【007】川嵜緋砂の思惟(事案【ナイトメア・トリップ】の報告書)






 川嵜緋砂は、公安のオフィスを少し前に後にし、F機関本部の四階へと戻ってきた。諜報部のオフィスにいる尾久流倫と八雲八の会話が響いてくる。それを後目に、自分にあてがわれたデスクへと向かい、黙々と緋砂は報告書をまとめ始めた。


 ◆◇◆  【報告書】  ◆◇◆


【報告職員名】川嵜緋砂

【報告本文】
 現地調査の結果、事案No.xxXY0009zx【ナイトメア・トリップ】は終息しました。
 原因は《コンバート》による《ゲーム》の一環だと推察されます。

【現象の概要】
・脳波計が触れている人間に悪夢を見せ、目覚めないようにさせる。
・“ナイトメア”という意思のある“現象”が、悪夢を見せている。
・“ナイトメア”は、普段はエメラルドのついた首輪をつけた黒猫に扮している。
・エメラルドのついた首輪を、意識のない対象に接触させると、エメラルドが悪夢を吸収し、意識が戻る。
・即ち、『エメラルドのついた首輪をつけた黒猫を見つけ出し、首輪を奪うこと』並びに、『そのエメラルドのついた首輪を被害者に触れさせること』が、《ゲーム》の『クリア条件』といえる。

【補足】
 【ナイトメア・トリップ】は、朝霞史靖の病室に出現しました。草壁広親及び雨宮颯人が、【ナイトメア】の扮している黒猫を発見し、首輪を奪取しました。その後、雨宮と草壁がA病院にて悪夢により意識を喪失している朝霞史靖に首輪とエメラルドを触れさせ、朝霞史靖は意識を取り戻し、【ナイトメア・トリップ】は終息を見せましたが、他の被害者もいる様子で、【ナイトメア】は現在、新しいエメラルドのついた首輪をつけている模様です。解決方法は明確ですが、黒猫の数が多いため、時間がかかる事案のようですが、難易度が高い“ステージ”というわけではないようです。


 ◆◇◆


 まとめ終えた緋砂は、それから俯き、胸ポケットから鍵を取りだした。デスクの二段目の抽斗の鍵だ。そこには、緋砂が担当した事案のうち、いくつかの複製保持を命じられた報告書がある。

 手を向けた緋砂は、その中から、“のっぺらぼう”に関する案件の報告書のコピーを取り出した。

 ――のっぺらぼうは、古来からいる怪異であり、《コンバート》は無関係である。のっぺらぼうは、時々、時代を問わずに出没する。記録としては江戸時代は記憶に新しい。

 そういった怪異もF機関の管轄の範疇だ。“無かったこと”にする対象の一つ、一般民衆に知られないように隠蔽・秘匿する存在だ。

「……」

 緋砂は眼鏡の奥で、目を眇めた。

 古来より、超常現象や不可思議な現象、怪異など、そういったモノを、『惹きつける』存在がいる。別段霊能力者などではない。ただ何故なのか、気に入られてしまう人間が一定数存在する。たとえば草壁広親もその一人だった。今回新たに接触した、雨宮颯人もそれは同じである。

 ――きっと《コンバート》にも目をつけられて《ゲーム》にも巻きこまれるだろう。緋砂はそう予感していた。

「協力者としたいが……当面は彼らを『監視』することで、《コンバート》の手がかりを得たいものですね」

 必要時は干渉し、協力の手を差し伸べよう。
 緋砂は、そんなことを考えた。


 ◆◇◆


 帰宅した草壁は、シャワーを浴びてずぶ濡れだった身体を癒やしてから、ベッドに入った。すると瞼の裏に入眠時幻覚が入り込み、そうして――夢が始まった。

「あ……」

 夢の中で、あるいは現実でも、草壁は声を漏らした。
 そこには、頭蓋が砕け、血飛沫をまき散らしている“のっぺらぼう”の姿がある。
 夢の中の“のっぺらぼう”が、哄笑した。あるいは、嘲笑だったのかもしれない。

『俺を捕まえたけりゃ、《×××》を追うんだな』

 耳元で声がした。
 それは、それは、酷い悪夢だった。




      ―― END……? ――