<1>風紀委員長はドM。
――俺はドMだ。
我ながらドMだと思う。手を縛られて、目隠しをされて、無理やり後ろに突っ込まれたい。そう……無理やり!だが俺にそんなことをしてくれる人はいない。こんな趣味がバレたら俺の人生が終わる。
俺は聖マリアンヌ学館で風紀委員長をしている。
身長178cm、いわゆる細マッチョ。腰は細いほうだが、腹筋は割れている。
まぁ……学園に多数生息するチワワと比べてしまうと、いかつい。
さらに俺は……そう、俺は抱いてくれとばかり言われている(もちろん風紀委員長として断っている)。
――内心、抱かれているチワワが羨ましい。
ただ俺は、誰もが畏怖する風紀委員長だ。
そんな俺と対等な相手なんて、何様俺様生徒会長様の、鏑屋(かぶらや) だけだ。
……ああ、罵られたい……。
とりあえず、とりあえずだ――恋人が欲しい。まずはそこからだろう!! 俺は決意している。今年こそ恋人を作ると!!
だが、そんな今年ももうすぐ終わってしまう。
現在冬休み直前、期末テスト終了直後。学園はクリスマス前ということで浮き足立っている。だから俺の風紀委員の仕事もうなぎのぼりだ。とても恋人を探している暇なんてない。むしろ恋人同士が学園で不埒な行為をしているのを取り締まるのが俺だ。くそ、羨ましい。
俺もどこかの教室に連れ込まれたい。誰か来たらどうするんだ、だとか、声が聞こえてしまうぞ、だとか、言われたい。切実に言われたい!! しかし現実は残酷だ。
「とっくに聞こえている。すぐに不純同性交友は止めることだな」
今まさに新品のバイブの箱を開けようとしていた攻めている生徒が硬直した。お尻を突き出している受身の生徒も硬直した。どちらも男子。ここは男子校である。俺はわざとらしく、左腕にしている風紀委員の腕章をなでた。
「こ、高河様……! 違うんです、その、彼は悪くないんです」
「風紀委員長! 悪いのは俺だ!」
かばい合う二人。爆発しろ。
ため息をつきながら俺は手を差し出す。そして新品のバイブを押収し、こういうことが多いため持参している紙袋にしまった。この手提げの中には、ほかにタバコやら手錠やら色々と入っている。学外で持ち歩いていたら、確実に捕まるのは俺のほうだ。
ちなみに俺は、高河雪野(こうがゆきの)という。名前は可愛いのにな。
「合意であろうとも学館内での行為は禁止だ――始末書を提出しろ」
俺はそう言い放つと、外へと出た。
全校生徒のプロフィールは頭の中に入っている。だからどこの誰かなんて聞かなくてもわかる。特に恋人同士はよく知っている。
紙袋を揺らして歩きながら、俺はため息をついた。
それよりも問題は、俺の恋人探しだ。なんとか年内に見つからないものだろうか。
欲を言うならばクリスマスまでに。
生クリームを塗りたくられて、ドロドロにされて、ロウソクとか垂らされたいんだよ!!
「高河ァ、なにちんたら歩いてんだよ」
そんなことを考えていたら声をかけられた。
まずもって俺に声をかけてくる人間は少ない。
見ればそこには、やはりというかなんというか、生徒会長が立っていた。
ちんたら、ってなんだ。見回りを早足でしてどうするというのか。
なるべく丁寧に見回らなければ意味がないだろうが。
「お前の顔を見てると辛気臭くなるから嫌なんだよ。邪魔だ。ここは俺様の通り道だ。失せろ」
そうは言われても、ここは風紀委員会規定の見回りルートだ。確かに俺がここを通る時間帯に、鏑屋がここにいる確率は高いが、わかっているんならば道を変えろ。ただの難癖を付けに来ているのがありありとわかる。しかし、しかしだ。
――罵られた!
俺はこのひと時に幸せを感じる。だから思わず笑ってしまった。
安心していい、俺の笑顔は、余裕たっぷりの恐ろしいものに見えるそうだから、ドM妄想がバレることはない。
「生徒会は随分と暇なようだな。こんなところで油を売る時間があるんだから」
俺が口撃すれば、大体さらに罵詈雑言が帰ってくる。それが気持ちいい。
生徒会長の鏑屋は、ちょっと目をひくイケメンだから、その顔で睨まれるのも悪くない。
形の良い目が細められると、俺はゾクゾクする。薄い唇が嫌味に持ち上がると気分が良くなる。紫闇の髪と瞳が肉食獣じみているのだが、そこがまたいい。鏑屋は身長180cm。俺よりも高い。そして俺よりも肩幅が広い。一度でいいから嬲ってくれないだろうか。
だが、そうしたら、唯一生徒会長に対抗できるという俺の威厳が崩れ去る。
「あ?」
「邪魔なのは貴様だ。見回りの邪魔だ」
「どこを通ろうが俺様の自由だろう?」
「俺の視界に入らなければな」
「俺様のセリフだ」
「そうか――時間の無駄だな。俺は見回りに戻る」
本音を言えば、この低いバリトンの声をもう少し聞いていたいとも思ったが、そういうわけにもいかない。
そんなわけで俺は見回りを再開した。