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翌日。ピタリと僕の手は止まった。

頭の中で繰り返し繰り返し同じ事を考えるのは良くないと言われたことがある。
僕の作品は、繰り返し脳内妄想していることが我慢できなくなって書き出すことで始まる。
しかし、だ。
やはりグサりとくる事もある。今回は、活動報告へのコメントだった。三度見くらいしてから、腕を組んだ。このお話は痛いです、といったものだったが、ストーリーは面白いと言ってもらえた。どこをピックアップして受け取るかで、すごく気分が変わるコメントだったのである。

「師匠?」

そこへ小馬鹿にする様な帽子屋の声が響いてきた。何故帽子屋に師匠と呼ばれなければならないのかと思い振り返る。すると画面の中をのぞき込まれた。

「うわぁ、的を射すぎていて辛いね」
「くっ」
「確かにチェシャ猫のお話しって痛いよね。後鼻につく主人公が多い」
「……」
「何々? ちょっと的確なコメント貰ったからって、書けなくなってるの?」
「……べ、別に」
「じゃあどうして今日は怒濤の更新ないの?」
「それは……っていうかどうやって入ってきたの。勝手に入ってこないで」
「君が今後五日間更新無しで、そのままスランプに突入する未来を予知して来てあげたのに」
「嘘だよ。この斜塔を予知できるはずがない」
「外側は予知できるからね」

それもそうだ。じゃあ僕はやはり更新しないのか。僕はたまに賢者タイムに突入して、いっさい書かなくなる時があるのである。駄目だ駄目だと思っている時に、とどめを刺されることが多い。その一言が原因ではないのだ。駄目な時は全部駄目になるのだ。そう言う時に限って萌えが振ってこなくなる。

「それはそれは貴重な情報本当に有難うございます!」
「別に僕は君が続きを書かなくても全然構わないんだけど」
「……」
「君に元気がないって騒いで煩い周囲には辟易するみたいなんだ。山の頂に登れば落ちるのみなんだよ」
「頂になんて登って事がないよ」
「君ひきこもりだもんね」

帽子屋の言うとおりだ(言いたいことは違うけど)。そう考えていたら、帽子屋がフッと笑った。

「今日の会議、余裕ですっぽかしたよね、チェシャ」
「あ」

存在を忘れていた事実に、僕は思わず声を上げた。

「こういう時さぁ、何も考えずに快楽に身を任せちゃえばいいのに。楽になるよー?」
「は?」
「相手してあげようか」
「お断りだよ」
「だけど書いてばっかりだから悪いんだよ。もっと他のことにも気を配れば良いんだ。お掃除とかね。たまにはスポーツしてみるとか」
「疲れるから無理」
「まぁ自然体が一番だからね。浮かんでくることは浮かんでくる、ショック受けたことはショックを受ける。やりたくないのはやりたくない。ショックを受けたのに受けてない振りをするのは体に悪いんだよ」
「違うんだよ。多分、自分でもそう思ってたから、明確に言葉でもらって、気づかされたんだ。それで衝撃を受けてるんだよ」
「君ってネガティブなのかポジティブなのか分からないね。僕は僕の書く物が正義だから人の意見はいっさい気にならないけど。っていうかよくそんなに深く考えられるね。僕は重く受け止めるとかないからなぁ」
「……だってさ。こんなにきちんと読んでもらってると思うと……」
「結局意見が欲しくてコメント欄開いてるんだもんね。だけど僕にはさっぱり分からないな。僕、僕にとって都合の良い意見しか読まないから」

帽子屋はいっそ清々しいなと僕は思った。別に羨ましいとは思わないけど。
しかしそうだよな。自分が楽しくて書いているんだから、それが正義でも良いのかも知れない。下手に楽しんで欲しいと気負うから悪いのだ。鬱屈とした心が少し変わった。
書こう。
書こうではないか。

「有難う帽子屋。今なら帽子屋を総愛され物の主人公に出来る気がする」
「すごいお断りなんだけど」
「それに気分転換も良いかも知れない。僕ちょっと、猫でも飼ってみるよ」
「うあこれ駄目なパターンだ。自分の世話も出来ないのに動物を飼っちゃ駄目だよ」

帽子屋は終始笑顔だった。
いいな。腹黒笑顔が時に見せる優しさ。そうか。帽子屋は本当は優しいのか。
心温まるハートフルなストーリーでも書こうかな。ハートウォーミングな感じの。
たまには家族愛も良いよね。
家族と言えば、帽子屋とジャックは兄弟か。あれ、そう言えば――……