【003】午前零時
雨宮が腕の重さが変わったことに気付いて目を覚ましたのは、すぐそばの時計が零時――十一月一日を報せた時だった。
「ん?」
見れば草壁が大人の姿に戻っていた。けれど寝顔があどけないのは代わらない。いつも眉間に皺を寄せている草壁だが、今は穏やかな表情だ。まじまじとそれを見た雨宮は、思わず草壁を抱き寄せる。自分でもどうしてそうしたのかは分からない。
「朝まで、まだ時間があるな」
小声で一人呟いてから、雨宮はそのままの体勢で、改めて目を伏せた。
――朝。
「んっ……あ」
目を覚ました草壁は、まだぼんやりする頭で、背中に感じる体温に気付いた。
それから少しして、己が横から抱きしめられていることに気付く。
「ッ」
ちらりと首だけで振り返れば、そこにはまだ瞼を閉じている雨宮の姿がある。
「俺は、戻ったのか……」
昨夜のことを思い出した草壁は、自分が雨宮をベッドにひきずりこんだことも思い出して、真っ赤になった。いい歳をした大人だったはずなのだが……どうにも子ども返りもまたしていた気がする。
「なんだったんだろうな……《コンバート》の悪戯だったのか? 俺がお菓子を持っていなかったからか? ハロウィンの。いや、でも……本当に、いや、それより、この体勢は……」
ぶつぶつと草壁が呟いていると、雨宮の両腕に力がこもった。
一気に草壁は体を硬くする。
起こしては悪いだろうかと、草壁はそのまま大人しくしていた。
そうすること二時間――午前八時になって、雨宮が身動ぎした。
「ん、ぁ……朝か」
「あ、雨宮、起きたか?」
「――あ」
そこで雨宮もまた、自分の体勢に気付き、慌てたように手を離す。
草壁はその瞬間にベッドから降りた。
「き、昨日はその……」
「……ああ。昨日の可愛げが消えたな」
「うるさい」
「本当に見物だった。俺に添い寝を頼む草壁さんはな」
「うるさい!」
「本当に子どもになっていたんだな」
「……俺はいつ戻ったんだろうな?」
「零時頃戻っていたぞ」
「起こせよ」
「――最近も、眠れないんだろう? 安眠は重要だ。俺の腕の中なら眠れるなら、いつでもお貸ししますが?」
「いるか!」
むっとした草壁の前で、雨宮が上半身を起こす。それからじっと草壁の目を見た。
「朝食はどうする?」
「お前、仕事は?」
「今日は非番なんだ。草壁さん」
「そうか。そういえば昨日、良さそうなカフェの前を通りかかったんだ。そこで子どもになった」
「行ってみるか?」
「ああ」
こうして二人は身支度をして、雨宮の車でカフェへと向かった。
昨夜と一転して、クリスマスの飾り付けに変化している。入ろうとした時、ふと足元をみて、草壁は目を丸くした。
「マンホールの柄が変わってるな」
「マンホール?」
「おう。昨日は、確かにシーツとカボチャのおばけが描いてあったはずだ」
「……不可思議、だな」
「……そう、だな」
そんなやりとりをして顔を見合わせてから、どちらともなくため息をついて、二人はカフェへと入った。そこでクロックムッシュを頼む二人を、どこかでF機関職員の川嵜緋砂は見ていたのかもしれない。
とかくこうして、【はぴはろマンホール】の事件は、終わりを告げたのだった。
―― END……? ――