【三十】味噌汁
――夏休みも、終わりを告げた。
久しぶりに歩く校舎は、どこか新鮮に思える。浮かれた気分で廊下を歩き、俺は報道部の部室の前に立った。扉を開けると、中には忙しない様子の部員が見える。こちらに気づいた八柳先輩が、顔を上げた。
「おやおや、風紀委員長。なにか?」
「ああ。ここで会長と待ち合わせをしていてな」
「へ? 一体どういうことですか?」
ぎょっとした顔をした八柳先輩に対して、俺は笑った。すると後ろから肩を叩かれる。首だけで振り返れば、そこには涼鹿が立っていた。
「よぉ、八柳先輩」
「これはこれは会長……え? お二人とも、何か報道部に……? 潰されるようなことは最近してないんですがね?」
怪訝そうな先輩の前で、涼鹿が俺の手を握り持ち上げた。
瞬間、部室の視線が俺達に集中した。俺はより大きく笑ってみせる。
「撮ってくれ」
「えっ!?」
「早く撮れ。そして真実を広めてくれ。学園新聞の信憑性を挙げるチャンスを、こちらから提供しに来てやったんだ。俺達は」
俺が述べると、涼鹿もニヤリと笑って頷く。
呆気にとられた顔をした後、八柳先輩がデジカメを構えた。
「う、うん。報道部の特ダネの予感は的中したけどそうきたか!」
まさか予想されていたとは思ってもいなかったが、これで学園中に俺と涼鹿の関係性が周知されるのはもう間近だというのは分かる。室内にはその後、祝福ムードが流れた。続いて俺は生徒会室に戻る涼鹿についていった。
「おめでとぉ、委員長」
「やっとくっつきましたか」
青波と遠賀に、そのように声をかけられた。書記と補佐達は、驚いたように俺達を見ていた。そこで別れて、俺は風紀委員会室へと戻る。そして舞戸に、事の顛末を伝えた。
「――と、まぁほとんどアプリで伝えた通りだ。口頭での最後をお前にしたのは、お前なら右腕だから待っていてくれると思ったからだ」
「なるほどねぇ。ある意味一番かな、それはそれで。僕からも祝福するよ、おめでとう、委員長」
穏やかに笑って舞戸も祝福してくれた。
このようにして、俺と涼鹿は結ばれ、人目があろうがなかろうが、俺も颯と呼ぶように変わった。そう呼ばないのは、逆にゲームの中に置いてのみとなった。
本日も見回りを終えた放課後、俺は【タイムクロスクロノス】にログインした。
グレイと三雲には、ゲームのチャットで報告済みだ。
「よぉ」
先にインしていたスズカが、ベンチに座り、手を振るモーションをした。
隣に並び、長閑なシルフィ村のBGMを耳にしつつ、俺もチャットを打ち返す。
「こんこん。今日も可愛いな」
「否定はしない。俺様の渾身のアバター造形は、いくら褒めてくれてもいいからな」
そんなやりとりをし、俺は時計を見る。
明日からはまた週末なので、土日は一緒に俺の部屋でログイン……及び、寮の自室の中の行いは風紀委員会でも取り締まらなくてよい規則なので、多分抱き合ってすごすのだろうなぁと考える。
「さて、今日もボスを回すか」
「おう。俺様の新装備を披露してやる」
「任せたぞ」
俺達は付き合っても、ゲームをするのは変わらない。
何せ決意として、俺達は【タイムクロスクロノス】を、サ終まで続ける所存だからである。ゲームが続く限り、俺達のログインは止まらないだろう。寧ろ俺達の戦いはこれからである。秋にも大型アップデートが控えているのだからな。
他にも、来年の修学旅行の班編制などがあるので、俺達は同じ班になろうと約束していたりする。リアルでも、ゲームでも、俺達はこれからも楽しみがいっぱいだ。
「なぁ、スズカ」
「ん?」
「明日は何時に俺の部屋に来る?」
「起き次第行く」
「待ってる。朝ご飯は俺の部屋で食べてくれ」
「おう」
そんなやりとりをしてから、この日もゲームに没頭した。
そして翌朝は稽古をし、俺は朝食を作ってから、涼鹿を待つ。
インターフォンがなるまでもう少し。
俺は漂ってくる味噌汁の匂いを確認しつつ、毎朝いくらでも味噌汁を作ってやろうと考える。今では俺は、これがプロポーズの言葉だったと教わっているため、本当にずっと涼鹿は俺を好きだったらしいと判断している。まったく、愛されすぎて嬉しいではないか。
俺の思い出が涼鹿で埋め尽くされる未来は、そう遠くないようだった。
―― 完 ――