甘いもの




 今日はバレンタインだ。

 俺の通う茜澤学園では、校則で、チョコは専門の箱に入れるか、規定の場所で既定の時間渡すようにと決まっている。しかし守らない者が多いので、その摘発をしたり、箱の前にできた長蛇の列の誘導をしたりと、とにかく風紀委員会は多忙を極める。

 目の敵にされがちな日でもある。

 そんな一日を終え、俺が寮へと戻ったのは、21時過ぎの事だった。

 疲れたなと思いながら中へと入ると、勝手に人の部屋に入って座っている、俺様何様バ会長様こと……俺の恋人の篠音斗真が視界に入った。

「遅かったなァ」
「ああ」

 まぁ合鍵を渡したのは俺自身なので、不満を言っても仕方がない。

 俺は相応に篠音を愛していると思う。程度で言えば、今日は多忙だとわかっていたので、昨夜の内に手作りのガトーショコラを作って、冷蔵庫に冷やしておいた程度には。

「バレンタインだからな、貰いに来てやったぞ」
「冷蔵庫を開けたのか?」
「ん? いいや」
「――ガトーショコラが入っている。今、皿に取り分ける」

 俺はネクタイを緩めてから、カバンをソファにおいて、そのままキッチンへと向かった。そしてガトーショコラを切り分けてから、コーヒーも用意して、リビングへと戻った。

「本当に用意してたのか」
「ああ」
「ふぅん。その姿勢は褒めてやる」
「さっさと食べろ」
「おう。いただきます」

 フォークを手にした篠音を眺めてから、俺も自分のケーキを食べる。我ながら上出来で、中々おいしい。それはそうだ、先週一週間かけて練習したのだから。その程度には、やはり好きなのだ。俺は基本的にお菓子など作らないというのに。

「だがな、俺が貰いに来たのは別のもんだ」
「なんだそれは? 他には何も用意していないが? 希望があったのなら、先に言っておいてくれ」
「お前が欲しいんだよ。もう二週間も寝てないだろうが」
「っ……仕方がないだろう。バレンタイン当日、つまり今日の見回り案の作成と下見で忙しかったんだ」
「それも終わっただろ? 俺に抱かれろ」

 直接的な言葉に照れそうになり、俺は顔を背けた。

「なぁ弓狩」
「なんだ?」
「美味い」
「っ、そ、そうか」

 率直な誉め言葉に、嬉しくなって、俺はさらに照れてしまいそうになった。


 その後シャワーを浴びてから、俺は寝室へと向かった。すると先にシャワーを浴びた篠音が、まじまじと俺を見た。そしてポンポンとベッドを叩く。

「来いよ」
「ああ」

 素直にその上にあがりながら、服を脱ぐタイミングを考えていると、篠音が俺を抱きすくめて、そのまま横になった。

「寝ろ」
「ん?」
「疲れてんだろ?」
「あ、ああ。でも――」
「起きたら嫌というほど抱いてやる。覚悟しておけ」

 そのまま篠音は、後ろから俺を抱きしめるようにして、目を閉じたようだった。腕の中で赤面しながら、俺は微苦笑する。篠音のこの気遣いが、好きでたまらない。だから素直に目を閉じれば、すぐに睡魔がやってきた。

 俺にとっては篠音の温もりが、なによりも甘かった。

 それは、チョコレートよりも。