【3】僕は、下半身が緩い。(★)
床に敷いた黒い布の上――回復術を封じてある魔法陣の上で、僕はうつぶせになっている。脱がせると話していたくせに、バジルさんは、僕の上を身につけさせたまま、ベルトと下衣だけを脱がせた。その後下着を取り去られた時、僕はチラリと彼を見た。
「怪我を見たら萎えるからですか? 汚れるから全部脱ぎたいんだけど」
「――傷に障ると悪いだろうという、私なりの善意であり配慮だよ。その程度で萎えるような貧弱なブツは、残念ながら私にはぶら下がっていないんだ」
「へぇ」
適当に頷いて、僕はそのまま寝そべった。
それから両膝を立てて、尻だけを突き出す形にする。
僕の肌に手で触れながら、バジルさんが後ろからじっと菊門を見ている気がした。
「どうして欲しい?」
「さっさと突っ込んで終わらせて欲しい」
「……雰囲気のない行為が私は嫌いでねぇ。だから甘い言葉を私に囁いてくれる、花街の可憐な女性を、私は時に無性に欲するんだ」
「男が嫌なら、こんな要求をしなきゃ良いのに」
「私の愛に、性別は関係がない」
「ふぅん」
「関係があるのは、反応や言葉だ。ラーゼ君は、もう少し私に関心を持っている――素振りだけでもしてみるべきでは無いのかね? それは一つの礼儀だとすら、私は思う」
そんな事を言われても、僕は困るしかないし、無感情だ。
僕の中で、恋や愛情と、性行為は、イコールでは無い。
体を重ねる事は、僕の中では、愛の証明にはならないのである。
「ン」
その時、菊門を舌先で刺激されて、僕は思わず眉を顰めた。
「バジルさん、まさか香油もゴムも持ってないの?」
「私としては、嬌声を続けて欲しかったものだな。無論……常に用意はしているがね」
「だったら早くお願いします」
「……感じすぎて早く欲しいと請われるならば、私も検討しない事は無いんだけれど」
バジルさんは溜息を零してから、素直に香油の瓶を取り出したようだった。
蓋を開ける音がする。
「んっ」
それからすぐに、僕は震えた。真っ直ぐに、バジルさんの指が、ぬめる液体をまとって、僕の中へと進んできたからだ。ヒヤリとした香油の感触に、僕の体が強張る。
「痛むのかね?」
「僕、比較的下半身が緩い方なので、そういうわけでは」
「それはよく知っているが――怪我の話だ。私はこれでも、ラーゼ君の体を気遣っているんだよ」
「だったらさっさと終わらせるか、こんな要求をしないべきだったんじゃ?」
僕の声には答えずに、バジルさんが笑った気配がした。
「もっと力を抜いてはもらえないかな?」
「……」
「緊張しているのかね?」
楽しそうなその声に、僕は唇を噛んだ。実際――緊張していないわけでは無かった。何せ、こうした行為は久しぶりだったからだ。ニコと暮らすアトリエは、僕にとっては聖域であるから――自慰に耽ろうと考える事すら少ない。
「ぁ……っ、ッ、ん」
それでも指が進んでくる度に、僕の体はすぐに、これまでの過去に味わった事のある快楽を思い出していった。バジルさんの長い指が、緩慢に僕の内側を暴き、時に弧を描く。そうして指先を意地悪く折り曲げるように動かされると、体の奥がジンと疼いた。
「あ」
二本目が入ってきた時、僕は声を上げてから、息を詰めた。
指のサイズなどたかがしれているはずなのだが、妙に巨大に思える。
ぬめる香油の温度が、いつしか僕の体温と同化し始めていた。
「フ……っ……ぁ……ンん……ァッ……」
卑猥な水音が響き始めたのは、バジルさんが指の抽挿を早めた時の事だった。次第に指の動きが早くなり、奥まで突き立てては、ギリギリまで引き抜く。それを繰り返してから、バジルさんは、今度は僕の中をかき混ぜるように動かした。
「っ」
じわじわと快楽が高まっていく。響いてくる。体にこもった熱を逃そうと、僕は大きく吐息した。バジルさんは――非常に巧い。これは、過去の経験から、僕はよく知っている。
「ァ!」
その時、感じる箇所を二本の指先で強く唐突に突き上げられて、僕は喘いだ。
自身の陰茎が、その刺激だけで持ち上がったのが分かる。
――こうした行為に、慣れきっている僕の体は、実を言えば淫乱と評して良いだろう。
しかし魔術樹の街において、僕は自分自身に『ストイック』だという評価が下されている事を知っている。それは僕が意図したものだ。僕の中で、この肉欲もまた、ニコには決して見せたくはない事柄の一つである。だから街においてのみ、僕は身持ちが硬くなる。
「ひッ」
その時、バジルさんがもう一方の手で、僕の陰茎を握りこんだ。そちらの掌も、香油で濡れている。ぬめぬめとした液体を纏った手で、バジルさんが僕の陰茎を扱き始めた。
「あ、あ、あ」
中と外への感触に、与えられる快楽に、僕の体が震え始める。次第に体が汗ばんできて、僕の髪が少し濡れたようになり、肌へと張り付いた。出したい。射精欲求が募り始める。
「挿れるよ」
バジルさんがそう言って僕の根元を指で、戒めるように握った。
その声を理解した時には、巨大な熱が――僕を貫いていた。
「ああああっ、うあ、あ、ああッ」
甘い衝撃と巨大な存在感に体を暴かれ、僕はその感覚だけで果てそうになったが、前を握るバジルさんの手が、それを許してはくれない。バジルさんは、右手で僕の腰を掴むと、奥深くまで、一気に肉茎を進めた。
「は、ァ、んア、ああっ、あ、ああっ、うあ……ッ――んぅ!」
全身に快楽が押し寄せてくる。感じる場所を長く巨大な陰茎の先端で擦るように突き上げられて、僕の体が震えた。息も、喉も、声も――何もかもが、与えられた気持ちの良い感覚で、震えてしまう。
「相変わらず、ラーゼ君の中は、気持ちが良いな」
「っ、ン、お喋りは良いから、は、早く」
「早くなんだね? 手早く終わらせて欲しいのだったか」
「出させ……っ、うあ」
僕の声に、ゆるゆるとバジルさんが体を揺さぶった。
すると鈍くなった疼きが、僕の思考を絡め取る。
既に僕の陰茎は硬度を増していて、ダラダラと蜜を溢し始めていた。
「あまり酷くしては、怪我に触る」
「あ、ああっ」
「それに私は、元々、じっくりと体を開くのが好みでね。知っているはずだが?」
そう言うと、バジルさんが根元まで深く突き入れてから、動きを止めた。
「あ、あ、ああっ、ン、あ」
焦れったくて、もどかしい。動いてしまいそうになる僕の腰を掴んだまま、バジルさんが一度大きく熱い吐息をついた。
「もっと味わっていたいが――私も限界らしい」
直後、激しくバジルさんが動き始めた。香油の水音が強く響いてくる。ひけそうになった僕の腰をしっかりと掴み、何度も早く抽挿しながら、バジルさんは笑っている気がした。
彼の熱い飛沫が飛び散ったのを感じた時、同時に前を撫であげられて、僕もまた放つ。途端、脱力感に全身を絡め取られて、僕は布の上に突っ伏した。
「ひっ」
しかし抜くでもなく、そのままバジルさんが僕に覆いかぶさるように体重をかけてきた。
「あ、ああっ、もう――ン、あああああ」
そこから――その日は、一晩中交わっていた。途中であっさりと理性を手放した僕は、目が覚めた時、横にいるバジルさんを一瞥して目を細めた。
「生とか最低だね」
「……おはようの挨拶が先に欲しかったが、ま、まぁ、悪かったね。だが、安心して良い。処理はしておいたよ」
「有難うございます。丁度、朝になったので、報酬も十分ですよね?」
「――まぁ、そうなるね」
「帰っていいよ、もう。寧ろ、来なければ良かったのに」
「今更そういう事を言うのかい?」
バジルさんはそう言って、心なしか頬をこわばらせながら苦笑した。
「また会おう」
その後、帰っていく彼を見送ってから、僕は大きく息を吐いた。
――また、か。
「悪い人じゃないんだけどね」
率先して会おうと、あまりこれまでの間、考えた事の無い相手――それが僕にとっての、バジル・レッドライムである。だが、彼との行為自体は、嫌いではない。ぼんやりとそう考えてから、僕は頭を振った。
「早く帰らないと」
随分と怪我も治癒していたから、僕はその後少ししてから、魔術樹の街へと帰還した。