【一】





 夕暮れの生物室。
 生物部長をしている僕は、白衣を纏って顕微鏡の前にいた。
 微生物が蠢いているのが見える。

 ――私立、霊峰山学園。
 その名の通り、山の中にあるこの学園は、中・高等部までの一貫教育校だ。
 全国各地から優秀な人材が集まる。

 男子校だ。

 入学すると寮生活をする決まりだ。
 僕は中等部から入学した。
 だが僅かに高等部からの外部入学生も存在する。

 中学生、高校生――思春期だ。
 右を見ても男、左を見ても男。
 教職員まで皆男性である。

 そんな閉鎖的な環境にあっては、性欲が同性に向かうのは必然なのかもしれない。
 少なくとも、この学園では、それが『普通』だった。

「……」

 それでも当初は、僕自身が恋をすると考えた事は無かった。
 顕微鏡から顔を上げて、窓を見る。
 既に夕暮れだ。

 ノックの音がしたのは、その時の事だった。

「まだ残っているのか?」

 扉がガラリと開いて、見ればそこには、風紀委員長が立っていた。
 風紀委員長の、篁香牙は、黒い髪を揺らしている。
 そして、僕の横まで歩み寄ってきた。

「もう下校時間は過ぎているぞ」
「先生から部室の鍵は預かってる」
「そういう問題ではない。榛名、さっさと支度をしろ」

 榛名灯里は、僕の名前だ。
 生物部の部長をしている。
 部長とは言うが、生物部はほとんど帰宅部に等しいので、他の部員の姿は無い。

 そんな生物部の部室に、篁風紀委員長は、いつも見回りの最後に訪れる。
 巡回ルートの最後が、この文化部棟の外れなのだという。
 だから最後に来るんだと、以前風紀委員長は語っていた。

 僕は、風紀委員長に恋をしている。

 この学園では、生徒会と風紀委員会が絶大な権力を誇っている。

 抱きたい・抱かれたいランキングなるもので選ばれる生徒会。
 それとは異なり、完全実力制の風紀委員会。
 引き抜きと指名でしか加入はできないらしい。

 その中にあって委員長を務める篁は、実力者だ。
 それだけでなく例のランキングにおいても、大人気だった。
 生徒会長と並んで抱かれたいランキング一位となったのである。

 黒い髪と瞳をしていて、整った顔立ちをしていると僕も思う。
 だが別段容姿に惚れたわけではない。

「早く器具をしまえ」

 そう言いながら、窓の鍵の確認を始めた篁。
 僕は彼がカーテンを閉めたのを見て、その優しさに嬉しくなる。
 基本的に無表情の僕の表情筋は動かなかったが。

 篁風紀委員長が気になる事を除けば、僕は生物にしか興味が無い。
 そしてこの学園で生物に興味があるのは、僕だけだ。

 言われた通りに、顕微鏡等を片付けていく。
 呆れたように、けれど手際よく――風紀委員長は、施錠していく。

 平々凡々な僕が、風紀委員長に釣り合わない事はよく理解している。
だから胸の内側の恋心は、秘めておくと決めている。

 いつの間にか、呼吸をするように好きになった。
 多分毎日顔を合わせていたからだろう。
 僕は、彼が巡回に来るのを、毎日待っているのかもしれない。