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今日は環の診療所に行く日だ。だけど。

「出たくない出たくない出たくない出たくない」

毛布を頭から被って体育座りした僕は、ブツブツと呟いた。考えてみるとそもそもひきこもりの僕は、家の外には出ずに過ごしたいのだ。しかし連絡を入れなければ、また環は気にしてしまうかも知れない。帽子屋には存分に気にしろと言いたいが、環のことを悩ませたいとは思わない。そこで僕は、人生で初めて異世界チャットを自分から送ることにした。

『っ、はい』

チャットはすぐに繋がった。響いてきたどこか焦るような声に、何となく僕は落ち着いた。

「もしもし環? 僕は今日、お休みするよ」
『――具合が悪いのか?』
「ちょっと……外出するんだ」

無理矢理言い訳をひねり出した。僕は断れない系男子なのだ。するとチャットの奥で、環が嘆息する気配がした。

『そうか。来週は来られるか?』
「うん」
『待ってるからな』

そんなやりとりをしてチャットを打ち切った。しかし変な言い訳を使ってしまった。これでは更新したら家にいることがばれてしまうではないか……。今日は書きためをしろというお告げだな。ちなみに僕は、ストックという物をほとんど持たずに更新している。書いた物全てを更新しているわけではないし、書きかけ放置や、書き直しで出来た分も日々出来るが。多分一番の問題は、消失の恐怖なのだ。バックアップはとっているが、更新しておけば間違いなく余程のことがない限り消えない。縦書きPDFで保存しておけるのだ。
これまでで一番きつかったのは、二万字書いた短編が消えた時だったな……。
本当は理想的なのは、三日分書いて、三日前の分から更新しつつ、書き続けることなのだろうとたまに思う。そうなれば安定した定期更新が望めるだろう。一日一話予約更新なども安定するだろう。だが消失の恐怖と、書いたからにはすぐに誰かに呼んで欲しいという希望と、なによりも投稿サイトの画面でのほうが読み返しやすいからという理由で、ついつい次話投稿をおしてしまう。あとは僕がまとめ読みするという癖も手伝っているのだと思う。僕は基本的に、一話一話追いかけては読まないのだ。完結するまで読まないと言うことでもなく、一定量を一気に読むのである。そうじゃないと鶏頭なので前の展開を忘れてしまうのだ。勿論一話一話読んでいるお話もあるのだが。ちなみに僕は完結しているかいないかはそれほど気にならない。後は一話を読んだ後最新話を読むことも多い。邪道かも知れないけど。そんな僕は、滅多なことでなければネタバレが気にならない。これまでの人生でネタバレされて切れたのは二度だけだ。ハリー・ポッ○ーのスネイプの件と、シックスセンスのネタバレだ。どちらも思ってもいなかった雑談の最中に暴露されて、半泣きになった覚えがある。僕は怒ると涙が出てくるタイプだ。

そんなことを考えていたら、呼び鈴が鳴った。僕の家にはいる時にきちんと鳴らしてくれた人は、思い返してみると初めてかも知れない。だから僕は最初何の音なのか分からなかった。

「はい」

声をかけると静かに扉が開き、そこには央様が立っていた。

「ちょっといいかな」
「どうぞ」

僕は中へと促し、昨日レグルスのおかげで綺麗になったリビングに彼を通した。
するとソファに座り、時計兎は僕を見た。

「お構いなく」

そうは言われたが、一応珈琲の用意をする。僕は飲食物は、実際に手で出すのが好きだ。あまり魔術で出現させる気にはならないのだ。とはいっても、インスタントの粉を入れただけだが。絶対的に央様が魔術で出す飲み物の方が美味しいことは分かっている。

「本題だけど、実は今、ギルドメンバー全員のポイント数を確認しているんだ。だから君の非公開にしている【既読スイッチ】を全オープンしてほしいのと、単独で攻略した【クエストポイント】の非公開分のポイントを知りたいんだ」
「なるほど」

正面に座り、自分の分のカップに口を付ける。
そしてポイントを視界の隅の【タブ】を弄って確認する。
【既読スイッチ】は20000ポイント(合計)くらいだった。僕は基本的に読んだ分までで5:5評価しかしないのだが(それ以外はそっと閉じるボタンを押している)、約2000作品も読んでいるのだなと発見した。お気に入りは4000までできるので、僕はまだまだ甘い。なお僕のブクマは非公開設定だ。しかしガチガチに分類している。ただその分類方法が酷いのだ。僕は萌え別に分類しているのである。ジャンル別ではないのだ。
【クエストポイント】は、これまでに自分でも計算したことがなかったのだが、なんと30000ポイントになっていた。
双方共に、総合値だから、一撃必殺の【FTスイッチ】や、それなりに一撃一撃が威力を持つ【BLスイッチ】には劣るんだけどね。ただし【総合スイッチ】には加算できる。50000ポイントupは大きい。
僕はその結果を時計兎に伝えた。すると首元の服を手で弄りながら、央様が半眼になった。

「【クエストポイント】は流石だね」
「有難う」
「【既読スイッチ】の中で最近のお気に入りは?」
「BLサイドの、エアコン攻めのとある作品だよ」
「ああ。エアコンの吐息がってやつだね」
「え、知ってるの?」

あの作品は、僕が言えることではないが(何せ僕の誤字脱字は酷い)、誤変換打ち間違え連発の大長編なのだが、ポイント数はかなり少ないのだ。何人読んでいる人がいるのかなかなかの疑問作品だ。しかし面白いのだ。僕は、自分自身の誤字脱字に気づかないのもこれが理由なのだが、自動的に画像変換されて小説が映画のように脳内再生されるので、合字脱字打ち間違えは全てスルーされるのである。面白ければ、読んでしまうのだ。

「あれ、面白いよね。勢いもあるし」
「ね。切ないし、ギャグ満載だし、複数カプだけどどれも魔性だし」
「分かる分かる」

流石は読み専の神様。僕は語り合えることに喜びを感じて瞳を輝かせた。

「時々目が滑るけどね。たまに脳内保管しないと文章の意味が分からない時がある。ただ僕は、面白ければ正義だから、誤字脱字何もかも全く気にならないんだ」
「僕も!」

いた。同士がいた。勘当に震えていると、央が半眼のままで続けた。

「だけど君はもっと修正した方が良いよ。あれだけ書く時間があるんだから、修正する時間がないというのはただの甘えだ」
「っ」
「なんてね。まぁ正直僕は、修正を待つよりは続きが読みたいから、今のペースで良いと思ってるけど」

そう言うと初めて、それまで無表情だった時計兎が微笑した。
透き通るような白磁の頬をしている。三月も大概作り物めいた美を放っているが、時計兎はかなり無機質だ。お人形さんみたいなのだ。それに優しい言葉をかけられて、なんだか僕の胸は温かくなった。結構読み手さんの一言は絶大な威力を誇るのだ。僕は書けなくなると言うことは滅多にないが、『つまらないです』と『この主人公大嫌いです』には時折胸を抉られる。ごめんなさいと土下座したくなるものだ。逆に、『面白いです』と『続きを楽しみにしています』と来ると、調子に乗ってどんどん続きを書いてしまう。僕は天狗系作者なので、『だよね? 面白いよね? ね? ね?』と我ながらウザいほどに舞い上がるのだ。

「それと伝言。明日は、帰還カード関連S級クエストがまたみつかったから、その件で会議がある。来られる?」
「うん」
「じゃあまた明日ね。ごちそうさま」

時計兎はそう言うと立ち上がった。僕は玄関まで送っていった。
いい人だなぁ。

その後僕は、書きためる決意を固めた。折角なので一本長編を書いてしまって完結upしようではないか。丁度書きたいネタがあったのだ。お風呂場らぶえっち!
それと鬱展短編一本。
それから僕は打ちまくったのだった。