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――僕はあまり生き物に興味がない。
アルト・ヴァージニアとして人工授精の代理母出産で生まれた僕は、母親も知らない。天才の卵子を買ったと聞いて、父もまた天才だ。アレというのが正確だけど。アメリカ一といって良くて、世界中に支社と提携先がある製薬会社の中の最大手、それがヴァージニア製薬だ。そこの御曹司である僕は、寝転がっていても保有株式で死ぬまで遊んで暮らせる。しかし、幼少時より教育されて、薬の製品開発を行ってきて、名目だけではなく事実上の取締役になった。代表には、多分ならない。場合によってはなるかもしれないが、僕に期待されているのは、社長業や経営ではない。薬の開発だ。
ここまでが、建前である。
僕は、父と叔母の実子だ。確かにどちらも天才だが、代理母のフリをして、さらにはそれすらも極秘とし、僕を設けた。叔母の夫は事実を知っている。彼は、我が家の執事だ。すなわち近親相姦の果てに生まれた僕は、現在二十歳だ。薬品製作のかたわらMITでロボット工学を専攻し、普段はロボットに外出や会議、研究までさせて、部屋でダラダラしている、ただのひきこもりだ。今のところ、ロボットだと見破られたことはほとんどない。時折場合によって会話内容を直接操作することはあるが、大体は事前に記憶させておいたもので対処可能だ。
基本的に僕は、趣味の筋トレをするか、ベッドの上でゴロゴロしながら、ネットのニュースを見て遊んでいる。特に芸能人のゴシップが大好きだ。そんなある日、父から連絡が来た。珍しいことに、会議を代わってほしいという連絡だった。ロボットを行かせると引き受けて、面白いので理由を聞いたら、僕が知る限り初めて、父が友人と会うという。父に友人がいたことを、僕は知らなかった。どこの誰なのか尋ねると、現オーウェン社長だという。取引先の相手の間違いじゃないのかと聞くと、昔の同級生だと教えてくれた。父の友人だという点がまず面白いし――なによりオーウェンということは、モデルのシェリル・オーウェンの父親のはずだ。そちらにもロボットを行かせる許可を取った。向こうも息子と甥を連れてくるからちょうどいいと言われた。こうして僕のロボットと執事と叔母と――僕もトルコへ出かけることにした。本気で気になったら、直接実際に目で見てみようと思ったのだ。父とも合流し、先にホテルに入った。
「実際に自分で来るとは思わなかったよ」
いつも無表情の父が、淡々と言った。
「気球が気になったから」
「そう」
こんなやり取りをしたあと、出て行く三人とロボットを見送り、僕はホテルで監視を開始した。まずは空港をハッキング。現オーウェン社長の顔は検索済みだったので、すぐに三人を特定できた。そして「ん?」と声に出してしまった。片方が、モデルのソラネだったからだ。シェリルをウァイト(こちらもモデル)から奪ったと評判の、やっぱりモデルだからだ。とすると、ソラネは、シェリルの弟か従兄弟ということになる。外見的には従兄の可能性が一番高いが――……その横にいるこちらもそれなりのイケメンの日系人を見てみると、アメリカで評判の若き天才脳外科医であるソウマ・オーウェンに瓜二つだった。彼もまた芸能人レベルだから名前も顔も知っている。ただし利き腕が違う。だが他人の空似とは思えないし、盗聴しているとトウマと聞こえたので、双子かもしれないと考えた。そういう噂も聞いたことがあった。インタビューで言っていたとかなんとか。
つまり、シェリルの弟だとすれば、年子であっても十八……いいや、まさか、二十代半ばから後半説が濃厚なのだ。そう考えて、現オーウェン婦人の画像を検索し、社長の方と見比べた。そして母親似ならば、この造形に不思議はないと考えた。また、ソウマのプロフィール及びトウマの検索をし、彼ら双子が現オーウェン社長の甥で、現在僕と同じで二十歳であると確認した。先程やり取りの中で、トウマはソラネが年下だと口にしていた。つまり、二十歳以下ということだ。というか弟なんだから十七歳以下が濃厚。信じられないし、年齢を非公開にしているし、そもそもシェリルと姉弟だとリークしたら大ニュースだ。近親相姦とは思わないが――と考えていて、僕は気づいた。非常に自信家で俺様で、写真のイメージ通りの振る舞いをしているソラネだが、時折トウマを見て怯えているのが分かる。ロボットの動きの研究で、人間の筋肉の動きや震え、視線の動きを僕は研究しつくしてきたので、直ぐにわかった。
なぜだろうか。仲は良さそうだ。
とりあえず面白いので、ソラネの素性をそこから調べた。ドイツの医大にハッキングし、感染症の研究を見た時、今度は別の意味で息を呑んだ。実年齢が十五歳であることにも驚いたが。他人の研究を見て賞賛したい気分になったのは、初めてだ。ここまでくれば、あとは現地でもう少し調査すれば、とりあえずの対処薬が作れるだろうし、もう少し進めば特効薬やワクチンも作れるかも知れない。しばらく夢中でそちらを見ていたら、父達と彼らが合流する段階になっていた。なるほど、外見も才能も秀でているのか。実に素晴らしい人間だ。僕とは違って禁忌の子でもなく、僕と同じでお金も腐るほどある。しかも姉は、壮絶な美人だ。両親も美形。基本的に日系人を美しいと思わない僕ですら、シェリルとソラネ、あとついでにウァイトの顔は評価している。ウァイトとソラネなら、ぶっちぎりで圧倒的にソラネだが。