【二十八】花火
昨夜はBBQのあともガッツリとアニバを回した俺達は、同じベッドに入った。
俺は非常に寝付きが良く、そして目覚ましが無くても毎朝同じ時間に目が覚めるので、この二日目の本日の朝も瞼を開け――それから一気に覚醒した。壁側を向いて寝ていた俺は、背中に体温を感じている。後ろからぎゅっと抱きしめられるようにして、俺は寝ていた。横にいるのは涼鹿である。何度か瞬きをし、俺は自分が涼鹿に抱きしめられていると判断した。すやすやと寝息が聞こえてくるので、まだ涼鹿は眠っているのだと分かる。動いて起こしたら可哀想だと思いつつ、思わず頬が熱くなった。涼鹿は寝ぼけて俺を抱き枕と勘違いしたのかもしれないが、非常に心臓に悪い。
ちらりと腕時計を見る。
涼鹿が起きるまでこの体勢なのだろうか。幸せだな。いや、そうではない。俺の心臓が持たない。ドキドキとドクドクと、鼓動の音が忙しない。好きな相手に抱きしめられて迎える朝というのは、こういう感じなのかと漠然と考える。
稽古とまではいかずとも、日課であるしスクワット程度はしようかと思っていたのだが、そんな思考は霧散した。もう少し、俺はこの状態でいたい。反面、やはり心臓の耐久力が不安になってくる。
そろそろ涼鹿は俺以外への想いを諦めて、俺に惚れればいいと思う。
俺からすると、涼鹿のありとあらゆる行動は、俺を好きに見えるから、本当にたちが悪い。脈がありすぎにしか思えない。
それから二時間ほどが経過した頃、涼鹿がピクリと動いた気配がした。
「ん……」
俺は気まずくなって、寝ているふりを決め込むことにした。
目を閉じる。するとビクリとした様子の涼鹿が――何故なのか溜息をついた。
「無防備すぎるだろ、こいつ。俺様以外の前でこんなにすやすや寝やがったら許せねぇ。修学旅行の班は絶対同じにならないとな。しかし……はぁ。腕の中に梓がいる。幸せすぎるだろ」
つらつらと涼鹿が呟いている。俺は赤面しそうになるのを必死に抑える。
その直後、俺はうなじに柔らかな感触を覚えた。
チュッと、涼鹿にキスされたのだと気がついた。え? 混乱していると、優しく頭を撫でられ、さらに強く抱き寄せられた。
「起きるなよ、もう少しこうさせてくれ」
俺は起きている。だがそれを気づかせないように、気合を入れて目を閉じた。
それから暫くの間俺を抱きしめていた涼鹿は、また呟いた。
「無理にでも、とは思わねぇけど、理性が持たねぇよ――だぁ。もう! 起きろ! 起きろ梓! アホ風紀!」
そのまま激しく体を揺さぶられたので、俺は素知らぬ顔で目を開けた。
「おはよう、涼鹿」
「おう。ほら、出店は朝からあるし、行くぞ、祭り」
「あ、ああ」
頷き、俺はベッドから降りる涼鹿の背を見た。俺を抱きしめていたことなんて知らんぷりをしている涼鹿を観察し、俺は改めて思う。やっぱりこれは、両思いなんじゃないか?
――その後、俺はシャワーを借りてから、浴衣に着替えた。
涼鹿家が俺のために用意してくれたのは、黄緑色の浴衣だった。涼鹿は青色だ。
朝食は現地でとの事で、俺達は運転手さんに送迎してもらうこととなり、早々に夏の祭りの会場へと向かった。旧暦の七夕などのイベントも兼ねているらしい。非常に盛大な祭りだそうで、現地に着いたときはまだ早朝だったが、それでも出店は並んでいた。
祭りが行われる街路の周囲には、様々な資料館や店舗もあった。
俺達は出店を回りつつ、時には物産館などに入りながら、一緒に歩いた。
涼鹿が、不意に俺の手をそれとなく握ったのは、夕方になった頃だった。驚いて涼鹿の横顔を見上げると、前を向いたままで、涼鹿が手に力を込めた。
「なぁ、梓」
「な、なんだ?」
「【タイムクロスクロノス】のオブジェの花火、もう貰ったか? イベント限定品」
「ああ。あれはいいよな」
「うん。ただ、今夜のここの花火もかなり盛大だ。一緒に見てやる」
「そうか、楽しみにしておく」
手を繋いで歩きながら、俺達はゲームの話に花を咲かせる。そうしていると、意識しているのが俺だけに思えて、気恥ずかしくなってしまった。だが、握った手から伝わってくる体温が凄く嬉しかったので、俺は自分の指に力を込める。そして握り返すと、涼鹿がチラリと俺を見て、驚いた顔をした。俺は笑顔を浮かべる。
「実は本物の打ち上げ花火を見た事が無いんだ」
「!」
「楽しみだ」
「そ、そうか。じゃあこれからは、毎年俺様が連れてきてやる」
「忘れるなよ? その約束」
「おう。俺は梓との約束は必ず守る。一生な」
そう言った涼鹿の後頭部では、先ほど購入した狐のお面が揺れていた。
約束が増えていくのがどうしようもなく嬉しい。
俺達はその後、出店で夕食用にお好み焼きとラムネの瓶を買ってから、花火がよくみえるという場所に向かった。涼鹿の別荘の人々が、場所取りをしてくれていたので、お礼を言って座る。俺達が行くと、二人きりにしてくれた。
その後、午後八時頃になって、花火が始まった。
大輪の花が、夜空に咲き誇る。時には曲に合わせ、あるいはナレーションに合わせ、連続であったり単体であったり、綺麗な花火が夜空を彩っている。川の水面にも、花火が映り込んでいるように見えた。
「綺麗だな」
「おう、だろ?」
「ああ。俺はずっと忘れない、連れてきてくれてありがとう」
「――俺様も忘れねぇよ」
涼鹿が優しい声で言った。それから、不意に俺の肩を抱き寄せた。
そちらを見ると、じっと見つめられる。
「アズ」
「なんだ?」
「――好きだ」
「俺もスズカが好きだし、こうして現実いるお前のことも好きだ」
「その好きの意味が、俺様とお前が同じである自信がまだ無い」
「颯の好きは、どんな好きなんだ?」
「世界中で一番、愛している」
「なるほど」
ドクンと俺の胸が啼いた。どうやら、俺は涼鹿の片想い相手には、やはりいつの間にか勝利していたか、あるいは、俺が思われていたのだろうと、本格的に確信した。
「俺とはやはり、種類が違うな」
「……梓の好きは、どんな好きなんだ? ゲームのフレとしてということか?」
「いいや。俺は世界なんて限定的な中で、勝つ順番があるレベルを超えてる」
「ん?」
「俺には二番はない。それに、この世界というのは、要するに地球上だろ。しいていえば宇宙規模で、俺の方が愛が深い」
「んん?」
「俺の方が、お前を愛してると言ってる。颯の愛はまだまだ薄い」
「んんん? なんだと? 愛情量で負ける自信は、俺様はゼロだ。何年片想いをしてきたと思ってんだよ!」
「恋に期間は関係ない。俺の方が、愛してる」
「絶対に負けてやらん!」
その時、また花火が上がった。
その音で、俺達の会話は途切れる、見つめ合った俺達は、それからどちらともなく吸い寄せられるようにして、唇を重ねた。