【十八】火曜日の全体会議とレベルキャップの開放






 さて――今日の一大行事。
 それは俺にとっては【タイムクロスクロノス】のメンテナンスとキャラレベルのキャップ開放であるが……鬼の風紀委員長としての俺が臨むのは、林間学校に関する全体会議である。生徒会と風紀委員会、及び実行委員会が合同で、大会議室にて午前十時から行われる事になっていた。

 舞戸と共に室内に入った俺は、名札の前に座る。
 すると先に来ていた生徒会メンバーの席から、青波が片手を軽く振っているのが見えた。横では舞戸が控えめに笑って頷いている。青波には隠す気配など微塵も無い。照れている舞戸の事を、温かく見守る視線が、瞬時に溢れかえった。

 横に居る俺までくすぐったくなってしまう。俺もいつか、涼鹿に手を振ってみたい者だが、俺ならばまず涼鹿を引き連れて報道部の部室へと向かい、八柳先輩に手ずから写真を撮ってもらうかもしれない。学園新聞以上に、告知力のある媒体は、学内では少ない。

「揃ったな、よし、会議を始める」

 鐘が放送された直後、涼鹿が立ち上がり、司会を始めた。こういった場面において、仕切るのは大抵会長か副会長である。今回は涼鹿の役目のようだ。俺はそちらを見た。主に涼鹿の顔面を注視する。こうして改めて見てよい機会であるから堂々と観察してみると、本当に端正な容貌だ。次々と配布物をスクリーンに映し出しながら、凜とした声で解説を加える姿は、まさに学園の王者と言える。

 今までの俺は、どうかしていた。こんなに格好いい以上、もっと観察しておくべきだった。全然涼鹿に注目していなかった過去が悔やまれてならない。

「――生徒会からは以上だ。次、風紀!」
「ああ。風紀委員会を代表して、委員長の俺、珠碕がレジュメを解説する。まず一ページ目の――」

 しかし俺は内心の煩悩は表に出さず、無表情で流れを引き取った。そして見回り案を解説し、その後は質疑応答にも臨んだ。そんなこんなで、午前十時の会議が終了したのは、室に延長もあり、午後三時となった。昼食の休憩時間など無い。問題が起きて長引いたのではないのが不幸中の幸いだろう。

「はぁ、やっと食事がとれるな」

 会議後、風紀委員会室へと戻り、扉を開けながら、俺は思わず呟いてしまった。すると俺の隣をすり抜けた舞戸が、自席へと向かう。そしてなにやらがさごそと鞄に手を入れた。

「ねぇ、委員長」
「なんだ?」
「あのね、これ。渡そうと思ってたんだよね」
「?」

 舞戸の声に、そちらへ向かうと、一冊の書籍を手渡された。
 ――『好きな相手を堕とす10の法則』と、書いてある。
 胡散臭いピンク色のハートが表紙には描かれている。

「……? なんだこれは」
「好きな人が居るって話してたからさ。僕にもできることがあればいいなって思って。ちょっとした友情」

 その声に、パラパラと俺は本を捲った。

 ――とにかく好きな人は押せ。押せ。押すべし!
 ――会いたいと伝える事が肝要です。
 ――下の名前を呼んで、距離を縮めていきましょう。

「……お前は、これを実践したのか?」
「ううん? 反面教師にしたよ」
「そ、そうか」

 恋愛経験が無いに等しい俺には、ちょっと未知であった。舞戸の言葉は信用したいが、俺としてはこの本も十分参考になるように思ったので、ありがたく借り受けることに決めて、鞄に突っ込んだ。代わりに中から、会議の直前に購買部から購入したサンドイッチを取り出す。学内コンビニも購買部の管轄下なのだが、部活動としては、購買部は宅配をメインに行ってくれる点がありがたい。

 ハムとチーズのサンドイッチを食べつつ、俺は舞戸を一瞥する。

「ところで舞戸」
「なに?」

 舞戸もまた、会議前にこの委員会室に訪れた購買部から購入した和風ツナおにぎりを食べている。

「どうして反面教師にした本を俺に?」
「ちょっとでも力になりたくて」
「どうせなら、参考になる実体験談を聞かせてくれないか?」
「……照れるから、それは、ほら」

 なにが、『ほら』だ。聞いて欲しそうに、チラチラと舞戸が俺を見ている。
 寧ろ、聞けという前振りだったのだろうと、俺は正確に意図をくみ取った。
 その後は放課後まで、俺は舞戸からいかに青波が優しいかという惚気を聞いたが、舞戸が幸せそうなので、頷いておいた。早く俺も、舞戸に語れるくらい進歩したいものであるが、果たしてそんな日は来るのであろうか。いいや、ネガティブになるべきではないだろう。俺の長所は、ポジティブな部分だ。

 そのようにして帰宅し――俺は、ずっとそわそわしつつ心待ちにしていたわけであるが、色々と終えてから、ソファに座して、スマホを両手で持った。そしてアプリを起動し、バージョンアップを行う。メンテナンスは終了しており、俺は新しいリソースを端末にDLした。胸が躍って溜まらない。

 このゲームでは、レベルキャップの際と、キャップに到達していない際で、レベルの色が変化する。未到達時は白になる。到達すると橙色になる。これまで見慣れてしまっていた俺のレベルが橙色から、ログインすると白に変わっていた。

「よっし! レベル上げを開始するぞ!」

 俺のテンションは最高潮に達した。大歓喜しながら、俺はフレリスを確認し、本日はまだ涼鹿がいない事をなんとはなしに見て取った。

 ……それもそうだろう。
 案を提出するだけで良かった風紀委員会とは違い、生徒会はこれからキャンプファイヤーの段取りなどの話し合いがある。防犯の観点から、例年着火だけは、何故か風紀委員長の仕事となるから、それは俺の仕事なのだが。他のイベントは、全て生徒会が取り仕切る。会議後の本日など、おそらく残業で帰れないはずだ。

「……」

 そこでふと、明日の昼食の約束を思い出した。
 こんなに多忙な状況で、涼鹿は覚えているだろうか?

「忘れていたら、生徒会室に迎えに行けばいいか。それより今は、レベル上げだ! 涼鹿が来る頃にはせめて二レベルは上げておきたい」

 それは優位に立ちたいからでは無い。どちらかといえば、先に強くなって、できれば多忙な涼鹿のことも手伝えたらいいなと思っただけだ。これは、今までの心境とも変わらない。俺にとって、今では好きな人となりはしたが、大切なフレンドだというのも変わらないのだから。

「涼鹿の分まで頑張るぞ!」

 こうして気合を入れ直し、俺はその夜、レベル上げに勤しんだ。