【11】服装チェック
風紀委員会室へと帰りながら、俺は腕を組んだ。何故、転入生はカツラをかぶっていたのだろうか。アフロ型ウィッグという斬新な流行でもあるのだろうか。眼鏡に関しては、この学園は服装自由なので、ちょっと奇抜な伊達眼鏡と捉える事は可能だろう。しかし自由とは言え、生徒玄関では服装をある程度はチェックしなければならない。次に俺が玄関に立つ日、あの格好で来たら、注意を入れるか。
「どうしたの? 難しそうな顔をして」
風音先輩が俺を見た。俺は視線を返しながら、聞いた。
「この閉鎖的な学園にいると、世間の流行に疎くなってしまうと思ってな」
「流行……? そう? どちらかというと、親衛隊のチワワ達なんて特に、流行の最先端を追いかけてないかな?」
「少なくとも俺の中学時代、周囲にチワワ系男子という存在はいなかった。あれは独自的なこの学園の一ジャンルでは無いのか?」
そんな話をしながら、風紀委員会室へと戻ると――中が混雑していた。
「大変です、委員長、副委員長!」
最初に声をかけてきたのは、一年の風紀委員の、時任(ときとう)だった。
「どうかしたのか?」
「午前中だけで、昨年を上回る器物損壊の被害が出てしまっています……!」
その言葉に俺は引きつった。確かにそれは大変だ。俺の手が腱鞘炎になってしまうかもしれない。風音先輩は、スッと目を細めると、時任に歩み寄った。
「見せて」
風音先輩が受け取った書類を、隣から俺も覗き込む。するとそこには、転入生により破壊された校舎の各地の無残な姿が収められた写真付きの書類があった。素手で廊下に並ぶ謎のオブジェなどを破壊したらしい。理由は、現在調査中とある。? 呼吸するような破壊魔……すごいな。これだけの数だからわざとではないとは言いにくいが……一体何が目的だ?
「理由はすべて調査中なのか?」
「い、いえ……主にEクラスの連中が、腕試しを称して襲いかかったようです。それを転入生が返り討ちにした結果、大破したようで」
「Eクラスの生徒に怪我は? 骨折等は?」
「骨折等は無いようです」
「手加減をしたのか」
「手加減?」
「俺も菱上に教わったんだが、転入生が本気を出せば、人体とは脆い。折れるだろう」
俺が頷くと、風音先輩がシラッとした顔で俺を見た。
「正当防衛だと言いたいの?」
「え? ま、まぁ……」
「まさか槇原委員長も、指南本のように、転入生に惚れ込む方向?」
「俺が? それは無い」
風紀委員長になってしまった現在は仕方が無いとはいえ、これでも俺は、極力面倒事には近づきたくないというスタンスは変わっていない。近づくならば、問題を起こさない生徒が良い。
「俺と副委員長は書類の整理があるから、風紀委員会室に詰めるとして、転入生には暫くの間、二人ひと組くらいの専属の監視要員をつけよう。同学年であるし、時任、頼めるか? もう一名は、時任が選んで良い」
「俺が行くなら、もう一人は風音先輩が良いっす」
「う……副委員長には、ほ、ほら、書類も手伝ってもらわないとならないというか……」
「風音先輩が良いっす」
時任が繰り返した。誰だって転入生の監視(という名の護衛)には行きたくないのかもしれない。しかし風音先輩がいないと俺の腕は絶対に腱鞘炎になる。しかし時任に押し付けるのは俺だし……と、ぐるぐると悩んだ末、俺は自分が行かなくて良いのだからと前向きに返事をする事に決めた。
「分かった。副委員長、頼んだ」
「えっ」
「書類は俺が頑張るが、増えないようにしっかりと見張ってきてくれ」
こうして風紀委員会室での午後の時間は流れていった。
そこからが――地獄だった。
目を通してサインしてハンコを押してと繰り返す内に、すぐに時間は夜の七時。
明日からは風音先輩達がもっと気合いを入れてくれるだろうから、被害が減るとポジティブに考えるとして……もし減らなかった場合に備えて、今日の分は今日中に終わらせたいのだが、どんどん書類は増えていく。
しかし見回りの時刻は終了したから、残るは机の上にある分のみだ。俺は必死で手を動かした。今日は帰ったら、早く寝よう。疲れた。
そう考えて、結局俺は、九時に風紀委員会室を出た。九時だ。有り得ない。こんなに遅くまで校舎に残っていた記憶が、俺はほとんど無い。
「はぁ……」
ため息をつきながら寮へと戻り、俺は寝た。
――翌朝。
朝はいつも通りに起きて、俺はこの日も制服チェックに向かった。臨時の仕事が増えたからといって、常時の仕事が減るわけではないのだ。
「アフロもなぁ……髪型も自由ではあるからな……どこから指摘していけばいいんだろうな……」
呟きながら人気の無い玄関に向かうと――異臭を感じた。なんだ?
怪訝に思って並んでいる下駄箱を見ると……――うわぁ。
俺はある一箇所から、大量にはみ出ている生ゴミを見つけてしまった。自炊可能な寮の作りなので、この学園では生ゴミの入手はかなり易い。下駄箱を確認すると、転入生の青崎の場所だと分かる。そして生ゴミテロは、親衛隊の制裁の一手法だ。
制裁は、簡単に言えば、イジメである。だが、複雑に言えば、単なるイジメではない。親衛隊の崇拝対象に近づいたものに対して、『これ以上近づくな』というニュアンスを込めて、『制裁』をするらしい。俺から見れば、結局はイジメであるが。
しかし転校二日目でイジメに遭ったら、青崎も悲しいだろう。外部入学生以上に、転入生というのは目立つし、俺だったら心が折れると思う。そこで俺は、親切心を発揮して、下駄箱の掃除をした。風紀委員の常備アイテムとして支給されている手袋とゴミ袋を用いて生ゴミを除去し、それを片付けてから、近くにあった掃除用具入れの中からバケツや雑巾を取り出して、青崎の下駄箱を綺麗にした。
「……ここの掃除当番、絶対にサボっていたな」
結果、青崎の下駄箱だけ、他の下駄箱よりも、どう見ても綺麗になった。その後手を洗い、俺は再び玄関前に立った。時間ギリギリに、他の風紀委員もやってきたので、そこからは揃って服装のチェックを始めた。
青崎が、一匹狼と名高い圷と共にやってきたのは、予鈴ギリギリの頃だった。圷の腕を青崎が引っ張っている。圷は不登校気味の生徒であるから、今後登校するようになるのならば、良い兆しだろう。
「あ! おはよう、郁斗!」
「――風紀委員長と呼ぶように。そうでなくとも、先輩とつけろ」
「わかった! 風紀委員長先輩!」
「違う! ま、まぁ、良いか」
現在までに下駄箱に再被害は無い。また、遠目に、時任と風音先輩が青崎を見ているのも確認した。滑り出しは良好だ。さて問題の服装チェックである。
「ところで、青崎」
「渉夢で良いぞ?」
「……この学園は、確かに基本的には、髪型も服装も自由だが、一定の節度が求められるんだ。その髪型と眼鏡は、適していると思うか?」
「これは、叔父さんがつけてろって……絶対にとっちゃダメだって……です」
え。理事長命令? そればっかりは、俺もこれ以上は口出しできないぞ。なんだ? 叔父の心境として、学園で目立つように配慮したのか? 親しみやすさの間違った演出か?
「理事長には確認をしておく。遅刻するぞ、明日からはもう少し早く登校すると良いだろう」
「分かった! 有難うな!」
こうして青崎は圷を引っ張りながら、校舎に入っていった。圷は終始無言だったが、何故なのかその耳が赤かった。