【13】ビーフシチューオムライス



 こうして翌日の放課後には、久しぶりに、転入生絡みでは無い会議が、風紀委員会室で行われた。今年も、新入生歓迎会は、鬼ごっこらしい。ただし、今年は、在校生が逃げるそうだ。捕まえた数が一番多い新入生と、最後まで逃げ切った在校生が勝者となるらしい。去年よりは、鬼の数が少なくて良さそうにも思える。

「今年も気合を入れて、見回りをするようにしなければな」

 俺はそう言って会議をまとめた。風紀委員は、今年も一年生であっても見回りだ。俺は時任をちらりと見た。すると時任が俺に言った。

「俺、出たくないんで、大丈夫です」
「そ、そうか」

 心を読まれてしまった。その時風音先輩が俺に言った。

「生徒会には確認に行ったの?」
「ん? ああ。特に問題はなさそうだったが……そちらは親衛隊に会いに行ったんだろう? 何か成果はあったのか?」
「生徒会長親衛隊の所に行ってきたんだけど、遠園寺会長と槇原委員長を応援する声で溢れていたよ」
「俺の応援? 確かに最近の風紀は忙しすぎて、応援してもらうと心強いが、彼らこそがその仕事の原因であるのだから、本当に応援してくれるというのならば、制裁を控えて欲しいのだが」
「そういう意味じゃないよ」

 風音先輩が呆れたような顔をした。じゃあ、どういう意味だ? 俺と遠園寺の応援という事は、どちらもテストを頑張れよといった勉強的な意味合いだろうか?

 首を捻っている内に、解散となった。
 こうして、新入生歓迎会当日が訪れた。今年の俺は、風紀委員会本部で、強姦加害者側の監視と聴取を担当する事に決まっていたので、座っているだけだから楽で良かった。

 今年も続々と加害者生徒が連行されてくる。
 本当、みんな、性欲が爆発している。俺だって性欲が無いわけではないが、それを無理矢理他者で発散しようとは思わない。

 そういうのは、恋人と行うのが良いと思う。しかし恋人同士であっても、学内で事に及ぼうとした場合は、摘発対象だ。だから寮の部屋でこっそりと行ってもらいたいものである。そうじゃないと俺の仕事が増えるからな……。

 しかし、恋、か。
 男子校だから仕方が無い、とは、もはや言えないくらいに、俺は同性同士の恋愛にこの一年で寛容になってしまったが、俺個人の初恋はまだだ。

 閉鎖的な空間だから、同性に性欲や恋情が向かうというのは、分からなくもなくなってきたが、現在までに、俺から恋愛矢印が出た事は無い。恋って、どんな感じなんだろうなぁ。この学園では今の所、恋愛経験は望めそうにないし、大学に期待をかけるべきか。しかし受験勉強も怠いので、このまま内部進学してしまいたいような気もする。

 そんな事を考えていると、すぐに一日が過ぎて、表彰が始まった。

「新入生歓迎会一位、青崎渉夢! 景品は、『一ヶ月学食無料券』です」

 あ。今年はそういえば、まともな景品なんだよな、新入生用。ただ、景品一覧を見たが、在校生用は去年と同じだった記憶がある。

「在校生一位、最後まで逃げ切ったのは、生徒会長! 遠園寺采火! こちらの景品は、『一日デート券』です!」

 司会の報道部の部長である、飯高(いいだか)が声を上げた。歓声が溢れている。受け取った遠園寺は、壇上で宣言した。

「今年もデートをしたいわけじゃ決して無ぇが、槇原! 風紀委員長に顔を貸してもらう!」

 俺は自分を指名されて、億劫な気持ちになった。休日を空けておけというのは、こういう意味だったのか。恋をしているというのだから、その相手を誘えば良いのに。去年俺を誘った時のように――……ん?

 そこまで考えて俺は気がついた。もしや遠園寺は、まだ俺の事が好きだったりするのだろうか? 先日の風音先輩の言葉……『遠園寺と槇原を応援している』というのは、恋愛相談を受けていたらしいし、親衛隊の連中は、奴と俺の恋愛関係を応援していたりするのだろうか? いいや、まさかな。

 考えすぎだろうと、俺は自分の思考を片付けた。
 こうして新入生歓迎会は幕を下ろし、翌日俺は、遠園寺とデートする事になった。デートとは言うが、ただ遊ぶだけだという認識である。別段俺と遠園寺は仲良しになった事も無いので、遊ぶ事自体が、昨年に続いて二度目であるが。

 今回は、待ち合わせでは無かった。遠園寺が、俺の部屋に来たいと言い出したのだ。ゲームも何も無いから、雑談くらいしか出来ないが、俺には事前連絡で、「家に行く」「昼食を振舞うように」といった内容が来ていた。生徒会からの連絡だった。考えてみると、俺は遠園寺の個人的な連絡先すら知らない。

 朝――十時。
 今年はゆったりとした時間に、遠園寺がやってきた。

「入ってくれ」

 扉を開けて俺がそう告げると、遠園寺が大きく顎で頷いた。当然だという顔をしている。まぁそれが一位の権利だろうし、当然といえば当然か。

「へぇ。中々綺麗にしてるじゃねぇか」
「それなりには、な」

 リビングスペースのソファに遠園寺を促して、俺はキッチンへと向かった。取り合えず珈琲を二つ用意して、遠園寺のもとに戻る。カップをテーブルに置き、俺はテーブルをはさんで遠園寺の正面に座った。

「しかし家で遊ぶとは言っても、何もなくて悪いな」
「俺様は、まったりお家デートも嫌いじゃねぇ」
「そういう言い方ならば、俺だって悪いとは思わないが……お家でまったりが許されるのは、付き合ってからの恋人同士じゃないか?」
「不満か?」
「不満というか……何となく俺はそんな気がする。恋人未満の関係では、一緒に家にいるだけというのは、緊張して死にそうになるか、逆に意識していなさすぎて退屈かの、二極化する気がする」
「……べ、別に俺は、緊張しすぎて死にそうになんてなってないし、普通に舞い上がって浮かれきってるわけでもない」
「斬新な自己紹介だな。俺は退屈すぎて死にそうだ」
「……俺様といると退屈か?」
「遠園寺は楽しいのか?」
「――俺様の手にかかれば、なんだって楽しくなる。槇原! 今日はお前を全力で楽しませてやる。感謝しろ!」

 ニヤリと笑った遠園寺は、大変前向きだと思う。俺は小さく一度頷いて、それから横を見た。一応俺側が景品であるので、俺も相手を楽しませるべきかも知れないと、今年は少し判断をし、昨日急遽用意した品があるのだ。

「俺もたまには楽しませてやろう。これをやる」
「俺様にプレゼントか? 貰いなれているが、槇原からだと思うと嬉しいな」
「プレゼントだ。俺からだと、嬉しい? そうか? 中身を見て泣くなよ」

 俺はファイリングした、ルーズリーフの束を、遠園寺に渡した。受け取った遠園寺は楽しそうな顔をして表紙をめくり――直後、目を見開いて硬直した。

「な、なんだこれは?」
「俺が毎回準備する、テスト前の予想問題だ。俺は出そうな箇所だけ抜き出して、その紙を各教科分一枚だけ復習丸暗記する事で、この学園のテストを乗り切ってきた。お前もそれを丸暗記したら、少なくとも俺と同じ点数は取る事が出来るだろう」
「貰っても良いのか? い、いいや、俺は実力で……け、けれど、なんだこの秀逸な予想問題は!」
「今から解いてみないか? きっちり時間も測定しよう。俺も中間テスト用の予想問題は作っただけでまだ解いていないから、一緒にやる」
「良いだろう!」

 こうして俺は、シャープペンや消しゴム等も用意し、目覚まし時計をアラーム替わりに、遠園寺と共にテスト勉強に臨む事にした。お家デートからお勉強デートに進化だ。楽しませると考えた時、俺は遠園寺の好きなもののイメージが勉強しかなかったため、こうなったのである。

 ――俺がさっさと解き終えたのは、丁度十二時になる手前の事だった。じっくりと取り組んでいる遠園寺は、まだ二教科目の様子である。そこで俺は、昼食を振舞うのだったと思い出し、昨日の帰りに適当に買ってきた食材を確認するべく、席を立った。冷蔵庫を開けると、主に肉が詰まっていた。遠園寺は一体何が好きで、何が嫌いなのか。聞こうと思って振り返り、俺は目を瞠った。そこには真剣な表情で問題に取り組む遠園寺の姿があったからである。

 入学してすぐ、顔面偏差値では完敗だと思ったが、それは今も変わらない。真面目に取り組んでいる遠園寺は、ちょっと目を惹く。って、俺は何を考えているんだ。人間、顔じゃない……よな? ま、まぁ、顔というより、真剣に取り組んでいる姿勢に好感が持てるという方が正しいのだが……取り合えず、声をかけて邪魔をしては悪いだろう。

 そこで俺は、ビーフシチューオムライスを作る事にした。圧力鍋に牛肉を入れながら、バターライスの準備をしていく。そうしていると時間はすぐに過ぎていった。結果、十三時過ぎまで、俺は料理に熱中していた。我に返ったのは、目覚まし時計が鳴り響いた時の事である。

「あ、終わりだな」
「中々に難しかったぞ……」
「どこまで解けた?」
「時間さえあれば……」
「見せてみろ」

 そこで俺は、紙を受け取り、目で解答欄を確認した。すると遠園寺は、解答箇所は全問正解だったが、本当に時間が足りないらしく、取り掛かる事が出来ていない箇所が沢山あった。

「これを見る限り、問題を解く速度を上げれば、遠園寺ならば十分俺と同じ点数は最低限叩き出す事が出来そうだな」
「速度、か……」
「そうだ。昼食が出来ているんだった。取り合えず食べよう」
「な、何だって? 料理をするお前を見る予定だったのに……!」
「料理をする俺を? 別に面白味はないと思うぞ」

 こうして俺はビーフシチューオムライスを運んできた。テーブルの上を片付けて、二人で向かい合う。俺は肉も好きだが、トロトロのオムライスも死ぬほど好きだ。

「いただきます」
「いただきます――本格的だな」
「好きなものはこだわる方でな」
「オムライスが好きなのか?」
「ああ、大好きだ。ちょっと牛肉に集中しないとならないから、静かに頼む」

 こうしてパクパクと俺はオムライスを食べ始めた。そんな俺を、遠園寺が一瞥しているのが分かる。しかし視線など、美味しいビーフシチューとオムライスの前では気にならない。本当に美味い。我ながら美味い。

「あー、美味しかった。ご馳走様」

 俺は食べ終えたので、やっと遠園寺に気を配る余裕が出てきた。そこで視線を向けると、遠園寺は上品に食べながら、小さく頷いた。

「俺の家のシェフのオムライスよりも、美味しいかも知れない。これは。お前が作ってくれたからそう感じるだけかもしれねぇが」

 褒められて、悪い気はしなかった。