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「俺の奥さんの家系も、まさにそれなんだけど、祖母と違って、運がいい一族だから、今のところ空音も偶然の重なりで生きてるけど、やばいんだよね。それで今回のそれが拍車をかけちゃってて、元々家庭環境から自殺リスクが高かったのに、短期間に連発してる」
「なるほど、それで、監視要員として、あえて怖がってる相手なのに都馬くんも同伴させたんだ」
「そういうこと」
「空音の今興味を持っていることは?」
「感染症の研究を専門にしてる。本人は現地に行きたがってるんだけど、最悪自分で罹患すると思って、これまで引き止めてきた」
「なんの感染症? 現地ってどこ?」

 紫さんが概要を説明した。むしろ一緒にいた俺のほうこそ意味不明なレベルの難しい話だったが、紫さんとヴァージニアさんは、どちらも理解しているようだった。

「紫の理想としては、俺につきっきりで自殺兆候を見守り阻止しながら、研究を手伝い薬の開発をすること、並びにそれを現地主体で行うこと、ってところ?」
「そうそう」
「ふぅん」
「ここまで聞いてくれたのは、そこそこ空音に興味を持ってくれたからだと思うんだけど。興味なかったら、強姦の話題も出さないでしょ、君」
「友人の息子のことだから出しただけとは考えないの?」
「君の性格的に考えられないなぁ」
「それもそうだね。実を言えば、僕から君に空音をしばらく貸してくれとたのもうと思っていたから、丁度良かった」
「――アルトくん、空音に随分と関心を抱いていたけど、何かあるの? 強姦被害者だと気づいたからとも思えないし、今誘ったのは君が俺にこの話をする時間を作るためだと思うけど、君が興味を持って観察して強姦被害に気づいたのは、そもそもアルトくんが空音に興味を持ったのを見たからだろう? 一体、アルトくんは空音の何に興味を持ったの?」
「僕もいまいち自信がない。アルトが何を考えてるのかよくわからないんだ。ただ、他人に興味を持つことが滅多にないから、興味深くてね」

 俺には、興味があるようには見えなかったけど、紫さんとヴァージニアさんとはきっと違う景色が見えているのだろう。

「というか、アルトくんは、そもそもどこで見てるの?」
「ホテルから一歩も出ない。相変わらずだよ」
「あのロボット、良く出来てるね。女装男子のふりするなら、骨格は男子にすべきだったけど、どこからどうみても普通の人間の女の子にしか見えないし、ロボットとは思えない。息遣いも何もかも完璧」

 俺はその言葉に驚愕した。

「ヴァージニアさんもロボットなんですか!?」

 思わず口走ると紫さんに爆笑された。

「いや、こいつは本物」
「そう見えるレベルの完成度なんだね、あのロボット。見慣れてたからわからなかったよ」

 ヴァージニアさんは相変わらずの無表情だった。
 そこへふたりが戻ってきた。そして開口一番、アルトくんが言った。

「お父様、空音の研究を利用して、感染症の薬を作れば、もっと贅沢な暮らしができるわ!」
「こちらもその話をしていて、説得済みだよ。一度それぞれ戻って研究材料を揃えてから、現地の隣国で合流しよう。それでいいかな?」
「父親としては、空音が行くと言うなら良いけどね。ヴァージニアが一緒なら。で、空音はどうなの?」

 紫さんが聞くと、空音が珍しく思案するような顔をした。

「……良いのか? 本当に」
「ヴァージニアは父さんの大親友だから、君に何かあったらヴァージニアをぶち殺すから、大丈夫だよ。本当に行きたいなら行って良いよ」
「ありがとうございます」

 珍しく空音が敬語で言った。ヴァージニアさんに対してだ。

「このファザコン、父親が許可しなきゃいけないって言うのよ。気持ち悪い!」
「うるさいこの女装野郎」

 ロボットだと聞いてしまった俺は、何とも言えなかった。
 そして許可の件もファザコンが理由じゃないと知ってるので笑うしかない。

 と、まぁ、このようにして、空音の旅立ちは決まったのである。