【二十七】涼鹿の別荘
白樺のトンネルを抜けた先に、北欧から移築されたという洋館があり、そこが涼鹿家の別荘だった。小高い丘と近くの林の一帯が、涼鹿財閥の私有地なのだという。送り届けてくれた兄の車に別れを告げてから、俺は迎えに出てくれたこの別荘の執事さんに先導されて、洗練された玄関へと向かった。俺の母方の曾祖父が、似たような城を持っていたなと思い出す。日本にあるのが不思議な佇まいなのだが、切り取られたこの一帯で考えると、不自然さはない。庭は英国風の庭園と、少し離れた場所には飲食スペースなどが見えた。
「おう、来たか」
玄関を抜けると、丁度涼鹿が降りてきたところだった。
「お招き感謝する」
会いたいと思ってから、ここに至るまでには色々あったが、結果として俺の一番最初に抱いた、夏休みにはスズカと対面で会うという計画は、ここに達成されたと言える。
「入ってくれ」
俺は手土産を執事さんに渡してから、中にお邪魔した。
階段を上っていき、部屋に案内してもらう。人の気配が多いなと思いながら歩いた。使用人が多いというのではなく、他の客人も多そうだった。さすがに、二人きりというわけにはいかないかと内心で苦笑する。
「どうぞ」
案内された部屋は広い。奥の一角にはダブルベッドがあり、窓際にはソファとローテーブルがある。
「あ、その……俺様の部屋もここなんだ」
「そうか」
「悪い、下心じゃないんだ。きちんと分けようとしたら、俺様の兄が大学の友達を招く日程と被って……本当に悪い」
申し訳なさそうに、涼鹿が声を小さくした。兄というのは、昔の生徒会長だと察する。
「俺は構わないが」
というよりも――涼鹿は、本当に飛んで火に入る夏の虫である。下心があるのは、俺の方だ。
ノックの音がしたのは、その時だった。
俺と涼鹿がそろって視線を向けると、扉が開いた。
「よ。懐かしいなぁ、珠碕」
顔を出したのは二人で、声をかけてきたのは鈴鹿の兄だった。
この人物のせいで、俺は間接的に涼鹿弟の対応をしろとして、風紀委員長に指名されたと言える。そしてもう一人の来訪者が、まさしく俺を指名した、真鍋前委員長その人だった。
「本当に久しいな、珠碕。来ていると聞いて驚いたぞ」
黒い伊達眼鏡をしている真鍋委員長の姿に、俺は驚いた。
「ご無沙汰してます」
犬猿の仲だったはずの涼鹿兄と真鍋先輩のツーショットという貴重な場面に、俺は驚かない方が無理だった。
「なんでここに?」
思わず率直に俺が尋ねた。すると涼鹿が隣で言った。
「こいつら付き合ってんだよ」
「えっ」
俺は目を見開いた。すると真鍋先輩が頬に朱をさし顔を背ける。
否定は帰ってこない。横ではニヤリと涼鹿兄が笑っている。
「大学の同期でな。そこから、進展した。いやぁ、まさかこうなるとは、当時は俺も思ってなかった。お前らもまぁ、仲良くな。じゃあな」
真鍋先輩の肩を抱き寄せた涼鹿兄、それを振り払い、こちらも「また」と言って、真鍋先輩が先に歩き出した。閉まった扉を、俺はしばしの間呆然と眺めていた。
「まぁ……あいつらに絡まれたくねぇし、珠碕。悪いんだが、あんまり外には出たくねぇ。ごめんな」
鈴鹿の声に、俺は顔を向けた。
何故謝られたのかがあまりよく分からない。絡まれたくないのは同じ意見だが。
「? いや? だって俺達は、アニバを回すんだろう? 部屋から出る必要があるか?」
「そうだった!」
俺の指摘に、涼鹿がハッとした顔をした。
こうして俺達は、ソファに座り直して、早速スマホをそれぞれ手にし、ログインすることに決めた。白兎のムービーが終了し、俺は前回ログアウトした位置でもある【シルフィ村】のベンチが映し出されたのを見る。するとすぐにスズカも画面の中でも隣に座った。
現実でも隣同士であるから、距離が近い。
画面を真摯に見つめている涼鹿を確認してから、俺も【タイムクロスクロノス】の画面に視線を戻す。
「梓、アニバのクエは終わったのか?」
「当然だ。お前と遊ぶために、事前準備は完璧にしてきた」
「おう。それでこそのアズだ。何を回す?」
「そうだな、やはり今回から実装された――」
こうして俺達の戦いが始まった。
それから五時間。俺達は、ゲーム三昧で、真剣にボスを周回した。二人パーティで、ドロup書を用いて、ただひたすらにボスを周回する。
「一戦が三十秒か。少し遅いな」
「属性が変わるのがやっかいだなァ」
「別のボスの方が効率がいいな。スズカは希望のボスは?」
「ん。もっと時間食うが、俺は床に罠(トラップ)があって一人で回すのがきつい、向こうの――」
そんなやりとりをしながら、俺達は連戦を重ねた。
扉が再びノックをされたのは、午後の七時になった頃だった。
「お食事のお時間です」
呼びに来てくれた執事さんの声に、涼鹿が思い出したような顔をした。
「そうだ。バカ兄貴が、大学の連中と前風紀委員長とBBQをするから、一緒に来いって言ってやがったんだ。断っといたんだが、どうする?」
「俺はどちらでも構わないぞ」
「そうか。ここは近くに海があるから、海鮮の串焼きも美味いんだ。行くか?」
「颯が決めてくれ。俺はそれでいい」
「ん。じゃあ……行くか」
「ああ」
俺は頷いたが、実際にはゲームを続けたかった。
しかし恋心的には、鈴鹿との思いでは増やしたいので、その恋愛的行動としてはBBQへの参加が適切だろうと判断する。
ただ、ふと思った。進学を迷っている大学であるが……涼鹿と同じキャンパスというのは、魅力的だ。そう考えると、悪くないかもしれない。
こうしてBBQに向かうと、涼鹿兄がニヤリと笑った。
「来たか」
「J(ひばり)、あんまり高校生をからかうなよ」
真鍋委員長の声で、俺は初めて涼鹿兄の名前を思い出した。そうだ、J先輩という名前だった。
「おう。で? 明日はどうするか決めたのか?」
「あ」
J先輩の声に、涼鹿が思い出した顔をした。そして俺を見る。
「明日、下の街で夏祭りがあるらしいんだ。盆祭り」
「そうなのか」
俺は実を言えば日本の祭りに入ったことがないので、イメージがわかない。
「浴衣、用意しといてやったぞ」
J先輩がそう言うと、涼鹿が頷いた。
「だそうだ。行くか? そ、その……俺様は別に、梓の浴衣を見てみたいというわけではなくて、そ、その、雰囲気の問題だ!」
「浴衣か。ああ、久しく着ていないし、借りていいならいくらでも」
俺が頷くと、涼鹿が心なしかほっとしたような顔をした。
「なんだか俺達の昔を見てる見てぇだなぁ」
J先輩の声に、真鍋先輩が咽せている。
それが事実ならば、俺と涼鹿にも付き合う未来が見えてきたようで、なんとなく嬉しい。
「お二人は、どういう経緯でお付き合いを?」
俺が何気なく会話を振ると、真鍋先輩がいよいよ真っ赤になった。J先輩はニヤニヤと笑っている。
「俺達は、高校の修学旅行で、俺が告ってからだ。懐かしいよ」
「J、そろそろ黙れ」
このようにして、別荘初日の夕食は更けていった。