【二】




 ……僕は、俯いた。
 水上の家は、貿易会社を営んでいる。
 僕の家は、家具の販売メーカーだ。
 水上は僕の家の取引先なのである。

 どちらも社長の息子だが、水上の方がずっと大きな会社だ。
 機嫌を損ねる事は許されない。
 露見すれば、僕だけでなく、家と家の力関係で、僕の実家にも被害が及ぶ可能性が高い。

 この学園の多くの生徒は、実家が会社の経営等をしている。
 そうした家のしがらみもあるから、僕は息を殺して部屋にいた。

 ――激しいノックの音が響いたのは、その時の事だった。
 なんだろうかと、扉に振り返る。
 すると、言い争う声が聞こえてきた。

『風紀委員長様……!』
『どうしてここに!』
『寮の抜き打ち巡回をする事に決まったんだ』

 水上達、副会長親衛隊のメンバーの声が、冷ややかな低い声を聞くと止んだ。

『親衛隊の寮内での会合は禁止されている』

 その場に重い沈黙が広がっていく。

『ここで何を話していた?』

 僕はその時になって、この冷酷な声に聞き覚えがある事に気がついた。
 風紀委員長の声だ。
 入ってきた足音が複数するから、他の風紀委員達も来ているのだと思う。

『同室の者は?』

 その時、僕の部屋のノブがガチャリと動いた。
 呆然として目を見開いている僕の前で、扉が開く。

「お前が、葛西直江か?」
「は、はい……」

 寝台に座っていた僕は、慌てて立ち上がった。
 そこには、冷酷な鬼の風紀委員長として名高い、咲間斗織風紀委員長が立っていた。

「寮の巡回を、臨時で風紀が行っている」
「そ、そうですか……」
「リビングで非公式な親衛隊の会議が行われていたようだが、知っていたか?」
「……」
「答えは?」
「……っ、知りませんでした」

 知っていたといえば、僕が罰せられる――だけならば、まだ、良い。
 水上達の密談内容を密告する形になって、実家が窮地に立たされるのが怖い。
 その為、反射的に答えたが、すぐに後悔した。

 これでは、転入生の唯出に被害が出てしまうかもしれない。

「そうか」

 冷たい黒い眼差しで僕を睨むように見た後、風紀委員長は出ていった。
 萎縮していた体から、フッと力が抜ける。
 眼光の鋭い風紀委員長に睨まれたら、誰だって言葉に窮するとは思う。

 だが僕は、言わなかった事を後悔した。

 この日は結局、「ただお茶をしていただけです」という水上の言葉が採用されたらしかった。

「余計な事は言わなかったよね?」

 風紀委員長達が帰ってから、僕は水上に睨まれた。
 小さくなって頷いた僕は――やはり言うべきだったのではないかと悩んだ。
 だが誰かにバラせば、僕が制裁対象になる可能性も高い。