ツギハギ世界の綻び



嘗て――世界は、雪に飲まれた。
思い出せば時に泣きたくなるような事実は、いつしか伝承となり、お伽噺となる。
現代は消え去り、神話が生まれ、そこに新たに立つ人々が生まれる。

今、全てを覚えている者は少ない。

これは師匠から聞いた話だから、どこまでが真実なのかは俺も知らない。
知りようがない。

「ネル? どうかしたの?」

声をかけられ、俺は顔を上げた。
淡い茶色の髪をした大親友――俺の側からは色恋印が向いている相手は、俺の隣にカップを置いて、特に笑うでもなく淡々とこちらを眺めている。

「一度世界は滅んだらしい」
「好きだね、”魔術の祖”の物語」
「俺は”雪楼閣”は現存していると思うんだ」
「それを調べにまた旅に出るの? 僕を置いて」
「いや今回は、”火龍の魔術師”の遺跡調査に行くんだ」
「本当に活動的だよね、ネルは」
「お前も引きこもってないで、たまには外に出ろよ」

そんなやりとりをした輝かしい日々。
今はもう無い。

旅に出た俺は、二度と想い人と会えなくなるとは思わないまま、好き勝手に探索していたものだ。この頃のやる気を俺は懐かしく愛おしく思うが、無ければあるいは、仮に僅かばかりだったとしても、もう少しアイツと一緒にいられたのだろうかと考える。

一人になって自覚した。

そして俺は、自分の世界の再構築に迫られた。
ツギハギしながら、頑張って。
それは神話世界を追いかける作業よりも、重労働だった。


さて、この世界には神話がある。
嘗て、この地上には全く違う文明が広がっていたらしい。
だが、ウイルスと呼ばれる何らかの”存在”のせいで、魔族が生まれた。
生まれた魔族と人間の攻防が起き、一度文明は滅びた。らしい。

その後世界を復興したのが、”魔術師の祖”と”剣士の祖”だ。


想い人が失踪したと聞いた後、俺は文献渉猟に明け暮れた。

「どんな人だったんだろうな……」

呟いた時、珍しく俺の家へとやってきていた師匠が、振り返った。

「誰が?」
「魔術師の祖だ」
「ああ、アユキ様か」
「そんなさも知っている風に言わないでくれ」
「知っているからねぇ」
「!」

俺の師匠は、カップを両手で持ち、何でもないことのように言った。

「まさかそんな、不老不死でもない限り……」
「そうだねぇ。私も不老不死になりたいなぁ。そうだ、ちょっと不老不死になりに行ってくるよ」
「は? そんなことよりも、もう少し魔術師の祖の話を――」
「今は聖ヴァルディギスにいるみたいだね。帰ってきたら続きを話すよ」

師匠はそう言うと出かけていった。
そして帰ってくることはなく、以来会っていない。こうして一人一人俺の前からは、親しい人がいなくなっていくのだ。

多分俺を最初に襲った感情は、寂しさという名前をしていた。
だからなのかもしれない、俺が弟子を取ったのは。
この頃には、もう俺は帰り道が分からなくなり始めていた。

幼く未だ言葉すら知らなかった弟子は、すぐに大人になった。

「悪いけど、師匠とはもう一緒に暮らせない」

反抗期……?
そんなくだらないことを思っている場合ではなかったのだと今では分かる。
その頃住んでいた”緑石の塔”から出て行った弟子は、以来一度も俺の前に顔を出さない。

多分これが決定打だった。

俺は、引きこもることを決意し、身辺整理をしはじめた。
すると唯一残っていた俺の友人が、ある日訪ねてきた。

「最近、何の発掘調査も、遺跡攻略も、魔族退治もしていないようだけれど、何かあったのかい?」
「……」

答えは真逆だった。
何もなかったのだ。俺にはもう何もない。
俺はもう、ツギハギして自分の世界を保つことを止める事にしたのだった。