【一】




 転入生がやって来たのは、入学式から一ヶ月ほどしての事だった。
 僕のように平々凡々な生徒は、あまり関わりがない。
 その騒ぎを耳にする事はあっても。

 転入生の、唯出琴は、一瞬で人気者達を陥落していった。
 生徒会の役員を始め、親衛隊持ちの人気者達がこぞって惚れてしまった。
 しかしそんな噂が届いてきても、僕には無関係だった。

 僕は、誰かの親衛隊に所属しているわけでもない。
 荒れているのは、僕の寮の同室者である、水上楓だ。
 水上は、副会長親衛隊の副隊長を務めている。

 王子様のような外見をしている副会長は、転入生の迎えに出たらしい。
 その時に一目惚れしてしまったのだったか。
 独占欲を隠そうともせず、副会長は転入生を溺愛している。

 結果として、副会長親衛隊は殺気立っている。
 水上も終始怖い顔をしている。

 ……。
 僕はなるべく刺激しないように、寮でも距離を取っている。
 副会長親衛隊は、学内で最も過激だ。

 二人ひと部屋なのだが、本日は何故かこの部屋で、副会長親衛隊の会議が行われている……。

 僕は自室の扉を施錠し、中に引きこもった。
 それでも共有スペースのリビングから、響いてくる声は聞こえる。
 副会長親衛隊のメンバーが、感情的に泣いたり叫んだりしているからだ。

『明後日から、本格的に制裁をしよう』
『あんなマリモ、絶対に許さない』

 マリモというのは、転入生の髪型からの渾名だ。
 僕も遠くから見かけた事があるが、他に表現は難しい。

『Eクラスの不良に声をかけて――』
『輪姦されたら良いんだよ、あんなマリモ』
『ボコボコにして欲しい』

 どんどん過激な発言が飛び出してくる。
 僕は青褪めた。
 このままでは、転入生はただでは済まない。

 ここ――莵道学園は、幼稚舎から大学までのエスカレーター校だ。
 良家の子息が通う男子校なのだが……閉鎖的な空間のせいか、同性愛が多い。
 基本的には上品な生徒の方が多いが、堕落している生徒もいる。

 親衛隊というのは、人気者のファンクラブのようなものなのだが、それだって男が男にキャーキャー言っているわけで……。

 制裁。
 人気者に抜け駆けして近づくと、陰湿なイジメを受ける。
 これは学園に長く通っていれば、常識的な事である。

 副会長(だけではないが人気者)に近づいている転入生に、水上達は制裁をする気らしい。

 堕落した生徒をけしかけて、強姦するのだろう。
 単なる暴力よりもずっと厳しい。
 学園では、こういった事件は、風紀委員会が取り締まったいる。

「……」

 僕のような平々凡々な生徒に出来る事は、何もない。
 あるとすれば、それこそ風紀委員会に通報する事くらいだ。
 だが――副会長親衛隊による制裁の会議が行われているのは、この部屋だ。
 情報が漏れたら、疑われるのは僕だ。