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「夕食になったら呼んで。部屋にいるから」
父はそう言って出て行った。エントランスの扉の音がしてからだ。
「わかったよ」
紫さんが笑顔で言った。いち早く普段通りに戻った伯父は、相変わらずすごい。
その後、紺は空音を抱き上げて、寝室へと向かった。
そうして残された、俺こと都馬、紫さん、母の実奈。
「「「……」」」
全員ひきつった笑顔のまま、深く息を吐いた。
「優馬が怒ると怖いとは聞いていたけど、あそこまでか……」
「死ぬほど怖いでしょう? 私も今回で五度目だけど、佳奈の葬儀の手配について頭の中で考えていたわ」
「……完全に父さん、本気だったよな」
「「勿論」」
「逆に空音がきっかけで家庭崩壊を招いて悪いな。俺も佳奈は許さないけど」
「しかたがないわ、紫。家庭崩壊は予想外だったけど、私も佳奈を庇うつもりはない」
「俺も佳奈は悪いと思うけど紫さんも母さんも、佳奈と同じくらいかもっとひどく遊んできたんじゃないのか?」
「「……」」
「庇うわけじゃないけどさぁ、佳奈だけここまで怒られるって……そりゃ親戚を強姦で相手が子供っていうのは問題だけど、やってることは一緒だろ? 血の繋がらない相手で大人ならいいわけ?」
「「……」」
「それなら白だって、空音と同年代の女の子とヤってたしさぁ。確かにまぁ、変態プレイではないけど」
「「……」」
「しかも父さんだって、別にそういうのも知ってるだろうし、佳奈の男好きなところとか、白との関係とか知ってたはずだ。なのに、どうして今回だけ?」
「……確実にひとつは、うちの空音が庇ったからだ。ひどいことした子供に、庇われて何も言わない娘にキレたってところだろうね。子供にこんなこと言わせて恥ずかしくないのかってこと」
「もう一つは逆レイプ。しかも妊娠可能性が高い手法での、ね。あなたのパパはね、幼少時に女性から性的虐待を受けていて、大人になってからは知能指数が高いから精子を欲した女性に脅迫されたり逆レイプされたことが何回もあるの。私と出会った時は、心的なものでEDだった。本人は治療する気もなくて都合がいいと思っていたみたいだけど、心配したご家族に相談を受けて、私が診察したの。これが出会いよ」
「……へ、へぇ」
「つまり優馬は、家族としても人間としても、佳奈のことが、真面目に不愉快になっちゃったってことだよな……けど、佳奈も……お前の娘だろ、なんだかんだ言って」
「そうなのよ紫。どうしたらいいかしら……」
「というか俺的に、緑が空音みたいな性格に育つと思ってたから、これは予想外だった。しかも佳奈が、あそこまでオーウェンの血筋のドSだとは思わなかった」
「それ。本当それ! 私と優馬はかなりノーマルなのに! そしてドS共から見れば屈服させたい系なのは、間違いないわ、空音。だけど風貌的にそういう輩はよってこなかったのに、まさかの佳奈! あの子! 信じられない!」
「このままいくと、おそらく空音は男にまでモテるだろう? 最悪だ! 女はともかく、男を警戒する発想なんて絶対ないし、言い聞かせても冗談だと思われる未来しかない。しかも話によれば、佳奈の手で後ろも開発済み! どうするんだよ! 俺は嫌だぞ、同性愛に偏見はないけどな、息子が男の恋人を連れてきたら嫌だ!」
「本当になんて謝ればいいかわからないわ!」
「これじゃ、いつ発作が来るかわからない自殺防止以外に、男女両方の虫除けが必要だよ。そんな優秀な人材っているか? 気づくのがただでさえ難しい自殺兆候を発見して、かつ、虫よけできるような人間! 俺が一緒なのが一番安心なんだけどな。なんとか……そうだ、実奈、今回の侘びとして――」
「社長業を肩代わりするのだけは嫌。というか無理! それはあなたが頑張って。人材を全力で探しましょう!」
「……ああ。あー、困ったなぁ! 紺のところに行かせても、紺、忙しそうだから、つきっきりは無理なんだよ。あいつもコロコロコロコロやることが変わるしね。そうなると俺の子の兄弟姉妹の中では、緑と白と朱音は、一緒にいる時間があったとしてもそういうのできないタイプの子達だから、青しか選択肢が無いんだけどさぁ……紺もなんでもできるけど、青も負けず劣らず、場合によっては青の方がなんでも出来ちゃうから、劣等感的な意味で、青がそばにいると、空音、死んじゃう率があがるんだよぉ! 仲良い分、可哀想すぎる!」
「日本はどうなの?」
「ええとねぇ、伊澄の弟の砂純くんは、かなり真面目だし、その奥様も完璧だけど、両方超厳しいんだ。砂純くんは、空音と瓜二つって外見なんだけど、おそらく性格的には、水と油。お祖父ちゃんの唯純さんは、一緒にいてくれるし自殺兆候にも気づける人で、劣等感を煽らずに研究も手伝えちゃう天才だけど、たぶん自殺止めないで、一緒に後をおって死ぬ感じ。絶対阻止とかしてくれない。さらにそうなるとお世話になる精神科医は、遠距離だからすぐには駆けつけてくれない」
「……正宗は?」
「政宗のところは、礼純ちゃんっていういとこがお世話になってるんだけど、たぶんそれで手一杯! しかも友人三人で支援しつつの政宗くんが見守る形式で、やっとなんとかなってる感じ!」
「上村だっけ? あなたの友達」
「男も行けるって豪語してたど変態の本格派SMマニアのSの方だから、たぶん空音をあずけたら、調教済みM男になって帰ってきちゃう」
「……ヴァージニアは?」
「……友人に託すという意味なら、選択肢はヴァージニア一択。残ってるほかのやつらは全員忙しいからずっと見てるのも無理だし」
「ヴァージニアは、今はどこで何をしているの?」
「先週はインド、一昨日はシンガポールにいた。今は知らない。全部ただの気まぐれなお遊び旅行。やつは暇だ。暇人だ。羨ましくて死にそうだ」
「彼は性的に奔放でもないし、自分に対しても周囲に対しても虫よけが上手だったわよね」
「シスコンの極みだからな」
「最終的には何を専門にしたの?」
「薬学。新薬開発。だって製薬会社の御曹司だよ?」
「それはそうね」
「今は代表取締役をあっさり降りて、会長という名の無職。研究室にもいかないみたい」
「ちょうどいいじゃない。感染症対策を考えても、どのみち薬は必要だもの」
「それはある。だからヴァージニアにはどのみち、薬の開発では声かける予定だったけど、うーん。ほら、基本的に人間に興味ないだろう? 妹以外」
「……え、ええ。そのようね。ごく一部の例外的な友人である貴方とかを除けば」
「そう、それ。ただ、友人の子供だという理由で、興味を持つことはないタイプ。ヴァージニアが空音を気に入るか入らないか。これが分からない。頼むことはできるけど、引き受けてもらうのが一番難しい人間がヴァージニアなんだよね。しかも説得に応じないタイプだしさぁ。嫌とか無理ってなったら、もうダメだし。仕事上の人付き合いでの外面と違ってこういう頼みは、はっきり無理な時は嫌だっていうやつだからなぁ。その上、気に入る基準が不明すぎる」
「会うだけ会わせてみて、反応見て、頼んだら? ダメだったら、別の人間を探しましょう」
「――そうだね。ちょっと連絡してみる。けど、俺がヴァージニアと二人で一応頼んでみる段階になった時に、目を離さなきゃだから、空音が危ない」
「……紫さん、俺でよければ一緒に行こうか? トイレは大だったら扉叩くし、シャワーであっても扉たたくし! それ以外は、数日なら、ずーっと一緒にいても大丈夫。兆候とかはわからないけど、阻止前提なら、やれる自信があるよ」
「ありがとう、都馬くん」
こうして、小旅行が決定した。妹は外食してくるというので、目を覚ました空音と紺、俺と母、そして父で夕食になった。もう佳奈の話は出なかった。