【005】空の星は銀の色(★)






「しかし一件落着だな」

 はぁっと吐息しながら草壁が言うと、その隣で雨宮が腕を組んだ。そして鏡に映る草壁の目を見た。

「――最近は眠れているのか?」

 草壁の目の下の赤いクマ。
 消えたところを見た記憶が、暫く雨宮にはない。

 先日も草壁は、睡眠不足でふらついて倒れたばかりだ。あの時は、ベッドに誘い――雨宮は草壁を眠らせた。どうやって? 肉体的に疲労させてだ。即ち抱いた。

 その記憶は草壁にも根強くある。チラリと横目に雨宮を見る。

「眠れていないと言ったら、どうするつもりだ?」
「眠らせてやろうかと思ってな、“また”」
「そうか」

 草壁は簡潔に答えてから沈黙し、俯いた。雨宮もなにも言わない。
 ただ互いに、それが寝台への誘いであるというのは理解している。

 けれど草壁は、雨宮がどういうつもりで己を抱くのか、いまいち分からない。性欲のはけ口にされているとも思わない。【鏡のドッペル】の上辺の優しさとは異なり、体を重ねるときに雨宮が見せる気遣いこそが、草壁には優しく思えるのだが、優しくされる権利が自分にあるのか分からないでいる。

 とはいえ、体を重ねた後の疲労感、それがもたらす泥のような眠りの誘惑には、抗いがたいというのも事実だった。

 なにも言わずに、草壁はくすんだ緑色の外套を脱ぐ。そして床に落とした。
 それを確認すると、雨宮が己の黒いネクタイを引き抜く。
 こうして――二人は同じベッドへと入った。



「ぁ……ン、ッ」

 雨宮がローションをつけた指で、丹念に草壁の後孔を解す。一本、二本と増えた指先が、草壁の前立腺を刺激する。雨宮の手つきは、非常に優しい。

「ハ、っ、もういい」
「まだキツいだろう?」
「いい、早くしろ……ッぁ」

 だが草壁はいつも、最低限の行為しか望まない。自分の痴態を見られることに羞恥を覚えるからでもあるし、自分が快楽に浸り飲まれるのが怖いという想いもある。

「ぁ、ぁ……う、ぁァ」

 ぐちゅりと弧を描くように指を動かしてから、雨宮が指を引き抜く。
 そして己の屹立にゴムを装着すると、亀頭を草壁の窄まりに押し当てた。

「挿れるぞ」
「あ、ッ、ああ――!」

 挿いってきた剛直に、草壁が背を撓らせる。
 正常位で進んできた雨宮の陰茎が、ぐりっと草壁の内壁を擦り上げる。ゴリゴリと刺激され、穿たれる。思わず草壁は大きく喘いだ。喉が震える。

「あ、ああ、ッ、ン――っ、ひ」
「やはりまだ狭いな」
「い、いいから、ぁァ……ああっ」

 優しく扱われることに、いまだ草壁は慣れない。
 根元付近まで挿入した雨宮が、荒く息を吐く。一度動きを止めてから、腰を揺さぶるようにして動き始める。

「ひ、ぁ、あ、あ、あ」

 思いっきり締め付けてしまいながら、草壁は眦を涙で濡らす。熱い雄がもたらす快楽に、全身を絡め取られていく。草壁は、思わず正面にある雨宮の体に腕を回した。その腰を掴んで、雨宮が次第に抽送を早める。

「んン――っ!」
「っは、絡みついてくるな」
「ぁ、あ、言うな――うあ、ぁァ」

 そのまま最奥をつい上げられた時、草壁は果てた。白濁が、雨宮のひきしまった腹筋を濡らす。内部が収縮した時、雨宮もまた放った。そして雨宮が引き抜く。二人の息づかいが静かな室内に谺した。

 事後、気付くと草壁は寝入っていた。
 その黒い短髪を、無意識に雨宮が撫でる。眠っている草壁を見つめた雨宮は、気付くと吸い寄せられるように、草壁の額に口づけていた。そしてすぐ、そんな自分の行為にハッとした。これではまるで、恋をしているようだ。草壁が愛おしく思える。気付くと胸の鼓動が激しくなっていた。

「俺は……」

 草壁のことが好きなのだろうか、と、雨宮は動揺した。だがそうでなければ、自分の行いも、キスの理由も分からない。

「……」

 答えを明瞭に出来ないままで、雨宮は草壁の隣に寝転ぶ。そして暫しの間、草壁の寝顔を眺めていた。



 ――次に草壁が目を覚ますと、既に夜で、隣に雨宮の姿はなかった。
 上半身を起こすと、隣の一人がけのソファの上に、己の服がたたんでおいてあるのが見えた。床に散らばっていた服を、几帳面に雨宮がたたんだらしい。

 そこにあったスマホを手に取ると、雨宮からメッセージがきていた。

「律儀なやつ」

 そう呟きながら読んだ文面。

《急な仕事が入ったから出ます。キッチンに食事を用意しておいたから、食べてくれ》

 微苦笑してから、草壁は勝手にシャワーを借りた後、服を着た。
 そしてキッチンで、雨宮お手製の食事を温めて食べてから、皿洗いだけして、雨宮のマンションを出る。空に輝く銀の星。久しぶりに熟睡した。

 爽快な気分で途中でタクシーを拾って駅まで向かってから、地下鉄を乗り継いで、それから少し歩いて草壁は帰宅した。不可思議なことがまた発生した一日ではあったが、眠ったせいなのか、既に現実感が薄い。

「俺の【鏡のドッペル】が出てきたら、どうなるんだろうな。性格なんかも逆になるんなら……、……はは。常に爆睡できるかもな」

 一人そんなことを呟き、草壁はマンションの鍵を取りだして、ドアの前に立つ。
 中に入るとすぐに、パタンと後ろでドアはしまったのだった。






 ―― END……? ――