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それにしても帽子屋に弱み(?)を握られたのは大問題だ。ああいう問題ばかりは、魔術ではどうにもならない。やっぱりあやつは暗黒微笑だったのだ。何故僕に絡んでくるのだ。僕の弱みなんか握ってどうするつもりだ。僕は別に奴の敵ではなかった……これまではね。しかし今の僕は怒り心頭だ。必ず、必ずや、受けの素直クールな反撃風に撃退してやる。って駄目だこの思考、僕が受けみたいじゃないか。
どばどばと頭から冷水を浴びながら考える。
僕も帽子屋の弱みを握り返せばいいのだ。例えばなんだろう?
お湯に切り替えて体を温めてから、外に出るまで僕はじっくりと悩んだ。ここは兄弟、ジャックに聞いてみようかとも思うが、なんだかそれは悪い気もする。そもそも迂闊に行動すれば、それは全て予知されてしまうのだ。まずは、予知封じをしなければ。ただし完全に防止してしまうと、クエスト攻略時に僕の身が危なくなる可能性がある。うーん、この家の周囲にだけ時間交錯魔術をかけて、未来と過去を曖昧にしてしまい、ずっとこの家の中で過ごせばいいか。しかし異世界に来てまで斜塔にひきこもりって……。結局僕はひきこもりなのだな。とりあえず僕はその魔術を実行した。
寝間着に着替えた僕は、ローブを適当に放り投げた。気づいてみれば、洗濯物が山を築いていた。改めて周囲を見渡せば、ゴミだらけだった。これではゴミ屋敷に戻ってしまうが、掃除をする気はいっさい起きない。考えただけで疲れてしまうのだ。考えただけで終わったしまうのだ。まぁその内、ジャックかレグルスが来てくれるから良いだろう。
まだアルコールが廻っているみたいで、体が火照っている。
僕は寝台に体を投げ出して、大きく息を吐いた。
しかし帽子屋に言われて一番ショックだったのは、酒によって関係を持つ作品が多いというくだりだった。悪いか。好きなんだよ。自分で体験するのはお断りだけど。
お酒の勢いで、というのは美味しい。本能があらわになると言うのも良い。ただ僕は、酔っているから真実を口に出来ると言うことはないと思う。お酒は気を大きくする。だから寧ろ大げさに言ってしまうこともあると考えているのだ。そんなこんなで、ちょっと大胆な気持ちで口説いて連れ帰ったら反転させられるチャラ男受けとかいいですよね。
駄目だ。既に胃が気持ち悪い。僕はお酒が嫌いではないが、あんな無茶な飲まされ方をしたのは初めてだ。帽子屋は非道だ。急性アルコール依存症になったらどうしてくれるというのだ。しかし奴はことごとく僕の地雷を踏んでいく。案外わざとやっているんじゃないのだろうか。そんな気がしてならない。わざと僕を怒らせている気がする。ここで激怒してばかりじゃ、帽子屋の思うつぼ何じゃないだろうか。だけどそんなことをして、彼に何かメリットはあるのだろうか? とりあえず、寝て頭をすっきりさせよう。
そんなこんなで僕は眠った。
「おーい、師匠」
翌朝。僕はレグルスの声で目を覚ました。ズキズキと頭が痛い。胃にも不快感がある。これは完全に二日酔いだ。腕で目を擦ってから立ち上がると、扉が開いた。
「一週間でよくゴミ屋敷を築けるな」
「レグルス……僕、ちょっと強は怠くて、動けそうにないから、悪いけど寝てる」
「何かあったのか?」
「え?」
「頬。涙の跡がついてるぞ」
言われて初めて僕は、自分が泣きながら眠っていたことに気がついた。何かあったか? あった。そりゃあったさ。一気に悔しさがこみ上げてきた。そうしていたら僕の両方の眼窩から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてきた。
「し、師匠!」
慌てたようにレグルスが入ってくる。僕は両手でシーツをきつく握りしめた。
「どうしたんだ? 悲恋でも妄想しちゃったのか?」
「……そ、そんな感じだよ……」
「俺も最近、俺様×不憫妄想が止まらないんだ。涙が出る気持ちはよく分かる」
「不憫受けって萌えるよね」
「ああ。滾るな。禿げそうになる」
レグルスはそう言いながら、僕の背中をさすってくれた。僕はボロボロと泣いた。なんだかすごく悲しい。どうしてこんな事になってしまったのだろうかと、情緒不安定になった。
「ちなみに、俺的には、平成×昭和の年下攻めを推す」
「聞こう」
「現代っ子の平成は、だな――」
それからつらつらとレグルスの語る時代妄想に耳を傾けた。次第に僕は落ち着いてきた。ちなみに僕は、昭和×平成派だが、僕はリバもばっちこいなので、美味しくいただいた。激動の時代を経験した物のいっさい表に出さない一見温和な攻めだが本気を出すとすごい昭和×好奇心旺盛な平成に萌える。平成は、昭和の過去が知りたくなって、最先端危機を用いてあれこれ調べ始める内に惚れていくのだ。攻め→→→←←←←←受けくらいの比率が良い。
「それと自主的に課題を作ってこなしてきたんだ。一日一題だ。この成果物を見てくれ」
レグルスはそう言うと、僕の前に魔術ウィンドウを開いた。
視線を向けて、指でスクロールさせる。
一日目:東洋×西洋×東洋。
二日目:木の根×土。
三日目:吸血鬼×聖職者。
四日目:使い魔(淫魔)×悪役(脇役)魔術師。
五日目:尿道責め。
六日目;健気受け。
七日目;NTR(寝取られ。NTL=寝取りではない)
……なかなか分かってきたではないか。
カプ妄想、シチュ妄想、主人公の種類萌え、関係性萌え、BL道の四大構成要素を満たしている。受けと攻めのそれぞれの種類があるとなお良い。しかしNTRか。結構鬱展開好きなのだろうか? ちなみに僕は雑食なので、鬱展、バッドエンド、メリバ(メリーバッドエンド=当人にとっては幸せ(だったかな)も大歓迎だ。死にネタ病気ネタ余裕である。
ファウスト博士じゃないが、僕は死にネタを読んだ後は、死後の世界妄想でハッピーエンドを自給自足するというスキルを持っている。ただ不老不死物の、先に愛する相手が死んでしまうネタとかも大好きだったりする。残された片方の胸中を察すると涙が止まらない。きっと人の死には慣れているのだろうが、特別な存在の喪失になんて慣れることは出来ないと思うのだ。
「どうだ、師匠」
「木の根と土、良いね」
だ、駄目、それ以上(根を)のばさないでッ、ああ、深いっ――悪い、お前の仲が気持ち良すぎて(成長が)止まらない。的なね。また吸血鬼×聖職者は、なんか良い。レグルスのSS付きだから尚更そう思ったのかも知れない。吸血鬼に血と精を与える代わりに、手足のように動いてもらう。そんなネタだった。性的経験のない極上の味の血を持つ聖職者受けである。いっそ投稿してくれればいいのに。僕は評価する。
「何か食べるか?」
「ううん。今日はいいや」
「ちょっと痩せたというか、窶れてないか? ちゃんと食べてないだろ」
「……まぁ、ぼちぼちかな」
「雑炊でも作ってやるから、少しで良いから食べろよ」
「有難う」
レグルスは僕を見ると静かに頭を撫でた。なんだか落ち着いた。僕も次の課題を考えておこう。と言うことで、キッチンへと向かったレグルスを見送り、僕は改めてシャワーを浴びることにした。次のネタは何が良いだろうか。そろそろ『空イキ』にしようかな。ドライオルガズムだ。
それから、髪を乾かし終わると、出来たと呼ばれた。
食卓につくと、キノコと卵の雑炊があった。これならば食べられそうだ。
レンゲを手に取った時、レグルスが正面で頬杖をついた。
「で。師匠はいつギルドホームに引っ越してくるんだ?」
「え? 僕行かないよ」
「なんで?」
……今は、帽子屋の予知帽子のためだ。その前は、それどころではなかったのだ。しかし、帽子屋のことを言うのは躊躇われる。
「……僕は、ひきこもりだから」
「書くのに集中したいのか?」
「う、うん、まぁね」
「そういえば半年前が最後の更新の、敬語攻め×女王様受けの続きはいつ書くんだ? 続き気になってるんだけど」
「あ、有難う……! 今日にでも続きを書くよ!」
「別に更新催促じゃないからな。重く捉えてスランプになるなよ」
「うん。純粋に嬉しいよ」
更新催促か。寧ろされると僕は嬉しい。滅多にされたことがないからだ。BLサイドの読み手さんは気を遣ってくれる方が多いのだ。早く続き更新しろよ、というようなのは、FTサイドでの方が多い。事前に一ヶ月と宣言する前は、エタですかとしょっちゅう言われた物である。そんなドSなFT読み手様も嫌いではないが。
ただたまに、『続きが気になります』と見た時に、『僕も気になるんです。誰か代わりに続き書いてくれないでしょうか』となることがある僕は、見切り発車をよくする作者である。ちなみに僕のお話は、結構ご都合主義やR15もあるのだ。それでもBLサイドに投稿するのは、僕の中では紛れもないエロスがそこにあるからだ。精神的R18。うん、良い! ちなみに僕は、起承転結の起しか思いつかない場合や、結しか考えていない場合も結構ある。だが始まりか終わりがあれば、大体完結させられる。勝手に手が動くのだ。気がついた時には書き終わっていることが多い。プロット以前に頭が空っぽで何も考えていないのだが、恐らく打つ速度と思考する速度がほぼ一緒なのだろう、いつの間にか出来ているのだ。だから、読み返す時によく、あれ、こんな事書いたっけ、となる。だから論理的で緻密な書き手さんを密かに尊敬している。僕もギチギチに世界観設定を作ってプロットをたてることもあるのだが、そう言う時は、本編を打っている最中に番外妄想ばかりが頭を過ぎって困るのだ。
「だけど引っ越しの件は、真面目に考えておけよ? みんなお前がいないの寂しがってるからな」
「有難う」
「じゃあ俺は帰るけど、ちゃんと食べろよ。掃除は後で出来るけど、食べるのはその時々しかできないんだからな」
レグルスはそう言って微笑した。ちょっとぐっと来る笑みだった。本当に有難い。
感謝しながら僕は見送ったのだった。