燃燈の目的





「燃燈ってさ、忙しい割に、結構頻繁に雲中子の所に行くよな」

 何気なく道徳が呟いたのは、玉虚宮の回廊で雑談をしている雲中子と燃燈を目にした時の事だった。傍らにいた太乙は、そう言えばそうだなぁと考えて、ごく自然に頷いた。

「確かにね。何度か雲中子の洞府から出る時、燃燈とすれ違ったよ」
「俺も」

 道徳と太乙は、談笑している雲中子達を眺める。
 雲中子の表情はいつも通りに見えるし、燃燈だってそれは同じであるが、じっくりと観察すると二人の距離が近く思える。

「呼び出しているのが燃燈なのか元始様なのかは兎も角、玉虚宮に雲中子が来ると、高確率で近づいていくよな」
「そうだね。仕事の話をしているという事なのかもしれないけど……うーん」

 太乙が顎に手を添えた。それを横目に、道徳が呟く。

「この前、具体的には朝四時くらいに、ちょっと崑崙を走っていたら、終南山から燃燈が帰っていくのを見た」
「それはちょっと早いね。お泊りしたのは明らかだよね」

 道徳情報に、太乙が目を輝かせた。

「あの二人、もしかしてさ」
「うん。付き合ってるのかな?」

 明確に太乙が述べると、道徳が腕を組んだ。それから双方、再び視線を合わせた。
 色物としてくくられる程度に、雲中子と二人は親しい。
 その親友が恋をしているというのであれば、応援したいと思うのは――友情と、あとは少しだけの好奇心からであると言えた。

 どちらともなく歩みを再開し、何やら話し込んでいる雲中子と燃燈の前に立つ。
 すると漸く前方にいた二名も、道徳と太乙の姿に気が付いた。

「やぁ、燃燈、それに雲中子!」
「お仕事中?」

 道徳と太乙がそれぞれ尋ねると、雲中子が自然な仕草で小さく頷いた。

「少し傷薬の改良についての話をしていてねぇ。丁度終わった所だよ」
「ああ。悪いが、対応は頼んだぞ、雲中子」

 燃燈の声を聞き、本当に打ち合わせは終了しているようだと判断し、道徳と太乙は、思うがままに訪ねる事に決めた。切り出したのは、太乙だ。

「所でさ、二人とも」
「なんだ?」
「何?」

 揃って二人が太乙を見る。

「いつから付き合ってるの?」

 太乙はカマをかけた。すると雲中子が呆気にとられたように目を丸くし、口を半分ほど開けた。一方の燃燈は、不思議なものを見る顔つきをしている。これは、付き合っていないのだろうかと、太乙は少しだけ気まずくなって、道徳をちらりと見た。

「よく燃燈って、雲中子の洞府に行くよなぁって話をしていたんだ。だから、もしかしてって思って」

 道徳は笑顔だ。別に嘘をつくでも濁すでも隠すでもなく、直接的に尋ねた。
 すると雲中子が咽た。
 燃燈はそちらを見てから――吹き出した。燃燈がこのように笑うのも珍しい。

「玉柱洞にはな、檜風呂があるんだ。薬湯の」
「へ?」

 不意にお風呂の話になったものだから、太乙が首を傾げる。それは道徳も同じだ。

「疲労回復に最高なんだ。だから疲れた時などに、たまに湯を借りに行く。終南山に行く機会は多いが、檜風呂が目的だから、雲中子には直接会わない場合もある」
「そうだったんだ。ふぅん。な、なるほど……」
「誤解だったのか。悪いな、邪魔をして。雲中子、今度俺にも入らせてくれ」
「構わないよ」

 雲中子がそれから溜息をつき、その場は解散となった。



 ――その日の夜。
 玉柱洞のリビングにおいて、燃燈が腹を抱えて笑っていた。

「いつか誰かに勘繰られるかとは思っていたし、その可能性としては、お前と親しいあの二人が高いとは思っていたが……まさか、信じるとは」
「燃燈。私はついぞ、君の目的が檜風呂だとは知らなかったよ。私に会わない日、ちなみにあったっけ?」
「今の所ないが、そう言う場合も合鍵を所持していて自由に出入りできる以上、決して発生しないとは言い難いから、私は嘘を述べたつもりはない。そして風呂に入るのは、当然の事だろう? その後、お前を抱くのだから」
「詭弁じゃないか」

 雲中子が目を据わらせた。玉虚宮で指摘された時は、思わず咽ながら反応に困っていたが、燃燈の口からの出まかせには、救われたようなそうでないような、複雑な気分になる。

 白い道服を脱いで、ソファに座る燃燈にい跨った雲中子は、燃燈の肩に手を置き、ゆっくりと体を下ろしながら、熱く吐息する。

「隠したいと言ったのは、雲中子だろう?」
「詮索されるのが好きではないんだ――んン……っ」

 燃燈の陰茎を感じながら、雲中子が目を閉じる。向き合う形で舌から挿入する事になった燃燈は、雲中子の腰を支えている。

「私としては、恋人同士だと公にしたい限りだが」
「……十二仙筆頭の恋人なんて、後ろから刺されそうで嫌だよ――あン! ん!!」
「崑崙一の変人の恋人だと公表出来たら、私は幸せだが?」
「あ、ちょ――ッ、急に動かな……あ、あ、あ」

 燃燈が下から突き上げ始める。いつもより奥深くで感じる肉茎の感触に、雲中子は快楽から涙ぐむ。容赦なく最奥を責め立てながら、燃燈が意地の悪い顔をした。

「詮索されるのが嫌なのは、照れるからだろう?」
「あ、ア!! っ、ぅ……べ、別に……んン――あ!! ぁア! ふ、深、っ」
「深く貫かれるのが好きだろう?」
「うるさ――ぁ、あ……ァああ!」
「お前が意外と照れ屋である事と同じくらい、雲中子の感じる場所にも詳しい自信がある」
「どうしてそういう事を言――や、あぁ、あ! 激し、っ、うあああ!!」

 そのままソファの上で奥深くまで穿たれて、雲中子は放った。燃燈の腹部を、雲中子が出した白液が濡らす。その後も燃燈が果てるまで、交わりは続いた。 


 ――事後。
 改めて檜風呂に入った燃燈は、ソファの上で寝入ってしまった雲中子を見る。既にその体は燃燈が清めていたし、毛布を掛けたのも燃燈だ。勝手知ったる様子で飲み物を用意した燃燈は、雲中子の寝顔を見て呟く。

「しかしな……恋人の友達に紹介してもらえないというのは、存外辛いものなのだぞ。分かっているのか、お前は?」

 寝入っている雲中子は、無論聞いていない。
 だが、愛しい恋人の頼みであるからと、今はまだ沈黙を守る決意をし、燃燈は苦笑してから目を伏せた。




     【終】