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できることならば、ひこもって一生を終えたい。
僕は深々と溜息をつきながら、求人票の山を一瞥した。
今月末で、僕は十八歳になるのだ。このウェザークラフト王国では、十八歳で成人となる。成人したら、僕は働かなければならないのだ。少なくとも次の春から。
これまでの僕は、学校にも行かず、家でだらだらと暮らしてきた。
本来であれば貴族は、十二から十八までの間、王立の学院に通うのだ。僕の兄も姉も卒業生だし、妹は在学中だ。そして騎士・魔術師・文官・領地経営・礼儀見習いのいずれかの知識を得て、今後の身の振り方を決めるらしい。
僕は次男なので、領地を継ぐこともない。お願いすれば、小さな土地と爵位はもらえるかもしれないが、頼む気も起きない。なにせ、領地経営なんて僕には無理だ。面倒くさそうだ。そう、僕は極度の面倒くさがりなのである。
とりあえず、なるべく楽な仕事を見つけよう。
最初はそう決意したのだが、探しても探しても、『王立学院卒業生(見込み)』という条件付きの求人しか見つからなくて、現在とても困っている。貴族向けの求人票ばかりだからしかたがないのかもしれない。別段僕は、貴族向けの仕事じゃなくても良いのだが、それ以外の仕事の多くは、そもそも求人票など存在しないらしい。小さい頃に弟子入りして、直接学んで会得するそうなのだ。弟子入りせず、文か武で才能を発揮した者は、身分を問わず学院に入学できることが多いので、やはり卒業生という条件はクリアできるようだ。
それでも三日ほど、根気強く求人票を見た。
三日も粘ったのは人生で初めてだったが、僕は疲れてしまった。
そこで、杖を握りしめて、ブンブンと振った。
最初からこうすれば良かった。
頭の中で、『学歴不問』の求人票という条件を念じ、選別魔術を放ったのだ。
僕は学院を出てはいないが、家庭教師の先生に習ったので、全くの無知というわけでもない。特に魔術は、家族から直接習うことも多かったから、比較的好きだ。
「六枚……」
僕の正面の机に残った紙を、まずは数えた。
両手の指の数よりも少ない。僕の選択肢は、六つしかないようだ。
一つずつ眺める。
一枚目、第四騎士団付き文官。
二枚目、王立魔術師団第六隊付き武官。
三枚目、常闇牢獄塔第二監獄看守。
四枚目、魔獣研究所第八区画付き武官。
五枚目、魔法薬研一級研究室被験者。
六枚目、特務塔勤務魔術師。
以上の六職だった。僕は、大変複雑な気分になった。この六つは全て、常時募集である。
僕はあまり各職業や噂に詳しい方ではないが、耳に挟んだことのある仕事ばかりだった。
まず一枚目。
第四騎士団とは、この国で最も死亡者数が多い騎士団だ。
騎士団付きの文官とは、雑用係である。
騎士ではないが、騎士が守ってくれる位置でもない。そもそも騎士団の中で文官をしようとする人間は少ない。出世できないからかもしれない。その上、第四騎士団といえば、魔獣が襲来する土地のど真ん中に砦があるため、文官といえど常に身が危険にさらされる。
ようするに、命がけの危ない仕事である。
二枚目も大差ない。
王立魔術師団第六隊とは、この国で最も死亡者数が多い魔術師団だ。
魔術師団付きの武官とは、魔術師が呪文を唱え終わるまで守る盾である。
ここも魔獣が襲来する土地のど真ん中に本部がある。
こちらは一枚目よりもはっきりと、死傷する可能性が高いことが示唆されている。
何せ、『死亡時お見舞い金』という記載がある。
職に貴賤はない。だが、できればあんまり死にたいとは思わない。
死と隣り合わせの仕事と考えると、三枚目と四枚目と五枚目も当てはまってしまう。
三枚目の、常闇牢獄塔第二監獄看守。
これは、指定犯罪者の牢の看守だ。常闇牢獄というのは、王国中の凶悪犯罪者が収容された、この国で最も厳しい牢獄塔である。中でも第二監獄は、最悪らしい。犯罪者達は決して脱獄できないようにされているらしいが、食事などを運ぶ際に、看守はあっさり殺されてしまうことがあるようだ。それはただの噂かも知れないが、慢性的な人手不足のためだろう、三十六時間勤務などがあるというのは求人票からも分かる。過労死してしまう。
四枚目、魔獣研究所第八区画付き武官は、名目上では魔獣の監視が仕事だ。
捕らえた魔獣の相手をするのだが、第八区画は第一級危険指定魔獣がひしめいているので、職務中の事故死が絶えないという。時折新聞に事件記事が載る。その上こちらも二十七時間勤務があると記されている。こちらも過労死しそうだ。
五枚目の、魔法薬研一級研究室被験者は、治験実験の被験者の募集だ。それも劇薬関連の毒物を服用させられた上で、新薬を投与される。この仕事に至っては、どうしてもお金に困った場合、誰でも即座にお金を用意できるので、知らない者がいないくらい有名な仕事だ。生きて帰ることが出来た場合、新聞に載る。死んだ場合ではなく、生き残った場合のみだ。
ここまでの五つの仕事は、明確に死の危険と隣り合わせなので、できれば嫌だ。
残るは、一つ。
六枚目、特務塔勤務魔術師。
僕は腕を組んだ。
一般的に王国に仕える魔術師は、王立魔術師団に所属する。
そして宮廷魔術師塔と戦略魔術師塔と研究塔と医療塔のどれかに勤務する。
特務塔なんて、僕は聞いたことがない。この仕事が唯一、初耳の仕事だった。
そもそも、国に仕える騎士や魔術師は、高倍率・高難易度の人気花形職だ。
先ほどあげた文官・武官はともかく、第四騎士団所属騎士と王立魔術師団第六隊勤務魔術師ですら、試験に落ちて何年も浪人している人がいるほどなのだ。
中でも、王宮の敷地にある塔に所属するような、城仕えの魔術師なんてエリート中のエリートで、狭き関門だ。しかしこの条件を見る限り、なり手がいないのだろう。
他の五つ同様、死の危険があるのだろうか。そうかもしれない。
じっくりと見てみることにした。
出来れば僕は、朝はゆっくりと仕事へ出かけ、夜は早々に帰宅したい。
そこで勤務時間を見れば……おお! 心の中で思わず声を上げた。『午後一時から午後三時まで出勤』と、書いてある。一日の勤務は『六時間』である。残りは『任意の時間に四時間』勤務すれば良いという。午後の一時ならば、起きられるかもしれない。
後は、可能であれば僕は、一人で暮らしたい。勿論、王都にも僕の家はあるのだが、僕の家族の大半が現在そちらに住んでいるので、あまり一緒になりたくない。別に家族と仲が悪いわけではない。寧ろ良好な関係だ。だからこそ、一緒に住めば、朝食時にたたき起こされることは確実なのだ。それでは強制的に、早起きさせられることになってしまう。嫌だ。そう考えながら『住宅欄』を見ると、なんと『入寮可』と書いてあった。好条件だ。寮は、朝と夕の食事付きで、光熱費食費込みで一万五千エリクスとある。エリクスとはこの国の通貨だ。
生活するために今後必要となるのは、後は金銭だが、僕は別段給料にこだわりはない。なぜなら僕は、『治癒魔術』を使えるので、それが判明した時から、そして死ぬまで『医療塔予備魔術師』という肩書きを得ているのだ。予備魔術師は、有事の際だけ召集される。それに応じると契約した時から、毎月五万エリクスほど支給されるのだ。これならば、寮の支払いも出来る。普段の僕は、滅多にお金を使わないので、あまりよくわからないが、まぁなんとかなるだろうとは思う。
では、他の採用条件や採用方法と倍率は、どうだろうか。
採用条件は、『魔術師』である。問題ないだろう。この国では、『魔術師試験』に通過すれば『魔術師』を名乗って良いのだ。僕は試験を受けて、無事に合格ラインを通過している。分厚い試験問題を思い出す。あれは軽く凶器になるのではないだろうか。それくらい固く厚かった。
採用方法は、『一ヶ月間の試用期間勤務による適性判断』と書いてある。試用期間も給与などは本採用時と同じらしい。入寮もできる。これはつまり、採用試験などは無いと言うことで良いのではないだろうか。ただし、クビになる可能性があると言うことだ。これは、僕にとっても悪い条件じゃない。やってみて無理だと思ったら、一ヶ月経ったら辞めて良いのだ。一ヶ月あればその後も続けられるか否か、少しは分かる気がする。仮にクビになったとしても、一度は就職しようとしたということで、その後一年間くらいはひきこもりに戻っても文句は言われない気がする。
だけどこんなに好条件の仕事なのだから、やはり倍率は高いのではないのだろうかと、僕は紙を指で撫でた。現時点での志望者数が分かる魔術がかかっているのだ。求人票の下部に名前を書くとカウントされる。空欄を撫でると、『0』という数字が出た。採用人数は十名、希望者は0だ。倍率はマイナスだった。何故だろう。僕にとっては幸いだ。
さて確認しておくべき事としては、残るは、肝心の職務内容だろうか。
用紙には、『王宮内における特務の遂行』としか記載されていない。
特務ってなんなのだろう。誰かに聞いてみるしかないだろう。僕の家族や親戚は、王宮のことに詳しい人が多いのだが、難点は皆が多忙だと言うことである。誰に聞こうか思案していると、一文が目に入った。『職場見学可、履歴書・事前連絡不要』と、書いてある。これは良いではないか。実際に見れば多分理解できるだろう。
こうして僕は、王宮の特務塔に、職場見学に行くことに決めた。