【二】






 僕の生まれた榛名の家は、華族の流れを汲む旧家だ。
 年子の兄、悠里が、榛名家の後継者と決まったのは生まれたその時だ。
 傍目にも、悠里は大変だったと思う。
 だが、僕も僕なりに、相応にして大変だった。

 家族は僕を見なかったからだ。
 跡取り出る悠里に熱心だった。
 だから僕もまた、家族を見なかった。
 そんな僕の視界に入ってきたのは、動植物だけだ。

 僕は生物が好きになった。
 こうして生きていくのだろうと、漠然と考えていた。
 だから、自分で自分が意外でもある。

「まさか恋をするなんてね」

 呟いてみた。無意識だった。

「――何だって?」

 現在。
 暗くなり始めた廊下を、その恋の相手と歩いている。
 見回りを終えて直帰するのだという風紀委員長と僕。

「別に」

 こちらを見た篁に、僕は首を振った。

「今、『恋』と言わなかったか?」
「どうだったかな」
「お前、好きな相手がいるのか?」
「いたら問題がある?」
「風紀的にいうのであれば、お前まで問題を起こさないで欲しいというのはある」
「問題なんか起きないよ」

 なにせ、これ以上ないくらいの片想いなのだから。
 巡回ルートの外れが生物部の物質で無かったならば、顔を合わせる事すら無い。
 僕も篁も同じSクラスだが、篁は風紀委員の特権で授業の免除があるから教室には来ない。

「俺が個人的にいうのであれば、困る」
「困る?」
「ああ、困る」

 真面目くさった顔をしている篁風紀委員長を見て、僕は考えた。

「もしかして、ノートが?」

 彼は授業に出ていないから、テスト前になると、僕にノートを借りにくる。
 恋にうつつをぬかして、僕がノートをとらなくなると困るという意味か。

「どうして、そうなるんだ」
「他の意味合いが思いつかない」
「ふぅん」

 若干不機嫌そうに変わった篁は、生徒玄関に到着すると、下駄箱の前に立った。
 僕も自分の靴を履く。
 そうしながら、篁が取り出した手紙を見た。

 ――彼はモテる。
 こうして下校時刻が一緒になると、必ずと言って良いほど手紙を目にする。
 告白文だ。

「今日は、三通?」
「ああ」

 散々、生物以外に興味が無いと考えながらも、僕は篁への告白者数がきちんと気になっている。

 僕は、風紀委員長が気になるのだ。好きだから。
 ただ、自分が付き合いたいというような、高望みはしていない。
 単純にこうして、時折で良いから共に歩きたいだけだ。
 巡回ルートの関係で僕達が一緒に帰寮する事は多いのだが、それだけでも満足だ。

 こんな日々が、ずっと続けば良いのにと。
 僕はこの時、漠然と考えていたのだった。