<27>☆



うう……腰が痛い。いまだに痛い。振り返ってみるが、三月のような人種を”絶倫”と呼ぶのではないだろうか。僕はスーパー攻め様の絶倫っぷりと、それについて行けてしまう同じく絶倫だろう何度でもイける受けは嫌いじゃない。しかし自分の見に降りかかってきてみると――大嫌いだ! ああ、穴があったら入りたい。本当に自分の痴態を思い出すと恥ずかしくて仕方がない。いいや、悪いのは発情期だ。全ては獣耳の悪行だ。今はなくなった耳の存在を思い出し、僕は頭部に手を当てた。何故、何故僕は、ウイルス対策をしなかったのだろうか。次はウイルス99.9%カットのマスクをしよう。
嫌な記憶は、塗り替えるに限る。ショック療法も良いだろう。
と言うことで僕は、久しぶりに獣人話を書いている。受けがウサミミであることには別に他意はない。決して三月への腹いせではない。このお話は、透明人間になってしまった攻めが、ウサミミ受け子さんに色々なことをする短編だ。ひたすら打ち込んでいると、深夜の三時になった。

「捗ってるみたいだね」
「!」

その時急にごく近い隣から画面をのぞき込まれ、僕は硬直した。心臓が止まるかと思った。
おそるおそる視線を向けると、そこにはニコニコと笑っている帽子屋が立っていた。

「な、なんでここに……って、ま、待って! 見ないで!」
「見るなって言われるとみたくなるよね」
「やめて」

慌てて魔術ウィンドウの前に僕は両手を広げて、バタバタと振った。
すると杖を持ったまま、両手を腰に添えて、帽子屋が屈んだ。僕の手を避けて、完全に文字列を目で追っているのが分かる。

「あーあーあーあーあー!」
「獣人化した直後に獣人ネタを書くなんて、やっぱり自分がされたいからじゃないの? それとも経験談?」
「うるさい! 違う! BL道はもっと神聖な物なんだよ!」
「神聖……くっ」

神聖(笑)とつきそうなくらい、笑みを含んだ声で復唱された。
一気に羞恥に駆られて、僕は顔を背けた。そしてハッとした。

「え、なんで獣人化って知ってるの……?」
「君が環とヤったのも知ってるけど?」
「な」
「僕の特技は、”予知”だ。わざと外そうとしない限りは、基本的に当たるんだよね」
「……っ」
「だから君が環や三月と、もっと前にはジャックやレグルスとエロエロだったことをよく知ってる。”視て”たからね」

僕は言葉を無くした。わなわなと体が震えた。それから思わず帽子屋に抗議した。

「分かってたんなら、助けてくれても良かっただろ!」
「えー? 僕もチェシャのエロい所視たかったし」
「予知で視た後なら、別に結果は変わらないだろ! 阻止したって一回視たんなら――」
「だけど予知は記録には残せないからね」
「――へ?」
「撮らせて貰ったよ」

帽子屋はそう言うと、小さなUSBを取り出した。そして、僕のパソコン(仮)にはめた。僕は常にバックアップを三カ所に撮っているため、外付けハードディスク接続用にUSB接続を出来るようにしている。帽子屋が、屈んだままマウスに手を伸ばした。嫌な予感しかしない。固唾をのんで見守る僕の前で、帽子屋が楽しそうに唇に弧を張り付けて、中身を再生した。すると大画面に、蕩けきった顔で喘いでいる僕の動画が映った。二窓目を開き、帽子屋がさらに映す。三窓目まであった。そこには、弟子達の801媚薬、環との行為、三月との行為が実に鮮明に映っていた。見ていたくなくてきつく目を伏せて、耳を両手で塞いだ。

「見てみなよ。自分がどんな風だったのか」

響いてくる水音の合間に、帽子屋がクスクスと笑いながら言った。なんと言うことだ。僕は生粋の腐男子だが、生BLにはさして萌えない。これには理由がある。実際の所僕は、現実的な性行為への免疫がほとんど無いのだ。現実だと、猥談を聞いているだけでも恥ずかしくなってしまうのだ。そんな僕にとって、しかも僕自身の痴態だなんて、とても堪えられる物ではなかった。

「これを各地に流したら、どんな反応が返ってくるんだろうね」
「!」
「君が同性愛者だった、それだけじゃ済まないんじゃないかな? BLサイドの人間は”こういう事”されたいんだって思う人間が出てくると思うよ」
「な」
「そうなればBLサイドの人たちは大変なことになるね。チェシャ、どうすればいいと思う?」
「やめて。お願いだから止めて。こんなの流さないで」
「お願いかぁ。物の頼み方ってあるよね?」
「……っ、お願いですので止めて下さい」
「誰も敬語にしろとは言ってないんだよ。もう少し考えてごらん。BL道のテンプレ的に」
「え」
「僕が君に何を要求してるか、分からない?」
「分かりません!」

僕は慌てて帽子屋から距離をとった。冷や汗が背中を伝っていく。ドクドクドクドク心臓が煩い。これは、あれだ。僕は帽子屋に脅されているのだ。それもBLサイドのみんなを人質に。その上僕自身の行為を盾に取られて。なんということだ……。

「僕、これでも結構君のことを気に入っているんだ」
「気に入ってるんならこんなまねしないで」
「性的に」
「ふざけるな! お断りだ! ぼ、僕は不可抗力だっただけで、ノーマルだ!」
「そうなんだ。こういうの、『ノンケ受け』って言うんだっけ?」
「っ」
「最近僕の【既読スイッチ】には、君の作品が並んでるんだよ、チェシャ。よく50作品も書いてるよね。どころか絶賛更新中ときてる。僕基本的にはR18読みで、男性向けが好きなんだけどね、ここじゃ読めないから、BLを楽しんでるよ。君みたいに”神聖”な楽しみ方じゃないけどね」
「……」
「君みたいにストイックな感じでいるのに、脳内がエロエロな子をみてるとたまらなくなるな」
「な……べ、別に、僕は……」
「脱いでよチェシャ」
「は!?」
「創作物より現実の方が良いって思わせてあげるから」
「だ、だから僕はノーマルで――」
「こんなことしてるのに?」

帽子屋が魔術ウィンドウを一瞥した。思わず僕は唇を噛む。頭の中がごちゃごちゃになっていく。なんと反論すればいいのか思いつかない。ただ分かるのは、帽子屋は鬼畜だと言うことだ。

「早くしてくれないと僕はうっかり手が滑って、この動画を流しちゃいそうだ」
「帽子屋……はっきり言うけど、僕はそんな卑怯な脅しには乗らない。それに、BLサイドをそんな目で見ている人間と話しをしたくない。BLのLはラブなんだ。性欲の固まりの君と一緒にされるのは不快だ」
「ふぅん。なるほど。じゃ、流すね」
「ま、待っ――」

帽子屋が手にしているスイッチを握っている。親指でそのボタンを押そうとした。反射的に僕は制止の声を上げて、走り寄る。すると――足払いをされて、その場に転んだ。狼狽えた瞬間、座り込んだ僕の膝を割るようにして、帽子屋がのしかかってきた。

「ラブ、ラブね。もっと気楽に考えなよ」
「え……ど、どいて」
「君の作品五十の内六は、酒の勢いでヤってるよね?」
「な」
「約十分の一だ。お酒なら持ってきたよ、ほら」

ぱちんと帽子屋が指を鳴らすと、ワインの瓶が出現した。宙に浮かんでいる。

「それに僕の側からはラブ、少なからずあるよ。さ、飲みなよ」

ワインを片手を伸ばして手に取り、器用にコルクを彼は引き抜いた。
そして僕の口元にそれを突きつけた。硬直している僕の顎を片手で持ち上げた帽子屋は、満面の笑みで、僕に瓶を押しつけてきた。つっこまれた僕は、口の中に甘い渋さを感じた。こんなに一気に飲めないと思うのに、ワインを次々と流し込まれる。苦しくなって咳き込むと、唇の箸からワインが零れた。しかし帽子屋は、僕の口にワインの瓶をつっこんだまま、ニコニコしている。

「あ、ハ」

ようやく解放された時、僕は一気に多量のアルコールを飲んだせいで、全身が焼けるような感覚がしていた。息が上がってしまい、帽子屋のシャツにしがみつく。すると瓶を宙に投げ、帽子屋が僕のローブを脱がせ初めてた。グラグラする。しかし必死に僕は彼をにらみつけ、押し返そうと試みた。

「ラ、ラブがあるって言ったけど、君のラブは強姦なの? そんなの愛じゃない」
「僕の愛の形を君にとやかく言われたくないね」
「う……ああ、やめ」

首筋を舐められて、僕は震えた。先日の三月との行為で、僕の体は他人の体温を覚えているようだった。それから帽子屋は、はだけた僕の胸元まで下を這わせると、乳首を甘く噛んだ。

「ひッ」
「僕はさ、後腐れ無く軽い関係が好きなんだよね。君だって溜まるでしょ? ねぇ、チェシャ」
「あ、ああっ、う」

陰茎をギュッと握られて、僕は固まった。気づけばすっかり服は剥かれていて、僕はただ生まれたままの姿の上にかろうじてローブを羽織っているだけの体勢となっていた。

「や、やああ……」

抵抗しようとした瞬間、陰茎を口に含まれて、僕は思わず声を上げた。
手では後ろの双丘をもまれ、次第に指先が菊門へと近づいていく。これから待ち受けている行為を何とか逃れなければと考えた時、ぐらりと目眩がした。酔いが回ってきたらしく、僕は思わず荒く吐息した。それを見計らったかのように、帽子屋の指が中へと入ってくる。ぬめりも何もない。しかし最近の行為で慣れていた僕の陰部は、あっさりとその指を飲み込んだ。フェラされながら、中を弄られる。同時に酒のもたらす霞みが思考を覆っていく。
――気づけば、グチュグチュと音がしていて、僕は二本の指を抜き差しされながら、咥えられていた。その時指が、前立腺を探り出した。

「うあああ」

コリコリとそこを刺激され、強く吸い上げられた瞬間、僕の視界は真っ白になった。気持ちいい。どうしよう、気持ちいい。僕の体は既におかしくなってしまっているようだった。しかし放とうとした瞬間、根本をギュッと握られた。出したい。なのに。太股が震え始める。きつく目を伏せた時、帽子屋が口を離した。

「終わり」
「え」
「何? 続きシテ欲しいの?」
「ち、違う……」

反射的にそう口にしていた。理性は、本当に止めて欲しいと言っていた。
しかし酒に酔っている体は、気が大きくなっているようでもあり、もっともっとと訴えている。だがそんなことは口には出来ない。

「まぁ今日は流すのは見送るよ」
「……消してよ」
「嫌だね。僕は、有事に備えて、常に人の弱みを握っておきたいんだ」

有事って……。僕にとっての有事は現在進行形だ。
僕は必死で体を沈めながら、きつく帽子屋のことを睨んだ。許してなる物か。僕にしたことも許せないが、BLを貶めたことが何より許せない。

「【BLスイッチ】眠り――」
「【恋愛スイッチ】緊縛」
「!」
「僕は予知が出来るんだよ? 君の攻撃を予測するくらい易い」

全身を縛り上げられて、僕は涙ぐんだ。ひどい。あんまりだ。勝ち目がない。いいや、考えろ僕。しかしお酒のせいで思考が曖昧になっていく。

「また遊びに来るよ。じゃあね」

そう言うと帽子屋が姿を消した。同時に縄も消えて、僕は解放された。しかし体の熱は解放されない。許すまじ、帽子屋……! 僕は服を整えて立ち上がった。そして体の熱を収めるべくシャワーを浴びることにしたのだった。