【R18】自分がされて辛いことは、人にはしてはダメだとお前に誰か、教える人間はいなかったのか。




 本日は祝日。
 学園もお休みだ。
 ……ヴァレンタイン前最後の休みでもある。

 俺は、風紀委員長特権で獲得した一人部屋のキッチンで、現在チョコレートと向き合っている。人生で、過去にお菓子など作った経験は、一度も無い。

 だが今年、俺はチョコレートを渡したいと考えている相手(♂)がいる。
 それは、我が尚美学園の生徒会の会計をしているチャラ男――、 御堂啓 みどうひろむ だ。

 別に御堂と俺は付き合っていたりしない。付き合えたら良いのにと俺は思うが、残念ながら、俺と御堂の関係は、校内で不純同性交友(エロ行為)を繰り返す御堂を、俺が摘発して取り締まり、始末書を提出させるという間柄だ。

 御堂はモテる。とにかくモテる。
 親衛隊の規模こそ、生徒会長には劣るが、次いで第二の規模の親衛隊を持ち……その隊員のほぼ全てと関係を持っている(俺が現場を抑えたので確実だ)。なんでそんな、下半身ユッルユルのチャラ男に俺が惚れてしまったのかといえば、ごくごく簡単な理由からである。

 俺は今でこそ風紀委員長をしていて、高等部も二年生となった今年は、余裕が有る。しかし元々外部入学生だった俺は、高等部一年時の入学式で、道に迷った。その結果――御堂にナンパされたのである。だが御堂は、その時、俺に手を出さなかった。実に優しく入学式の会場まで案内してくれて、席順は自由だったのだが、俺の隣に腰を下ろした。

 その後、入学式が終わってから、連絡先を聞かれた。その頃は、俺は男同士の恋愛が、この学園では普通だなんて知らなかったから、なんて良い奴なんだと考えて、トークアプリの連絡先を交換した。

 ……その後、俺はこの学園の価値観に染まった。男が男に恋をするのは、閉鎖的な空間だとありえるのだなと、例えば学園に生息するチワワと呼ばれる生徒を見る度に感じるようになった。そんな中で、やはり第一印象が優しかった御堂の事が、気が付いたら忘れられない存在になっていたのだ。奴は、顔も良い。そして授業はサボっていたのだが、頭も良かった(一学年時から現在の二年生まで同じSクラスだから分かる)。大体の場合、一位は生徒会長か俺だが、三位は御堂だ。下半身の緩ささえ知らなければ、御堂は完璧と言える。

 ただの憧れで、ただの幻想で、奴の優しさには基本的に下心が含まれているというのは、俺にも分かる。俺が風紀委員会に所属する前、連絡先を交換したばかりの頃は、率直に言って、俺は御堂に口説かれた事がある。はっきり言って、現在は、誰にでも同じ事を言っているのだろうと理解してはいるが……俺にはあの頃のやりとりが特別だったのだ。

 こうして俺は御堂が好きになった後、風紀委員会に勧誘されて入ったのだが……初摘発したのが、御堂の不純同性交友の現場という、即失恋という結果を味わった。あの時、御堂は言った。

「いや違うから。ただの遊びだから。俺、その、下半身緩いっていうか……」

 あの時の、奴の引きつった笑顔を、俺はきっと一生忘れないだろう。
 その後、俺と御堂との間では、連絡は途絶えた。
 俺はそれが寂しかったが、実際に遊びだったのだと、すぐに思い知った。何故ならば、それ以後、俺はほぼ毎日、御堂を摘発する事になったからである。

 御堂はよりにもよって、酷い偶然なのだろうが、俺の見回りコースに限って、不純同性交友を繰り返している。大体突っ込む手前か事後風の所に、俺は遭遇する結果となっている。

 奴が手を出す相手は、親衛隊のメンバーと、その他は、何故なのか、黒髪できちっと制服を着ている地味な生徒と決まっている。条件だけで言うならば、俺だって黒髪で地味できちっと制服を着ているのだから、一回くらい手を出されても良いはずだ。入学式直後は口説かれていたほどなのだから――と、僅かに思うが、それは単純に俺のような、そして不純同性交友をしているような地味な生徒が奴の好みに合致しているだけなのだろう。

 御堂は、要するに、俺を見ていないのだ。見た事は無いのだ。
 ヤれるか否かで、ナンパした、その程度の相手だったのだろうし、現在では犬猿の仲である。俺はどちらかといえば生徒会長との方が仲は悪いが、御堂を摘発する数の方が圧倒的に多い。まるで俺の巡回コースを知っているかのごとく、必ずほぼ毎日、俺は奴の現場に遭遇するのだ。

 ……それでも。
 気になるのだ。好きなのだ。初日の事が忘れられないのだ。
 俺は、御堂が好きだ。

 そんな俺達も、もう二年生――それも終わる冬だ。あと一年したら、卒業して離れ離れだ。奴を摘発する事も無くなるのだ。そう考えた時……俺は寂しくなった。だから、一度くらい、自分の想いを伝えられないまでも、何か形にしたいと考えた。なので、チョコレートを作ってみる事にしたのである。

「初めて作ったにしては、まぁまぁだな」

 俺は二つ作ったチョコレートの内、出来の悪い方を試食しながら呟いた。ごくごく単純で簡単なトリュフを作った次第である。その後俺は、しっかりと箱に入れて包装した。

 問題は、渡し方だ。
 毎年ヴァレンタインは騒ぎになるから、生徒玄関には、親衛隊持ち専用のチョコレートを入れる箱が設置される。しかし今年は、王道転入生と呼ばれている生徒が転入してきて、生徒会長が「俺は一つしかチョコレートは貰わないから、箱は廃止だ!」という決定を勝手に下したので(惚れているらしい)――生徒会の決定かつ理事長も承認したので、箱は設置されない。つまり当日の風紀委員の業務は修羅場も予想される。

「やっぱり……間違って会計宛のチョコレートを没収してしまったから、代わりにと嘘をつくか……」

 それ以外、俺には上手い策は思いつかない。
 思いつかないのだから、それで行くしかないだろう。


 ――こうして、ヴァレンタイン・デー当日が訪れた。

 予想はしていたが、朝から、かなり真面目に仕事に忙殺されて、俺は泣きたくなった。生徒会のバ会長は、チョコレート不要を宣言したわけであるが、学園で一番人気のバ会長にどうしてもチョコを渡したいという人間が、玄関から生徒会室までの道を埋め尽くしたのだ。授業が始まっても、会長が生徒会室から出てくるのを待つ生徒達は、授業をサボっている。風紀委員会はその注意をしたり、階段部分では転倒事故が起きないように整理・誘導する羽目になったり、とにかく多忙だった。それ以外にも、浮気という意味での修羅場も各地で勃発したり、チョコを勝手に渡すなとして制裁行為をしている副会長親衛隊等の対処にも追われた。忙しくて、昼食も取る事は叶わず、昼は食堂にいたにも関わらず、食べるではなく兎に角対処をしていた。

 なお、この俺の激務の最中に、俺にチョコレートを渡してくる猛者もかなりの数がいた。俺は自分で言うのもなんだが、意外とモテる。風紀委員長だから頼りになる性格だと、多分勘違いされているのだろう。格好良く取り締まるように、それこそ正義の味方であるかのように誤解されているようで、風紀委員という存在は結構モテるのだ。別段俺は特別ではないだろう。俺の前の代の風紀委員長もモテていた。役職効果か何かが存在するのだと、俺は考えている。

「風紀委員長! ご多忙なのは承知の上です。どうぞこれを貰って下さい! お願いします。美人すぎて、俺、俺、風紀委員長の事を、その、愛しています!」

 本日五十回目となるチョコが、俺に差し出された。

「悪いが、風紀委員はチョコレートを受け取らないと決まっているんだ。告白にも答えられない」

 俺は定型文を返して、次の見回りに向かった。本当に、何というか気持ちは嬉しいといえば嬉しいが、同じような事――特に「美人」「美人」「美人」と言われすぎて、俺も美人という言葉がゲシュタルト崩壊しかかっている。俺は過去にも美人と、この学園に入学後は言われてきたが、意味が分からない。大体俺に対して美人というのは、タチの生徒だ。そしてネコが多いチワワ(猫なのに犬か……)達は、俺に対して「きゃー! 格好良い」という。こちらは完全に風紀委員会という属性効果だろうと俺は判断している。俺は、どちらの生徒にもモテる事が多い方だろう。なお身長は172cmで高くもなく低くもない。筋肉もそこそこあると思っているが、若干細いとは自分でも思う。

 その後、放課後まで俺は忙しなく働いた。
 すると――最後の見回りのルートの所に、御堂がいた。御堂は、丁度、告白を受けていた。

「会計様! 好きなんです……もう気持ちが抑えきれません! 僕と付き合って下さい! これ、頑張って手作りしたんです!」

 一人の生徒が、手作りらしきチョコの箱を御堂に差し出した。
 ……俺から見れば、その生徒はすごい。何せ、きちんと告白する勇気があって、自分の手作りだと伝えているのだから。俺にはそんな勇気は無い。

「ごめん、俺、実は潔癖症気味だから、手作り無理なんだよね。寿司とかもさ、人が握ってると思うと食べる気しなくて。だから貰えない。ごめんね」

 ヘラリと笑って御堂が言った。俺は目を見開いた。
 ……終わった。俺の手作りは、渡しても食べられる事は無い。そう確信しながら、俯いた。それから気を取り直して顔を上げる。

「ここは廊下だ。二年S組の教室の扉の前だ。告白は、規定の場所で休息時間に行うように。現在は授業時間だ」

 俺の言葉に、漸く二人は、俺の存在に気づいたようだった。その時、丁度チャイムの音が鳴り響いた。

「よし、時間が来た。場所をもう少し扉から離れた位置とするように」

 俺は御堂への告白場面なんて見たくはなかったし、とりあえずこれで見回りは終了なので、一度教室に戻る事にした。S組の教室の中に入ると、俺とは入れ違いにほとんどの生徒が出て行く。S組の生徒は、恋人がいたり、親衛隊がいたりする者が多いため、チョコレートを渡し・渡されて良い時間である放課後は、皆忙しいのだろう。俺はこの後は、別の意味で忙しくなる。本日の報告書や始末書について、色々と片付けたり、事情聴取を行ったりしなければならないから、遅くまで帰る事は出来無いはずだ。溜息しか出てこない。それにチョコレートも渡せないのだし。

 一人、自分の机に向かい、俺は鞄の中から、御堂のために作ったチョコレートを取り出した。もう不要になってしまった品だ。

「あ」

 すると声がした。視線を向けると、御堂が入ってきた所だった。先程の告白が終了したのだろう。相手の生徒が若干哀れでもあるが、彼は告白したのだから、後日一発くらい御堂ならお相手する可能性がある。羨ましい事だ。俺は御堂とどうなりたいだとか、具体的な事は考えた事は無いが、御堂がタチであるのは知っている。だからもし万が一にでも付き合えたら、自分はネコ役なのだろうかと、漠然とは考えた事もある。

「何それ、委員長」
「何がだ?」

 歩み寄ってきたチャラ男会計を俺は半眼で見た。こんな時であるのに、会話出来る事自体は若干嬉しい。

「チョコレート。風紀委員は、チョコ、貰わないのが原則じゃないっけ?」
「ああ」

 俺が頷くと、何故か御堂が沈黙した。そして――目を据わらせた。

「もしかして……本命に貰った特別なチョコだとか?」
「は?」
「だから委員長……何それ本命?」
「いいや、俺の手作りだ。俺が俺のために作った代物だ。俺は甘党でな。自分で自分のために作る分にはお咎めなど無い」

 俺はやけになってそう断言した。どうせ無駄になるのだから、俺が食べる。味は中々良いのだから。試食したから間違いない。俺はその場でリボンを解いた。実際、昼食もとっていないから、空腹だ。箱に並ぶトリュフを見る。哀れだ。本当。先程の生徒を哀れだと俺は感じたが、俺の方が更に哀れだ。気持ちを伝える事すら出来無いのだから。

「委員長の手作り?」
「そうだ」

 一つ手に取り、俺は口に放り込んだ。我ながら美味しい。すると――その時、御堂もチョコを手に取った。

 ――?
 首を傾げた俺の前で、奴は一つ、チョコを口に入れた。え。食べた……。

「美味しい。委員長、才能あるね。俺にも作ってよ」
「お、お前……手作りは食べないってさっき……」
「――聞いてたんだ?」
「聞こえたんだ」
「好きな人は特別なんだよ。例えば、おにぎりとかも、慣れ親しんだ実家のシェフ特製なら食べられるし」
「俺はシェフではないし、慣れ親しんでいるとは言えないと思うが?」
「……好きな人、は、特別!」
「本当にチャラいな。なんだ、断り文句で、実際は食べられるんじゃないか」
「ううん。本当、好きな人のじゃなきゃ無理――ただ、逆に言うと、好きな人の手作りは誰にも食べさせたくない。俺だけが独占したい」

 どこか真剣な顔で、御堂が言った。俺は呆れた。きっと、受け取る場合はみんなにこういう事を言うのだろう。そして受け取らない場合は、手作りは食べられないと言うに違いない。

「だから委員長は、他の誰にも、手作りのチョコ食べさせないでね」

 御堂はパクパクと俺のトリュフを食べ始めた。
 ……それが、はっきり言って、嬉しい。そんな俺は末期的だろう……。俺は自分で食べるのは忘れて、御堂を眺めていた。摘発現場以外で御堂と長く一緒にいるのは、久しぶりの事だ。事情聴取以外で二人きりになるのは、それこそ入学式付近以来である。

「うん。美味しかった。来年のヴァレンタインも俺にチョコ、頂戴ね」
「……」
「返事は?」
「……どうせ、沢山チョコは貰っているだろう? 何故、俺が御堂にチョコを渡さないとならないんだ?」
「だから、俺は好きな人の手作りじゃないと食べられないから」
「既製品の差し入れも多いんじゃないのか?」
「手作りじゃなくとも、好きな人から以外はいらないかなぁ」
「お前、本命がいるのか?」
「え、委員長、いい加減、鈍くない?」
「?」

 俺は、御堂が何を言いたいのか、よく分からなかった。すると御堂が自分の席へと向かい、チョコレートの箱を一つ持ってきた。

「やっぱり貰っていたんじゃないか」
「違うよ。これは、俺が用意したの。本命にあげたくて。去年もあげようとしたけど、風紀委員は貰わないと言われて、受け取ってもらえなかったよねぇ」
「風紀委員に本命がいるのか?」
「だから、委員長だってば」
「は?」

 そういえば確かに去年、御堂は俺にチョコレートを渡してきた。当然俺は揶揄されていると思ったし、みんなに渡しているのだろうと思ったし、風紀委員の規定もあるから貰わなかった。本当はあの時だってちょっと嬉しかったのだが。しかし、どういう事だ?

「学園中でさ、気づいてないのは委員長だけだよ」
「何に?」
「俺の気持ちに」
「どういう事だ?」
「どうして俺が、いつも委員長の巡回ルートにいると思うの?」
「運が悪いからだろう? お互いに」
「あのね、違うから。俺はコースやルートを調べて、風紀委員長とお話がしたくて、摘発されてるんです。なお言うと、摘発されるためだけに――会いたいがためだけに不純行為をしている風にしているだけです」
「何を言っているんだ?」
「本当はヤって無いし」
「え?」
「親衛隊のみんなは俺に協力してくれてるんだよ」
「黒髪で制服をきっちりときた地味な生徒にも手を出しているだろうが」

 俺が首を捻ると、御堂が吹き出した。

「委員長に見た目が似てる子とは仲良くなって、恋愛相談してて、協力してもらってたんだ。地味といえば、ま、まぁ地味か。委員長は美人だからね。委員長から見れば、そうなるかもね」
「?」
「俺はずっと、委員長一筋です。俺と付き合って下さい」
「変化球的なナンパか? 俺を? 何を考えているんだ?」
「違う。本気だから。今年こそ言おうと思ってたんだ。好きなんだよ、俺」
「何が?」
「委員長が」

 その言葉を、俺は最初上手く理解出来なかった。
 が、理解した瞬間、一気に顔面から火が出そうになった。

「ば、馬鹿! からかうな!」
「からかってなんかいないんだけど」
「ふざけるな!」
「ふざけてもいないよぉ?」
「な、何を言って……」
「だから委員長が好きなんです」

 御堂に好きだと言われた。俺は真っ赤のままで俯いた。赤い顔を見られたくなかった。好きな相手に好きだと言われたら、例えそれが冗談であっても嬉しい。

「――え?」
「……」
「委員長、その顔……もしかして、まさかの脈アリ?」
「……ち、違……」

 俺は必死で否定しようとした。しかし上手く言葉が出てこない。
 すると御堂が俺の顎の下に手をそえ、グイと持ち上げてきた。そして正面から俺の顔を覗き込んだ。俺はますます真っ赤になった自信がある。泣きそうだ。目まで潤んできた。どうしよう。嬉しい。冗談であっても嬉しすぎる。

「!!」

 その時――不意に御堂が俺にキスをした。目を見開いた俺は、唇に柔らかな感触を感じた瞬間、硬直した。

「俺、潔癖症気味なの、本当だから――本気で好きじゃなきゃキスなんて絶対無理。SEXは出来るんだけど」
「……な……御堂……お前、まさか……その……本気で?」
「本気だよ。答え、聞かせて」
「……」
「はっきり言って、即断られるとしか思ってなかったから、委員長の反応にすら、今の俺は舞い上がってるんですけど。なんでそんなに真っ赤なの? 俺、自惚れて良い?」
「……」
「委員長も俺の事好きだと思って良い?」
「……本気なら、いつからだ?」
「入学式の日に一目惚れだよ」
「だけどお前その後、俺に摘発されただろうが……」
「あの時は、中学時代の緩さを引きずってたから、委員長似の子を見て、委員長を重ねちゃって、我慢できなくてさ。だけど、最初の一回目の未遂の後からは、本気で一回も無い。全部振りだよ。俺は、委員長のために真面目になろうと決意したんだ」
「……」

 俺は事態の理解が上手く出来なくなった。

「委員長。俺と付き合って下さい」
「……信じられない。それが本当なら、二度と俺に摘発されるな」
「だって摘発されないと、委員長と話す機会ゼロになるんですけど」
「そ、その……別に、ふ、普通に前みたいに連絡をくれたら良いだろう?」
「良いの? じゃあ連絡する。だけど顔も見たいし直接話したい」
「……み、見回りの邪魔にならなければ、今の話が事実ならば、そ、その……普通に話しかけてくれたら良いだろうが」

 俺は我ながらしどろもどろに答えてしまった。すると御堂が微笑した。

「分かった。そうする。ね、もう一回キスしても良い?」
「……ダ」

 メ、だと。言おうとした。しかし俺が一瞬だけ考えてしまったその間を見計らうようにして、御堂が俺に唇を重ねてきた。そして俺が言いかけていたために開いていた唇から、舌を差し込んできた。口腔を貪られて、俺は思わず目をギュッと閉じる。歯列をなぞられ、舌を追い詰められ、絡め取られ、最終的には引きずり出されて甘く噛まれた。すると俺の体がツキンと疼いた。

「っ、ハ」

 濃厚な口づけが終わり、俺は泣きそうになってしまった。息が苦しい。俺はこれまでに、誰かとキスをした事など無かったから、息継ぎの仕方が分からなかったのだ。

「委員長が好きだよ」
「……」
「委員長は? 委員長も、俺の事、好き?」
「……」
「否定しないって事は、ちょっとは好き?」
「……御堂、本当に、からかうのは……」
「これだけして、俺が本気だって伝わらないの?」

 その時、御堂が冷たい顔をした。思わずゾクリとして、俺は息を呑む。普段、へらりと笑っている分、御堂の真顔はとても怖く思えた。

「委員長、俺、本気だから。次の週末、委員長の部屋に行くから、そこで答えを聞かせて」

 御堂はそう言うと、再び笑顔になった。しかしどこか冷たい顔をしていた。俺は何も言えないままで、出て行く御堂を見送った。

 ――次の週末?
 それは、金曜日か土曜日か日曜日か?
 俺は大混乱しつつも、風紀委員会室へと向かった。そして心ここにあらず状態だったが、体が仕事を覚えているので、必死に書類を処理した。しかしずっと御堂の事を考えていた。俺の返事? なんだそれは? 御堂は本気なのか? 俺の答えなんて決まっているだろうが。え、嘘。両想い? 本当に? 真面目に? 大真面目に?

 ――やったー!

 帰寮する頃になって、俺は大歓喜していた。浮かれながら、部屋の扉の前に立つ。顔がにやけるのが止まらない。

「柏木」

 声をかけられたのは、その時の事だった。柏木昴が俺の名前だ。振り返ると、そこにはバ会長が立っていた。

「なんだ?」
「今日は迷惑をかけたな」
「理解しているのならば、来年からはチョコレートボックスを戻してくれ」
「それは無理だ。俺は南を愛しているからな」

 愛沢南は、王道転入生の名前だ。幸せそうでなによりである。この二人と副会長の三角関係のせいで、今年の前期は多忙だったが、今は落ち着いてきたので許そう。

「それより、お前はどうだったんだ?」
「何が?」
「――うちの会計が、赤くなったり青くなったり忙しいから、何かあったのかと思ってな」
「な……な、なんで御堂の顔色が変わると、俺と何かあったという結論に達するんだ?」
「? お前、まさかとは思うが、交わしているんじゃなく、本気で啓の好意に気づいていなかったのか? そろそろお前達の両片想いを見ているこちらも鬱陶しいぞ」
「りょ、両片想い? な、な、なんで、そ、そんな、まるで俺が、み、御堂を好きみたいな――」
「違うのか?」
「え」
「だって、お前いっつも目で、啓の事、追いかけてるだろうが。俺様の目は節穴じゃないんだが?」
「……俺が? え? え!? 御堂もそれを……」
「いや、あいつは気づいてないんじゃないか? お前の視界に入るのに必死になってる所を見る限り。だから両片想いって言ってるんだ。そろそろ素直になれよ」
「……」
「じゃあな」

 バ会長は、そう言うと帰っていった。俺は暫しの間、扉の前に立ち尽くしていた。
 ドクンドクンと心臓が煩い。再び頬が熱くなってきた。


 その後俺は、眠れぬ夜を過ごし、すぐに週末がやってきた。金曜日の夕方、俺が寮に戻ると、扉の前に御堂が立っていた。

「待ってた」
「あ、ああ……」
「返事は? あ、とりあえず、部屋の中に入れてよ」
「わ、分かった……」

 俺が部屋の扉を開けると、御堂が入ってきた。そして鍵を見ると、溜息をついた。

「誰でも簡単に部屋に入れるの?」
「へ? い、いや――その……」
「俺以外を入れたら怒るからね」

 御堂はそう言うと、俺の部屋の鍵を勝手に閉めた。俺は靴を脱いで中には入り、とりあえずキッチンへと向かってコーヒーを用意した。御堂は勝手にリビングのソファに陣取った。そこへコーヒーを持っていく。そして対面する席に俺も座した。

「委員長、それで?」
「……っ」
「返事は?」
「……本当に、御堂が本気なら……嬉しい」

 俺は勇気を振り絞った。だが、非常に小さな声になってしまった。俺の言葉を聞くと、御堂は天井を見上げて、それから柔和な笑顔を浮かべた。

「良かった。じゃ、俺の恋人になってくれる?」
「あ、ああ……」

 必死で俺が頷くと、御堂が唇の端を持ち上げた。そして――せせら笑った。その冷たい目を見て、俺は硬直した。

「なんてね。全部、嘘だけど」
「!」

 最初、俺は何を言われたのか理解出来なかった。

「思ったより、委員長、チョロかったなぁ」
「……」
「俺の事、信じちゃったんだ? そうだよね。俺の事、大好きだもんね。あの激鈍の会長も気づくレベルで」
「っ……」
「抱いてあげるよ。本望だろ?」
「な」

 御堂が立ち上がった。そして――俺へと歩み寄ってきた。愕然としていた俺は動けない。そんな俺を、御堂がそのままソファの上に縫い付けた。そして首元のネクタイを引き抜くと、俺の手首を拘束した。

「やめろ、離せ、離……ッ!」

 俺のベルトを外し、ボトムスを下着ごと御堂が下ろした。俺は目を見開き、体を震わせる。下半身が空気に触れた直後、俺の陰茎を御堂が緩く握った。そして俺の首元からネクタイを引き抜くと、俺の陰茎の根元に巻きつけた。

 御堂はポケットからローションのボトルを取り出すと、中の液体を指にまぶし、俺の菊門に迷わず突き立てた。冷たい感触に、俺は恐怖して涙ぐむ。

「怯えてる。可愛い」
「……やめてくれ……ッ、っ」
「すぐに好くしてあげるから」
「やだ、嫌だ……御堂……嫌だ、頼むから……あああ!」

 御堂は俺の懇願など無視し、容赦なく二本の指を動かす。かき混ぜるように動かされて、俺は恐怖から涙を零した。いいや、恐怖からだけじゃない。心が痛かった。

 俺は本当に、優しい御堂が好きだったのだ。

 だからここ数日は、舞い上がっていたのだ。だが、全部幻想だったのだ。嘘だったのだ。御堂にからかわれていただけだったのだ。バ会長の言葉も、信用なんかするべきではなかったのだ。

 それもそうか。御堂が本当はチャラくないわけもない。全部、嘘か。少しでも信じた俺が愚かだったのだ。胸が痛い。

「……っ、ぁ……う……う、あ」

 その時、御堂が指先を折り曲げた。すると俺の頭が真っ白になった。その箇所を刺激されると、バチバチと全身に電流が走ったようになる。

「ああ、ここが好いんだ?」
「や、やだ、やめろ……やめてくれ……うあああ……あ、あ」

 声なんか出したくはないのだが、そこを刺激されると、勝手に嬌声が漏れてしまう。気づけば俺の陰茎は勃ち上がっていた。根元を拘束しているネクタイがきつく感じる。そこで俺は気づいた。出してしまいそうだと思ったが、これでは出せない。

「御堂……も、もう良いだろう? 俺の事を、俺の気持ちを、弄んで、それで、そんな、もう十分だろう!? 離してくれ。もう嫌だ」
「やだね。怯えてる委員長なんて貴重なもの、もう二度と見られないかもしれないし」
「ああああ!」

 御堂は俺の感じる場所ばかりを指で嬲る。

「ちょっとキツいけど、ま、良いか。痛いかもしれないけど、我慢してね」
「!! うああああ!」

 御堂が俺の中へと陰茎を強引に進めてきた。ローションのぬめりはあったが、押し広げられる感覚と同時に、切ない痛みが広がっていく。しかし圧倒的な熱が、痛みよりも俺に快楽をもたらした。御堂が手馴れているのは明らかだった。俺はボロボロと泣いた。

「や、やだ、あ、あああ! あ、ン――っ、ひ!」
「委員長の中、気持ち良いなぁ」
「あ、あ……ああ、待っ、動かないでくれ、あ、あ……ああああ!」

 交わっている部分が熱い。少し動かれるだけでもギチギチの中では、感じる場所が刺激される形になり、何も考えられなくなっていく。

「うあ、あ、怖い、や、あ……ぁ……もう嫌だ、あ、あ」

 その時、巨大な先端で、御堂が俺の最奥を貫いた。瞬間、俺の理性が完全に飛んだ。バチバチと眼窩が白く染まった気がした。出た、と、そう思った。しかし俺の前からは何も出ていない。なのに絶頂感に襲われ、しかもその射精感に似た漣は酷く長い。

「いやあああああ! うあああああ!」

 俺は叫んだ。号泣しながら、強すぎる快楽に怯えた。全身が震える。すると、馬鹿にするように御堂が笑ったのが分かった。

「委員長の雌イキ、頂きまーした。初ドライ」
「……っ、……」

 声が何も出てこない。全身はまだ強い快楽に襲われている。

「う、うあ、あ、あ、ああああああ!」

 だというのに、御堂が激しく打ち付け始めた。ギュッと目を閉じた俺の目尻からは、ボロボロと涙が溢れていく。

「あ、あ、おかしくなる、やだ、やめ、だめだ、あ、うああああ!」

 そのまま結腸を責められて、俺は連続で絶頂に導かれた。

「出すよ」

 御堂が、そう宣言して、俺の中に白液を放った。俺はその感触を覚えたのとほぼ同時に気絶した。


 ――目が覚めると、俺は服を完全に脱がされていた。その状態で、ニヤニヤと笑いながら俺を見下ろしている御堂と目が合った。手首はまだ拘束されたままだ。タラタラと俺の中から白液が垂れているのが分かる。しかし俺は果てさせてもらえないままで、根元も拘束されたままだ。そんな俺に対して、御堂はスマホを構えていた。

「委員長、どっろどろ」
「……」
「処女喪失した気分はどうですかー?」
「……」

 胸が苦しい。体も鉛のように重いし、出したいという気持ちもあったが、そんな事よりも、何よりも、心が辛い。だから俺は泣いた。すると御堂が無表情に代わり――俺へと歩み寄ってきて、俺の頬に触れた。

「――なんてね。このくらいすれば、俺の気持ち、分かってもらえた?」
「?」
「からかってるとか、本気じゃないとか言われ続けて、俺がどれだけ辛かったか」
「……?」
「委員長に信じてもらえなくて、俺、心がすごく痛かったんだよね。だから、復讐」
「何言って……」
「はっきり言って、俺も委員長に心を蹂躙された気分だったし、許せなかったんだよね、どうしても。だから、可愛さ余って憎さ百倍と言いますか」
「……」
「辛かった? 痛かった? 怖かった? 俺の心も、委員長にそういう状態にされたんですけど」

 それを聞いて、俺はぼんやりとする意識の中、ゆっくりと瞬きをした。

「もう、委員長の気持ちとか、どっちでもいいやってなっちゃった。この姿撮られたら、もう委員長、俺に逆らえないでしょ?」
「……御堂……」
「俺だって本当は、甘い甘い恋人同士になって、初めては優しくしたかったけどね、もういい。傷つきました」
「……まだ俺をからかってるのか?」
「ほら、またそれを言う。もういいよ。そういう事で。からかってますよー。どうせ俺の気持ちなんて伝わらないんだから、もういいや」
「……それでも、俺は御堂の事が好きだ」

 俺は投げやりな気持ちで呟いた。俺の方こそ、もうどうでもよくなってしまった。心が折れてしまった。涙が止まらない。どうして俺は、こんな奴の事が好きなんだろう。それでも好きなのだ。

「え?」

 すると御堂が目を見開いた。

「入学式で好きになったのは、俺の方だ」
「知ってるけど」
「そうだったな。ああ、そうだよ。馬鹿だな、俺は」
「委員長……え? こんなに酷い事した俺の事、まだ好きなの?」
「……惨めだよ。俺は、本当に馬鹿だな」

 俺は泣きながら笑った。すると御堂が慌てたような顔をして、俺を抱き起こした。そして手首と根元のネクタイを解いた。

「っ」

 その刺激で、俺は放った。御堂が俺の陰茎を同時に緩く撫で上げたのも理由だ。解放感に肩で息をする。

「……っ、本当、俺は馬鹿だな」
「え、待って待って待って、委員長」
「もう良い。動画なんか好きにしろ。もう良い」
「柏木」
「……」

 俺の両目からは涙がとめどなくこぼれ落ちていく。
 御堂は、俺の涙を指先で拭うと、どこか不安そうな顔をした。

「ごめん」
「……」
「やっぱりダメだわ。こんなに委員長が辛そうな顔をするとは思わなかった」
「……っ」

 嗚咽が止まらない。俺はボロボロと泣いた。そんな俺を、御堂が抱きしめた。

「嘘なのが嘘で、俺はきちんと委員長の事が好きです。復讐しすぎた。ちょっと闇落ちしかかってただけで――本当、本当に、好きだよ?」
「もう冗談はいい。俺に優しくしないでくれ。また信じそうになるだろ……ああ、もう。なんで俺は……お前なんかを……こんなに好きに……っ」
「信じてくれていいんだよ。というか、委員長が信じてくれなかったから、俺は闇落ちしかかったわけで……ね、ねぇ? やり直そ?」
「……もう二度と信じられるわけがないだろう……辛い……」
「だ、だから、俺も辛かったんだって……」
「自分がされて辛いことは、人にはしてはダメだとお前に誰か、教える人間はいなかったのか?」
「俺、やられたらやり返すタイプだからさ」
「でも俺は、御堂をレイプしたりしてない」
「それは……ご、ごめんね?」
「許さない」
「どうしたら許してくれる?」

 俺の耳元で、囁くように御堂が言った。俺はもう、やけになって言った。

「ずっとこれから俺に愛を囁き続けろ。毎日だ。一切ほかの誰とも浮気をせず、来年のヴァレンタインまで、俺に愛を囁き続けろ。一年間それが続いたら、信じてやる」
「――本当? それだけで良いの?」
「それだけ? どうせお前には無理だろう?」
「分かった。やるから。それ、やるから。だから、キスしても良い?」
「なにが、『だから』だ。ふざけるな! その一年間、俺にも手を出してはダメだ」
「そ、それはちょっと辛いかな。俺達両想いなんだよね?」
「俺の片想いの間違いだろうが!」

 自分で言っていて悲しくなってきたが、次第に怒りもわいてきて、俺は叫んだ。泣きながら俺は怒った。するとそんな俺を宥めるように、俺の背中をポンポンと御堂が抱きしめたままで叩く。

「……じゃあ、一年後。ううん、来年のヴァレンタイン、か。一年マイナス数日。約束を守って、その時俺がもう一度告白したら、絶対に信じてくれる? もう冗談だとかからかってるとか、そういう事を言わないで、俺の気持ちを受け入れて、俺にキスして、俺とやり直す形で、俺とSEXしてくれる?」
「本当にお前が俺に愛を一年間囁くんならな!」

 その後、俺が泣き止んでから、御堂は帰っていった。
 俺はこの日、失恋した――の、だと、思った。
 普通、そう思うだろう。弄ばれたと感じるだろう。当然だろう?

 が。

 以来、毎日、俺の見回りコースに放課後、御堂は単独で立ち、俺に「好きだ」「愛している」と繰り返すようになった。毎日、トークアプリでも連絡が来るようになった。最初は信じず適当に流していた俺だが、あの件以後、一度も御堂を摘発する事はなくなった。

 それどころか――会計親衛隊や、地味な生徒達に、「会計様のお気持ちに答えてあげて下さい!」「自分の気持ちに素直になって下さい!」「ずっとお二人を応援しております!」と、繰り返されるようになり、それはいつしか学園中の空気に変わっていった。

 何故か、俺の片想い(?)は、学園中に応援されるようになったのだ。俺はもう諦めようとしているというのに。だが――結局、俺は御堂が好きなままだ。その御堂が、毎日俺に愛の言葉を囁いてくる。

 次第に俺は、赤くなるようになってしまった。真に受けても良いのか考えるようになってしまった。そうして、また、騙されるのだろうか?

 悶々としていると、あっという間に一年は経ち――再びヴァレンタインの季節が訪れた。今年は、バ会長が『バ会計のやらかした事の詫びだ』と述べて、チョコレートボックスの設置を再開してくれたので、昨年よりは楽である。詫びって……バ会長は、俺と御堂の間に何があったかを知っているのだろうか? まぁ、もう、会長の言葉は、俺はどうでも良い。耳を貸すだけ無駄だろう。

 こうして――ヴァレンタイン当日。
 昨年よりは多忙では無かったが、制裁対策などで、そこそこ忙しい。俺は本日は、三年S組の教室までへのルートが最後の見回りだった。教室へと向かうと、丁度チャイムが鳴った。ぞくぞくと生徒達が出ていく中、去年同様、俺は逆に中に入った。そして、自分の鞄を見た。

 実は……俺は本当に惨めったらしいのかもしれないが、御堂に今年も、手作りチョコを用意してしまった。もし万が一、本当に御堂が、俺に告白をしてくれたら。もう今度こそ騙されても、もう失うものもないのだし、もう一回だけ真に受けようと考えて……その時は渡そうと思って作ってきたのだ。今年もトリュフだ。

「委員長」

 俺が一人で教室にいると、御堂が昨年同様入ってきた。生徒会の仕事で、授業は出席免除であるから、今までいなかったのだろう。鞄でも取りに来たのか、と、理性では考えつつ、俺は期待した。

「好きです。付き合って下さい。今日、ヴァレンタインだよ。一年前の約束、俺は守った」
「……信じる」

 鞄からチョコレートを取り出して、俺はまじまじと御堂を見た。すると御堂が破顔した。

「有難う。本当は、去年こうだったら良かったのにな。卒業まで、あと一ヶ月しかない」
「そうだな」
「そのチョコレート、俺宛で良いんだよね?」
「去年よこせと言ったのは御堂だろう?」
「うん。ねぇ。部屋、行って良い?」
「週末にしてくれ。今日は多忙だ」

 俺は少しだけ余裕を持って、そう述べる事が出来た。


 そうして、今年もヴァレンタイン後の金曜日が訪れた。夕方、俺が寮に戻ると、部屋の扉の前に、既に御堂が立っていた。

「俺以外、誰も入れなかった? この一年」
「ああ」
「そ。良かった。委員長、案外無防備だから」

 ……違う。別に俺は無防備ではないはずだ。
 仮に俺に隙が出来るとすれば、それは御堂の前でだけだ。
 俺が部屋の扉を開けると、今年も御堂が中へと入ってきた。そして、鍵を閉めた。今年も鍵をかけたのは御堂だった。俺が何気なくそれを見ていると、急に腰を抱き寄せられた。

「キスしてくれるんだよね?」
「……っ」
「キス、するね」

 御堂はそのままエントランスで俺の唇を奪った。ギュッと目を閉じて、俺はその感覚に浸る。御堂のキスは巧いと思う。他に比較対象はいないわけであるが、体がゾクゾクするからそう感じるのだ。

「SEXしよ」
「……今度は、優しくしてくれるのか?」
「うん」

 俺は、その言葉も信用する事にした。
 この一年間で、俺の方も、愛を囁かれる度に、気持ちが膨れ上がっていたというのもあって、もう、偽りでも良いと思っていた。兎に角、御堂が欲しい。やっぱり好きなのだ。それに――騙されているのだとしても、もうすぐ卒業式だ。それまでくらいならば、また騙されたのだったとしても耐えられるだろう。どうせ、卒業したら、もう会う事もなくなるのだろうから。男同士の付き合いが、この学園の外の世界でも続くとは、俺は思わない。

 その後、俺達は寝室へと移動した。御堂は優しく俺の服を脱がせると、ローションを指にまぶす。そして――……

「ひ、ぁ……やだ、やめ、も、もう……もう……あああ」

 ……――もう二時間も、俺の中をほぐしている。俺の体は炙られるように昂められ、ドロドロになっていた。全身が熱い。汗をびっしりとかいている。髪が肌に張り付いてくる。

「まだ痛いかもしれないし」
「やだ、やめ、も、もう……ああ、おかしくなるからぁ、ぁっぁ」
「柏木はどうして欲しいの?」
「もう、もう、やだ、あ、ああ……あ……」
「嫌なの?」
「……っ」
「言って? 柏木」
「……挿れてくれ――ああああ!」

 俺が堪えきれずにそう告げた瞬間、御堂が指を引き抜いた。その感触だけで、俺は果てそうになった。ずっと果てそうなギリギリの所でほぐされていたから、焦らされているような形になり、俺は涙が止まらない。

「いいんだよね?」
「あ、ああ」
「同意だよ。好き。本当、好き」
「あああああ!」

 御堂が俺の中に押し入ってきた。その感触で、俺は今度こそ果てた。

「トコロテン。えっろ」
「あ、あ、あ……ああ! あ」
「ごめん、俺も限界だ」

 御堂が俺の最奥まで挿入すると、腰を揺さぶった。しかし俺を気遣うように、優しい顔をしている。俺はそれが嬉しくて、心が満たされた気持ちになる。するとまた泣いてしまった。ただし今度は嬉し泣きだ。いつから俺は、こんなにも涙腺が緩くなってしまったのだろうか。

 優しく――そして次第に激しく動き、御堂が俺の中で放った。感じる場所を貫かれたため、俺もほぼ同時に二度目を放った。寝台にぐったりとした俺の中から陰茎を引き抜き、御堂が俺の隣に寝転がる。それから、俺を横から抱きしめるようにした。

「愛してる。本当に去年はごめん。好きなんだよ、本当に。信じてくれて嬉しい」
「……ああ」
「これからは、ずっと一緒にいよう」
「そうだな。まだ一ヶ月もある」
「学園生活も楽しまないとだね。学食デートだとか、色々。ホワイトデーも期待して」
「ああ、期待しておく」

 俺は微笑した。きっと嘘だったとしても、卒業までの間の暫くは、御堂の嘘も続くかもしれないと考える。すると御堂が目を閉じた。

「卒業してからは、もっと自由になるね。何せ、風紀委員がいない世界に出るんだから」
「そうだが――離れ離れだな」
「え? どうして? いつも一緒にいようよ。なんで離れるの?」
「? お前は内部進学だろう? 俺は外部だ」
「ううん。俺も委員長の志望校聞いて、同じ大学受けて、受かってるよ」
「……へ? そ、そうなのか」
「一人暮らしだから、いつでも遊びに来てね。って、柏木も一人暮らし?」
「あ、ああ」
「じゃあ、同棲しちゃう?」
「え」
「もう絶対に俺は離さないから。来年も再来年も、ヴァレンタイン、期待してるからな」

 御堂はそう言うと、悪戯っぽく笑った。俺は赤面してしまった。


 こうして――その後、毎年俺は御堂にヴァレンタインには、手作りのチョコレートを渡す事になる。初めてのSEXこそ散々だったが、現在までの所、御堂の事が嘘とはなっていない。俺は御堂に溺愛されながら大学生活を送っている……。

 まぁ、幸せだから、良いか。
 そう考えながら、俺は今年もヴァレンタインのチョコレートを作る事にしたのだった。





(終)