い。
あんまり宜しくない。俺、逃げたい。帰りたい。帰って本当、寝たい。
けど……そんな事言う度胸無いし。
「なんだ」
本当、何の用ですか? 怒らないで……説教も止めて……神様お願いします、って、あ、俺が神様だった。まずい俺、最近、人間界に毒されてる。
――あれ? 何か今、暦猫が溜息ついたぞ。
すごい気迫で俺を見てる。本当、怖いなぁ。冷や汗出そう。
「今夜の話し合いで、チョウチョウをどうするか決定します。どうしますか?」
ん? あれ、怒ってない。怒ってない!
良かったぁ。やっばい、今度は脱力しそう。
それにしても――わざわざ、会談して、蝶々をどうするか、って話し合うの?
何の話しだろう。博物館(?)でも作るのかな。蝶々の展示する感じで。
また、どうして?
あ、また暦猫の顔が怖くなったぞ。とりあえずコレ、答えた方が良いよね。
蝶々なんだから……そりゃ、展示するとしたら、可哀想だけど、羽を虫ピンで留めるんだよな。で、平べったいビロード張りの箱か何かに、打ち付ける。俺だったら、そんな事せずに、逃がしてあげるんだけどな、虫。
だけど暦猫、何でこんなに真剣なんだろう? あれかな、館長になるのかな? いやー、暦猫もきっと、館長となれば、緊張するんだろう。ちょっと笑っちゃうけど。
「蝶々は長針で刺して張り付けるものだろ? 形が崩れないよう、平らな場所にでもな。そして眺める。しばらくの間だな」
俺は自信を持てという気持ちでそう告げた。
すると、暦猫が眉を顰めた。
あれぇ、そんなに不安なのか? こいつでも、不安になるんだ。俺、初めて見たかも知れない。
「しばらくとは……どのくらいの間でしょうか?」
どのくらいの間? え? 館内を回る時間? だよな、まさか蝶々を刺しとく時間じゃないよな。一瞬で刺し終わるだろうし。んー、まぁ、一・二時間だろう、広くても。余裕を見て、二時間って所か。
「――二時間くらいだろう」
「分かりました」
俺の言葉に頷いて、暦猫は帰って行った。
ふぅ。
何か気疲れした。早く会談して、帰りたい。それに眠りたい。
そんなこんなで夜になって、会談が始まった。
やばい、俺今、目、見開いたかも。
そこには、先ほど庭で見かけた青年がいたのだ。あ、笑ってる。
俺は犬のことを思いだした。可愛いなぁ、あの犬。犬と戯れてた時も、笑顔だったな、この人。うん、笑顔が似合うよ、絶対。
「あちらが、空巻朝蝶です」
ぼそりと隣で暦猫が言った。瞬時に背筋が寒くなった俺。思わず顔が歪んだ。え、嘘? あの、俺の師団を見かける度に、大量虐殺(まぁ、不老不死みたいなもんの神様だから、復活するけどさ)してる、怖い奴か。えええ。嘘? 嘘だろ? 吃驚だよ俺。本当、人は見かけによらないんだなぁ。けど、犬と遊んでた時は、そんな悪い人には見えなかったし、やっぱり仕事でやってるんだろうな。やばい、思い出し笑いしちゃった。犬、可愛かったなぁ。
「……そうか」
「そんなに怖い顔で見ないで下さい」
暦猫が、俺を一瞥して言った。悪いけど、怖いんだもん。しょうがないじゃん! だって、拷問して、爪剥いだりとか、するらしいよ? 俺、スプラッタ、本当無理!
そんなこんなで、空巻朝蝶が俺の正面に座った。
後ろにはこれまた、今度は見るからにしてなんか怖い人が二人もいるよ。うう、俺、帰りたい。本当、帰りたい!
隣で暦猫が何か言ってるけど、さっぱり頭に入ってこないくらい怖い。助けて、誰か。
「――と言うことで通達したとおり、一対一で遭遇した場合は、双方が相手を追いかけ、捕まえた側が一つ行動を起こすことになりました。まずはそちらの条件を」
暦猫の言葉が終わった。こいつ、本当話しが長いよな。今日の午後は比較的短くて良かったけど。つぅか要点だけ話してくれればいいのに。
――それにしても、追いかけて捕まえる?
俺と、あの人が? 拷問されちゃうよ、俺! なんで、怖い人と俺、一対一で、鬼ごっこしなきゃならないの? え? まぁ、俺は夜系の神で、向こうは朝系の神様だし、追いかけっこ、常にしてると言えば、してるんだよね、空模様的に。いや空模様じゃ、天気か。
「――捕まえたら一つ、僕の頼みを聞いて貰います。勿論、殺しはしません」
やっぱり、恐ろしい。何、何? 殺しはしませんって、何? え?
しかも……頼みを聞く? どんな?
「分かりました。良いでしょう」
暦猫――!! なんで、なんで同意!? 嫌、俺全然分からないよ? しかも、良くない!
殺されるとか、不老不死的な俺でも、絶対嫌だよ! 痛いよ、きっと!
「そちらは?」
あ、なんか、また空巻朝蝶笑った。笑顔は可愛いのに、俺はどうして、背筋が寒くなってるんだろう。鳥肌立っちゃったよ。まぁ俺、鶏だけどさ。長袖着てて良かった。
「こちらは――刺して張り付け、石壁などに貴方を拘束し、二時間ほど眺めるなど致しましょう」
暦猫の声で、俺は息を飲んだ。でも、周囲にばれないように頑張って隠した。
チョウチョウって、朝蝶? え? この人?
俺、この人の事……張り付けるの!? 嘘だろ!? 可哀想だよ。
しかも石壁って何? 俺、この人を石の壁に、張り付けるの? えええ。しかも、二時間、眺めるの? 無理、ヤだ。 よし、断ろう。
そう思って、俺は暦猫を見た。
――うわぁ、すごい怖い笑顔で俺を見てるんですけど……!
これ、断りづらい。だけど、俺は嫌だ。やりたくない。何て断れば良いんだろう。勇気を出せ、俺!
「ああ」無理!
と、続けようとした俺の言葉を遮るように、暦猫が言った。
「決まりですね」
決まっちゃったよ! 嘘ー! えー!?
>>聖龍暦:7751年(五百年後)
はぁ、すごい鬼ごっこ、やりたくない。
そうだ、会わないようにすれば良いんだ。避けよう。
――って、どうしよう……庭にいる。目が合わないように、立ち去ろう。
っ、こっち見た! 目が合っちゃった……! コレ、コレ……追いかけないとヤバイよな。何か、向こう、逃げ始めたし。
俺は必死に、空巻朝蝶を追いかけた。
それで、五分で捕まえた。まぁ、俺、足早いし。一応、神界で一番早いし。
けど捕まえちゃったからには、ピンで刺さないとなぁ……。
と言うわけで、俺は朝蝶を連れて、時空魔法で石造りの牢獄へと移動した。ここは、俺が貴重種であり保護対象の≪邪魔獣≫を一時的に入れておくのに使っている。俺が移動できる石壁の所は、此処しかない。魔法で、壁に並んでいる橙色の蝋燭全てに火を灯す。ふぅ。ピン、かぁ。
ここまで朝蝶は、会った時から無言だった。
勿論、俺もだ。俺、コミュ障だから、話しかけてもらわないと、会話の糸口見いだせないんだよな……うう、気まずい。
そう思いつつ、大人しい朝蝶を、壁際に立たせた。魔法で持ち上げ、杭みたいに見えるように加工した磁石を壁と掌に当てて、磔っぽくしてみた。掌を中心に挟んだのだ。うん。これなら、痛くないだろう。
で、後は二時間経つ間、見てればいいのか。ああ、気まずい。
やっぱり相手を磔にしてるんだし、座ってたら、悪いよな。うわぁ、って事は、俺二時間も立ってなきゃらないの? 本当、帰りたい。俺の馬鹿、何で、何で、暦猫に二時間とか言っちゃったのかなぁ……はぁ。溜息が止まらないよ。
俺は、朝蝶を眺め始めた。
そりゃぁもう、眺めた。
早く二時間経たないかなぁと、秒針の音をカウントしてしまう。
そして、一時間と五分二十秒が経過した辺りだった。
「……あの、」
うわぁうわぁ、話しかけられちゃったよ……。用件、何だろう。やっぱり、痛いとか?
俺、泣きそう。ちょっと、目に力を込めて、堪えないと。人前で泣くとか、恥ずかしいし。人前って言うか、神の前だけど。
「なんだ」
「何をするおつもりですか?」
え?
今のままじゃ、駄目なの? もっと、なんかすべき、俺?
条件満たしてるじゃん。何? 何期待してるの? お腹減ったから、お菓子、とか?
ちょっと、聞いてみよう。
「何を期待してるんだ?」
「拷問でもされるのかと思って。僕ならそうする」
そう言って、朝蝶は、吐き捨てるように笑った。
けど、拷問――?
俺、俺、この人のこと拷問しないとならないの!? やりたくない、無理! でも、何か、期待されてるし。嘘だろ? 嘘だよね? ねぇ?
「……」
無言で、朝蝶が、俺を見た。睨みながら、笑ってる。これ、早くしろよ的な笑み?
え。本気で言ってんの? どうしよう、俺、拷問何てしたこと無いんだけど。
拷問拷問拷問……そういや、部下が拷問全集みたいなの読んでたな。人間界の本らしいけど。確か俺が声をかけた時は、ポタポタ水を落とすと、自分の血が流れてると思って、ショック死するとか――けど、朝蝶の頭の上、蝋燭が並んでるから、水垂らす場所がない。移動させられないよな、アレ。だって、壁に磔てるんだし。蝋燭は、落ちてこないように、ものすごく頑丈な魔法かけてるし。蝋燭の魔法を解除するの、多分一年くらいかかる奴だった気がする。何でそんなのかけたんだよ、俺。
よし……あの蝋燭、≪邪魔獣≫に万が一垂れても火傷したりしないように熱くないようにしてあるから、あれの蝋、垂らそう。本当、ゴメン。
「っ」
俺が魔法で、蝋が垂れるようにすると、ピクンと朝蝶が体を震わせ、目を伏せた。
だけど、熱くないはずなんだけどな……蝋の感触が気持ち悪いのかな……着物がちょっと乱れてて、鎖骨に落ちたから、直皮膚だし。あれかな、あ! 血じゃなくて、熱を、錯覚しちゃった系? やばい、ショック死したら、どうしよう。俺の顔が、思わず引きつった。
「――熱いのか?」
「……いいえ」
あれ? 熱くないの? じゃあ、ビックリしただけか。
うん、二滴目からは、普通だし。
それに眺めてるのも、あと五分で良いし。
ん――着物、ちょっとほつれてるな。空族の着物って変わってるんだよな、そういえば。なんていうか、人間界のワコクって所の和服って奴に似てる。
いや、それよりも早く終われ!
それから暫く、俺は避け続けた。
何でなのか、良く遭遇するから、いつでも気は抜けなかった。
「くっ」
しかし、二度目に、また、目が合っちゃった。その上、俺は捕まえた。本当、捕まえちゃった。だって、俺の方が、明らかに強いんだもん。これでも、神界二位の実力者とか言われてるし。まぁ、本当は、暦猫だけどね、それ。だってアイツ、怖いし。
俺は一度目と同じように石室へと移動し、磔にした。今度は最初から、蝋を垂らす。
これで文句はないだろう。
蝋から顔を背け左下を見ている朝蝶を眺めた。目をきつく、伏せている。睫、長いなぁ。なんだか、こうやって見ていれば、やっぱり可愛いな。俺、服作ったり、アクセ作ったり、趣味なんだよね。あ、何か創作意欲沸いてきた。うーん、首飾りとか良いかも。あ、前より酷く着物が傷ついてる。一着しか持ってないのかな? そうだ、これからいっぱい捕まえなきゃならないかも知れないし、服でもあげよう。ちょっとは仲良くなれるかも知れないし。
そんなこんなで、会話無く、二度目は終了した。
三回目。服ができたので、俺は捕まえた。
「着ろ」
いや、着て下さいの方が良かったかな? 良かったら、着て下さい、とか?
着ろとか言っちゃったよ、俺! ついタメ語になっちゃった。
「……」
朝蝶の眉間に皺が寄った。俺を睨んでる。やっぱり怒ったのかな。
着替えるのを待ってから、それでも石室へと移動した。
そのままやはり無言で、その日は終わった。
余計なお世話だったかな……?
そんなこんなで数が増え、俺はもう九回、蝶々を捕まえた。
今回で、十回目。
未だに会話無し。だが、俺は眺めている間に、創作意欲が刺激されるので、色々と楽しくなってきた。じっと見て、油絵描いたり。俺、最近絵を描くのにはまっている。
「あの」
「……っ」
急に話しかけられて、驚いて俺は、考え事から現実へと引き戻された。
「一体どういうつもりですか」
「……?」
え? 何が?
「僕をいつもじっと見ているだけ」
駄目だった?
やっぱり何かして欲しいのかな。飲み物出すとか、茶菓子出すとか。だけど、手使えないし……ストロー? 俺が飲ませるの? 眉間に皺が寄ってしまった。
「何を考えているんです?」
「……」
怒ってるよ。っていうか、考えてるって……俺の心ばれてる? 創作意欲刺激されてるの、ばれてる? うわぁ恥ずかしい。
「答えて下さい」
答えられないよ! 嫌だよ! 恥ずかしいもん!
俺が物作りしてるとか、絶対似合わないって笑われる。下手くそとか言われたら、死ねる。
「……別に」
俺は、誤魔化すことにした。幸いその後は無言のまま、時間が経った。
それから俺はまた、朝蝶に会わないように逃げ続けた。
>>聖龍暦:7751年(五百年後)
そんなある日だった。暦猫の声が響いている。
「っ、貴方は何者です?」
「んー、お前に用はないよ。俺は、時夜見鶏とか言う強そうな奴が引っかかったから、会いに来ただけ。倒しにな」
朝蝶から逃げながら向かった先で、暦猫が、見たことのない男と会話していた。
――すごく、強そうだなぁ。
だけど、あんな奴、いたっけ?
俺は影から、茶色い髪の青年を観察した。目は赤味がかった茶色。記憶にない。
でも、俺を指名している。引っかかったって、何にだろう。しかも俺、倒されんの?
え? 本当、誰アレ。
けどなぁ……出て行った方が良いよな。あの暦猫が、引きつった顔をしてるんだし。
勇気を出せ、俺。ん、え、いやでも、出て行ってどうすれば良いんだろう。そうだ、用件を聞こう。
「何か用か?」
「お」
すると青年がこちらを向いた。明るい顔で笑っている。闘志に溢れた強い視線がこちらを見た。戦う気満々だ……嫌だなぁ。折角朝蝶から逃げてきたのに。俺しかも今日、疲れてるし。
「俺は破壊神。他の世界の、な」
他の世界……?
そう言えば確かに、この世界の外にも、少なくとも二つは世界があるみたいだ。
俺よく、結界を張ってる。何か飛んでくるんだもん。で、確かに結界に、最近、妙にぶつかってくるものがあった。
きっとコイツだ。
あの結界で、他の世界から多分誤射で飛んでくる攻撃を防いでいたんだけど、それよりコイツの方が強いって事か。兵器より強いって……。
「相手してくれよ。なぁ?」
何でこの人、こんなに楽しそうなの?
けど、コイツが他の世界の標準の強さだとすれば、結界を張り直す時に、それより強力なのはれるから、ちょっと実力、見てみようかな。
「……ああ」
俺が頷いた瞬間だった。
容赦なく間合いを詰められ、近距離から攻撃された。
慌てて交わして考える。威力は――50打って所かな。打というのは、この世界での攻撃による体力(HPと呼んでいる)消費率の事だ。ちなみに攻撃をこちらから放った時に使う体力(もしくは精神力?)もある(MPだ)。うーん、属性は、この世界で言う風魔法に近い。
その後も同じくらいの威力の攻撃が、拳や蹴りから繰り出された。
「ふ」
破壊神が笑った。唐突に、500打の攻撃がきた。
俺は咄嗟に吸収結界を展開した。攻撃をそれで受け止める。吸収された攻撃は、時空魔法でどこかへ行った。今の、普通に当たってたら、この世界が揺らいだだろうなぁ。神々の攻撃で、あるいは喧嘩で、結構世界は傷つく。
「防戦一方かよ。手も足も出ないって?」
俺は繰り出され続ける500打クラスの攻撃を、三秒に一回ずつくらいのペースで、結界で受け止めた。
危ないよ、この人、この世界を滅ぼしに来たの? え、なんで? それは流石にちょっとなぁ。
「くっ」
止めなきゃなと思って、俺は700打くらいの威力の魔法を宿し、相手の鳩尾に膝蹴りを喰らわせた。まともに喰らったのに、すぐに破壊神は距離を取った。どのくらいHPが減ったかというと、1くらいだった。うわぁ強いなぁ。しかも躊躇無く500打とか打ってくるんだから、もっと上なんだろう。ちょっと、探ってみよう。
1000打の攻撃が来た瞬間、俺は回避してから間合いを詰めて、1100打の攻撃を放った。すると、1500打の攻撃が返ってきた。どうしよう、他の世界の神々って、これが平均なの? 襲われたら、この世界大変なことになるよ! 強い結界はらないとなぁ。しかもまだ余裕そう。もうちょっと、観察しよっ。でも眠いから、早く実力探れるように、倍々で行こう。上があれば、その威力で攻撃が返ってくるだろう。俺はそう思い、3000打の攻撃を放った。お、俺の攻撃をかわしたぞ。
「危ねぇなぁ」
でもこの人笑ってるよ……。けど交わしたんだから、当たると痛いんだろうな。そして5000打の攻撃がきた。吸収結界頑張ってくれ。ま、まだ余裕だけど、この結界なら。ふむ、10000打打ってみるか。打つと、10500打が返ってきた。11000打を放つ俺。12000打が返ってきた。15000打を打ってみよう――あ、やばい、まともに当たっちゃったよ。
「――流石だな」
破壊神のHPが四分の一ほど減った。あれで、四分の一か。この人、固いなぁ。固いというのは、HPが中々削れないことだ。
「俺もまだまだみたいだ。調子のってた。もっと強くなってから、出直すわ。またやろうぜ」
絶対に嫌だ。二度と、やりたくない。し、とりあえず50000打に堪えられる結界はるから、きっとしばらくは大丈夫だろう。だってこれまでに貼ってあった10000打の結界壊すのに、この人一年くらい頑張ってたみたいだし。
「じゃあな」
その時、ポンと、破壊神が近くの壁を叩いて、姿を消した。
あ、まずい。転移用の魔法(?)じゃないな、これ。けど、なんらかの転移用の紋章刻まれちゃったよ、壁に。そこから、破壊神は帰って行った。確実にまた来る気だ。ペンキ塗り直したら、来ないかな?
「――時夜見鶏」
暦猫の声で、我に返った。
「久しぶりに貴方の本気を見ました……やはり、強いですね」
いや別に、そんな。本気じゃないけど。
何て言ったら、イヤミになっちゃうかな?
「別に」
顔を背けて、俺はそれ以上会話が続くのを回避した。
それにしても、疲れたなぁ。早く帰って、寝よう。
その後も、容赦なく鬼ごっこは続いた(なるべく避けてるんだけど)。
俺は捕まえ続けた。続けたのだ! 頑張っていると思う。
もう五百年だ。俺は、1000回数えた所で、もう回数は数えないことにした。
あーあ。早く戦争終わらないかな。俺、血なまぐさいの、本当に嫌い。
それに、気まずいんだよね、すごく。
大抵無言の俺達。
「っ」
時折、やっぱり朝蝶はピクンとする。俺が贈った着物をいつも着てくれている。良かった、と思うが、そろそろ新しい服、あげようかなぁ。でもほつれてないし、あげづらい。
ただ一応用意しておこう。作るのは勝手だよね、俺の。
今度はどんな服にしようかなぁ。
俺は、じっと朝蝶を眺めた。
着物の試作品をいくつも作る内に、暫く経った。
今日も、朝蝶が<鎮魂歌>の庭にいる。俺は最近、朝蝶を避けるために、きょろきょろしている。
「また朝蝶のこと探してるの?」
愛犬天使にそう聞かれた。満面の笑みだ。
「ああ」
逃げなきゃならないからな。
「好きなの? ずっと、目で追ってる」
いや、目で追ってるのは、逃げるためだ。
「別に」
俺の言葉に、愛犬が苦笑した。俺が苦笑したいよ。けど俺の表情筋、あんまり動かない。
その日の午後、朝蝶と目が合ってしまった。もう、ヤだ俺。
追いかけっこ開始。
だらだらと俺は走る。本当、面倒くさい――ん?
なんだか、今日の朝蝶は、顔色が悪いし、息が上がっている。具合、悪いのかな?
え、鬼ごっこしてて大丈夫なの?
俺がそう考えた瞬間、朝蝶が倒れた。
「おい」
慌てて駆け寄り、とりあえず地面に激突するのを避けて、腕で受け止めた。
こちらをぼんやりと見た後、朝蝶は意識を失った。
捕まえたけど、捕まえたけどさ、これ、どうしよう? どうしよう!? 俺だって、病人を吊すほど、鬼じゃないよ? それに、休ませてあげた方が良いよね。確か朝蝶の部屋は、第二師団官舎にある。仮眠室もあるはずだ、俺の部屋と同じ造りなら。流石に敵の拠点である空族の館まで運ぶのは、俺怖い。絶対殺されるよ! 袋だたき確実。俺は、時空魔法で移動した。本当は<鎮魂歌>の宮殿内は、魔法禁止だ。だけど、破った。緊急事態だし。
それから俺は、寝台に朝蝶を横たえ、魔法薬を飲ませた。
多分、風邪だな。
って、あれ、吊すのどうしたらいいのかな?
考えている内に五時間が経過し、俺はその間、ぬれタオルを当てたりしつつ、朝蝶を見ていた。
六時間目が過ぎた頃、体調が良くなったのか、朝蝶が目をさました。
「っ」
そして唖然とした様子で起き上がり、俺を見て目を見開いた。
ぬれタオルが、ぽとりと床に落ちる。
もう夕食の時間は終わっていたし、胃に優しい食べ物が良いだろうと思って、俺は時空魔法で、おかゆを用意した。
「食べろ」
うん、絶対何か胃に入れた方が良いよね。
「……」
暫しの間、俺とおかゆを交互に見た後、朝蝶が食べ始めた。
それが終わったのを確認した時、朝蝶が困惑したように言った。
「あの……何故――吊さないんですか?」
え?
ええええ?
今から吊すの? もうちょっと、休んだ方が良いと思うな、俺。
「……」
休めと念じて、俺は朝蝶を見た。しかし続くのは無言。
しかたがないので、俺は石室へと移動した。
そして二時間吊して、帰った。
その一週間後、朝蝶が俺に歩み寄ってきた。
今は<鎮魂歌>内にいるので、追いかけっこはしなくて良い。
「あの……」
が、話しかけられて困った。え、何急に。何話すの? 何の用?
「……」
しかし朝蝶は、無言になってしまった。これって、俺が何か話し振るべき?
俺話題とか持ってないよ。そこで思い出した。この前、風邪ひいてたな。
「……具合は?」
大丈夫だろうけど。だってもう、一週間経つし。
「っ、平気です。その……」
朝蝶が俯いて唇を噛んだ。苦しそうだ。なんだろう、本当はまだ風邪?
俺は近づき、朝蝶の顔を見た。額触ってみようかな?
そう思い、熱を確認しようと右手をあげた瞬間だった。
「<鎮魂歌>内での攻撃は禁止されている」
聖龍の声だった。え、俺、攻撃してないけど? 何、俺の手が攻撃しているように見えちゃったとか? けど攻撃しちゃ駄目なのは分かってる。まずは、それを伝えてから、誤解を解こう。
「……そうだな」
聖龍は険しい顔で俺を見た後、歩き去った。
「……」
朝蝶は、俺を暫し見た後、やはり無言で歩き去った。
残された俺。
なんだか、よく分からない。何だったんだろう。
だがその後も、時折朝蝶が歩み寄ってくるようになった。
しかし話しはしなかった。
何故なのか、朝蝶が口を開きかけるか、俺が口を開きかけるかする前に、険しい顔で空族の誰かがやってきて、朝蝶様に触るな! とか、朝蝶様に近づくな! と言うのだ。近づいてくるの、向こうなのに……。
そんな日々が続き、暫くすると朝蝶も、以前同様すれ違っても無言になったし、俺に近寄らなくなった。まぁ、いいか。そうして前の通りの平穏(?)が、少なくとも<鎮魂歌>内では戻ってきた。
しかし、外ではそうはいかない。
俺は避け続けていて、朝蝶の気配に敏感になった。
師団の演習を森の中で行っていたら、不意に気配を感じたので、偵察に出る。何処にいるか分からないと、逃げようがないからな。すると朝蝶は、近くの傾斜している芝の上で、手を何かにさしのべていた。何をしてるんだろう?
凄い穏やかな笑顔だ。可愛いなぁと思う。俺には絶対に向かない系の表情だ。別に良いけど。笑いながら鬼ごっことか、怖いし。
それから朝蝶は、帰って行った。現在午後六時手前。もう少しで演習が終わるから、俺も帰らないとならない。だけど何を見ていたのか気になったので、俺も見に行った。
そこには鳥の巣があって、ヒナが数羽いた。可愛い、本当、可愛い。嗚呼、これを見ていたのか。朝蝶も、可愛いなぁ。動物好きなのか?
翌日も朝蝶は、芝を見に来た。
俺も、気になって、見に行った。笑っていると言うことは、ヒナは元気なんだろう。
そこへ親鳥が戻ってくる気配がした。朝蝶が、パンくずをあげている。
なんだか良いなぁと長閑な光景に対して感じていた時、朝蝶が俺に気づいた。
――やばい、目があった。
しかたがないので、俺は姿を現した。
「……演習をサボって良いんですか?」
確かに俺は、監視したり、演習しながら同時に討伐している師団の監督指揮もしているので、あんまり良くない。が、先にサボってたの、朝蝶だ!
「……別に」
なんだか、俺だけ駄目なの、ムッとした。
が、朝蝶が立ち上がった。
――て、足下! 巣があるよ! おい! 踏んじゃうよ!
俺はヒヤヒヤしながら息を飲む。
「何をしている」
焦って言うと、朝蝶が不敵に笑って、こちらへ詰め寄ってきた。あ、追いかけっこ開始だ。嫌、だけど、足が退いた! ヒナは無事だ! このまま逃げよう。そして機を見て、捕まえるぞ。
捕まえて、俺は石壁の部屋に吊した。
演習は後二週間くらいある。朝蝶の師団も同じ日程だ、勿論。
俺は次の日、午後三時には朝蝶の姿がないことを確認し、それ以降の時間帯はそこへ近づかないようにした。
演習と討伐。
半々くらいで行っている。
大体の場合、ここには、≪邪魔獣≫が、七体出現する。
内四体を、それぞれ新人が入った、第一・三・四五六・七師団に任せて(四五六は比較的強い相手なので合同にした)、残りの三体は俺が倒している。
今日も≪邪魔獣≫の二体目を倒していると、魔法で観察していた第七師団の討伐中に、新兵が殺される事を予知した。俺の、時夜見鶏の能力だ。予知できるんだ、俺。
しかし今から時空間魔法で、庇いに転移するには、目の前の≪邪魔獣≫の一撃を受けなければならない。ま、いっかぁ。弱いし。そのまま俺は、背中を抉られたので、服を修繕し、転移した。
「……っ、師団長!」
「下がっていろ」
俺は新兵――確か、ラクスって言う名前だったな――と、≪邪魔獣≫の間に入り、敵を倒した。
「気をつけろ」
そう告げると、何度もラクスが頷いた。
なんだか眠くなってきたので、誤魔化すようにちょっと笑ってから、俺は再び転移して、元々戦っていた≪邪魔獣≫の前に戻った。そして倒した。
その後も鳥の様子が気になったので、いつも午後二時ごろ見に行くことにした。
そんなこんなで、見ていたある日。
いつもより朝蝶が早く来たので、慌てて俺は森の中に戻り、木陰に背をよせ、見つからないように、朝蝶を一瞥した。今日はまだ、俺、鳥を見てない。
すると朝蝶が苦しそうな様な哀しそうな様な顔で表情を歪めて、巣の方を見ていた。
――なんだろう?
朝蝶は午後六時手前までそこにいた後、帰って行った。
「っ」
それを見計らい、巣に近づいて俺は目を瞠った。
親鳥が怪我をしている。朝蝶が手当てしたのか包帯が巻いてあったが、血が滲んでいた。
これは、このままじゃ、助からない。
俺は手持ちの回復用の魔法薬を、鳥に飲ませた。鳥って呼んでるけど、神界にいる以上、神様だし効くだろう。実際効いた。見事に怪我が治った鳥は、巣へ戻っていく。
――だけど怪我が消えていたら、同じ鳥だって、明日朝蝶が来たら気がつかないかも知れない。どうしよう。そこで俺は、近くにわざと魔法薬の瓶を置いていくことにした。これなら誰かが治したんだと分かってくれるはずだ。
しかし本当に分かってくれるか不安だったので、俺は翌日茂みに隠れて、朝蝶を待った。
無論、声をかける気はない。
だって目が合ったら、鬼ごっこ始まっちゃうし。
やってきた朝蝶は、鳥を見て息を飲むと、笑った。だが同時に涙を流した。
え、俺、泣かせちゃった?
どうしよう。誰か、慰める人、その辺にいないかな。第二師団の空族の人とか。でも俺が声かけるの、変だよなぁ。困っていると、目の前で、魔法薬の瓶を朝蝶が拾った。あれ、瓶いらなかったかも。瓶が無くても、気づいてた様子だ、親鳥に。どうしよう、これじゃあただのポイ捨て犯だよ。そんな事を考えていたら、朝蝶が不意にこちらを見た。
慌てて、木陰に入り、背を預ける。
良かった、まだ目が合ってない。
と、安心した瞬間だった。
真正面に、引きつった笑顔を浮かべた暦猫がいた。
うわぁ、嫌だ。気配とか無かったよ?
「――時夜見、話しがあります。ちょっと宜しいですか?」
声が冷たい。何か怒ってる。
「ああ」
コクコクと俺は頷くしかない。だって、怒ってるし。
連れて行かれた先は、<鎮魂歌>の一階にある仮眠室だった。ここは師団に所属していれば、誰でも使える。
「最近の貴方は目に余る。あそこで何をしていたのですか」
「……」
俺は溜息をついた。
「……鳥が傷ついていたから、見て癒していた」
緊張のあまり、変な言い回しになっちゃったよ。
絶対、鳥が怪我していたから、診察(?)して治していた、とかの方が良かった気がする。
「それで、朝蝶のストーカーまがいのことを? <鎮魂歌>内では飽きたらず」
暦猫が今度は溜息をついた。
ストーカー? 俺が? 俺が!?
「じっと朝蝶を黙って見ているなんて。追うでもなく」
確かに見ていた。見てたけどさ。え? 違うって、だから鳥があの親鳥だって分かるようにだよ!
「――別に俺は、」
「言い訳など聞きたくありません。そもそも――」
怒りで顔を歪めた暦猫が蕩々と説教を始めた。ああ、このパターン、三十分は喋り続けるぞ。嫌だなぁ。次に俺が否定するタイミングは、三十分後だ。口をその間挟もう物なら、凄い剣幕で暦猫は怒るんだよなぁ……三十分堪えろ、俺。
そうして三十分が経過した。
「――わかりましたか?」
「だから、俺は――」
「で・す・か・ら! 第一――」
うわぁ、また始まっちゃった……また三十分。俺、本当に泣きそう。しかも何か、眠くなってきた。まずい、寝そう。だけど此処で寝たら、暦猫にぶっ飛ばされるよ確実に。三十分後にもう一回俺は、否定しないとならないし。起きてろ、俺!
また三十分が経った。
「――よろしいですね?」
「いや、俺は、」
「いい加減にしなさい! 貴方という人は――」
あああ、さっきより怒ってる。このモードになると、暦猫の話しは一時間半は続く。もういいや、俺、否定するの止めよう。
その様にして一時間半堪え続けた俺は、本当に眠いなぁと思いながら、暦猫を見ていた。
すごく眠い。
「――いいですね?」
そしてやっと暦猫の話が終わった。もう、聞きたくないからね、俺。
「ああ」
俺は、頷いた。眠くて全く暦猫の話は聞いていなかったけど。
その日の夜、朝蝶と目が合ってしまった。ああ、嫌だ。嫌だよ。もう無理、暦猫の話しだけでも眠かったのに、此処まで眠気を堪えて、後帰るだけだと思ったのに。泣きそうだ。
しかも――そのまま追いかけっこは続き(なんか今日、朝蝶の足が速いよ)、翌日の朝が来た。一気に眠気が来た。
鬼ごっこは続いている。
やだなぁ。
蝶々を捕まえた俺は、無言で見ていた。
「あの」
だが……眠くてしかたのない俺に、朝蝶が話しかけてきた。なんで今日に限って。
「鳥へ魔法薬をあげたのは、貴方でしょう?」
うわぁ。え、何で俺だって分かったの? なんか、恥ずかしい。否定しよ。
「いいや」
うん、会話も打ち切りになるだろう。
「じゃあ……あそこで何を?」
うっ、凄い苦しいなこの質問。どうしよう。
「別に」
こう言う時は誤魔化すに限る。
「……」
そうして無言の時間が、いつものように訪れた。
今日はあと五分で終了だ。今日は無性に眠いから、早く終わって欲しい。
と、思った瞬間、俺の口が「別に」と動いていた。あれ、これ、時間巻き戻ってない?
朝蝶には、巻き戻す能力があるのだ。
え、嘘。また2時間? なんで!? 俺、凄く眠いのに……。
「何故時間を巻き戻した?」の?
「……あの」
朝蝶が、息を飲んで俺を見た。凄く、切ない顔だった。
「有難うございました」
凄く小さな声で朝蝶が言った。え、何が? 俺は分からず瞬きをした。やっぱり、鳥のこと? そうだよな、流れ的に。ま、まさか、お礼を言うために、巻き戻したとか? 律儀だなぁ。
「二つ、貴方には助けて貰いました。両方の、お礼を」
え、二つ? 何の話し? 俺、何したんだろう?
混乱して朝蝶を見据えたが、それ以上朝蝶は何も言わない。ま、別に良いか。なんかしたんだろう、俺。
「別に」
うん、別に良い。さて、おろそう。だって二時間、本当は経ってるし。
俺が拘束を魔法で解くと、朝蝶が石の床に降りた。そして歩み寄ってきた。
「?」
まだ何か用があるのかな? 俺、本当に今日は、眠いの。もういい加減、帰らせて。
すると朝蝶がいきなり俺の首に両腕を回した。
何、何、何? え、ここに来て、吊した復讐に、首閉める系? ヤだ! しかも、あ、まずい、俺本気で寝そう。考えてみれば、今、朝だし。やばいやばいやばい。
ああ、睡魔が。朝蝶が何か言おうと口を開いた。が、その瞬間には、気づくと俺、何故なのか天井を見ていた。じくじくと頭が痛む。嗚呼、倒れたんだな。頭を床にぶつけたみたいだ。しかし眠い。ああ完全に寝るわ、これ。だけど何でこんなに眠いんだろう。慌てた様子で、朝蝶が俺の体を抱きしめるように起こした。
「時夜見鶏? 時夜見!」
「……なんだ」
一応答えたけど、俺もう、本当に駄目、寝る。そのまま俺は寝た。
目が醒めたら、医療塔にいた。
白いベッドに独特の薬品の匂いがする。
「……起きたんですか」
そこに暦猫が入ってきた。
「怪我をしていたんですね」
「?」
俺、怪我してんの? 何処を? 下を見ると、包帯が巻いてあった。腹部から肩にかけて白い包帯が見える。言われてみれば、背中が痛い。斜めに痛い。ああ、そういえば、≪邪魔獣≫に背中を抉られたんだった。あの新人助けた時に。別の怪我で痛み止めの魔法薬飲んでたから、痛くないし忘れてた。服はその場で、破けてると恥ずかしいから、魔法で直したし。俺、それで眠かったんだな。怪我すると、本能で、回復しようと寝ちゃうんだよ。特に朝から昼はヤバイ。元々、俺その時間は寝てる神だし。
「すみませんでした」
それだけ言うと暦猫は出て行った。――何が?
そんなある日のことだった。
数えるのは止めたけど、多分2000回以上捕まえてると思う。
追いかける体勢に入った俺の前で、朝蝶はしかし逃げずにこちらを見た。
人気のない草むらで、俺は、追いかけた方が良いのか首を捻る。え、何? という心境だ。
「あの」
いつも、朝蝶の第一声は、あの、だなぁ。会話するの、十回目だけど。
「なんだ?」
本当、何の用だろう。
「たまには、僕も捕まえたいんですけど」
そう言って、朝蝶が哀しそうな顔をした。なんか、悪いことしてる気分だ。ごめん……。
だけどそうだよな。一応、これでも朝蝶は、俺に匹敵するほど強いと言われているのに、まだ一回も俺のこと捕まえてないし。可哀想だよな。
「それに……僕に捕まったらどうなるか、知りたくないですか?」
「……」
あんまり。出来れば知りたくない。俺の眉間に皺が寄った。だってさ、この人に捕まったら、拷問コースでしょ? 嫌だよ! さて、勇気を出して断ろう。俺、断るの苦手なんだよね。だから気合いを入れないと。
「貴方はずっと、これまで見ていた。何もせずに。だから僕も、貴方の血を見るようなことはしません」
そう言って朝蝶は、凄く穏やかに笑って俺を見た。
犬か何か……昔すぎて忘れちゃったけど、何らかの動物と遊んでいた時みたいな笑顔……に、似ているような似ていないような。鳥の時には似ている、かなぁ? 俺の記憶力、駄目だな。けど花が舞いそうなくらい、笑顔が可愛い。あ、次の着物は、花柄にしようかな。これまで無地を着ているところしか見たことがないし。どんな花が良いかな。考えていると、笑っちゃう。
「いいぞ」
うん、花柄で決まりだ。
「良かった」
朝蝶の声でハッとした。え、何が?
「今日は僕が捕まえて良いんですよね?」
よね? ってきたら、はい、って言うしか無くない? それ、質問じゃなくて、同意求めてるって言うか、もう確定してる言い方だよ。
「……ああ」
ううう、断れない、俺。俺、押しに弱い。
すると歩み寄ってきた朝蝶に、両腕を腰に回された。捕縛、か。自分より小さい朝蝶を、見おろす。なんか、良い匂いがするなぁ。香水でも作ろうかな、今度。
「捕まえた」
「……そうだな」
凄く嬉しそうな顔をしている朝蝶を見て、俺は、良いことをした気分だ。
今日は会話も続いているし、こんな事ならもっと早く捕まってあげたら良かった。
「僕の頼み事、聞いてくれるんですよね?」
「……ああ」
血は見ないらしいし、うん。祈ろう、こんなに可愛いんだから、酷いことはしないって。
お願いしますと祈るようなって言うか、祈りながら、俺は朝蝶を見た。
朝蝶は、時空魔法で取り出したらしい、緑色の瓶の蓋を開ける。
ごくりと、一気に飲み干した朝蝶の白い喉が、動いた。何飲んだんだろう。魔法薬みたいだけど、でもなぁ、喉でも渇いてたのかな。怪我してたり病気っぽい様子無いし。
何飲んだのかな?
「あ……僕、間違え……くぅッ」
間違えた!? 何と!?
見守っていると、朝蝶の顔が次第に朱くなってきた。目が潤んでいる。息づかいも荒い。
――え、副作用!? それとも毒飲んだの!?
俺今、解毒薬持ってないよ?
思わず唾を飲むと、思いの外大きな音が出てしまった。
「今の、ラピスラズリのビヤクだから……中に出して貰わないと……その……おさまらないから……時夜見鶏、楽にして下さい」
潤んだ瞳で俺を見上げながら、朝蝶が微笑んだ。
え?
ラピスラズリっていうのは、宝石だよな。ビヤク? ビヤクって、何? 何ソレ。微薬? 微妙に効くって事か? それとも美薬? 確かに朝蝶は綺麗だなぁ。いや、尾薬だったりして。尻尾はえてきたりして。何か怖いなそれ。いや、日薬かもしれない。きっとこれだ。だって空巻朝蝶は朝が範囲の神様だし、お日様でてるもんね。
いやでも、中に出してって、何? 中って何? 何の中? しかも、出して貰わないとって事は、俺が出すんだよな。俺からは、何にも出てこないよ? だって、だってさ。トークすら出てこないんだから! けどおさまらないし、楽にして欲しいって言うんだから、可哀想だし、俺に出来ることなら、何とか……。
「……ああ」
曖昧に頷いてみた。でも本当、俺何すればいいの?
すると蝶々が後ろを向いて、近くの岩に手を突いた。パサリと着物が芝の上に落ちる。着物の下には何も着ていなかった。え、下着は? つけないの? 持ってないの? 今度、下着あげようかな。
「早く、中を触って下さい」
「!」
その言葉に俺は唖然とした。中? 中!? 目の前に、中がありそうなのって、後ろの孔しかないけど、まさかソレはないよな? 俺は思わず、自分の考えに笑ってしまった。
「何処だ?」
聞いてみるしかない。
「何処を触って欲しいんだ?」
お願い、教えて! 正答を!
「……っ、ここ、です」
俺は目を見開いた。朝蝶の白い指が、後ろの孔に向かった。
え……え? えええ!? 本当に後ろの孔なの? 違ったら大変だよな。
恐る恐る、華奢な指が指し示す菊門へと指で触れた。違うって言って下さい。
「ぁ……もっと」
「……」
嘘だろ? どうしよう。
「ここか?」
つついてみた。再確認だ。
「うぅ……ぁっ、ン……はぁ」
朝蝶が、熱い吐息をはいた。
「早く中に……」
何これ。俺、よく分からないんだけど状況が。
「ここに、何を出して欲しいんだ?」
「っひ、酷い……っは、じらさないで……時夜見の、精液っ」
俺はショックで固まった。嘘だろ。嘘って言ってくれ。しかも焦らしてないし。酷いのはお前だよ! 精液って、要するに、何、俺、この人の中にアレつっこんで、イかなきゃならないの……? 俺、この世界で二番目に長生きだけど、童貞だよ? 神様だから、あんまり性欲とか無いし、っていうか、今まで、一人でしたことすらないし、出したこともないし、出るかな? いやきっと、出るとは思う。だって聖龍なんて、神様とか土地とか、沢山生み出してるし。朝蝶だって神様なのに、恐らく今、なんか性的な興奮を覚えている様子だ。なんで急に? あれかな、ビヤクのせい? ビヤクって、恐ろしいな!
「早く……っ、ぁ……ああっ」
朝蝶が、目を涙で潤ませる。泣きたいの、俺なんだけど。
神様だから、魔法で排出物は溜まる前に処理されるように、全員がしている。
だから後ろの孔も、多分大丈夫だし、後ろでしたって言う話しは、愛犬天使から聞いたことがある。けど、痛そう。
「いつも、どうしてるんだ?」
「っ」
俺は、わざわざ俺にこんな姿を見せるんだから、慣れているんだろうと判断し、直接朝蝶に聞いてみることにした。
「ぼ、僕、そんな……いつもなんて……酷い」
蝶々が泣いちゃったよ。涙をぽろぽろこぼしている。これ以上、聞かない方が良いかも。
――多分、何とかして、解すんだろうな。入るように。愛犬がそんな事言ってた気がする。
けど俺、起つかなぁ……朝蝶は可愛いけど、これまで勃起したこと自体無いのに。
「出して欲しいんなら、起たせてくれ。出来るだろ?」
しょうがないよね、どうすれば起つのか分からないし。きっと朝蝶なら、起たせ方知ってるよね。うん、多分。
「っく……と、時夜見ッ……わ、分かったから……ああっ」
何か喘いでる。
俺がそれをぼけっと見ていると、泣きながら朝蝶が、急に俺の下衣に手をかけた。
下着ごと脱がされた俺は、立ったまま、不意に股間を捕まれ、思わず眉を顰めた。
そんな俺には構わず、朝蝶が俺のソレを口に含んだ。手が両側を支え、上下する。え、何? 何で咥えてるの? 中って、口の中? いや、さっきの流れ的に、後ろだよな。
そのまま暫く弄られ舐められ、その内に、なんだか体が熱くなってきた。何か出そう。トイレ行きたいとか、久しぶりに思った。けど魔法かかってるから、恐らくこれが精液なんだろう。
「もう良い」
「っ」
「離せ」
つい、無理! って気持ちを込めて、言ってしまった。語調がきつくなっちゃったよ。
ま、無理でも早くやらないと。
俺は後ろを向かせて、時空魔法で魔法薬の原料となるドロドロした液体を取り出した。これだけならば、人体(いや神だけど)には無害というか効果はない。ソレを指にとり、ゆっくりと、朝蝶の後ろの孔を見た。桜色だ。とりあえず一本、指を入れてみる。
「ん、ぁああっ」
ぶるりと朝蝶が震えた。寒いのかな? 裸だしなぁ。
溜息をついて、俺は魔法で周囲の気温を若干上げた。後、虫に刺されたら可哀想だから、虫除けも魔法でした。
そうしながら、指をさらに奥へと進めて、動かした。他にどうして良いのか思いつかなかったんだ。
「ふっ、あ、いやッ」
え、いやなの!?
「もっとぉっ」
ん? もっと? 指もう入らないよ? ああ、もう一本?
「ンあ――ひっ、うあ」
「これが望みか?」
そうだよね? 指増やせって事だよね。
しかしそう言えば、愛犬によれば、後ろの孔は、気持ち良いらしい。けど蝶々がボロボロ泣いてるから、ちょっと不安だなぁ。困ったなぁ。聞いてみようか。
「気持ちいいか?」
後、痛くないかな? 大丈夫かな?
「は、はい……っ」
震える声で朝蝶が、小さく頷いた。俺はほっとした。
二本の指を暫く適当に動かしていると、不意に朝蝶の体がビクンと跳ねた。
「あ!」
なんだ? 痛かったのかな……? 俺、ちょっと萎えてきちゃった……! 魔法で俺のソレを、維持するよう、努力した。
「そ、そこは……っんぅ」
「ここか?」
やっぱり痛いのかなと思って、反応したところを優しく刺激した。
「はっ、ぁああっ。も、もう僕……んぅ、イっちゃう……っ」
その言葉にチラッと見ると、反り返った朝蝶のソレの先端から、透明な雫が漏れていた。
ああ、前さわんないと、イけないんだろう。ここから出るらしいし。
俺は、後ろでイっちゃいそうになるらしいって事は気持ちいいのだろう箇所を刺激しながら、もう片方の手で、朝蝶の前を触ってみた。
「うあっ、ああっ、そ、そんな……っ、ああっ」
朝蝶の体が震えている。まだ寒いのかな?
「も、もう、中に入れてっ」
あ、忘れてたよ俺。その言葉に指を引き抜き、俺のソレをゆっくりと入れた。何かきつい。痛くないかな、大丈夫かなぁ。朝蝶の様子をうかがうと、眼がとろんとしていた。
「ああっ! そんな急にっ」
まだ入れちゃ駄目だった!? どうしよう、そうだ、抜こう!
俺はゆっくりと腰を退いた。
「いやっ、ああっ、もっと奥を――ひっ」
どっちだよ! また俺は腰を進める。
「う、ああああっ、や、いやだ、焦らさないでっ」
んー、焦らすってそれ、ゆっくり出し入れした今のが嫌だって事かなぁ。
確認しようと、俺はちょっと激しく出し入れしてみた。
「あ、あ、っ、んぁ、や、ぅう」
「……どうだ?」
今度は大丈夫かな?
「もっと突いてっ、ああっ、奥、あ、さっきの所ッ」
いやさっきの所って多分ピクンとしたところだろうけど、あれそんな奥じゃなかったような気がする。どうしよう。とりあえず奥を激しく突いてから考えよう。と言うことで、俺は頑張って腰を動かした。すると朝蝶の体が前にずれたので、しかたがないので腰を支えた。
「あ、ああっん、ひゃっ、激しッ、ああっ」
あれぇ、今度はやり過ぎたかな、俺? さっきのピクンとした所に変えよう。
「ふぁああッ、ひ、あ、ア、駄目、駄目もう僕――で、出る」
「……」
と言うことは、俺もイかないと。
出せ俺、頑張って出せ! なんかちょっと、熱くて絡みついてくる感じで、朝蝶の中は、うーん、これ……これが、気持ちいいって事なのかなぁ。よく分からないけど、若干俺は、体が熱くなった気がした。まぁ暑くなる魔法かけたし、俺は上の服着てるしなぁ。ちょっと判断がつかない。でもなんか出そうだし。ぐちゅぐちゅと音がする度に、動かす度に、その出そうな感じは強くなる。
「ああっ――ッ、ん、こ、こんな……あ」
ガクガクと朝蝶が体を震わせ、泣いている。そろそろ、何とかしないと!
俺は強く中へと打ち付けて、朝蝶の前も、一回指で輪を作り上下させた。
「ひァ……!」
何か、出た! 良かった! 朝蝶の前からも何か出た!
ふぅ。終わった。やっと終わったよ。
俺、頑張ったなぁ……これって、童貞卒業なのかなぁ。
岩に崩れるように、ぐったりとした朝蝶が、息を整えるように浅い呼吸を繰り返している。
魔法で朝蝶の穴の中や下腹部を綺麗にして、自分の下腹部も綺麗にし、全身の汗を取り去った。それから下衣をはき直し、どうしたもんかと朝蝶を見る。
もう帰って良いよね。だけど、此処に残してって良いのかな?
「もういいか?」
聞いてみた。
「……は、はい……」
頷いた朝蝶に、とりあえず着物を掛けてから、俺は帰った。
もう二度と捕まらないことにしようと決意して。
それにしても、魔法薬を間違えるなんて……危ないよなぁ。何と間違えたんだろう。本当は俺に何をしたかったのかな? きっと、俺しか周囲にいなかったから、俺に中に出せって言ったんだよな。なんか、悪いことしちゃった気もする。けど、しょうがないよな。
間違いは、誰にでもある。
その数日後のことだった。
もっのすごく機嫌が悪そうな声の聖龍に念話(心で考えたことが伝わる会話法)で呼び出され、俺は、休日だから寝ようと思っていたのに、<鎮魂歌>の宮殿に出向いた。
「何故呼び出されたかは分かっているだろうな?」
「……?」
全然見当もつかない。だって俺、真面目に仕事してるし。
憤怒に駆られるように沈黙してから、じろりと俺を睨み、聖龍が歩き出した。
俺も無言でついていく。
すると、応接間に辿り着いた。
中に入ると、悔しそうに泣きそうになっている蝶々と、沢山の空神がいた。
空の神々は、皆俺を怒りの形相で睨んでいる。え? なんで?
この前の戦で倒しすぎたとか?
それ以外思い当たることはない。
「うちの大切な朝蝶になんて事を……!」
外見は年老いている空神の一人が叫んだ。俺の方が絶対的に年上なんだけど、俺、もう暫く外見変わってないからなぁ。
「無理矢理犯すなんて!」
「それもビヤクを使って!」
「最低だ!」
そのまま凄い剣幕で糾弾された。
何事だかよく分からず聖龍を見ると、こちらも蔑むように俺を見ていた。
「擁護しかねるぞ。今回の行いは、最低だ」
何が?
俺、一体何をしたんだろう。
「……」
暫く考えた。朝蝶を見ると、目があった瞬間、怯えるような顔をされた。
「性交渉は、同意の下、双方が愛し合って行うべきだ」
聖龍の言葉に、虚を突かれて俺は小さく目を瞠った。
性交渉――……? あ、このまえの、アレか!
けど同意してたというか、いやぁ俺は同意した覚えないけど向こうが頼んできたんだし……またビヤクって単語出てきたけど、アレは朝蝶が誤飲したんだし……最低、は、勘違いだろうとして、犯すって、ああ、性交の事か。SEXって奴か。けどこれじゃあ、何か俺が、無理矢理ヤったみたいじゃん? 聖龍も、擁護しかねるって言ってるんだから、俺がヤったと思ってるって事だよな。えええ。
困惑して朝蝶を再び見ると、哀しそうな顔をしていた。
そこで、ハッとした。
きっと、後ろでヤっちゃったのが、朝蝶は恥ずかしいんだろう。
それでこんな嘘を……! ちょっと笑っちゃった。
だとしたら、ばらしたら可哀想だ。俺は、何も言わないことにしよう。そう決めた。
周囲は罵詈雑言の嵐だったが、暦猫の説教に日夜堪えている俺は、聞き流すことが得意だ。ぼんやりと、次はどんなアクセを作ろうかなぁなんて考える。
「何か言ったらどうだ?」
「……」
聖龍の言葉で一時意識が引き戻された。だけど何か言ったら、朝蝶が可哀想だし。
俺は何も聞こえないよう、風魔法をひっそりと使い(此処も本当は魔法禁止だし)、音声を遮断した。
「謝罪をしろ!」
また聖龍が何か言っていたが、もう俺には聞こえない。
そのまま一時間くらい俺は無言を貫き、やっと解放された。
なんだかよく分からないが、帰り際、すれ違う度に道行く兵士に険しい視線を向けられ、ひそひそされた。なんか居心地が悪かったので、さっさと俺は帰宅した。寝よう。