4:分析官
翌日。
分析官が一人増えると知らされた。
楢沢唯。
僕の後輩となるが、年齢は巻無良さんと同じで28歳、前職は別のコミュニティの分析官だったのだという。コミュニティが変わることはたまにある。理由は個々人によって異なるが。
「久しぶりだな、巻無良」
楢沢さんの第一声、向けられた相手に僕が入っていないのは明確だ。
視界に入っているかも怪しい。
「カエデが無くなった事件以来だな」
響いた名前に瞬きをした。もう何度も聞いた名前だ。ベッドの中で。――亡くなっていたのか。
「あんな優秀な分析官がな」
「うるさいぞ楢沢。さっさと着席。今、南公園で一件起きたから行ってこい」
「身一つで来て、地理も分からん。そこの新人、地図くらいにはなるのか?」
道順など”リーガル”が教えてくれるが、問題は初任初現場だということだと思う。
「咲間だ。こいつは俺専用だから駄目だ」
「はー、こりないねぇ、巻無良も」
「こりてる。こいつはカエデとは別なんだよ」
僕には話しが見えなかった。
少しだけ分かったのは、三日後のことだった。
この時、巻無良さんは席を外していた。
「なぁ咲間ちゃんよ」
「何か?」
「巻無良は優しいのか?」
「何の話ですか?」
「SEX」
僕は少しだけ考えた。優しいところも沢山知った。だけど。
「優しくないです」
「へぇそう」
「カエデさんの事が好きみたいですね」
「あー、それ本人の前では言っちゃ駄目だわ」
「カエデさんて誰ですか?」
「巻無良の前の同僚を殺した新人」
「え?」
「寺伸臣事って分析官がいてなぁ――」
「お前ら、その話し楽しい?」
「「!」」
そこへいつの間にか、巻無良さんが戻ってきていた。
その日僕は、久しぶりに、巻無良さんの家へと行った。正確には連れて行かれた。
「ひっ、あ、ああ……! や、あ!!」
「誰が優しくないって?」
後ろから突き上げられ、片手で陰茎を扱かれる。そうしながら首筋を舐められた。先ほどまでは、念入りに陰茎を舐めあげられたり、今日の巻無良さんは、少し変だ。僕の体も変だ。もう力が入らない。
「あ、っ、ああっ、ン、あ」
気持ちが良すぎておかしくなりそうだった。
「今まで手加減してやってたのに。良いか、咲間、これがSEXだ」
「うぁあああ!!」
僕はその日、初めて意識を飛ばした。
目が覚めたとき、僕は隣で煙草を吸っている巻無良さんに告げた。
「これがSEXだ、は台詞としてちょっと無いと思います」
「気持ちよがって泣いてたくせに」
「別に僕は――」
「僕は?」
「……いえ」
それから数日が経った。その日僕はお休みで、久しぶりに菅原と話しがしたいと思っていた。
『――ふぅん。恋人ではないんだ』
「違うよ」
『じゃあ片思いだ』
「そんなんじゃ――」
『向こうのさ』
「え?」
『咲間の事が好きなんじゃないかな? 相手』
「そんなはずがないよ」
これまでに、そんなパターンは考えたことがなかった。
「菅原の方はどうしてるの?」
『毎日かざってるよ』
「何を?」
『命を』
「菅原の話は、たまに哲学的すぎて退屈だ」
『実に単純明快だと思うけど』
その日はそれで終わった。
「咲間ちゃんは、恋愛相好人、今、何人?」
あくる日、不意に楢沢さんに問われた。
「……2人です」
思わず反射的に答えると、後ろから巻無良さんに抱き寄せられた。
「好きな方はどっちだ? 俺だろ?」
「巻無良ー、咲間ちゃん困ってるだろ。セクハラ反対! 好きなのは俺って事で良いだろ」「えっ、楢沢さんとの相性は見たことが無くて」
「なんとまぁ……一応俺も恋愛相好人だから」
「――楢沢じゃない? 咲間、本当に誰だ?」
「学知システムの同期です」
「名前は?」
「個人情報です」
「言えよ」
「嫌です」
「まさか……本命なのか?」
「え? いえ、そうじゃないですけど」
「良かった」
「良かったって……」
「おいそこ二人、二人の世界を築かないように」
「咲間……」
楢沢さんの声には構わず、巻無良さんが僕の顎の下に手を添え、上を向かせてきた。
そして唇がふれあいそうな距離で言われる。
「恋人にするなら、俺にしとけよ」
「だからSTOP、STーOP!! 今仕事中。はーい、巻無良しつこい。何かあったのか……ああ、今日は命日か」
その言葉に僕は小さく息を飲み込んだ。気づかれないように。
――僕は、この事件を調べた。すると、当時学知システム教育を受けながらも分析感をしていた”天才”、菅原楓が、同僚だった、寺伸臣事分析官を殺害し、滝に飛び降り行方不明という事件がhitした。
”直感”的に僕は、菅原本人だと確信した。菅原が生きていることをこの二人は知らないのだろうか? ただ一つ怖いのは、カエデさん――菅原の存在を知ったら、巻無良さんはどうするのかという事だ。率直に考えて、僕は、菅原楓の身代わりで、巻無良さんの親愛と激情と怒りのはけ口なんだと思う。だから僕が泣くと喜ぶのだろう。――僕は、もっと飾って生きれば、もっと巻無良さんを惹き付けられるのだろうか? 自分を飾る? 菅原が言う”かざる”とは、何なのだろう?
――そして菅原が、犯罪者だとすれば、捕まえるのが分析官の仕事だ。
「おい、咲間?」
「え?」
「どうしたんだ? 怖い顔して。別に俺は、命日とか関係なく――……」
「ちょっと、別のことを考えていただけです」
「――もう一人の相好人の事か?」
「いや、もう二人だから。俺もいるから」
「楢沢は黙ってろ」
「個人的な事なので」
僕がそう言うと、心なしか巻無良さんの眼差しが鋭くなった気がした。
それと同時に僕は、一つ否定した。
やっぱり巻無良さんが、僕を好きだというのは変だ。だから――もし菅原の生存に気づいていて、その上僕が連絡を取っていると分かったから、だから、だから。だから僕はきっと囮何じゃないかな?
「咲間。お前なんか余計なことを考えてるだろ」
「いえ、特に」
「じゃあ俺の何が駄目なんだ?」
「僕は、僕のことを好きな人が良いです」
「ッ」
その後僕は、今時珍しい、御手洗へと連れて行かれた。