【001】制裁対応
ここ聖ルゼフ学園には、絶対的な王者が存在する。
それは俺だけが思うのではなくて、全校生徒が恐らく全員、『王』と聞けば何人も、好印象を持っているかや悪印象を持っているかは別として、必ず生徒会長その人を挙げるのは間違いない。
生徒会長の|征永將宗《ゆきながまさむね》は、この学園の王者だ。
切れ長の目をしていて、その瞳の色は紫色。漆黒の艶やかな髪は、前髪が少し長めだ。
多くの場合は退屈そうな顔をしているが、時折獲物を見つけた肉食獣のように、獰猛に笑って口角を持ち上げる。征永財閥の御曹司にして、SランクのDom。それがこの学園を治める王者のプロフィールだ。文武両道であり、長身で綺麗に筋肉のついた容姿をしているが、少し着痩せをするらしい。そんなどうでもいい情報は、奴のファンや親衛隊の人間が、いつも口にしているから、俺でも知っている。
この聖ルゼフ学園では、生徒の自主性を伸ばすという理念から、生徒会が絶大な権力を持っている。それに唯一対抗可能なお目付役、それが俺の所属する風紀委員会だ。学園教職員は生徒間の揉め事には基本的に関わらないので、この山間部にある閉鎖的な全寮制男子校において、ある種の警察のような役割も務めているのが風紀委員会だ。
中高一貫制の学園で、現在俺は高等部二年生。生徒会長と同じクラスだ。
Sクラスは特別クラスなので、親衛隊がいる者や部活や委員会の長などの役職持ちが集められている。いるだけで騒ぎになりそうな者はひとまとめにされているというわけだ。
「|緋砂《ひさご》委員長!」
その時、音を立てて風紀委員会室の扉が開いた。執務机の前に座って緋砂|要《かなめ》と書類にサインをしていた俺は、顔を上げる。
「大変です! 体育館倉庫で書記親衛隊が大規模な制裁行為を!」
「なんだと? すぐに行く」
がたりと音を立てて俺は立ち上がった。
親衛隊というのは、学園内の人気者――たとえば見た目が良い者であったり、性格に魅力があったり、なにかに秀でていたりする者に、親衛隊を結成したいという許可を取り、隊長一名、副隊長は二名まで、その他のメンバーで結成されるファンクラブのようなもので、この学園内では、部活動と委員会と同列に扱われる。この学園は、閉塞的な環境に男子が押し込められているため、同性愛が主流だ。
生徒の中には、DomもSubもUsualもSwitchもいる。
これは、男女の他に三十年ほど前に見つかった、新しい性差だ。四つのダイナミクスの中では、一般的にいずれのダイナミクスの顕現がないUsualが一番多いのだが、その例に漏れず、この学園にもUsualが一番多い。DomとSubは少数で、Usualを5割としたならば、それぞれ2割ずつといったところだ。学園の外よりは、DomとSubの数も多いと言えるだろう。さて最後の1割は、Switchである。
支配したいDom性と支配されたいSub性とはよくいうが、Switchとは、そのどちらにでも転化可能な存在である。俺もSwitchだ。
ただし俺は、普段はDomとして生活している。その方が何かと便利だからだ。
そのため、俺はDomだと誤解されやすいし、俺をDomだと思っている生徒の方が多い様子だ。俺は特にそれも否定しない。何故ならば|Glare《グレア》を放つ機会が人より多いからだ。
Glareというのは、Domが放つある種の威圧感のようなものだ。
俺は現場へと急行した。
「全員動くな。度を過ぎた校則違反の制裁行為により、被害者以外の全員を処罰を検討する」
制裁現場である体育館倉庫に、他の風紀委員のメンバーと突入した俺は、大きくそう宣言しGlareを放った。その場にいる加害者の親衛隊の面々が、凍り付いたように目を見開いている。多くがSubだ。どちらかというと、親衛隊に所属する生徒にはSubが多い。崇拝対象とされる人間はDomである事が多い。
だが今この場にいる彼らがDomだったとしても、今俺が放っているGlareに対抗できるとは思わない。
今俺は、Sub dropを招かない程度に、これでもGlareを調整しているのだが、皆が震えている。俺はSランクのSwitchなので、転化すれば並のAランクDomよりは強いGlareを放てる。Sub dropというのは、Subが不本意なGlareを浴びた際に陥る現象で、軽ければ疲労感程度だが、時には強い絶望感に支配されて死を決意する場合まであるという危険な状態だ。そうなれば保健室が満杯になってしまうので、それは避けたい。
ちなみにランクというのは、S・A・B・C・D・Eの六段階が存在していて、Sに近づくほどダイナミクスの特徴や欲求が強くなる。逆にEに近ければ、ほとんどUsualと変わらない生活を送れる場合もある。だが多くはBかCであり、この場合は適度な|Command《コマンド》によるPLAYがないと、欲求を抑制する薬がないと生活に支障が出る事がある。
俺の場合は、SランクのDomに転化しているのが常なのだが、仕事柄なにかと命令する機会が多いせいなのか、特に固定のパートナーなどはいないのだが、欲求不満になった事はなく、欲望抑制剤のお世話やSub不安症抑制剤のお世話になったことはない。
なおCommandというのは、DomがSubに対して与える命令であり、双方同意の上でCommandを放つ・受け取る事をPLAYという。
例を挙げれば、Domが『水を取ってこい』といって、Subが『はい』とミネラルウォーターのペットボトルを持ってきた場合、PLAYが成立している。ただしこの時、『こい』には、様々な言い方があって、そこにDom特有の力が込められていて力があるワードになっているパターンから、『|Take《テイク》』と専門の用語を使う場合もある。そこは人それぞれだ。
同意の上で、というのは、Safe wordという、命令が嫌な時にSubが拒否するための言葉が通常決められるからだ。こちらは本当に心底嫌な場合に放つもので、この時ばかりはSubの方の力が勝る。Safe wordを浴びると、一時的に行動不能となるDomまでいるほどだ。
さて、風紀委員達はすでに慣れているので、それぞれが加害者の拘束に動いている。それが救いだ。
「大丈夫か?」
俺は被害者である新入生に歩み寄る。
現在は春で、まだ親衛隊の規則を知らない生徒も多いから、こうした制裁騒ぎも増える。
この学園は、風紀委員会に限らず、各委員会や部活動、生徒会も中等部と高等部が合同なので、高等部二年生ながらに、俺は中高の風紀委員を治めている。
現在の、生徒会は絶大な人気を誇っている。
そのため親衛隊の規模も大きく、制裁の内容も今回のように過激な場合もある。
「はい……ありがとうございます……」
俺が屈んで視線を合わせると、新入生が涙をぬぐって、コクコクと頷いた。
だが俺に怯えているのは明らかで、見た目からはダイナミクスは分からないが、この反応からしてSubなのだろうなと俺は考えた。怖がらせては悪いので、触れる事はせずに俺は立ち上がる。
その後は、他の委員に任せて、俺はその場を後にした。
主に俺の役目は、大規模な人数が制裁を行う場合に、Glareで沈黙させたり、足止めをする事で、それ以外は書類仕事ばかりだ。
現在までに俺は、Domであっても、俺よりも強いGlareを放てる者を――一人しか知らない。
それこそが、風紀委員会とは何かと敵対関係にある生徒会の、そのトップである会長その人だ。
一度遠くから、会長のGlareの気配を感じた事があるが、そう直感した。
とはいえ、険悪な組織同士ではあるが、俺と会長は、現在までに直接Glareをぶつけあうような状態になった事はない。
「しかし今回の規模は大きかったな」
風紀委員会室へと戻った俺は、執務机の前に座し、今後多数書かなければならない予定の調書の山を見た。まだいずれも空欄だが、目算でもあの場に加害者が三十人はいた。
「これ以上、風紀の仕事が増えないといいんだが」
思わず嘆息してから、俺は瞼を伏せた。