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移動するのも面倒なので、王都にあがったらそのまま向こうにいることにする。
なのでこの公爵領地ともしばらくお別れだ。あるいは永遠の別れかも知れない。

僕が現在いるのは、サザーカインツ公爵領だ。
祖父がサザーカインツ公爵なのである。このサザーカインツ公爵領地の三分の一は、マリステル侯爵領地である。マリステル侯爵は、僕の父だ。このマリステルの中で二番目に発展している商業地は、マリステル伯爵である兄の領地である。
公爵領は、この国で最も大きな領地だ。ローランドと呼ばれている。国民の十分の一は、ローランドの民という事になる。縁者がローランドにいる者もかなり多い。
そのため、我が国、ウェザークラフト王国で、最も多い名字は『ローランド』である。
僕の名前にも入っている。

僕は、ネルレイン・ローランド・マリステル・リ・ウェザークラフト・ラ・サザーカインツという名前だ。周囲には、ネルと呼ばれている。
この国では、ラ・リ・ル・レ・ロという字を名字の前につける場合がある。
ラは直系、リは近しい血族が用いる。これらがくっついている場合、古い家柄だ。

つまり僕は、この国を治めるウェザークラフト王家に近しい血を持っている。
母が、国王陛下の妹なのだ。母は降嫁したのであるが、その息子である兄と僕にも王位継承権がある。男子しか王位にはつけないので、甥までは権利が付与されるのである。甥よりも遠い血族の場合は、養子にする必要があるそうだ。ちなみに国王陛下には、王子が三人いるので、僕か兄が国王になることは無いだろう。僕は王位継承権第五位なのだ。

次の国王陛下になるのは、第一王子殿下だ。僕の妹の婚約者である。妹は王妃様になるだろう。王妃教育を幼い頃から受けている。

こうやって考えると、僕の家族や親戚は歴史書に名を残しそうな人が多い。
そもそも古い家だから、色々な人がこれまでにもいた。
とりあえず存命中の者をあげるならば、まずは祖父だろう。

僕の祖父は、オズワルド・ローランド・マリステル・リ・シルヴェリア・ラ・サザーカインツ公爵だ。このウェザークラフト王国は、イズフェリア大陸にある国の一つだ。そしてこの大陸には、国をまたいで『五賢人』と呼ばれる賢者が存在する。僕の祖父は、その一人として数えられている。『黒焔の大魔導賢者』が祖父だ。五賢人の中には魔術師が一人しかいないからなのか、この大陸で最も偉大で強い魔術師は祖父だという事になっている。僕は幼い頃から、この祖父が治める公爵領地で過ごしてきたので、直接魔術を習ってきた。王立魔術師団の団長を辞し、一線を退いた祖父は暇を持て余していたのだ。

ちなみに祖母は、マリエッタ・リリースト・ル・サザーカインツという。『ル』というのは、大体の場合、配偶者にくっつけられる。リリーストは、ウェザークラフト王国の隣国である。リリースト王国の現国王の姉が、僕の祖母だ。リリースト王国は、治癒魔術が盛んだ。祖母は、『稀代の治癒姫』と呼ばれていたそうだ。僕の治癒魔術への適性は、祖母からの隔世遺伝だ。治癒魔術は勿論祖母に直接習った。何せ、ウェザークラフト王国には、治癒魔術の使い手は少ないのだ。

さて、このように祖父母は、魔術の腕が確かだ。しかし、僕の父は違う。
僕の父は、魔術師ではない。父、ジェイク・ローランド・マリステル・リ・リリースト・ラ・サザーカインツ侯爵は、騎士である。剣士だ。王立騎士団の団長である。近衛騎士団と、第一から第十二まである騎士団の全てを総合しての団長だ。『ウェザークラフトの守り刀』と呼ばれているそうだ。僕が生まれる前に亡くなった曾祖父が、『白銀の大剣士賢者』と呼ばれていたそうだ。その曾祖父に剣の腕を鍛えられたらしい。恐らく父も、その内、賢者になるのだろう。何せ大陸で右に出る者がいないほどの剣の腕前らしいのだから。

その父と結婚したのが、王妹である母だ。
母は、エレノア・ハウエル・ラ・ウェザークラフト・ル・サザーカインツという。母も魔術師ではない。母方の祖母は、ハウエル侯爵家の出身だったのだが、ハウエル侯爵家は代々文官を輩出している。ハウエル家の男性陣は、宰相や有力大臣を務めていることが多い。そして女性は、社交界や茶会を取り仕切ってきたらしい。現在では、僕の母が社交界を牛耳っていると聞いたことがある。『社交界の白百合』と呼ばれているようだ。

ちなみに現在の宰相閣下は、母の甥、つまり僕の従兄である。姉の夫だ。
僕の姉は、エリザベート・マリステル・ラ・サザーカインツ・ル・ハイエルだ。宰相夫人である。姉もまた社交界で母と共に影響力があるらしい。『社交界の姫百合』と呼ばれているそうだ。ちなみに姉も、治癒魔術が使える。そのため、『癒しの百合巫女』とも呼ばれていた。

姉が一番上だ。四人兄弟の二番目が、僕の兄である。
兄は、ロイド・ローランド・マリステル・リ・ウェザークラフト・ラ・サザーカインツ伯爵だ。今後、侯爵となり、最終的には公爵となる。この国には、五つの侯爵家があるが、公爵家は一つだけだ。僕の国では、公爵家・侯爵家・伯爵家・子爵家・男爵家の順で位が高い。公爵家よりも上なのは、王家だけである。
兄は、現在、王立騎士団の第一騎士団の団長をしている。兄も剣士だ。兄は、『魔剣の守り手』と呼ばれているらしい。父を越えられそうな剣士は、兄だけらしい。ちなみに兄は、魔術も得意だ。兄は、数少ない『魔剣士』なのだ。『雷光の魔剣士』とも言われる。

僕の兄弟姉妹の一番下は、妹だ。第一王子殿下の婚約者である王妃様候補で、現在学生の。
妹は、ルナマリア・ローランド・マリステル・ラ・サザーカインツである。なお、女性は十六歳で成人するため、既に妹は成人していて社交界にデビューしている。やはり妹も社交界を牛耳っている女性の一人なのだという。『社交界の百合つぼみ』だそうだ。

姉が二十三歳、兄が二十一歳、僕が十七歳でもうすぐ十八歳、妹が十六歳になったばかりだ。ちなみに両親が四十代で、祖父母が六十代である。ちなみに僕の両親祖父母は、十歳は若くみえる。三十代と五十代でも通る。童顔というわけでもないんだけど。

なお、妹の婚約者である第一王子殿下は、十九歳である。第二王子殿下が僕と同じ歳で十八歳、第三王子殿下は十四歳だ。第一王女殿下が二十歳、第二王女殿下が十六歳、第三王女殿下が十二歳である。なお、姉の夫である義兄の宰相閣下が二十七歳だ。ハイエル侯爵家にいる僕の甥は既に五歳である。姪は三歳だ。母方の祖父、つまり前国王陛下は亡くなっている。祖母である王太后陛下は、王宮で暮らしている。

こうして考えてみると、僕の家族や親戚は、とても華々しい。
経歴や実力が光り輝いている。それだけじゃない。容姿も端麗だ。中身も良い人たちだと思う。僕は彼らが好きだ。

ただ、僕は目立つのが嫌いなのだ。
家族と一緒にいると、どうしても目立ってしまう。まず、名前を名乗れば目立つ。
それが嫌で、学校にも行かなかった。公爵家の人間は、王族同様、学校を免除してもらえるのだ。一応理由はあって、王族の公務代行の可能性があるからである。勿論公務なんて一度もやったことはないが、それを幸いに僕は入学しなかった。だから勉強とマナーと魔術や剣技等々は、家庭教師の先生や家族に習ったのである。

何故目立つのが嫌なのかと言われても、嫌なものは嫌なのだとしか言えない。

だから僕は、なるべく目立たず、大人しく、可能な限りひきこもって生きていきたい。
しかしひきこもっていては生活できない。
意外と家族は厳しいのだ。それにサザーカインツ家にいる限りは、目立つだろう。
それを考えても、自活し、無関係を装って生きていくべきだ。
縁を切りたいと言うことではないが、あんまり関わらずに過ごしたい。
手紙のやりとりだったり、たまに会うくらいで満足だ。遠くから見ている方が良い。

一人頷き、僕は自室から出た。夕食の時間だ。
お祖父様とお祖母様に、特務塔の見学に行き、王都へ残る事を言わなければならない。