【第八話】捻挫





 保健室で、保健医の結城先生に足を診てもらうと、捻挫との事で、治療後に松葉杖を貸してもらった。

「少し休んでいくといいよ。顔色が悪い。落下は、精神的にも衝撃を受けるものだからね」
「ありがとうございます」

 俺はそのまま、ベッドを一つ借りた。そのまま結城先生が会議との事で出ていくと、ベッドの横の丸いパイプ椅子に、それまで無言だった榛瀬が座った。

「ざまぁねぇな」
「……助かった」
「……チ」

 舌打ちしたバ会長を、俺は少し見直した。榛瀬がいなかったら、打ち所が悪ければ、俺は今頃死んでいたかもしれない。そんな事を考えていると、ここのところの睡眠不足のせいで、急に睡魔が訪れ、俺は意識を落とすように眠ってしまったようだった。



「ん」

 俺はうっすらと瞼を開け、周囲が薄暗い事を確認した。ぼんやりしながら上半身を起こすと、横にはまだ、榛瀬の姿があった。

「ついていてくれたのか……?」
「暇だっただけだ」
「そうか」

 頷きつつ、俺は時刻を確認する。もう20時だ。ベッドから降りようとすると、呆れたように吐息し、榛瀬が手を貸してくれた。こんな優しさがあった事に、俺は少し驚いてしまった。

「感謝する」

 そう伝えてから、俺は松葉杖をついて、立ち上がった。
 そして保健室を出ると、榛瀬もついてきた。

「お姫様抱っこ、してやろうか? ん?」
「結構だ。一人で帰れる」
「――痛みは?」
「眠る前より、少し酷くなっている。ただ寝る前よりも、熱は引いている気がする。痛み止めは貰っているから、問題はない」
「そうか」
「先に帰っていいぞ」
「方角が同じだけだ。同じフロアだろうが」
「ああ、それもそうだな」

 そうは言うが、明らかに俺の速度に合わせて、榛瀬は歩いている。根が優しいのだろうと改めて思った。こんな一面がある事に、俺は正直驚いていた。

 こうして寮へと戻り、俺達はそろってエレベーターへと乗り込んだ。

 そして最上階につくと、榛瀬が深々と吐息した。

「おい」
「なんだ?」
「その足じゃ、なんもできねぇだろ? 俺様が看病してやるから、俺の部屋に来い」
「……平気だ。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない」
「別にこの程度迷惑なんかじゃねぇよ。俺様をだれだと思ってるんだ」
「俺様何様バ会長――」
「あ?」
「――今日まではそう思っていたが、認識を改める。感謝している」
「だったら素直に俺様の部屋に入れ」

 そう言って榛瀬は鍵を開ける。そしていささか強引に、俺を部屋へと促した。

 驚きながら榛瀬を見た後……実際にありがたいと思ったため、俺はおとなしくソファに座った。気遣いが、嬉しい。胸がほんのりと温かくなる。

「悪いな、ありがとう」
「……なんか飲むか? あ?」
「気を遣わないでくれ」
「俺は客はもてなす主義なんだよ。コーヒーでいいか?」
「ああ……悪いな」

 俺の言葉に、頷いてから、榛瀬はキッチンに消えた。そしてカップを二つ持って戻ってきた。その内の片方を、俺の前に置く。

「しかしひでぇ顔色だな」
「ちょっとな。保健室で眠って、少し楽になった」
「寝てなかったのか?」
「……ああ」
「本当、ざまぁねぇな。風紀委員もその程度か。委員長がそのざまじゃなァ」
「……そうだな」

 思わず俺は俯いた。榛瀬の言葉は正しい。

「チ。しおらしいてめぇなんぞ、珍しすぎて調子が狂う。いつもの勢いはどうしたんだよ。言い返してこねぇなんて珍しすぎて、明日は雪か疑うぞ」

 榛瀬の言葉に、俺は俯いたままで苦笑した。

「治るまで、面倒見てやるから、ここにいろ」
「仕事がある」
「明日は土日だ。見回りはねぇだろ。それに、あったとしても、その足じゃ無理だろうが。違うか?」
「……そうだな」
「素直に大人しくしていろ」

 こうして、榛瀬の部屋に、俺は泊めてもらう事になった。