5:情弱プログラム
「っふァ、ひ、うう、あ、いや、や、やめ」
「……」
「やだ、やだ、うっあ!!」」
陰茎を口に含まれ、口で吸い上げるような動きをされるたびに、腰が震えた。ここは職場なのに。無我夢中で、巻無良さんの髪を押し返す。
「あッ、ハっ……はァ……」
だけど僕は呆気なく果てた。巻無良さんが飲み込んだ。喉が上下していた。
「良いか咲間。俺は好きな奴のしか飲まない」
「……」
「一度しか言わないから良く聞け。好きだ」
「……こんな告白の仕方って……」
「学知システムの提案にはない自分の言葉だ」
「それは……そうでしょうけどね……」
「で、答えは?」
「答え? 何の?」
「この流れで、”付き合う””付き合わない”以外有るのか?」
そういうものなのだろうか。僕には結婚というものがまだよく分からない。この世界、付き合うというのはそう言うことだ。
「……」
僕を囮にするとしたら、きっと僕は、”恋人”の方が都合が良い。
そしてこの日、僕は巻無良さんと付き合う事にした。
それはそうと僕は菅原がコミュニティ逸脱者なのか調べることに決めた。さて、どうようか。とりあえずは接触を図ることにした。
『へぇ、恋人になったんだ』
「菅原には恋人はいないの?」
『恋愛なんて言葉じゃ表せないほど執着している相手がいるんだ。何をしてでもその人の心に残りたい』
「その人は、どんな人?」
『君のよく知っている人だよ』
菅原は、やっぱり知っているのだろうか。僕のこと――僕が分析官であり、巻無良さんと同僚だと言うことを。
『僕に”直接”会いたいと思ってる?』
「うん」
『じゃあ明日』
こうして思いの外すんなりと、僕は菅原との約束を取り付けた。
「有給?」
「はい」
僕が言うと、巻無良さんが頬杖をついた。
「どこに行くんだ?」
「別にどこかに行くわけじゃ」
「嘘だろ? これはカン」
僕は報告するべきなのか迷った。何となく嫌な予感がする。菅原のことは、巻無良さんには言わない方がいい気がした。
「学知システムの同期と会うんです」
「相好人か?」
「いいえ」
「また嘘だな。何だ、俺が恋人で良いか自信がないのか?」
実際にはむしろ逆だ。僕は多分ただ、巻無良さんのことをもっと知りたいのだ。
「そうです」
だから内心を悟られないようにそんな風に口にした。
その日の午後、僕は菅原との待ち合わせ場所に向かった。
「……?」
結論から言えば僕は、誰かに殴られ気絶した。体術を会得しているこの僕がだ。
目が覚めたとき、僕は暗い部屋にいて、手錠でつながれていた。
「おはよう」
学知システムを通して聞き慣れた声がした。
「菅原? ここはどこ?」
「土台だよ」
「土台?」
「かざるもののね。そう、咲間は状況把握をするとき、まずは場所を確かめるんだ」
菅原の声は僕の真後ろから響いてくる。後ろから僕は両腕で抱きしめられた。ああ、死臭がする。僕のカンが言う。菅原は人殺しだ。
「僕を飾るの?」
「そんな価値があるのか、と、言いたそうだけど、否定して欲しいのかな?」
「生存本能が泣くんだ。死にたくないって」
「冷静な命乞いだね」
「菅原は、巻無良という人を知ってる?」
「君の恋人の名前だね」
「会ったことはある?」
「それは分析官としての尋問?」
「君は分析官だった。どうして同僚を殺したの?」
「――飾っただけだよ」
「巻無良さんに見せたかったから?」
「そうだね」
「僕を飾ったら巻無良さんは喜ぶと思う?」
「さぁ、どうかな。少し見てみたい気もするけど――」
暗い部屋の扉が開いたのはその時だった。
「咲間……! ――なんでここにいるんだよ、楓」
「巻無良さんが僕を取り逃がしたからかな。ただ人は時に逃げることに疲れる」
「咲間を離せ。咲間は関係ない」
「あるんだよ」
その時後ろから光が漏れた気がした。
――次ぎに気がついたとき、僕は病院にいた。
隣には楢沢さんが立っていた。
「目、覚めたか」
「……はい」
「巻無良がどこに行ったか知らないか?」
「いなくなったんですか?」
「ああ――咲間ちゃんは、噴水の所で倒れてた。巻無良は咲間ちゃんから呼び出されたと言って出て行った。咲間儚、これは分析官として、改めて聞く。巻無良亮二の行方を知らないか?」
「……僕は、菅原楓という友人と会っていました」
「楓……か。あの場か、一人で追いかけたな。もう三日、帰ってない」
「三日……?」
僕は三日間も眠っていたのだろうか?
質問する前に楢沢さんは出て行った。
――巻無良さんが見つかったのは、僕が仕事に復帰した日だった。
車の左右の窓の外側に、それぞれ腕が生えていた。
車体の上には頭部。
巻無良さんはバラバラの姿で、僕の車にくっついていた。
そして僕は僅かに思い出した。
暗い部屋、光、生きながらに解体されていく巻無良さん。
駐車場で硬直した僕の肩を、菅原が叩いた。
「飾ったんだよ。咲間に、忘れられたくなくて。やっぱり”儚”くんって呼んでも良いかな?」
それから僕は完全に思い出した。
あの日、あの時。
『やだ、いやだ、菅原、も、もう……』
『出したいんだ?』
『っ……う……』
前を拘束され、僕は泣きながら首だけになった巻無良さんを見ていた。感情的に泣いたなんて、一体いつ以来だったんだろう。菅原に挿れられた僕は、快楽でドロドロで、哀しみと恐怖と絶望でグチャグチャに混乱していた。
「ねぇ儚くん、僕と一緒に来ない?」
菅原の声で我に返った。
「どこに行くの?」
「復讐しかやることの無かった巻無良さんと同じ道から離れて、新しい世界に行くんだ」
その言葉に二度ほど瞬きをして僕は、ああ、僕は、
「僕は君をコミュニティ逸脱者だと判断して、捕まえるよ」
自然とそう答えていた。
「そう。残念だ」
「このまま僕と一緒に、菅原が来て」
「それも悪くはないけど――折角だから、もう少し遊ぼうよ」
菅原はそう言うと、歩き出した。慌てて後を追おうとしたが、不意に姿が認識できなくなった。”リーガル”でも足取りが終えなかった。システム全体にクラッキングしているのだろうか。冷静に考える理性と、そんな場合じゃないと無く感情。
もう僕はごちゃごちゃだった。そして僕は、自分の情報収集能力の低さを嘆き、弱いことを悔い、こんな世界のプログラムを嫌悪したフリをした。
結局、僕に出来ることは何一つ無かった。それが、始まりだった。