SIDE:破壊神@最強(後)
そんなこんなで、一緒に暮らし始めて。
そして――僕は、思った。ヒューズは、時折友達と約束があると言って出かけていく。
しかし僕にはそんな事はほぼ無い。
あるとすれば、ヴァレン(の他は以下略)に誘われる魔物――≪世界敵≫討伐だけだ。
完全に、ぼっちなのがバレそうだ。それを好きな人に知られたくなんて無かった。
誰かいないか、誰かいてくれ!
そんな思いで、そう言えばと、恐る恐る時夜見鶏の事を思い出した。
お礼を言わなければと思い、飲みに誘った気がする。
今何をして居るんだろう。
僕は意識を集中させて≪閲覧紋≫で動向を探った。
「≪総合世界神称号――殲滅神:時を入手しました≫」
「≪総合世界神称号――闘神:時を入手しました≫」
「≪総合世界神称号――救世神:時を入手しました≫」
「≪総合世界神称号――滅狂神:時を入手しました≫」
「≪総合世界神称号――破壊神:時を入手しました≫」
え……? え、マジでなにやってんのこの人(神)!
僕の記憶が正しければ、時夜見鶏の世界は、他世界とは交流を結んでいない。
なのに何でこんなに称号持ってるの?
僕にはよく分からない。
だが僕の目的は、そこではない。
ヒューズに友達0だと悟られないように、出かける事なのだ!
よし、勇気を出すんだ、僕!
「≪時夜見鶏≫」
僕は、足蹴にされるかなだなんて恐れつつも、≪連絡紋≫で連絡を取った。あれ≪通信紋≫だったかな。長いこと使っていないので忘れた。確かあちらの世界では、≪念話≫と呼ばれていた気がする。
「≪……なんだ?≫」
すると少し間をおいて、連絡が返ってきた。その事実に心底安堵する。
「≪前に飲みに行こうって言ったじゃん? 今日とか、次の休みとか、どう?≫」
僕はリア充っぽくそう告げた。
本当は、唇は震えていたし、泣きそうだったし、怖かったし、体も緊張していたんだ。
「≪――ああ、今日なら≫」
しかし返答が来た。返答が来た――!! え、良いの? 僕と飲みに行ってくれるの? 僕、自慢じゃないけど、誰かと飲みに行った事なんて無いよ? 何処に行けばいいの!?
「≪何時が良い?≫」
僕は内心の動揺を押し殺しつつ、さも余裕たっぷりに聞いてみた。
「≪二時間後だと仕事が完全に終わるから有難いが、そちらの都合に任せる≫」
「≪じゃあ移動時間もあるだろうし、二時間半後に、イデルア世界の9Nでどうだ? そこの噴水前。あそこなら、飲み屋の商店街の前だからさ≫」
確か前にヒューズが読んでいた本に、その場所が載っていた気がする。開きっぱなしだったから、掃除をしながら、僕はそれを眺めたんだったっけ。
「≪分かった≫」
そんな風にして通信は途切れ、僕は一人嬉しさでガッツポーズをした。
やった、やった、やったよ僕!
多分初めて、人(神)を誘うのに成功したんだ! 自慢じゃないが、≪ヴァレン≫にすら、僕は自分から連絡を取った事も無いんだ(本当に自慢にならないよね)。
待ち合わせ場所は、その神様ガイドブックに載っていたから、絶対外してない!
「これでリア充への第一歩……!」
そう思うと嬉しくて、頬が緩んだ。
――そんな俺の表情を、まさか隠れて、ヒューズが見ているなんて知らなかった。
初めて入った居酒屋の店内は、暗い暖色の照明で彩られていた。
二人でカウンター席へと座る。
「よ、久しぶりだな」
僕は内心は兎も角、口調はいつもリア充だ。
「……ああ」
「元気にしてたか?」
「……まぁな」
なんなんだろう、コイツの喋る前の沈黙。ただ、何かそれが心地良いんだ。僕と同じコミュ障な気がして……! 何だろう、コミュ障には独特の匂いでもあるのかな。
「色々と≪世界敵≫倒して、称号取得してただろ? 幹部でも狙ってんのか?」
なんでもヴァレンによれば、多くの称号を取得した者が、高位の上官になるらしい。
「≪世界的≫な患部……? なんだそれは。重病か?」
「いやほら、この前のタコみたいなの倒した時に出る奴」
「ああ、あれか。昼寝した時に沢山出てきたんだ。今も昼寝すると良く出てくる。あのゴミみたいな奴だろ。あれが?」
最初は駄洒落かと思った僕だが、時夜見鶏が本気で分からないという顔をしていたので、この話を打ち切ることにした。
「所でさ、恋とか、した事ある?」
そして僕は、直球で切り出す事にした。今日の目的は、ボッチじゃない風を装うことの他に、自分の気持ちを誰かに聞いて貰いたいと言うこともあったのだ。
「いやぁもう、俺、本当好きになっちゃってさぁ」
そうなんだよ、そうなんだよ、そうなんだよ!!
多分僕はもう絶対的に、ヒューズのことが好きなんだ。うわぁぁぁぁ。恥ずかしい。
だけど時夜見鶏はさ、別世界の神だから、絶対に話しても、僕の世界には漏れないし。
僕は今日は散々、思いの丈をぶちまけようと考えていた。
コレまでに恋なんかしたことがない僕だから、本当にどうして良いのか分からないし、未だに本当にヒューズが僕を本気で好きなのかは分からないけど、だけど……もう絶対僕は、ヒューズの事が好きなんだと思う。すごく大切なんだ。
グイグイと麦酒を煽り、音を立ててジョッキを置いた。
「……そうか」
そんな僕に、時夜見鶏が淡々と言った。黒いような茶色いような瞳が、初めて僕を感情的に見た気がする。戦っている時とは異なる、好奇の目線である気がした。やはり夜のように無表情の外見をしている時夜見鶏であっても、恋とかするのかな。
「恋って良いな」
「……恋か」
僕が告げると、時夜見鶏が黙ってしまった。どこか哀しそうに見える、もしや……悲恋? 僕、地雷踏んだ? 慌てて、次に来たジョッキを傾ける。どうしよう、僕コミュ障だから、だけどそれを言い訳にも出来ないくらい、人を慰めるなんて、苦手だ! だから必死で次の言葉を探した。
「お前は誰かいないの?」
「……好き、とは、どんな感じだ」
しかし返ってきた声に息を飲んだ。あれ? もしかして、地雷以前に、いないって事?
印象的に、引く手あまたって感じに見えたから、凄く意外だよ。
「え、そっから? そりゃぁ……」
「ああ」
「目が合うとドキドキしたり」
僕は必死に、ヒューズの事を思い出しながらそう告げた。
どちらかと言えば、今日の味噌汁はちゃんと溶けているのか、今日の魚はちゃんと中まで焼けているのか、という思いで、ドキドキする方が多いのだが。最近は僕が作るから、大体大丈夫なんだけどね。ただ三日に一回は、やはり向こうが作るって言うんだ。
「気づくと目で追ってたり」
だって、放っておくと、洗濯物がアイロンで焦げてるだもん……。
「可愛いなぁとか思ったり」
うん、でもやっぱり、そういうのを総合して、可愛いなって思うんだ。
だって僕のために必死にやってくれているのが分かる。
箱入り息子(だろうからさ、現在の創世神の一人息子だし)と分かるのに、頑張ってくれているんだよ、僕なんかのために。僕にはすぎた、お嫁さんだ!
「もっと話しがしたいと思ったりさ」
ただ、いくら可愛いお嫁さんでも、味噌はきちんと溶かして欲しいし、魚は中までしっかり焼いて欲しいんだよねぇ……うう。いつか、はっきりと話しがしたい。でも神話のせいだとはいえ、僕なんかのお嫁さんになってくれたんだし。言えないよね……。
「会いたいなぁ、とか」
そう、そうだ、これだよ! ≪世界敵≫と戦っている時は会えない。
何故なのか、ヒューズのことを思い出すんだよね。
「けど、会えない辛さって言うの?」
だって会っちゃたらさ、ヒューズが≪世界敵≫に攻撃されちゃうしなぁ。
まぁ、僕の話はもういいや。とりあえず、時夜見鶏に聞いてみよう。
なんか、なんとなく、今日話してて思ったんだけど、時夜見鶏って本当に話しやすいんだよね。
「好きまで行かなくてもさ、気になる奴とかいないの?」
「……いる」
片思いなのかな。
少々渋るように言った時夜見鶏を見て、時夜見でもそんな顔をするのだなぁと、僕は苦笑した。恋って、そう言うものなのかも知れない。
ただ時夜見鶏くらい格好良ければ、恋人なんて直ぐに出来そうなのに。まぁ綺麗で近寄りがたいとかって理由で、周りが寄ってこないタイプの童貞もいるらしいしな。童貞だとすれば、そこだけは僕と被ってる。まぁ神様だから、あんまり性欲とか無いけどね。
「それが好きって事だよ」
そう言いつつも、僕は気になった。一体誰だろう。
あの世界では、僕が知っているのは二人(神)だけだ。
最初の一人は凄く綺麗で、多分本気を出せば僕と良い勝負が出来そうな、銀髪で緑色の瞳をした人(神)だ。
もう一人(神)は、どちらかというと媚びる感じの愛らしさを持つ、金髪の巨乳だった。
「で、誰だよ? あの綺麗な人?」
僕が聞くと、時夜見鶏がジョッキに手をかけた。
「……誰だ?」
「ほら、俺達が最初に会った時さぁ、いたじゃん、横に。銀髪のさぁ」
誤魔化すって事はそうなのかなぁと思いながら、僕もジョッキを傾けた。
「……いいや。綺麗って……」
だが応えた時夜見鶏は、確実に笑うのを堪えている顔だった。寧ろ笑みが漏れている。
この反応は、絶対に好きじゃない上、綺麗だとすら思っていないだろう。
なんてもったいないんだ!
僕の世界には、創成神がいないから知らないが、恐らく時夜見の世界を作った神は、絶対に面食いだと思う。時夜見鶏を見ていても。ちょっとだけムッとして、俺は唇をとがらせながら言った。
「はぁ? ちょっといないだろ、あのくらいの美人なんてさぁ。何それ、イケメンの余裕?うわぁ、イラッときた」
「……違う。悪い」
ってか、違うって、違うって、何? イヤミの重ね塗りだろ!
さらには、悪い? 悪い!? 自分の顔面を意識しているって事か!
……けどさ、僕に初めて出来た、一緒にお酒を飲める友達だし……。嫌でも、なのだから、ちょっとくらい、つっこんでみても良いのかな? とりあえず会話が途切れないようにしよう!
「そんなマジにとるなって。んじゃあ、あれ? あの可愛い人? 巨乳の」
「……誰?」
「ほら、二回目に会った、タコ倒しに行った時に、側にいたさぁ」
「まさか。あいつ、あの時は女性型の人型使ってたけど、本来男神だぞ」
半眼で時夜見鶏が言った。別に興味はないので、曖昧に僕は笑うに留める。
「俺の……その、気になってる子の方が可愛い」
しかし、しかし――!! 俺と同じく童貞的な意味合いで魔法使いっぽかった時夜見からまさかの発言が出た!! なんだと!? やっぱりいるんじゃん。
とはいえ、ヤったとは限らないし、ヤっていないとしても、初めての友達(?)なんだから、僕は応援しなきゃ!
「ふぅん。じゃあ俺の知らない奴だな。けどさぁお前、綺麗な奴にはちゃんと綺麗って言わないと駄目だ」
最初は無論、時夜見鶏の好きな相手を想定して告げた。
「……そうか」
だが俺は、時夜見鶏を見て、確信した。なんていうか、こいつって結構言葉をそのまま受け取る気がする。だとすれば、僕がさっき綺麗だっていったナンチャラ猫さんに綺麗って言いそう。ならば、ならば……言葉を素直に受け取る事を好意的に解釈してというか、嫉妬させるように仕向けるのが、友達(?)としての役割ではないのか!!
「できれば、その気になってる子の前で言え」
「何故だ?」
「うーん。言ってみれば、分かるよ」
僕は一人自分の思考を納得させて頷いていた。多分もう結構酔っていた。
だけどね、時夜見の幸せ(あ、いつの間にか渾名で呼んでた。しかも怒ってない!)を本気で願っていたんだ、僕は。あと、生ビールを生とか生中とかいうのって、リア充っぽいよね。うんうん。
「ま、健闘を祈る――すいませーん、生もう一杯!」
それにしても、帰ると家に人がいるって、なんだか新鮮だ。そもそも家の存在自体が、新鮮なんだけどさ。
「遅かったな」
僕が戻ると、ヒューズが出迎えてくれた。
これまで最初に宣言してからモンスター退治に出かけるか、ヒューズも察知する勇者との対決でしか外出していなかった僕は、その言葉に寧ろ誇らしい気分になった。
「ああ、友達とちょっとな」
これで、本当は、ぼっちの僕にもちゃんと友達が居ると思ってもらえる。
そう思えば頬が持ちが上がった。ただ、別にそんなに遅い時間じゃない気がする。だって七時手前くらいから飲んで、今九時過ぎくらいだし。でも、でもさ、なんだか今日はボッチ脱出記念日でもあるし、ちょっと嬉しい。
「俺にだって色々付き合いがあるし、友達と飲むこともある。だから、寝ていて良いぞ」
僕は余裕たっぷりでそう告げた。双眸を伏せ、唇で弧を描く。まぁまだ寝るにはちょっと早いかも知れないけどさ、一回こんな風にリア充な台詞を言ってみたかったんだよ、僕。
だが――その時だった。
「いッ」
ガンと扉に頭を強打され、ヒューズの体と扉の間に押し付けられた。
両手は俺の腰に触れている。
「え……?」
困惑して見上げると、眼を細めたヒューズが、嘲笑するような顔をした。
そのまま両手で、僕のデニムを下ろし、僕を扉に押し付けたまま、ヒューズがそれを咥えた。
「え、ンぁ、ああッ」
初めて口淫される感覚に、僕は思わずヒューズの髪をつかんだ。
柔らかな髪の感触を感じるよりも、何よりも、唇が上下し、先端を時折舐められるのが、苦しい。膝が震え始めた。立っているのが辛い。
「や、止め――」
「お前が悪い」
「な、なんで……ッああっ!!」
何故なのか、冷たい、怒っているような声でヒューズが言った。僕、何か悪いことした?
そもそも、そもそもだ。僕はコレでも神様だから、童貞というか、性交渉などコレまでした事が無かった。先ほどは酔いに任せて散々、ヤったヤらないとか言ってたけどさ。そもそもそんな必要など無かったのだ。新たに生まれた神は違うのかも知れないが、それでも性欲を感じた事は無い――今までは。ただ、神話が連なるにつれ、神々同士の間でも、そう言うことが行われるようになったとは聞いていたから、僕の体が反応してもおかしくはない。
けれど、けれど、だ。
皆に愛される神様のヒューズと破壊神の僕とじゃ釣り合いが取れない。
なのだから、神話通りに僕が無理矢理犯すことがあったとしても、逆は有り得ない。
「や、やだ、止め」
僕は懇願した。けれどヒューズの唇の動きは止まらず、僕の快楽を煽っていく。
知らない感覚だったけど、間違いなく気持ちよかったから、コレが快楽って奴なんだと思うんだ。涙が浮かんできた。肩で息をしてしまう。
「ま、待って、本当に待って、僕、出した事なんて一回もない」
泣きながらそう告げ、ヒューズの頭を離そうと無我夢中で髪の毛を掴む。
すると驚いたように、彼が顔を上げた。
「出した事が無いって……本当か?」
何度も頷きながら、浮かんできた涙を必死で堪える。こんな感覚を僕は知らない。
少なくとも、僕がこの世界に生まれた時には無かっただろうから。
だって僕は子供を連れて僕の元に来る神々がどうやって子を成すのかも知らなかったし、てっきり人間が作りだした神話から出てくるのだろうと思っていたのだ。
「――前も後ろも?」
「後ろ?」
訳が分からず首を傾げた。女神ならば、後ろというか、足の親指と親指の間に入れるところがあるのは知っている。僕は入れた事が無いけれど。しかし男神には、その箇所がない事くらいは分かる。だって僕も男だ。
「確かめても良いか?」
「え、どうやって……って、どこをどうやって?」
純粋に疑問に思っていると、いきなり片手で右足を持ち上げられ、扉に更に強く押し付けられた。
呆気にとられて目を見開くと、露わになっていた僕の後孔に――いきなり指を一本、当てた。そしてその表面を、突くように撫でられる。
「え、あ」
どういう事か分からずポカンとしていると、それがユルユルと襞を撫でるように動いた。
思わず体に力がこもる。
「何、何するんだよ? そんな、待って」
僕は心中の一人称である『僕』の言葉も、普段発している『俺』の言葉もまぜこぜになるくらい狼狽えていた。何せ暫し弄ぶように入り口を撫でた後、それが第一関節くらいまで入ってきたからだ。
「ヒ、あああッ、あ、あ」
呼吸をするのがやっとで、指の異質感に背がしなった。
扉に押し付けられている僕は、正面からヒューズの顔を見ている。
「や、止め――」
「他の男と、神界でも噂のデート街の、それもデートスポットとして有名な場所に二人で出かけるお前が、初めてなんだとしたら、だ。今奪わなかったら、今後どうなるか分からないだろ?」
「な」
何を言われているのか分からない。その時だった。
「う、あ!!」
不意に、全身がびりびりとする箇所をつかれて、崩れ落ちてしまいそうなほど、僕は体を揺らした。腰も太股も震えて、もう立っているのが辛い。持ち上げられている足がビクビクと震えた。思わずキツく目を伏せると、涙がこぼれてきた。
「ヤダヤダヤダ、そこ、嫌だ!!」
「へぇ、ここがいいのか」
「うあぁあああッ、止めて、本当、止めて、そこは嫌だッ」
本気で僕は頼み、涙がこぼれる顔を何度も否定するように揺らした。
そこを突かれる度に、正気を失いそうになる。
「いや、いやだぁ、あッや、やだ、ねぇ、なぁ、や、め」
僕の声は掠れ、涙すらも嗄れそうになっていた。
気がつけば、思いっきりヒューズの事を抱きしめていた。
「お願いだから……ヒューズ、なぁ……こんな、こんな……」
我ながら、乙女なのかも知れないとは思ったが、初めては優しくして欲しいと思っていたのだ。
「酷いことしないでくれ……もっと、優しく……ァ」
そう呟いた時、俺は快楽と全身を遅う疲労感で意識を失った。
次に目を覚ましたのは、味噌汁の匂いでだった。
シャワーを浴びてから、着替えて階下に降りると、久方ぶりに料理をしているヒューズの姿があった。最近はずっと朝は僕がやっていたから、なんだか懐かしい。
「体は、平気か?」
そう問われ、急に恥ずかしくなって顔を背けた。
別に、ただ後ろを弄られただけなのだから、大丈夫に決まっている。
「ああ」
頷きながらも僕は、考えていた。
昨日――そう、昨日、最後までする未来だってあったと思うんだ。
そうしなかったのは、多分ヒューズの優しさだ。
それは死を求める僕を殺してくれないこの世界よりも、ずっと優しい。
僕は……あるいは、ヒューズの事が好きだからと言う理由で、生きていても良いのだろうか? 時夜見鶏には、さも余裕たっぷりのリア充風に告げたが、本当は僕は不安なんだ。僕自身の気持ちもだが、それよりも、ヒューズが思う僕への気持ちが。
そもそも人間が神話を作らなければヒューズはここへは来なかったのだ。ヒューズは自分がそれを作らせたと言ったが、そんなのただの優しい嘘なのかも知れない。あるいは僕へ対してではなく、自分自身を納得させるための。
だと言うのに、何故僕が飲みに行くのを嫌がるんだろう?
「なぁ……もう、時夜見鶏と飲みに行っちゃ駄目か?」
僕がおずおずと聞くと、鍋をかき混ぜていたヒューズが振り返った。
「行きたいのか?」
「まぁな……あっちの恋の行方も気になるし、それにこっちの……」
こっちの恋愛相談もしたいだなんて、気まずすぎて言えなかった。
きっとヒューズは別に僕の事なんて好きじゃないんだろうし。ただの強制された関係なのだろうから。多分この前のアレは、所有欲みたいなものだろう。
「――向こうには恋人が居るのか?」
「うーん、話聞いてると微妙だけどな。時夜見鶏が気になってる相手は、相手側は確実に時夜見のことが好きな気がする」
「お前がその、時夜見鶏を好きだと言うことは?」
「そりゃ良い奴だし好きだよ。ただ俺と時夜見が話したいと思うのは、そう言う好きじゃないから」
僕はそう言いながら、また味噌が浮かんでいる碗をさしだしてくれたヒューズを見た。
どうしてそんな事を言うんだろう?
「じゃあお前は、誰の話をしたんだ?」
唐突に言われて、僕は真っ赤になってしまい俯いた。
本人に、そんな事言えるはずがないだろう。
第一、本当に僕の事なんて、好きになんてなってくれるはずがない相手なのだから。
「お前が好きなのは、誰なんだ、ジャック?」
「っ」
「言い換える、お前の恋人は誰なんだ、ジャック」
僕はその答えを頭の中ではヒューズだと思っていたが、それを口に出す度胸はない。
だからキツク目を伏せた。
「俺だろ?」
「な」
「俺以外の回答は認めないぞ」
そう言われ、思わず息を飲みながら、目を見開いた。
信じられなかった。
有り得ない。
ヒューズはみんなに好かれる神様で、僕はみんなに嫌われる神様だ。
「――それ、本気で言ってるのか?」
「あたりまえだろ」
「何で、俺なんかを……」
……僕なんかを、そんな風に言ってくれるの?
訳が分からない。苦しくなって、吐きそうになった。嗚咽が漏れそうになったから、慌てて口を掌で覆う。最終的に嫌われるのならば、此処へ訪れる勇者達のように最初から嫌ってくれていた方がずっとマシだ。
「ずっと、ずっと好きだったんだよ。最初は、どんな奴なのかと思って見に行って、それで、勇者にわざと倒されて岩の陰に隠れるお前を見て。馬鹿じゃないかとすら思ったけどな」
「じゃあさ、もっと笑われる事言っても良いか?」
僕はヒューズの言葉に泣きそうになりながら笑った。
「俺は本当は、”勇者”に憧れてるんだ。”勇者”になってみたい、なりたかった」
僕の言葉に、ヒューズが目を見開いた。
「っ」
「倒されるのが嫌だとかそう言うんじゃなくて、世界を、愛する人を、守れる人間……いや、神様かな、そういうのになりたかったんだよ。だけど世界って冷酷だよな、俺にはそんな未来を絶対にくれないんだからさ」
笑いながら、多分ボロボロと僕は涙を零していた。他者に、こんな風に涙を見せるなんて、久方ぶりの事だと思う。
「それが俺なんだ。だから、もう――優しくするのは止めてくれ。俺が今ここで望まれているのは、冷酷な破壊神なんだよ。破壊神だ。だから、だから――……」
僕が言い切る前に、僕の後頭部を掌が押し付けた。
目を見開いたまま涙を零し、俺はヒューズの胸元に額を預けていた。
「馬鹿だよ、お前は」
そんな事を言われ、睨み付けようとしたら、そのまま瞼をつぶってしまい、線のように水滴が流れていく。
「ジャック、お前はお前だ。破壊神と呼ばれようが、勇者と呼ばれようが、あるいは別の名で呼ばれようが、お前は俺の中では変わらずジャックだ」
そのまま、静かにずっと僕は泣いていた。僕が、僕だなんて、初めて言われた。それを、真に受けても良いのかな?
何て疑問系に思ったのは最初だけで、僕は都合良く、それを真に受けることにした。
やっぱり料理も含めて全部僕がやることにして、捕まっているフリをしているヒューズは大抵ゴロゴロしていたけれど。僕に友達が居ないことも、別に気にしている風も無かったから、ぼっちだとバレても良い気がした。だってさ、向こうも出かけないって事は、ぼっちじゃん? ただそんなある日、僕は――時夜見鶏が大怪我をしたのを悟った。
他世界、異世界、その狭間で交流などをしていると、神様一覧表というものが作成されるのだ。そこには、他世界と交流していなくとも、相応の実力を持つ者は記載される。要するに時夜見鶏はS(推定)とされていたのが昔で、一度≪世界敵≫を公式に倒し、その後は一人で複数の≪世界敵≫を倒しているから、現在のランキングでは、僕と同じくSSSランク(確定)なのだ(僕はあのタコを一撃で倒せたので、SSSランクになったみたいだ)。他の世界と交流していないのに。なお、SSSランクより上はない。一応SSSランク、SSSランク+というのはあるが、最早測定不能の強さという事だ。
俺は今度は、ヒューズに聞いてみることにした。
「ん?」
「時夜見鶏が怪我をして――やっと異世界転移できるくらい回復したいみたいなんだ」
「ああ、お前が前に飲みに行った奴だな」
「心配だからその……向こうも会ってくれるか分からないけど」
僕なんかに。
「会いたいんだ」
仮に断られたとしても、声だけで良いから聞きたかった。聞きたかったのだ。
自慢じゃないが、僕に声をかけてくれる人なんてほとんど居ない。同時に、僕がそう思う機会も少ない。そんな中で、一緒に戦った事がある時夜見鶏はやはり特別なのかも知れない。
「勿論さ、お前の事も紹介したいし、一緒に来てくれたって良い。だけど俺は、どうしてもアイツの元気な顔が見たいんだよ」
笑ってそう告げようと思ったのに、何故なのかまた僕は泣いていた。
ボロボロと零れてくる涙が、本当に忌まわしい。
「そんなに、会いたいんだな」
ヒューズの言葉に何度も頷く。
「なら、会ってこいよ。大切な”友達”なんだろ?」
そう言われたら、もう僕は嗚咽を堪えきれなくなった。
「俺、俺さぁ、何て言えばいいのかな?」
「……」
「自分より辛くて、辛い思いしてた奴にさ、頑張れとか言えないじゃん。応援も出来ないし、もう頑張ってるんだよ、アイツ。俺、何にも出来ない……っ」
「そんな事無い」
ヒューズはそう言うと僕を抱きしめてくれた。
「会いに来てくれる事、それだけで救われる」
「そうかな……?」
「そうだ。そうなんだよ。俺が保証する。俺は辛い時、お前に会いたい。お前の顔が見たい。それは、俺がお前に恋心があるからだけじゃない。お前はな、みんなに、明るさをくれるんだ。本当はお前にとってはそれが辛いんだって、今なら俺は気がつけるけどな。ただ、ただそれでも、お前の顔を見るだけで救われる奴がいるって事はよく分かってる」
きっと僕にそんな価値は無いだろうから、それはヒューズの優しさだったのだと思う。
だけど確かに僕の背中を押してくれたのは間違いなかった。
「――って、結果になったぞ」
結局この前と同じ場所で(だってさ、僕他の場所知らないんだよ)、僕は時夜見からコレまでの概要を聞いた。
思わず麦酒を吹きそうになった。
ちょっと待て、ちょっと待て、なんだかおかしい方向に進んでる気がするよ?
思わず引きつった笑みを浮かべてしまった。
「へぇ……なんか、複雑」
「だろ?」
時夜見鶏はそう言うと、あまり感情が見えない瞳を下へと向けた。
だけど僕は、時夜見のそんな視線も口調も好きだった。好きって言ってもヒューズに向けるような感情ではなくて、なんだか、こう、話しやすいのだ。
だからこそ、だからこそだ。
友達として、はっきり言うべきだと思った。勿論友達だと思ってるのは僕の方だけかも知れないけど、それでも良いんだ。
「そんな奴の何処が良いの? 顔?」
そんな事を言う自分がいたたまれなくて、思わず眉を顰めて、ジョッキを傾ける。
本当は、純粋に、時夜見鶏の恋を応援したい自分が居る。
だが、それで苦しむ友達なんて、自己中心的な考えだろうけど見たくなかったんだ。
「……別に」
「じゃあ体? ヤったんだろ?」
「……」
時夜見鶏が無言になった。僕はまだ誰とも体を重ねたことがないから分からないけど、そう言うのもあるのかも知れない。そして神界総合雑誌には、ここの所よくそう言うネタが記載されている(ヒューズがSEX特集みたいな頁を開きっぱなしで置いておくんだ)。
「良いよなぁ、俺なんてまだだし。うわぁ、ヤりたいけど、怖い」
が、考えてみれば、恐怖が募った。だってそれって、俺の後ろの孔にヒューズのアレが入るって事だよな? ぶっちゃけ、無理かも。
「ああ、怖いな」
俺が戦々恐々としていると、ポツリと時夜見が言った。思わず首を捻る。
だって、話を聞く限り、時夜見は入れる側だ。
「え? なんで? お前もうヤったんだろ?」
「もう絶対ヤりたくない」
そして続いた声に、ビクリと体がすくんだ。その言葉に、俺は硬直したんだ。
ついさっきまでは、俺の側のことを考えていたんだよ、でもさ、でもさぁ……ヒューズだってどう思うか分からないよね……。一回ヤったら飽きた、とか、そんな事が特集頁に書いてあった気がする。釣った魚に餌はやらないとか、さ。ヤれない内は追いかけるのが楽しいけど、ヤっちゃえばもうね(笑)とかさ……。本当、怖い、怖いよ!
「う……どうしよう。終わった後に、そんな事思われたら」
「俺は――ヤりたい気持ちの方が分からない」
そうか、そうなのかな。別に、ヒューズは、僕を押し倒したり最近(?)しないし。
ヤりたくないのかもしれない。
だって年齢差もあるし、僕より明らかにあっち(ヒューズ)の方が格好いいし。
いくらでも相手は見つかるだろうからね……。
「俺の相手もそう思ってたら嫌だな」
「何お前、つっこまれる方なの?」
「うん」
神話は兎も角――多分だけど……今の状況からすると、そんな気がする。
思わず僕は深刻そうな顔になってしまいそうになって、慌てて麦酒を飲み込む。
俯きながら続けると、時夜見鶏はいつものように気怠そうな瞳で僕を見据えた。
「まぁ……普通は、ヤりたいんじゃないか。思い合ってる同士なら。ほら、俺とその……朝蝶って言うんだけど、そいつはな、思い合ってないからさ」
時夜見鶏のその言葉に、涙で潤んだ目で僕は顔を上げた。
僕はきっと今では凄くヒューズのことを思っているけど……だけど向こうはどうなんだろう。嗚呼、もう止めよう。考えても考えても明るい未来が浮かんでこないよ。
それから暫く僕は考えるのを止めて、ただ会話に注力した。
「確かに話聞いてると強姦魔とか酷いけどさ――なんだかんだで、探しに来て助けてくれたんだろ?」
「二百年後だけどな」
二百年なんて、僕たちの神の世界では一瞬だと思うけどなぁ。
いくら僕の世界と時夜見の世界で、時間の流れが違うとは言っても、たったの二百年だし。
怪我をしていると長く感じるかも知れないけどね……まぁでも、今の僕なら、二百年もヒューズと会えないのは、ちょっと嫌かも知れない。
「寝てるところキスなんて、可愛いじゃん」
僕が言うと、悩むように時夜見鶏が首を傾げて目を伏せた。
あれかな、時夜見には、キスなんて日常茶飯事で余裕なのかな。
僕はヒューズと出会うまで、キスなんて一回もしたことがなかった。あ、強いて言うならば、森にいる猫にチュっとしたことはあるかなぁ? しかし、しかしだ。此処までの話しを総合して考えてみたよ、僕。
「つぅかお前も酷いだろ。ヤったのにさぁ、好きじゃないとか」
「だって……上にのってきたんだ」
「拒めよ!」
時夜見が黒い瞳を揺らした。その色が、少しだけヒューズに似ているなぁと思う。
ただ本気で思う。ヒューズにヤるだけヤられて、好きじゃないなんて言われたら、凹むよ。確実に僕、凹む。まぁ僕の方から上にのるなんて事は、難易度が高すぎて無理だけどね。
「でも別に、ヤるの嫌じゃなかったんだろ?」
「いやだから、嫌だって」
「そうじゃなくて、生理的嫌悪とか、無かったんだろ?」
ああどうしよう、僕は破壊神だし、やっぱり生理的嫌悪とか持たれてるのか……怖いなぁ。言いながら哀しくなってしまった。あり得る……あり得るよ!
「……まぁ」
「体から始まる恋もあるって」
僕は半ば、自分に言い聞かせるようにそう告げた。
案外ヤったら、ヒューズが、僕を本気で好きなんだと思ってくれるようになるかも知れない。それなら、嬉しいよね(勿論諸刃の刃で、嫌われるのかも知れないけどさぁ)。
「そういうものか……」
「話聞いてると、絶対向こうはお前に気があると思うよ」
「そうか?」
え、え、疑問系なの? もしかして、時夜見の世界では、そう言うの普通なのかな?
「うん。それにさ、朝蝶さんだっけ? その人に、好きだって言われたら、嬉しくないか?」
「……そうだな」
沈黙をたっぷり含んで時夜見が応えた。普通嬉しいよね? だって僕、ヒューズに好きだって言われる度に、凄く胸が高鳴るよ? 嬉しいよ? 僕が変なの?
「こう言う時はさ、やっぱり男から行くべきだよ!」
「両方男だけど」
「いや、その、上! タチ! 入れる方! つっこむ方!」
想像で言ってみた。何せ僕にはそんな経験はない。ただ、ヒューズから来てくれないと、僕は多分何も出来ない。ちなみにタチという言葉は『SEX特集』の頁で覚えた。案外しっかり僕は、読んでたんだよね、あれ。だって、いつかそう言う関係になった時に、萎えられちゃったら困るし。一応――……神話は兎も角、僕たち、恋人って関係で良いと思うんだ、僕とヒューズ。そうしたら、きっといつか……! 知識があるに越したことはないよ!
「……ああ」
「兎に角告白しちゃえって。好きだぁ! ってさぁ」
あーあ。ヒューズ、僕に告白してくれないかなぁ。もう一回言ってくれないかなぁ。最近あんまり好きだって言ってくれないんだよね……。
「俺は、朝蝶のことが好きなのか」
「そうだよ!」
「そうか……俺は、どうしたら良い?」
「だから告白」
告白……告白! 僕には、自分でするには難易度が高すぎる。
だが、だが! 友達が相思相愛になろうとしているのを、僕は応援しないと!
「なんて?」
「好きだ、って」
「いつどうやって?」
「自分で考えろよ!」
僕は多分、この時既に酔っていた。
勿論それもあって、近隣の席にヒューズがいて≪盗聴紋≫を使っていただなんて、全く気づいていなかったのだ(普通は近くで≪紋章≫が使われたら分かるんだけどね)。
だから、ガンと音を立ててジョッキを置き断言したのだ。
「兎に角、応援してるから。後で結果、聞かせてくれ」
フラフラとしながら帰宅した僕は、鍵を開けて中へと入った。
すると正面にヒューズが立っていた。
足下がおぼつかなくて思わず倒れそうになった僕を、ギュッとヒューズが抱き留めた。
「ごめん、酔っぱらっちゃった」
僕が謝ると、何故なのかヒューズが苦笑していた。今日は時夜見と会ってきたのに、前と違って、怖くない。やっぱり事前に話しておいたのが良かったのかな?
「何を話してきたんだ?」
「んー、怪我の具合とか、向こうの恋の進捗度とか?」
「お前の側の話しは?」
「してない」
何せ、惚気ていたとか、突っ込まれるのが怖いとか、話していたなんて言えないだろ。言えないよ、僕、小心者なんだよ……! お願いヒューズ、そんな事聞かないで!
「へぇ」
だが、何故なのか、ヒューズは冷笑……とも、また違うような、残虐な様でいてそれでも優しい顔をしていた。僕が見たことのない表情だ。そのまま、腕を引かれる。
「酔ってるみたいだな」
「ん」
「早く寝台に行った方が良い」
頷いたまま、僕は体を離され、手首だけを握られた。そして僕は寝室へと連行された。それから寝間着に着替えるために、Tシャツは着たままでトランクスだけになった。ズボンは床に投げ捨てた。コートはさぁ、恥ずかしいから此処以外の所に行く時は、着ていかないんだよね、僕。
「悪いな、寝るわ」
酔っているせいか、体が熱い。そんな僕に布団を掛けてくれるのかと思いきや、何故なのかヒューズまでベッドの上にのってきた。
「馬鹿だな、本当にお前は」
「?」
「俺がこの状況で寝かせると思ってるのか?」
どういう意味なのかよく分からない。なにせ、僕がTシャツと下着で寝るのは、大抵いつものことだ。まぁ冬は、下にスエットとかも穿くけどね。
「え? ん? いつもと同じような状況だろ……?」
僕が酔いをなんとか静めようとしながら、首を傾げた。分からないんだもん、聞くしかないよね。するとヒューズが意地の悪い笑みを浮かべた。――? 怖いような、だけどどちらかというと、意地悪そうな顔をしていて……うーん? 酔っているからよく分からない。
「『ヤりたいけど、怖い』んだって?」
その言葉に、僕は息を飲んだ。酔いが一気に醒めた気がした。
僕の顔の両側に突いた腕を折り、耳元で囁くように言われる。
「『どうしよう。終わった後に、ヤりたくないなんて事思われたら』」
「!」
「『俺の相手もそう思ってたら嫌だな』」
最早目を見開くしかない。それは、それは――!! 先ほどの僕の発言だ。うわ、恥ずかしくて泣きそうだ。頬が真っ赤になってしまった。羞恥が全身を覆う。
「な、なんで……」
何で僕と時夜見の先ほどの会話を知っているのかと、思わず涙が零れそうになった。
「相手って言うのは、勿論俺だよな? ジャック」
「え、あ、うあ、あの」
「違うのか?」
腰にゾクゾクとくるような低音で、ジャックが僕の耳元で言う。
そのまま耳朶を噛まれて、僕の肩がビクンとした。
「そ、そうだけどさ……」
「お前、俺とヤりたかったのか」
「ッ」
必死に応えていた僕だったけど、その言葉には息を飲むしかできない。
や、ヤりたかった。え、うあ……そうかもしれないけど、そんな、そんなの……恥ずかしすぎる。僕はもう真っ赤になったまま、許して欲しいと思いながら、涙目でヒューズを見上げた。こんな風に、意地悪に聞かなくたって良いじゃん。気持ち悪いなら、スルーしてくれればいいのに。
「じゃあヤってみるか?」
しかし、続いた声に、僕はポカンとしてしまった。
「え、なッ」
は? は――!? ヤ、ヤってみるか……? え?
いやいやいやいや、そう言う未来を想定していただけで、こんなに急に……!?
「俺に嫌がられないようにしてくれるんだろ?」
くすくす笑いながら、下着とTシャツ一枚の僕の衣服の下にヒューズが手を入れてきた。
「……そうじゃない。なんにも出来ないから、嫌われたらって、俺……」
困惑しながら、僕は顔を上げた。
ヒューズの両手が、僕の胸の突起のそれぞれを摘む。不思議な感じがする。
「……ふぅん。まぁ、今はそれでも良いか。その内、自分から出来るようにしてやるよ」
「え?」
自分から出来るように……?
それって神話通り、僕がヒューズを抱くって事? え? えぇ!?
「ただなぁ、俺とヤりたいけど怖いって言葉。あれだけは、忘れる気もなければ、否定させる気もない」
大混乱中の僕の乳首をユルユル撫でたり、優しく弄ったり、時折摘みながら、ヒューズがそう言った。違和感の方が強いし、そう言う所って普通女神が感じる場所なのではないのだろうかと困惑する。が、不意に、痺れるような疼きが走った。
「あ」
声が出てしまった。
僕は恥ずかしくなって、頬が熱くなった。自分でも赤面しているのが分かる。
思わず顔を背けた瞬間、下着を下ろされ、僕の下半身が空気に触れた。
「っ」
そして正面を見た瞬間、唐突に両足を、それぞれの手で持ち上げられた。
「え、あ、嘘ッ」
露わになった僕の後孔に、ヒューズの舌先が触れる。一つ一つの襞を舐めるようにしながら、丹念に解すように、それは蠢いた。
「ひゃッ」
慣れない感覚に、体が震える。
「止めて、待って、汚いから……!」
「”力”でそんなものいつでも綺麗に出来るし、お前は俺と暮らしてからはまだマシになったとは言え、ほとんど食べないだろ」
「ンぁ――ッ!! ひ、あ」
襞を解すように少しずつ舐められた後、ヌメヌメとしているのに固い舌先が、中へと押し入ってきた。ヒューズの舌だ。
「止め、」
「俺とヤりたいと言ったのはお前だろ?」
そういって口を離すと、ドロドロとした液体を指先に絡め、今度はそちらを中へと入れてきた。異物感に体を捩った時、また急にビリビリとする箇所に、指が触れた。
「んぁああっ」
そして、以前気持ちいいと思った場所を2本の指で突かれる。
「ンァあっ、そ、そこは」
「此処が好きなんだろ?」
そこを強く刺激されながら、前を撫でられる。いつのまにかユルユルと立ち上がっていた僕の陰茎は反り返り、先端からは透明な液が零れようとしていた。
「や。あぁっ、出る」
「出る、じゃなく、イくと言えよ 」
「んぁああッ、い、イく。俺、も、もう」
「良い子だな。だがまだダメだ」
「ふ、ぁ、あああああ!!」
その時圧倒的な熱を持った、ヒューズの陰茎が内部へと押し入ってきた。舌先や指で解されていたとはいえ、大きさが全く違う。広がっていく入り口の感覚に背がしなった。
「うあ、あ、ああああああああッ」
辛くて叫んで逃れようとした僕の腰を、ヒューズの手が掴む。
「此処で逃げたら、それこそ『嫌い』になるぞ?」
喉で笑うように言われ、涙を浮かべたまま、僕は静かに従った。
嫌われたくなかった。好きになってもらえるのか、という疑問よりも、嫌われる事の方が悲しい。
ガンガンと突かれ体を暴かれるのが辛いのに、足を持ち上げられ、もう一方の手で腰を強く引き寄せられている僕には、もう何処にも逃げ場なんて無かった。
「んあ、あ、ああっ、や、やだぁッ」
その上次第に突かれる度に、中へと快楽が走るようになってくる。
もう気持ちいいのか痛いのかすら分からない。
「うあっ、ああっ」
自由になる首を何度も動かすが、体を駆けめぐり支配する熱はどうにもならない。
挿入されて萎えていた自身を、その時ゆっくりとヒューズが撫で上げた。
その刺激にすら耐えられなくて、目を見開く。
さら体が反り返り、ガクガクと震えた。
「あ、あ、ああっ」
「どうされたい?」
「わ、わかんない」
無我夢中でそう告げると苦笑された。
「本当に初めてみたいだな――……だから、今日は許してやるよ」
「んぁああッ!!」
そう言って中に精を放たれ、同時に前を刺激され僕も放った。
呆然としていた僕は、それから意識が蒙昧としていくのを感じていた。
だからなのか、僕から腰を引き離れたヒューズの首に腕を回していた。
「ヒューズ……好きだ、愛してる」
多分そう言ったのだと思う。
ただその後直ぐに、息を飲んだ彼には構わず眠ってしまったから良く覚えてはいない。
目が醒めると、まだ僕は、半分脱がされたかけたTシャツ姿で、下には何も付けては居なかった。思わず息を飲んで起き上がろうとしたが、身動きが取れない。何事だろうかと思って視線を向けると、僕を抱きしめて眠っているヒューズの姿がそこにはあった。
「え、あ」
身動きしようとすると、更に深く掴まれて、僕は腕枕をされた状態のまま、キツく目を伏せる。頬が熱くなっていくのが、自分でもよく分かる。
すると――不意に唇に、口づけされた。その柔らかな感覚に、今度は目を見開く。
「おはよう」
見れば柔和な表情で、ヒューズが微笑んでいた。
「お、おはよ」
「体は辛くないか?」
前にもそんな事を聞かれたなと思いながら、何度も大きく頷く。
コクコクと必死に頷いた僕を見て、ヒューズが苦笑した。
「――……嫌だったか?」
不安になっておずおずと聞いてみると、頭を撫でられた。
「そんな事思うわけがないだろ。『思い合ってる』んだからな、俺達は。そう思って良いんだよな? ジャック」
「うあ、あ、ああ」
真っ赤な顔が更に赤くなってしまった気がしながら、僕は頷いた。
するとヒューズの腕にこもる力が強くなった。
「お前の友達にも、そう報告してくれるな?」
「時夜見の事か?」
「そうだ」
「ああ。次に会ったら、言う」
「……まぁ、それでいい」
何故なのか僕の回答に、ヒューズが溜息をついた。
それから僕の後頭部を掴んで、キスをした。
「後な……何で俺が雑誌を開いていたか、本気で分かっていなかったのか?」
「え?」
どういう意味なんだろう? 思わず僕は首を傾げた。
「お前とたまには外で食事がしたかったんだ――食事というか、デート」
「っ」
「その後のは、俺とそう言うことがしたいって、意識させたかったんだ」
クスクスと笑いながら、ヒューズがそんな事を言った。
恥ずかしくなって、僕は俯きながら、また真っ赤になってしまった。
「俺もな、お前と一緒に他の世界に行ってみたかったんだ」
「そ、そうか」
「今度、連れて行ってくれるか?」
「分かった」
僕が知っているところは、比較的≪モンスター≫が出るところばかりだから、ちょっと探してみようと思う。それにしても、デート……デート? この僕が!?
「そ、その、ヒューズ……」
「なんだ?」
「何処か行きたいところとか、あるか?」
未だかつてデート何てしたことがないから、僕には全然分からないんだよね。
だけど行きたいって言っているのは、ヒューズだし。
出来れば僕に可能なことならば、そのお願いは叶えてあげたいし。
「ジャックと一緒なら、何処へでも」
そう言うとまた唇にキスをされた。嬉しくて嬉しくて仕方がなかった、けどさ。けどさぁ、僕、僕、何処に行けばいいの?
それから二人で食事をして(僕が作った)、いつも通りの会話が戻ってきた。
相変わらずヒューズがゴロゴロしているのを確認してから、僕はひっそりと≪閲覧紋≫を開いた。これは、神様一覧表でも非公開設定に出来る、連絡先を交換した相手だけに見える、動向記録表というか――『総合世界神称号』記録表だ。僕がコレを知っているのは、≪時夜見鶏≫と≪ヴァレン≫だけだ。基本的には、一世界に一体くらいしか≪世界敵≫は出ないから、複数の、『総合世界神称号』が取得されていない限り、その世界は、今では安全だと考えて間違いがない。勿論数百年でまた沸いてくる可能性はあるんだけどね。
それに同じ名称の称号も、『:破』とか『:時』という形で出てくるから、取得可能なんだ。ただこれって、僕がほら、ぼっちだからさ、ひっそりとみんなのこと知りたくて作っただけだから、他の人は見られないかも知れないんだよね。キモいよね、僕……。
まずは、≪ヴァレン≫から、確認してみた。
ええと。
「≪総合世界神称号――花雪神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――光雪神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――焔華神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――風華神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――雷華神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――流血神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――凍血神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――槍血神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――水鏡神:堕を入手しました(使用済み)≫」
「≪総合世界神称号――水狂神:堕を入手しました(使用済み)≫」
あー……きっちり、ナントカ連合に加盟する最低条件の称号を集め終わってるよ。
しかも、雪縛り、花縛り、血縛り、水縛り、で、名前縛りしてるみたい。
これはもしかすると、僕が難しく考えすぎだったのかも知れない。
今僕はSSSランク(確定)だけど、Sランクの≪世界敵≫なら単発攻撃が効くし、集団で居るからS扱いされている場合もあるから、その単発攻撃か範囲攻撃のどちらか一発で倒せる相手なら、直ぐに十個くらい集まる気がする。
そういえば、≪ヴァレン≫――ヴァレンタインは、堕聖人とかって言う神様だったなぁ。
(使用済み)というのは、確か、連合に加盟する時などに使用して、持っていることを周囲に知らせる役割をしていた気がする。詳しくは聞いてないから忘れちゃった。
そんな事を考えながら、次に≪時夜見鶏≫の称号を確認してみることにした。
「≪総合世界神称号――最強神:時を入手しました(未使用)≫」
懐かしいなぁ、コレは一緒に取ったんだよね。
「≪総合世界神称号――殲滅神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――闘神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――救世神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――滅狂神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――破壊神:時を入手しました(未使用)≫」
この辺は確か、お昼寝してたら手に入れたんだっけ?
と言うことは全部同じ場所に出たんだろうから、デート先としては却下だよね。
「≪総合世界神称号――月光神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――太陽神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――大地神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――時空神:時を入手しました(未使用)≫」
ん、ここでもう、十個だよ?
ああでも、時夜見鶏の世界はHPって言葉パクられてるけど、他の世界と交流無いんだった。入る資格十分なのに、それで入ってないのかな? だけど、使用は出来るよね。何で全部、未使用なんだろう?
「≪総合世界神称号――凍氷神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――花雪神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――常闇神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――光雪神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――酒酔神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――聖神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――邪悪神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――最凶神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――愛神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――焔華神:時を入手しました(未使用)≫」
え……20個? 20個!? コミュ障の僕が聞いたこと無いだけかも知れないけど、この数って、前人(神)未踏なんじゃないのかなぁ……?
「≪総合世界神称号――風華神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――雷華神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――樹根神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――世界神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――軍鬼神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――流血神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――凍血神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――槍血神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――螺旋神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――水鏡神:時を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――水狂神:時を入手しました(未使用)≫」
さ、30個……? いやいやいや、これ、おかしいよね?
しかも全部未使用って……。ダメだ、コレじゃぁデート先の参考にならないよ!
「≪総合世界神称号――軍神:時を入手しました≫」
「≪総合世界神称号――深緑神:時を入手しました≫」
計32個も取得していた時夜見鶏の事を考えて、どれだけお昼寝していたんだろうと僕は思った。だってさ、未使用って事は、使う気無いみたいだし。前に、ゴミとか言ってたしさぁ。ダメだ、こうなったら、自分で探しに行くしかないよ。ううう。
ちなみに僕は、≪ヴァレン≫に頼まれた(?)10個と、たまたま取得した2個と、時夜見鶏と一緒に取った1個で、現在計13個持ってるんだ。家事の合間にちょいちょいね。ただほとんど、時夜見鶏は、それら全てを重複して持ってるよ。すごいなぁ。ええと、僕のはね、
「≪総合世界神称号――最強神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――破壊神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――凍氷神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――常闇神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――邪悪神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――最凶神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――焔華神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――軍鬼神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――流血神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――凍血神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――螺旋神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――水狂神:破を入手しました(未使用)≫」
「≪総合世界神称号――軍神:破を入手しました(未使用)≫」
で、13個。
≪ヴァレン≫が、本当に僕のことを誘ってくれているんだったら、使用しようと思ってるんだ。そんな事を考えながら、洗濯物を干していた時のことだった。
「≪ひっさしぶりー、ジャック!≫」
唐突に≪ヴァレン≫から、連絡が着たのだ。
「≪おう! どうしたんだ?≫」
「≪まず、あれ、この前の『SSランク宇宙敵:シルバァオクトパス』さぁ、急だったのに有難うね。&SSSランク(確定)おめでとう!≫」
この前……随分前である気もするが、神様の時間感覚なんてこんなものなんだ。
「≪ああ、あれな。全然余裕だったぜ。ま、”時夜見鶏”が、いたからな≫」
そこで、僕は勇気を出して言ってみる事にした。かなり勇気を出したんだ。
「≪直ぐに来てくれたんだよ、友達だからさ≫」
友達……友達!! 良いよね、本人聞いてないしさ、僕がそう思ってるだけかも知れないけどさ。
「≪僕も駆けつけてくれた、ジャックって言う友達がいて本当に助かったよ≫」
「≪っ≫」
ヴァレンの何気ない言葉に目を見開いた。ヴァレンも、僕のこと、友達だと思ってくれてるのかな?
「≪ま、まぁな。友達の頼みなら、断んねぇよ、俺!≫」
「≪本当、有難うね!! 今度お礼するよ!≫」
「≪別に、気にすんなよ。と……友達だろ?≫」
声が震えてしまいそうになった。脳内通話だというのに。
「≪まぁ、いっつも忙しそうだから、中々誘えないんだよねぇ。でも聞いたよぉ、時夜見鶏とは飲み行ったんでしょ? 僕とも行ってよ、たまにはさぁ≫」
え、え、え!? これって僕、も、もしかして、誘っても良いのかなぁ? いやだけど、社交辞令かも知れないし……うわあああ、わかんないよ、僕。
「≪後さぁ、『総合世界神称号』どのくらい溜まった?≫」
「≪13個≫」
「≪え!? 本当!? 僕なんてやっと昨日10個になったんだよ……さっすがぁ≫」
だって別に僕、名前縛りとかしてないもん。
「≪今ね、10個以上なのが、10個の僕と、11個の『レイヴァルダ元帥』と、12個のリーディア世界の前の代の創世神の『ラウエル』と、同じく12個のフェルダー世界の商人神の『スカイフェルド』だけなんだよね。13個なら、君が一番じゃん!!≫」
「≪いやでも、時夜見、多分『32個』とかだぞ≫」
「≪ぶ≫」
吹き出したのが、≪紋章≫で通話しているにも関わらず、僕にも分かった。
「≪ま、まぁ、でも”時夜見鶏”の異世界ヴァミューダって、上位世界と関係持ってないじゃん? 君しか知り合いいないしさぁ。誘いづらいし、この連合のこと知らないじゃん≫」
「≪まぁなぁ≫」
「≪だから、とりあえず、君と僕と、元帥とラウエルと商人の五人で始めようかと思って。この後TOPとか作るにしても、一応『桜花5将軍』って形でさ≫」
第一の感想は、変な名前だなぁ、だった。
次の感想は、僕なんかで良いのだろうか、って言うものだった。
「≪じゃあ、よろしくね≫」
「≪へ?≫」
「≪ジャックは戦うのメインで良いからさぁ。他の雑務はとりあえずこっちでやっとくから。一応第一回会議は千年後ね。近くなったら、また連絡するよ≫」
「≪え、あ≫」
しかし詳細を聞いたり、断ろうとする前に、通話は途切れてしまった。
どうしよう……?
確かに三十年に一回くらいしか勇者は来ないから僕は暇なんだ。
暇なんだよ?
それに最悪そっちは、≪偽装紋≫で、しばらくの間は幻想を見せて、途中で入れ替われるんだけど……だけどさぁ……え?
洗濯物を干し終わるまでの間、僕は暫し考えた。
もしかして、僕にも、役に立てることがあるんだろうか。勇者の相手をして殺されるフリをする以外に……? そう思えば嬉しさがこみ上げてくるし、≪世界敵≫の相手はそんなに嫌いじゃない。いつか、ヒューズは、僕が戦うのが好きなんだろうなんて言っていたけれど。実はさ、死にたいだとか、苦しいだとか、消えたいだとか、そう言う思いを外部の敵に対して昇華していただけなんだ。もしも≪モンスター≫がいなかったら、恐らく僕は、自分自身を傷つけている気がする。だってさ、だってさ、時夜見鶏と初めて戦った時に、血を見て安堵したんだよ、僕。なら、自分の血が見たいんなら、半分くらい首を切ってみたらいいじゃん? きっと沢山血が出ると思う。そうしないただ一つの理由は、僕が痛いのが嫌いだって言う、それだけなんだ。
だけど――考えてみたら、最近の僕は、そんなに死にたい……というか、リセットしたいと思わなくなった。多分それは、側にヒューズがいてくれるからなんだと思う。
ナントカ連合に入ったら、もっとヒューズを守れるかな? 役に立てるのかな?
そんな事を考えている内に洗濯物を干し終わり、僕はヒューズがゴロゴロしているリビングへと戻った。そこでは、彼が、僕がさっき揚げたドーナツを食べている。
「……あの」
連合のことを話してみた方が良いのだろうか? ≪ヴァレン≫の事も、友達だって言ってみた方が良いのかな? グルグルと悩む思考に答えが出ない。
「なんだ?」
すると立ち上がり、ヒューズが僕の正面に立った。
だから僕は、精一杯の笑顔を浮かべて、ニッと笑ってみた。
「あのな、いろんな世界の上位にある世界で、統一機関を作るんだって。それって、称号を十個以上持ってる人しか入れないんだって。俺さぁ十三個も持ってるから、と、友達に誘われてさ、入ろっかなぁ、なんて……」
明るい声で伝えたはずだったんだけど、なんだか少し震えてしまった。
「入って、何をするんだ? まさか、怪我をするような仕事じゃないんだろうな?」
ヒューズの声が少しだけ険しいものに変わった気がする。
基本的には、≪宇宙敵≫退治だし、≪ヴァレン≫が僕には戦えって言ってたから、怪我だってするとは思うんだ。だから、なんとなく、理由は分からないけど、普段ふらっと戦いに行くのとは違って、真面目にヒューズに話しをしておかなきゃならない気がしたんだ。ヒューズが僕のことをそんなに気にしていないかも知れないし、心配なんてしてくれないかも知れないとしても、僕が話したかったんだ。
「世界を救う仕事なんだ」
僕がそう言うと、ヒューズが息を飲んだ。
「ほらさ、これで、俺も勇者に一歩近づけるかも知れないだろ? まぁ、怪我をすることもあるかも知れないけどさ」
頑張って僕は笑った。
「ヒューズのことを守りたい、この世界を守りたい、その為の期間なんだ。それに、友達が作った機関なんだ。助けにもなりたい」
「時夜見鶏か?」
「ううん。ヴァレン――ヴァレンタインっていう、もっと前からの、と、友達」
「……どうしてもやりたいのか?」
「うん。俺だってさ、旦那様っぽいこと、一つくらいしたい」
「ッ、の、馬鹿!」
「え」
「勇者になりたいって言うんなら、俺は応援する。けどな、けどな、俺が居る世界がいくら続いても、そこにお前が居なきゃ、何の意味もないんだぞ。それに、お前は居てくれるだけで充分なんだぞ”旦那様”」
「ヒューズ……」
「どうしてもやるって言うんなら、俺は止めない。お前がやりたいことならな。ただ、一つだけ約束しろ。絶対、絶対、どんな怪我をしても、此処に帰ってこい」
そう言うと、ヒューズが僕のことを抱きしめてくれた。
その温もりが嬉しくて、僕は顔を埋めた。
「うん、うん。分かった。必ず――……帰ってくるから」
まさかそれが破壊神である僕が、ヒューズと話す最後になるだなんて、この時は、考えても居なかったのだった。
ある日、『総合統一神世界連合』の仕事を終え、僕は帰宅した。
2000年くらい討伐にかかり、本当はその場で意識を失いそうになるほど、俺は失血していた。何度も口から血を吐いて、肺に突き刺さり、胸からも飛び出した肋骨が、痛みを教える。――帰らなきゃ。
だが、僕はそれだけを考えていた。
その時は、SSSランク(+)の敵が数十体出ていたのだが、時夜見鶏に声をかけようと思っても、弱り切っているのが気配で分かったから、そうはできなかった。
だってあいつは――……僕の友達だからだ。
「っ、ぐぁ」
玄関に入るなり、灰色の床に吐血して、俺は倒れ込むようにしゃがんだ。
血を吐くのが止められない。
だけど、だけど、ヒューズに帰ってくると約束したから。
それだけを、曖昧模糊とした意識の中で、俺は覚えていた。
そして。
誰もいない気配に苦笑しながら靴を脱いで(この世界では、室内に上がる時に靴を脱ぐのだ)、リビングへと向かった。電気を付けると、テーブルの上には、一冊の分厚い本と、紙の切れ端が置いてあった。
片方は、人間の神話を綴った本だった、
開かれていた頁を見て、僕は眼を細めた。
『≪――人の神:ヒューズは、無事に勇者に助け出されて、天空の神界へと戻った≫』
嗚呼、そう言えば、ここのところ忙しすぎて、と言うよりも余裕がなさ過ぎて、勇者の来訪に気がついても、戻ってこられないで居た。全て≪偽装紋≫で対処していた。あの≪偽装紋≫は、30撃喰らうと、自動的に死んだふりをすることになっていたはずだ。
その記述がいつ書かれた物か確認すると、約1500年程前の物だった。
続く行には、≪――破壊神は死に、もう人々を襲う事は無くなった≫と書いてあった。再び僕が吐いた血が、その本を濡らした。そうか――僕はもう、死んだ事になっているのか。悪役から解放されたのだろうか?
それから、一番新しい頁を捲り、現在の状況を確認する。
『――≪魔王の復活により、破壊神の手などで、人々は恐怖のどん底に突き落とされた。魔王は無理に”人の神”を娶った≫』
前後の頁を捲っても、もう何処にも≪破壊神≫に無理矢理嫁いだ、ヒューズの名前はない。
深々と目を伏せ、この2000年の間、一度も連絡を取らなかったことを思いだした。
他に机に置かれた紙片を見ると、『神界に帰るbyヒューズ』と、だけ書いてあった。
つまり今はもう、ヒューズは僕はじゃなくて、≪魔王≫のお嫁さんって事なんだろう。
こうしてまた、僕は一人になった。
やはり、やはりだ。考えても見れば、ジャックほどの綺麗で優しい神が、僕なんかを相手にしてくれるなんて、初めからおかしかったんだ。怪我をして帰ってきたら、また抱きしめてくれるんじゃないか何て思っていた僕が、おこがましかったんだ。溶けきっていない味噌汁の味も、今となっては何もかもが愛おしくて、懐かしい。
気づくと僕は、泣くのではなく、笑っていた。嗤っていた。
本当はやっぱり、やっぱり、ヒューズは義務として此処にいたんだと思う。
好きだ、何てそんなの、優しい戯言だったんだ。それを真に受けて、喜んで、デート先なんか探していた僕は、きっと滑稽だったに違いない。結局、一度も何処にも連れて行ってあげられなかったのだけれど。何度も笑ったのに、僕の口から漏れるのは血液で、目から流れるのは温水だった。呼吸するのが苦しくて、ゼェゼェと音とがした。
――それでも、会いたかった。一目で良いから、会いたかった。
なのに僕にはもう、そんな資格なんて無いんだ。
怪我とは違う疼きが、胸から広がり全身を覆っていく。吐き気がした、だけど多分それは、怪我による物ではなくて、自分自身への嫌悪のためだった。
そのまま、失った血の量が多すぎたのか、机に突っ伏していた体が、いつの間にか床へと打ち付けられた。そのまま僕は、意識を落としたようだった。
まぁ、でも。
何億年も一人でいた僕だ。
直ぐに一人きりの生活には慣れたし、一通り掃除をしてからは、家はそのままに、また一人宙に浮いていることにした。そもそも、僕なんかが家や家庭を持てるだなんて、そんなの幸せすぎることだったのだろうし、甘い幻想だったのだ。
時折やってくる勇者に殺されたフリをしながら、僕はいつも空を見上げていた。
雨の日もあれば、雪の日もあるが、僕が一番好きなのは青空のはずだった――昔は。
だけど今の僕は、夜が好きだ。
どちらかと言えば時夜見鶏の瞳の方が似て居るんだろうけど、あの暗い色を見ていると、ヒューズのことが思い出せたから。
時折は、『総合統一神世界連合』の仕事として、今も≪宇宙敵≫の退治に出かける。
それは、前よりも頻度が増えたかも知れない。
最近は称号でもなく、元々の名前からでもなく、僕は『破壊神』と呼ばれることが増えてきた。無理に与えられた五将軍の仕事としては、上位世界に影響を与えるほどの強い敵が出た場合に介入して、それを破壊する仕事をしている。
――時夜見鶏が死んだ事を認識したのは、そんな時のことだった。
慌てて異世界ヴァミューダの光景を≪映像紋≫で出現させると、そこには、
「≪闇焔夜≫」
残響として、そんな時夜見鶏の声が聞こえた。
その時アイツは、華奢な不思議な着物を着た青年(神)の前に立っていた。
庇うように、そうしながら、あの世界で言う≪邪魔獣≫から伸びた木の枝が、時夜見鶏の上半身を潰すように締め上げていた。枝が、左の手首を締め上げて、ねじ切れた手がそのまま地に落ちた。人型を取ってはいるが、それは紛れもなく時夜見鶏の本体だと分かった。
「死んじゃ駄目だよ」
庇われた青年が、そう告げて抱きしめている。
だが青年の腕の合間から、泡のように光が宙へと向かって昇っていく。
僕が死を関知した以上、もう――助からない。なお言えば、死んでいる。光るようにしながら、時夜見鶏の体が消えようとしていた。ああ、確実に消滅する光景だ。気づけば、≪映像紋≫越しに僕は、口を掌で覆っていた。
「命令だよ、これは、命令だ。死なないで」
土の上に落ちている時夜見鶏の左手を、淡々と脳裏に走る映像で、僕は眺めていた。
消え行く時夜見の口元から血が滴っているのが分かる。
「どうして、どうして!? なんで僕なんか助けたの? そんな命令、してないのに」
その時、泣き叫ぶように青年が言った。
相手を見る限り、そして時夜見鶏が一撃で倒せた通り、SSSランクであれば直ぐに倒せる≪邪魔獣≫にすぎないのに……その枝に突き抜かれているだけで、消えゆく体。あれは、僕が数千年前に関知した時のまま、未だに体力が戻っていないのだろうと直ぐに分かった。気づけば思わず目を見開いていた。信じられなかったからだ。
その時だった。
「今日は、魔法薬をもう飲んだのか?」
時間軸にはそれ程変化がないというのに、先ほどまでには聞いたことのない言葉が、僕の耳に入ってきた。――何が起きた? 困惑しながらも、気配で、まだ時夜見鶏が生きていることを僕は悟った。
「流石に、聖龍様の記憶は、消せないか。巻き戻す時は、記憶を消せる魔法も、大抵の相手には使えるんですけどね。僕が記憶消去の魔法を使う事を、忘れてさえいなければ」
先ほど庇われていた青年の声に、僕は息を飲んだ。
――これは……世界を、巻き戻したと言うことなのだろう。
時夜見鶏が死ぬ前の世界に。それも、多くの神々の動きや記憶操作まで行っている。
そんな技、SSSランクの人間が自分の世界で行うにしても、かなりの労力を使う。
各世界の、規則や力として存在するとしても、難易度が高いはずだ。
「少し、席を外します」
「――基本的には、いくら巻き戻したとしても、この世の理は変わらない」
「だけどそれは、きっと今じゃ無くなるし……時夜見が僕を守ったりしないでしょう?
きっとさっきのは、僕が無意識に、僕を守れって服従の指輪で命令させたんだと思うから」
僕の眼前で響く二人の光景から、推測していく。
恐らく先ほど庇われた青年は、時夜見鶏が好きだと言っていた、朝蝶さんだ。
もう一人は恐らく、この世界の最高神だろう。
どうなるのだろうか――そんな思いが半分と、時夜見鶏には死んで欲しくないという思いが半分だった。基本的に、既に死んでしまった物を、消滅してしまった物を、修復するのは、大変困難だ。その上、先ほど見た限り、相手は、≪世界樹≫に纏わる物だ。各世界の≪世界樹≫関連の物には、基本的に、他の世界から干渉することは出来ない。干渉した場合、ヴァミューダで言うところのHPやMPが通常時の3倍のペースで削られる。僕が今から出向いたところで、時夜見鶏が助かる保証は何処にも無い、何処にも無かった。
「戻りました」
そんな事を考えていた時、朝蝶さんらしき青年が戻ってきた。
「何をしてきたんだ?」
「幸せな……少なくとも、僕にとっては幸せな結末を、作ってきました」
「二人で末永く一緒に暮らしました――が、終わりだろ?」
その言葉に、僕は苦しくなった。僕も、そんな未来が欲しかったから。もう僕には手に入らない代物だけれど。
「聖龍様、人間界に毒されてますよ」
喉で笑った青年を見ていたら――ああ、時夜見鶏は、本当に愛されていたんだなぁと思った。率直に言えば、凄く羨ましい。
その直ぐ後に、再び戦いは始まった。
時夜見鶏の姿は、そこにはない。
恐らく時夜見の死を回避するために、朝蝶さんが置いてきたのだろう。
なにせ、僕の持つ≪関知紋≫にも、まだ、時夜見鶏の死は表示されていないのだから、このまま助かる可能性がある。だが――僕は、時夜見鶏の立場で考えた。有り得ないことだろうけれど、ヒューズがそんな選択をしたら、僕はきっと泣きくれる。それは自分が消滅してしまう事よりもずっと辛い。このままならば、恐らく朝蝶さんが、死んでしまうからだ。僕はそんな悔恨を背負って等、生きてはいけない。
≪映像紋≫を通して見守っていると、≪新たな世界樹≫と呼ばれる≪世界樹≫に関わる物が二匹出現した。≪邪魔獣≫だ。先ほど時夜見を根で貫き、爪で抉ろうとした相手。
息を飲んで僕は、朝蝶さんを見守っていた。
先ほど時夜見鶏が庇ったのだろう光景までの戦闘行為は、ほぼ同じだったのだと思う。
だが――……朝蝶さんは、笑っていた。微笑んでいた。あのはにかむような笑顔、優しげな瞳、それらを見て、嗚呼、時夜見のことをこの人は本当に好きだったんだなと確信した。
朝蝶さんが微笑したまま、静かに目を伏せた。
ヒューズとは全然似ていないのに、ヒューズが昔僕のことを、似たような瞳で見てくれたことがある。せめてあの頃だけは、本当にヒューズが僕のことを、ちょっとだけかも知れないけど、好きでいてくれたんなら良かったと、今でもよく思うから。
その時だった。
朝蝶さんのすぐ正面に≪邪魔獣≫で爪が振りかぶられた瞬間。
彼は息を飲み、伏せていた瞼を静かに開いた。
そして目を見開いた。
朝蝶さんの隣に魔法で転移したようで、≪闇焔夜≫の声が残響してくる。攻撃を放ったのとほぼ同時に、時夜見鶏は両腕で、正面から愛する人を抱きしめていた。やっぱり、好きだったんじゃないかだなんて、場違いなのに苦笑してしまう。
「――……! 時夜見……? 時夜見! どうして」
驚いたような声が、震えていた。
≪邪魔獣≫の紅い血が、時夜見鶏にかかり、衣服も体も汚していく。木の根で彼は貫かれていた。最初の時とは異なるが、死にゆくことは、見ていて分かった。
致命傷になる箇所を貫かれた時夜見鶏は、形を保つのが精一杯の様子で――再び消滅しようとしていた。
「命令したのに……っ、え、なんで? なんで、指輪、してないの?」
涙の混じった朝蝶さんの声が響いてくる。
「時夜見、ねぇ……なんで、なんで、僕なんか庇うの?」
今度は朝蝶さんが呟いた。何で庇ったかなんて、それこそ人付き合いが薄くて、人の気持ちなんて全然想像も出来ない僕だって分かる。分かるよ。きっと、ヒューズがそんな状況になったら、僕だって同じ事をした。例え向こうが僕の事なんて好きじゃなかったとしても。
「それは――俺が世界で一番お前のことが大好きで、お前を愛してるからだろ?」
最後に響いた時夜見鶏の声に、苦しくなって僕は目を伏せた。
ボロボロと涙が零れていくのが止められない。
これが最後?
これが僕の、初めて出来た友達の最後なの?
どうして、どうして、こんなことになったの?
もう訳が分からなくて、僕は≪映像紋≫の前で嗚咽した。堪えられなかった。体が震え、指先の感覚を失ってしまったようだった。息をするのが苦しい。
消え行く友達の最後の姿を、それでもはっきりと目に焼き付けようと、僕は涙を拭って正面を見据えた。その時のことだった。
「今日は、魔法薬をもう飲んだのか?」
先ほども響いた、恐らくはこの世界の最高神の言葉に、僕は目を見開いた。
しかし時間軸には、今度は変化があった。
記憶こそ、最高神以外の記憶の中から時夜見鶏の死の記憶が消去されているようだったが、今度の時間軸は、≪邪魔獣≫に襲われる直ぐ側になっていた。
恐らくは――三回目の巻き戻しだから、最早、長く巻き戻すことが出来なかったのだろう。死の記憶消去と巻き戻しは、同じくらいに高難易度の”力”だ。恐らく、もう次は無い。
僕は息を飲んだ。
まだ――それでもまだ、時夜見鶏は、生きている。
もうどうしようもない事だなんて、朝蝶さんだって、最高神だって分かっているはずだ。ただ、ただそれでも、時夜見鶏にどうしても死んで欲しくなくて、あがいているだけのはずだ。きっと打開策なんて、もう無いだろう。あったとしても、実行している時間があるのかな? 少なくと僕には無理に思える。それでも、それでも、まだ時夜見鶏は、僕の友人は生きているんだ。
まずは、冷静になろう。
神々の記憶ごと消去しての巻き戻しなんて、仮に出来たとしても状況的に三回――要するに後は今回が限度だろう。一回目も二回目も庇って、時夜見鶏は死んでいる。だけどその直前には、それなりの威力の攻撃を放っている。恐らく二度目なんて、転移した段階で、それなりにMPを消費しているはずなのに。
だが、普段ならば、あの程度の敵には、攻撃されても死なないし、恐らくは当たりもしないだろう。本当に弱ってるんだ。
僕はたった一人の友達のことを考えた。
あんなのに殺されて……消滅させられる?
そんなのは――嫌だった。
だとすれば、僕に今できる選択肢は一つだけだ。
もう嫌われようが、友達じゃなくなろうが、そんな事はどうでも良い。そもそも僕は悪役なんだから、嫌われることには慣れているじゃないか。
僕も、僕は、あいつに、生きていて欲しいんだ。
僕は破壊神だ。
だから――だから、コイツが消滅する未来を破壊する事にした。
「≪ロンギヌスの槍≫!!」
僕が≪移動≫し、持っている一撃必殺の技で、光で出来た矢を振るい≪邪魔獣≫を突き刺すと、辺りに黄緑色の体液が散った。咆哮する直前に、爪が振るわれる直前には≪敵≫は死んだ。
見れば、朝蝶さんとやらの腕の中で、時夜見鶏は意識を失っている。
二回目同様、転移してきたんだろう。だが、庇って死ぬ前に、僕が≪邪魔獣≫を倒した。僕は肩と左足が根に裂かれ、腹部を爪で抉られたが、前回の≪世界敵≫との戦いの後は、回復に専念していたからまだ余裕がある。相手が別の世界の≪世界樹≫関連であっても、コレでも僕は一応SSSランクなんだよ? HPとMPが半分以下まで削られたけどさ、まだ余裕で生きているんだからね!! なんか、こんな風に思うのも、死にたかったはずだから、凄く不思議なんだけどさ。
それから時夜見鶏を一瞥した。
――嗚呼、まだ、生きている。
その後、≪紋章≫を出現させて、完全に生きていることを確認した。
恐らく転移で力を使い切ったのだろうが、消滅するほどの体力減少も致命傷も無い。
安堵したのと同時に、僕が此処にいる理由をきっちりと作って、上位世界の整合性を保たなければならないと一人思い出した。
「あーあー、折角暇だから、時夜見鶏を殺しに来たのに、その様子じゃ楽勝だな」
僕がそう言って、わざと哄笑して見せた時、時夜見鶏の体を隣の木に預けて、朝蝶さんが立ち上がった。時夜見鶏には、恐らくこの世界の最高神が歩み寄り、気を充満させている。両者からの圧倒的な威圧感に、思わず唾液を嚥下しそうになるが、僕は堪えた。
「お前で俺に勝てるのか? まぁ良いか、時夜見鶏を殺す前に遊んでやるよ」
一撃喰らって、僕は、「まだまだ、だな」とか言って消える(立ち去る)予定だった。そういうのは、対勇者対策で慣れてたからね。
「≪空日蝕≫」
淡々と朝蝶さんが呟いた。
瞬間、空も視界も何もかもが真っ白になり、気づくと僕は日蝕のようにキラキラした鱗粉の中にいた。ヤバイコレ、本気で――……悪くすると、≪世界樹≫関連の≪邪魔獣≫のせいでそれなりに消耗している僕が消滅する!
意を決して僕は、そのまま別世界へと移動した。
あれは本気で来た場合、恐らく時夜見鶏が元気で人間界の器を使っているレベルには、強い。あの世界を作った創造神は、単なる面食いじゃなくて、戦闘狂だったのかもしれない。
そんな事を考えながら、HPが150を切ってしまった僕は、溜息をついた。
他の異世界で、創造神が既にいる場所では、≪世界樹≫は共通として、通行手形を持っていない場合に攻撃を受けた際は、HPにしろMPにしろ、≪宇宙敵≫しかいない世界よりも、多大なダメージを被るのだ。
「覚悟しろ、破壊神!!」
その時、嫌な声が響き渡った。
見ると、勇者ご一行様が居た。
やばい、まずい、今は確実に、攻撃されたら数発で死ぬし、疲れ切っている僕がどの程度攻撃を避けられるか分からないし、こちらから攻撃する余力なんてもう無い。
いつも浮かんでいる宙とも異なり、今僕は、地の上に立っている。
目の前に迫り来る白刃の剣。
それが突き刺さり、脇腹から血が流れてきたのが分かる。
嗚呼――もう一回くらい、時夜見鶏と酒が飲みたかった。
そして、アイツの初回や二回目みたいに恋人の腕の中で意識を失い――消えたかったな。
今となっては、ヒューズが本当に恋人になってくれていたのかすら分からないけどね。
首を横に切り離されようとしているのが分かる。
自身の血が、僕の頬へと跳んでくる。
だが僕には、まだ最後の仕事が残っていた。
「……流石は勇者だ。この俺を倒すとはな」
そう笑って告げて、うつぶせに倒れた僕の背には、まるで地に縫いつけるかのように、勇者の剣が突き刺さった。
僕の破壊神としての一生は、そこで終焉を迎えた。
――まぁ良いか。友達を救って死ぬなんて、それこそ”勇者”みたいだからな。
僕はあこがれの勇者に、一歩近づけたかな?
そう思え苦笑が浮かんできて、土の味を感じながら、僕の意識は闇に飲まれた。
目が醒めた時、僕は白い天井を眺めていた。
「ク……ジャック……ジャック!?」
声のした方に首を向けようとしたのに、気怠くてそれが出来ない。
だが、誰の声かは直ぐに分かった。何せ、ずっとずっと聞きたくて仕方がなかった声なのだから。緩慢に瞳だけを向けると、そこには涙ぐんでいるヒューズの姿があった。
「?」
何がどうしてこうなったのだろう?
というか、此処は一体何処なのだろう?
大体何で此処にヒューズはいるのだろう?
分からないことだらけだったが、ずっと見たかった顔がそこにあったから、思わず笑ってしまった。
「意識が戻ったんだな!?」
声を出すのが億劫だったから、ぼんやりとした眼差しのまま、僕は何度か頷いた。
「一体俺をどれだけ心配させれば気が済むんだよ!!」
「?」
何の話しかいまいちよく分からない。
「――何処まで覚えているんだ?」
すると不安そうな声で、ヒューズが俺の両頬に手を添えた。
「っ、ぁ……く、み、水」
喉が酷く渇いていた。喋るのが、それで苦痛だったのかな。
僕の言葉に、ヒューズがペットボトルを手渡してくれたのだが、取り落としてしまう。
「んァ」
すると何故なのか、口うつしで飲ませてくれた。
恥ずかしくなって、布団を被りたくなったが、だるい体ではそれが出来ない。
「……えっと……ちょっと強い≪世界敵≫を倒したんだ。時夜見が怪我してたから、頼れなくて、2000年くらいかかって……」
「それから?」
「帰ったら神話が変わってたから、もうヒューズは俺の所にいなくて良くなったんだよな?」
「馬鹿。本当に馬鹿だよ、お前。俺、は! お前に迎えに来て欲しくて、会いに来て欲しかったのに。来ないし!!」
「だって……ヒューズ、もう俺に会う必要も、優しくしてくれる必要も無かっただろ?」
「何でそんな事言うんだよッ、んとに、馬鹿!! 俺達恋人じゃなかったのかよ!?」
「……神話変わっちゃったら、ヒューズ、無理に俺なんかと……」
「いつ俺が無理にお前の側にいるなんて言った!?」
「だって俺が無理矢理娶った事になってた……」
「馬鹿馬鹿馬鹿!! で? その後は?」
なんだかヒューズが怒っていたけど、ぼんやりとした思考が、考えることを拒否していた。
「仕事して、後は空中に浮かんでて……そしたら、時夜見が死んじゃって、だけど、死なないように……っ、ぁ、み、水」
咳き込んでからそう言うと、またヒューズが口うつしで飲ませてくれた。
その柔らかな感触が懐かしくて、嬉しくて、僕は泣いてしまった。笑いながら泣いてしまった。ただの医療行為だって分かってるのに。
「何で泣くんだよ? そんなに時夜見鶏が大切なのか?」
「大切だけど、けど、ヒューズとキスしてるみたいで嬉しくて……ごめんな、キモくて」
「お前本気で馬鹿だよ!!」
そう言うと、ヒューズはもう水を口に含んでいないのに、また僕の唇に触れた。
「ン」
そのまま舌が入ってきて、僕の舌を絡め取る。
息苦しくなって、体が震えた。
意識を失いそうになって、ぐったりと布団に体を預けて、目を伏せた。睫が震えた気がする。
「あ、悪い、大丈夫か!?」
「え、あ……ん……っ、!!」
苦しくなって、僕はまた咳き込んだ。
「時夜見鶏を助けた後どうなったかは?」
「悪役やったよ……だって、そうしなきゃ、上位世界の恒常性が保てないし、僕があそこにいた理由もないし」
「それで?」
「帰ってきて、勇者に殺されたんだ……! そ、そうだよ、僕、あ嫌、俺、殺されたのに、何で!?」
「お前さ、ジャック。ちゃんと俺が置いてった神話読んだの?」
「魔王が復活して、破壊神の手で街が荒廃って奴だろ?」
「お前はもう破壊神じゃないから、アレじゃあ死なないんだよ」
「へ?」
「これまで魔王が生まれなかった理由もそうだけどな、お前が一番強いから、お前が≪魔王≫なんだよ。お前本人は気づいてなかったみたいだけど」
「……? じゃあ、破壊神は?」
「両方お前なんだよ」
「え?」
「つまり、ジャックは≪破壊神≫として死んでも、≪魔王≫だから、勇者に≪魔王≫が倒されない限り生きてるんだよ。それも今回の神話では、きっちり名前が出なくなっただろ? だから……≪魔王:ジャックロフト≫これからは、そう名乗ればいい。≪破壊神≫は娯楽でやりながらな」
つまりじゃあ僕、≪破壊神≫として、もう二度とヒューズと話せないと思っていたけど、今は≪魔王≫だから、こうやって話していても良いのかな? 聞いてみたいけど、否定が返ってきたら怖い。
「……だから、だから俺はな、今でもジャック。お前のお嫁さんなんだよ」
「本当に?」
「ああ。お前が迎えに来てくれないもんだから、やきもきしてたんだ。――愛してる、ジャック。今も昔も」
その言葉に、僕は苦笑しながら、泣いてしまった。我ながら、格好悪い。
「仕事のせいで帰ってこられないのは分かる。でもな、連絡の一つも寄越せよ、馬鹿」
「ごめん……」
「俺が、俺が、どれだけ心配したと思ってるんだよ!!」
「ごめん」
「今度こそ異世界にデートに連れて行ってくれよ」
「うん、うん。それは、さ。探してたんだよ」
「本当に?」
「ああ。それに、時夜見にも、≪ヴァレン≫っていう、長い付き合いだけど、最近友達だって分かった奴にも、他の同僚にも、会わせたい。会って欲しいんだ」
涙をこぼしながら僕がそう言うと、嘆息したヒューズがそれから苦笑した。
「もう会った」
「……は?」
その言葉に驚いて眉を顰めると、ヒューズが肩を竦めた。
「ここは、ヴァミューダの神界の医療塔なんだよ。上位世界でも、一番魔法薬とかって言う医学が進んでる土地なんだ。ヴァレン――ヴァレンタインが、お前の意図を察して、最高神の超越聖龍に連絡を取ってくれて、此処に入院してるんだよ」
「え」
「お前は三年も此処で寝てたんだ。二年と八ヶ月、まぁようするに、ちょっと前に時夜見鶏は、目を覚ました」
「本当か?」
「ああ。だからもう、何も心配はいらない。力が回復したら目覚めるって話しだったんだ」
そう言うとヒューズが頭を撫でてくれた。
「ジャックがもう少し回復したら、俺達の世界、パルディアに帰ろうな」
「うん」
嬉しくなって、僕は笑ってしまった。
嗚呼、本当は、世界は僕に優しくて、そしてこんなにも綺麗だったんだね。
単純に僕が、この世界の美しさをきっと見ていなかったんだと思う。
だって何て滑稽で退屈で愚かな世界なのかだなんて考えていたんだから。
こんな世界に生まれた自分自身のことを呪ってさえいたんだ。
だけど今は違う。違うと思うんだ。
ヒューズが居てくれて、そして僕が居る。友達――だと呼んでも良いのかな、時夜見鶏もヴァレンもいるんだ。
「それと報告が二つある」
その時僕の思考を打ち切るように、ヒューズが言った。
何だろうかと顔を上げると、なんだか照れたような顔をしていた。
「良い報告と、更に良い報告のどちらから聞きたい?」
そんな事を言われたら、普通良い報告で喜んで、その後更に良い報告で喜ぶ方が良いよね?
だが、今目覚めたばかりの僕に、良い報告?
魔王になった僕のお嫁さんになったとか……いやもしかすると、それは、ヒューズにとっては、あんまり嬉しくないかも知れないし。一体何だろう?
「え、っと、良い報告からお願いします」
「お前が仕事に、連絡も無しに行くから俺は考えたんだ。お前と一緒に仕事に行けば、良いじゃないかってな」
「へ?」
「と言うことで、≪総合世界神称号≫を十個以上集めた」
「!」
なんてこったい!
「ダメ、ダメだ、危ないよ!!」
「どうしてだ?」
「心配だもん」
「その心配をコレまで俺にさせてきたのは何処の誰だ?」
「え? さぁ?」
知らない。僕にはよく分からない。
「お前だ、お前! お前に決まってるだろうが!」
「え、うあ……心配してくれてたのか……」
「あたりまえだろ!!」
なんだか心配してくれたのは凄く嬉しいが、ヒューズに危ない場所に行って欲しくないんだよ。どうしよう、何て伝えればいいのかな?
「それと、もう一つ」
「え、ああ、うん」
全然僕にとっては良い報告じゃなかったけど、更にもう一個あるんだよね?
「子供が出来た」
瞬間、頭が真っ白になった。
「え」
「嬉しくないか……?」
「えええ? ヒューズの子供だよね?」
「ああ」
「一体誰と!?」
僕は動揺して、動揺したら思わず上半身で起き上がれた。
気がつけば僕の右手の甲には、針が突き刺さっていて、そこからチューブが一本、謎の機具があって、更にそこから四本チューブが伸びて繋がる点滴が四つあった。
「お前の子に決まってんだろ!」
「は? どうやって出来たの!? そう言う神話が生まれたの!?」
「どうやってって……お前、子供のでき方を知らないのか?」
「うん。だって、大体、創世神二人くらいが、赤ちゃん連れてくるし。両方男神だと、どうなってるのか分からなかったんだ」
僕がポカンとして目を見開いていると、呆れたような顔でヒューズが溜息をついた。
「まず。パルディアではな、全ての神の中に、”神の卵”が存在する。これは良いな?」
「良くないよ? そうなのか?」
「そうなんだよ!! で、そこに、片方の”神聖力”を注ぎ込む。卵を力が包み込み、絡め取る形だと、学校で習うぞ」
「学校なんて存在するのか!?」
「お前本当に、なんにも神世界のこと知らないんだな……」
「まぁ、おじいちゃんだし……」
「つまりお前の中の”神の卵”を、俺の”神聖力”が包み取ったんだ。絡め取ったが正しいか。いいか、これは、双方が愛し合っていないと、起こらないんだ」
最早、僕にはついて行けないお話しだった。
なにそれ?
聞いたことすらない。だが、男神同士で赤ちゃんを連れてくる理由は、よく分かった。つまり、全ての神という事は、男の中にも卵とやらが存在するのだろう。
「神聖力っていうのは、なんだ?」
「まぁ端的に言えば、精液だな」
端的すぎて、僕は赤面するしかない。なんだと――!?
「この世界とは違い、別にどちらかの力を奪い取る訳じゃなく、必ず赤子として生まれるから心配するな」
「この世界のことも知らないし、お、俺は一体何を心配すれば良いんだ?」
「3000年前後で、卵は出てくる。つまり――俺とお前の子供だ。最後にしたのはその位だな。こちらの医療技術で、お前が卵を宿しているのは確認している」
確かに2000年くらいは戦いに出ていたし、その前後の期間を考えるとその位だ。
「!?」
「それから100年に一歳くらい歳を取っていく」
「???」
「お前の意識が戻らなければ、俺が育てようと思っていたんだけどな」
「ちょ、待って、待って!? 俺がその卵、生むのか!?」
「まぁそうなるな。今日か明日か、と言ったレベルで、そろそろ生まれるから、俺は日参してたんだ。勿論お前が心配で、お前の顔が見たいというのもあったんだが」
飄々とヒューズは言うが、僕にとっては大問題だ。
「どうやって生まれてくるんだ?」
「腹部、へその辺りから、光となって生まれるそうだ」
「はぁ……? え? えええ? 男同士なのにか?」
「俺の両親も男だ」
何でもないことのようにヒューズは言う。しかし僕はクラクラしてしまった。
「俺との間に子供が出来るのは嫌か?」
「そう言う問題じゃなくて。子育て? 出来るのか!?」
だって、だってだよ? 家事が全く出来ないヒューズと、最近覚えた僕だよ? 無理があるよね? 子供が可哀想だよ。
「だからしばらくの間は、体調の問題もあるだろうし、お前は仕事を休め。代わりに俺が≪世界敵≫を倒すから」
そ、そう言う問題なのだろうかと思った瞬間だった。
パァァァァァっと、俺の下腹部を覆っている布団から光が溢れ出した。
呆気にとられれていると、ヒューズがそれを捲った。
すると僕の確かにへその辺りから、巨大な卵が出現しようとしていた。
「う、ンァ」
全身に震動が走り、僕は辛くなって瞼を伏せる。
「大丈夫か!?」
僕の肩を抱きながら、ヒューズが言う。やっぱり絶対眼病だよ。間違いないよ。大丈夫に見えるとか奇跡だよ!
最初は卵の頭の部分が出てきて、次に一番太い真ん中、それから最後までが出ようとしている。青白い卵を絡め取るように、太い蔦のような物が絡みついていた。どちらも光を放っている。
「どんな気分だ?」
「うう、あ、あああ、なんか変……ッ」
なにかが僕の体から失われていくような、おかしな感覚だった。
だが、確かに力を吸われるような感覚はない。
「具体的には?」
「シラタキが大根に絡まってる感じ……!」
「……悪い、逆に具体的すぎてよく分からない」
「ああっ、だ、だからぁ、縄跳びでグルグル巻きにされた跳び箱って言うかぁぁあああっ」
「尚更わかんねぇよ!!」
ヒューズがそう言った瞬間、卵が僕の体の上に、完全に出て、宙に浮いた。やはり光り輝いている。不思議な脱力感で、僕はまたシーツの上に体を預けた。汗がどんどん流れ落ちていく。ただ不思議と、達成感と、心が満ちていく感覚がした。
「大丈夫か?」
「う、うんっ、あ」
「……本当はな、お前の体力を考えて、何度か卵を除去しようか迷ったんだ」
「そんな事してたら、俺がボコボコにしてたよ……」
「ああ。お前なら、絶対にそう言ってくれると思ってたんだ」
そう言ってヒューズが苦笑した時、卵に亀裂が走った。
その音に慌てて、体を弛緩させたまま、視線を向ける。
すると、割れた卵の殻が、ベッドの上にいくつもいくつも落ちてきた。
そして――一人(神)の幼児がそこにはいた。
神は僕と同じ茶色をしていて、目はヒューズそっくりの黒い目だったが、僕に少し似ているのか、ちょっとだけ赤が指している。ただ鼻筋や目つき的に、顔立ちはヒューズそっくりだった。これから育てば変わるかも知れないけれど。
それを見た瞬間、僕は完全に体の力が抜けて、倒れ込むように再び、眠るというよりかは意識を落としたのだった。
「――で、名前どうするの?」
「本当は、相談して決めたいんだよな」
次に目を覚ました時、僕はヴァレンとヒューズの声を聴いていた。
「ん、ぁ」
「あ、ジャック!! 大丈夫!?」
のぞき込んできたヴァレンの姿に、曖昧に頷いてみせると、横から、赤子を抱いたヒューズもまたこちらを見た。
「いやぁ、僕まさか、ジャックが生む側だとは思わなかったよ」
肩を竦めたヴァレンがクスクスと笑った。
「ま、ヒューズさんくらい、タッパがあってイケメンなら、分からなくもないかな」
タッパって何だろう、アレかな、冷蔵庫にしまう奴かな?
朦朧とした意識でそんな事を考える。
――ああ、僕、本当に子供生んだんだな。
そんな事を、赤ちゃんを見ながら思った。
「丁度良かった。名前を決めようと思ってな」
ヒューズの声に、僕は枕に頭を乗せたまま首を傾げた。
「女の子? 男の子?」
僕らの世界パルディアでは、それが生まれた時に、はっきりとするのだ。
「男の子だ」
その言葉に、僕は考えてみる。ヒューズと、ジャックロフト(現在)の子供だから、うーん。光の神ライトと闇の神ダークの孫、人の神ヒューズと破壊神兼魔王の子供だ。
「ナイトバレルは?」
全く思いつかなかったので、適当に言ってみた。
「俺は、レイスロフトが良い」
「じゃあ、レイスロフトにしよう。レイって呼ぼう」
うんうんと僕が頷くと、ヒューズが目を丸くした。
「良いのか?」
「うん。ヒューズが決めた名前が良いよ」
そんなこんなで、僕たちの子供の名前はレイスロフトになった。
それから暫くして。
僕はもう起き上がることが出来るようになったが、まだ時夜見鶏は横になっているらしい。
そこでお見舞いに行こうと、医療塔の回廊を歩いていた。
すると病室の前に、朝蝶さんがいた。
思わずビクリとしてしまったら、頭を下げられた。
「改めまして、空巻朝蝶です」
「あ、その、破壊神……魔王の、ジャックロフトです」
僕もまた頭を下げる。正直緊張していた。だってこの前、怒らせちゃったし、殺されかけちゃったし。絶対この人、僕に良い印象無いよね。
「あ、ええと、お見舞い中なんだろ、帰るわ」
こんな時まで出てくる僕のリア充語……! 次は敬語の練習しよ! 僕は決意した。
「ま、待って」
しかし引き留められて焦った。冷や汗が浮かんでくる。怒られるのかな?
「あの時は、今度こそ時夜見のことを助けなきゃと思って、酷いことしちゃって、ごめんなさい」
が、朝蝶さんが、涙声で言った。
え、え? なにこれ? 泣きたいのは僕だよ!
しかし頑張れ僕。リア充っぽく!!
「ま、気にすんなって。時夜見はさぁ、俺にとって大切な、その、その、ほら、あれだよ、と、とも……飲み友達だからさっ!!」
恥ずかしくて、照れくさくて、友達って言えなかった。だって、本人にも言ったことがないし、否定されたら悲しいし。
「有難う。上位世界の事とか、全然僕、知らなくて……ジャックさんが、時夜見のこと助けてくれて、それで、それで、悪者のフリしてくれて……」
どどどどうしよう!? 朝蝶さんが泣き始めちゃった。僕が泣きたいよ、だって僕、人を慰めるの、苦手だし……。
「き、気にすんなって。ほらさ、毎回飲みに行くと、時夜見から朝蝶さんの事相談されてた身としては? 二人の幸せ応援したくなるじゃん? それに俺だって、時夜見が元気な方が嬉しいしさ。また戦いたいからな。具合悪い時じゃなくて、全力でな!」
いけたかな、これ、リア充っぽい台詞かな? どどどどうだろう? 誰か判定して、お願い! だけど、だけど、僕がリア充目指してるだなんて恥ずかしくて誰にも言えないし……。しかも、いつもとか言ってみたけど、二回しか行ってないし!
「朝蝶って呼んで下さい、良かったら」
「ああ、じゃあ俺のことはジャックで良いから」
渾名呼びキター!! 嬉しいなぁ!
「ただ、ジャックがいなかったら、時夜見は本当に死んでたから、嬉しくて……あんな風に悪役やってくれて……それも、お子さん身ごもってたのに……僕、全力で……ッ」
「いやさ、朝蝶が三回目の巻き戻しやってくれたからだから、アレ。それに俺はさ、破壊神だし、今は魔王だし? 悪役って言うか、未来含めて破壊するの慣れてるんだよ。まさか子供が中にいるとか知らなかったしさ! 俺じゃなくてな、時夜見が助かったのはさ、やっぱり朝蝶の愛の力だって。絶対そう。保証する!」
僕がそう告げると、泣きながら、何度も何度も朝蝶が頷いた。
嗚呼、本当に時夜見鶏のことが好きなんだなぁって思った。いいよね、そういうの。
「そ、そのさ、良かったら何だけど――……」
「はい?」
「今度、俺のさ、旦那? 奥さん? とな、異世界に行こうって話してるから、時夜見の体調治ったら、一緒に四人で――……ああ、そっちは子供二人いるんだっけ、じゃあこっちの一人もで、さ。遊びに行こうぜ。ピクニックとかさ。それがさぁ、もう、俺も俺の相手も料理とか全然ダメなんだけどな。まぁ、あの、迷惑じゃなかったら」
僕が頑張ってそう言うと、また蝶々が泣き出してしまった。
本当に僕、どうしたらいいのかなぁ……?
「……っ、あ、あの、楽しみにしてます」
小さな声で、笑っているのに泣きながら、朝蝶が言った。うんうんと何度か頷いてみる。
「俺、元気になったから、その内、パルディアに帰るんだ。だから、時夜見経由で連絡くれるか、出来たら、で良いんだけど、連絡先教えてくれ」
断られるかなぁなんて思いながらも、僕は勇気を出した。
「はい!」
すると朝蝶が、連絡先を教えてくれた。これならば、あちらの≪念話≫、こちらの≪連絡紋≫で話が出来る。
「有難うな!」
「こちらこそです。時夜見に、貴方みたいに素敵な友人がいて本当に羨ましいです。僕とも友達になってくれますか?」
「あたりまえだろ! 一度話したら友達で、それ以上は親友だ!」
僕は一度言ってみたかった台詞を使ってみた。
すると蝶々は泣きながら頷いてくれたんだ。なんだか、心が凄く温かくなった。
それから1000年くらい経った。
もう僕の中では、自分のいる世界よりも、他の世界に移動したり、総合世界の雑務をしたりする時間の方が長い。ただ、何処に行っても結局、文章系の仕事あるんだよね……本当怠い。僕ってさ、頭使わない仕事の方が得意なんだよね。だって、頭使うと糖分が必要になるんだよ。だけどお菓子とか、中々手に入らないんだよね(自作以外じゃ)。お菓子か――と言ったら、やっぱりアイツだよね。
――時夜見鶏。
今のところ、今だ唯一僕より強い奴。
育児の相談も出来るし、ちょいちょい会いたいんだけどなぁ……旦那、になるのかな、僕の配偶者のヒューズが、あんまりいい顔しないんだよね……別に僕が何処の誰と会おうが自由だって思うけど……うーん。嫌、やっぱりじっくり考えたけど、自由だ。自由だよ!
よし、神世界ヴァミューダだったよね、時夜見鶏の所は。
僕が≪転移紋≫を描こうとした時だった。
「破壊神だな!」
あ、何か僕、嫌な予感しかしない。きつい、面倒だよねぇ、本当。どうして今来るかな。
思わず腕を組んで、僕は勇者パーティを見おろした。
今でも大体30年に一回くらいは、僕を倒しに勇者(自称)が来るんだよね、相変わらず。一応僕、この世界では、中ボス的な位置づけだからさぁ、破壊神役の時は。適当に煽って、適当に倒されないと
だけど一応、魔王ジャックロフトを倒すために、勇者が生まれることになってるからさ、今だ公にはならない僕達の関係。それでもって、ラスボスの魔王も相変わらず僕なんだよね……はぁ。本当神界は人(神)手不足で嫌になっちゃうよ。
「――と言うことで、俺がお前を倒す!」
あ、何か勇者の話し終わったみたいだ。僕は、毎回大体同じ台詞なので、聞いていなかった。聞かなくても、基本的にみんな同じ事を言うんだよ、相変わらず。
『方々の街を破壊し荒廃させた罪を償って貰う』だとか。
『捕まえた人神ヒューズを解放しろ』だとか。
『光の剣の血肉にしてくれるわ』とか。
いやでも、ヒューズに寧ろ捕まったの僕なんだけどね……やばい、惚気ちゃいそう。
子供も出来ちゃったしね。本当に可愛いんだ。
とりあえず僕は適当に相手をした。
だって未だに、『伝説の勇者』か『召喚された勇者』か『勇者の末裔』か、まぁどれも似たり寄ったりなんだけどさ、あの人達の攻撃、時夜見鶏の世界風に言うと、僕にダメージ(打)を0か1位しか与えられないんだよ。よくその力量で、中ボス倒しにこれるよね。厚顔無恥って奴かな? 最近ちょっと、僕はヒューズの影響で、僕人称の内心の時よりも、俺人称の時みたいにリア充っぽい思考をすることが増えてきた気がする。
が、僕は、時夜見の世界と違って此処には、HP表示とかMP表示とか無いから、相変わらず50回くらい攻撃されたら、腹部から血を流し(血糊)、呻いて倒れている。それから、『くっ、侮った』とか何とかいって、消滅したフリをして、隠れるんだ。
僕は今でも周囲が荒れ地で、何か微妙な岩山があるところに浮かんでいるから、その岩の後ろに転移紋で移動するんだ。で、勇者達が満足して帰って行くのを見守る。
つまり、30年に一回くらいしか仕事はない。
だからほぼ無職なので、家事も育児も僕がやってる。最初は愛がある感じでやる気もあったけど、その内に自由に遊び(世界敵倒し)に行けなくなった僕は、ストレスが溜まっていた(案外僕にとってあれはいい娯楽みたいだったのかもしれない。僕にもちゃんと娯楽があったんだって気づいた)。でも今でも総合世界にできた、総合統一神世界連合の五将軍の一人になっているから、ほぼ無職とか言われることは減ったのかなぁ(主にヴァレンに)。それでも僕が此処にいないと勇者達が折角来た時に可哀想だから、≪偽装紋≫で、フォログラム出して、ずっと此処にいるフリをしてる。で、途中で僕は入れ替わってるんだ。
――よし、勇者達は帰って行った。
今回のレベルなら、三年後くらいに魔王城で会うかなぁ。
そんな事を考えながら、≪転移紋≫に潜った。
だけど時夜見鶏、忙しかったら悪いなぁと思って、≪時空遠鏡紋≫で姿を探した。
――ん、あれ? アイツ何やってるんだろ?
見つけた姿に僕は首を捻った。
≪世界樹≫にノコギリいれてる。正確には、世界を構築する≪世界樹≫じゃなくて、この世に害をなす≪新しい世界樹≫だ。
≪新しい世界樹≫は、以前に時夜見に酷いことをした、≪世界敵≫のSSSランクに入る敵だ。大抵の世界に存在する。やっかいなのは、今でも、自分が所属している世界の≪新しい世界樹≫以外は基本的には倒せないこと。基本的にアレは、その世界を構築した時に産まれた、世界を支える樹が狂って産まれる。だから他の世界のを倒そうとすると、ずっと前の僕みたいに、すっごいダメージを喰らうんだ。
基本的には集中しないと、一応SSSランク+の僕でも一人で倒すのは無理だ。
だが、時夜見鶏の周囲には誰もいない。
え、まさかあれ、倒す気なの? いや確かに時夜見ならば、やれるかも知れない。
ぼんやりとそんな事を考えている間に、≪新しい世界樹≫は倒れた。
流石だよ……強いよ。強すぎるよ。
それから時夜見鶏は何かしていたのだが、一段落したのを見守ってから、僕はすぐ側に転移した。
「よ。久しぶり」
「……ああ」
沈黙をたっぷり挟んで、こちらを流し目で見てから、時夜見が頷いた。
切れ長の瞳の黒茶色が、俺を見ている。髪も同色だ。
相変わらず色っぽい。その無駄な色気、何? 多分僕が知ってる顔面の中で、一番エロ格好いい。整った鼻だちで、唇は薄い。当然一番好きなのは、ヒューズだけどね。
「いやぁ、何かお前、大変だったらしいじゃん?」
僕の言葉に、時夜見が僅かに視線を揺らした。
何も感情が見えない瞳が、僅かに揺れた気がする。
どうして僕が、コイツが大変だったか分かるかって言うと、子供が生まれてからも医療塔に入院してからもずっと明らかに具合が悪そうだったからだ。何度か、入院しているにも関わらず、危ういところまで体力を落としていたんだよね。あんまり強い神様が消滅するかしそうになると、総合世界にすら歪みが生じるのは変わらない。ちょっと前に、その歪みが生じたから、また原因調査を僕がしたんだ。僕は≪上位世界≫では、今も変わらず破壊神だ。
「どうして助けてくれたんだ?」
「え」
「違うのか?」
自慢じゃないが、僕は、自分の世界では今でも、破壊神だとか魔王だから嫌われてる。総合世界では、力の強さで恐れられている(多分)。
だから、対等に話が出来る相手なんて、恋人しかいない――友達0だったって事だ。
最近ちょっとずつ出来てきた気がするんだけどね。
多分僕の中で、時夜見鶏は、大切な友達になっていたんだ。
恥ずかしいから絶対本人には言わないけどね。
「嫌、朝蝶の愛の力じゃないの?」
「愛……」
「そ。それより、飲みにでも行こうぜ」
時夜見鶏が頷いたのを確認して、僕は≪転移紋≫で移動した。
勿論、時夜見は着いてくる。
転移は、神様でも結構力を使うんだけど、時夜見が怪我で消耗している意外に疲れているところとか、僕は見たことがない。その辺りにすら、僕は時夜見鶏とのレベル格差を感じる。
二人で移動した先は、いつの間にかお決まりになった、小さなダイニングバーだ。
時夜見鶏のここでの好物は、鶏のたたきだ。
――共食い?
最初こそそんな疑問を抱いたが、神様だし別なんだろうなと思う。
とりあえず二人で麦酒を頼んでから、運ばれてくるまでは、メニューを見ていた。
「乾杯」
「ああ、乾杯」
最初は、こういう仲になるとは思っていなかった。
そう考えると、なんだか本当に懐かしい。
瞬きをしながら、僕は時夜見鶏と初めて会った時のことを思い出した。
やっぱりこの世界は、僕が思っているよりも、ずっとずっと優しかったんだと思う。
きっと僕が見ようとしなかっただけなんだ。
「なぁ、時夜見」
「……ん?」
「俺達……友達だよな?」
明るく言ったが、本当は、声が震えそうだった。
「少なくとも、俺はそう思ってる」
返ってきた声に僕は苦笑して、泣きそうになったから天井を見上げたのだった。
――僕はもう、死にたいなんて、思わない。