【1】生徒会役員のリコール
「本日を持って、現生徒会メンバーを、リコールする」
淡々と俺は、選挙管理委員会委員長の言葉を聞いていた。
まぁ……当然の帰結だろう。
俺は首元のネクタイに触れながら、壇上に並んでいる生徒会役員達を眺めている。
――俺の通う、この私立、海鴎(かいおう)学園が混迷を極めたのは、四月末に理事長の甥が特例で編入して来てからだ。
それまでは、俺様すぎる生徒会長、腹黒い副会長、チャラい会計、なんかダンマリな書記といった、俺から見ると微妙な生徒会役員達が、それでも仕事をしていた。
抱きたい抱かれたいランキングなる謎の代物で就任した彼らだが、生徒の自主性を尊重して生徒会に絶大な権力(?)と自由を与えるというこの学園の中では、そこそこ上手く回っていたと思う。
顔で選ばれた彼らだが、あんまり生徒会メンバーを好ましく思っていない俺から見ても、別段無能ではなかった。
しかし恋は盲目とはよく言ったもので、俺から見ると謎カツラに分厚いメガネの編入生の何が良いのか分からないが、それは俺が絡む機会が少なかっただけで、人は見た目ではないのか(つまり実は性格は良いのか)、はたまた実は本当の顔は美形だったからなのか(編入後比較的すぐ発覚した)――編入生に、生徒会役員は、全員陥落した。
そして奴らは仕事をしなくなった。生徒会室に編入生を呼んで遊んでいたようだ。
同僚者や一匹狼と名高い生徒、クラスメイト達も、編入生にすっ転んだ。
最初に荒れたのは、これもまたこの学園の謎システムである親衛隊達である。
人気のある生徒には、ファンクラブ的な存在である親衛隊が組織されている。
自分が大好きで囲っている相手が――瓶底眼鏡の編入生に惚れた……というのは、一瞬で良いから会いたいだとか、一言で良いから話したいという生徒で構成されている親衛隊メンバーには衝撃的だったのだろう。
そんな俺と、編入生の(近いようで非常に遠い)関わりを考えてみる。俺はこの、両家の子息が通うという男子校――海鴎学園の第四十二代風紀委員長をしている。
俺は別に良家の子息では無いのだが……小六の時に、あっさりとお受験戦争に敗北し、奨学生として、偏差値を上げる要員として、この学園への入学を許された。俺が予定していた最後の滑り止め中学に落ちた後、募集していたのは、この私立だけだったのが理由だ。
苛烈を極めていた中等部のお受験戦争のために、俺は当時、進学塾と、その塾の特進クラスに入るための個人塾にまで通っていたから――自分の無能さに絶望しながら、全寮制のこの学園に入学したものである。
その後、他の多くの生徒は、言っては悪いが金で入学しているため、俺には余裕だった入学後テストで一位を取った所、Eクラスの不良集団に襲われた。しかしお受験のために、体育の塾と特技アピールのために武道を習っていた俺は、自衛に成功した。
すると異変に気づいた当時の風紀委員メンバーが丁度駆けつけてきた所だったため――不良達を返り討ちにしていた俺は告げた。
「正当防衛です」
「あ、う、うん……えっと……強いんだな! 風紀委員会に入って、一緒に学園の風紀を守らないか?」
これを契機に、俺は中等部の一年時に勧誘され、風紀委員会のメンバーとなった。
最初は、思った。
……風紀委員会って、何をするんだ?
結果、すぐに内容を知った。
簡単に言えば、授業への出席免除の代わりに、校内の見回りなどをする。
何故見回りをするかといえば――男しかいないこの学園には、なんと不純な同性交遊はおろか、強姦等の犯罪行為が横行していたため、風紀委員はそれを阻止したり、学園内のイジメ等を取り締まるようだった。
この学園には、親衛隊持ちの人気者クラス(S)、勉強特化の(A)、スポーツ推薦の(B)、芸術系の(C)、普通クラス(D)、そして不良が押し込まれる(E)の六クラスが存在する。当時の俺はA組だった。
海鴎学園は、全寮制になるのは中等部からで、初等部までは都心にある。
そのため、ある種外部入学といえた俺は、横の繋がりも縦の繋がりも特になく、別段人脈作りをする必要も無かったため、与えられた仕事を淡々とこなしていった。
要は、相手が誰であろうと(人気者だろうが大富豪の子息だろうが)――とにかく、違反行為は注意をして、時には体力を駆使して止めて回った。
すると――いつしか、中等部の風紀委員長になっていた。
多分それが理由なのだろうが、寮では個室を与えられ、クラスもSに変化した。
先輩がいたにも関わらず、中二で風紀委員長となり、中三でも――高等部一年生の時点でも、学年無関係で風紀委員長になっていた。
そんな俺と、編入生の第一次遠隔的遭遇は、高二の四月末……編入生の、紫藤縁(しどうゆかり)が、校舎への入り方が分からなかったらしく、扉で閉ざされた門を殴って破壊し、学園に入ってきたという報せからだった。
正直、唖然とした。
門を壊すって……どんなマッチョだ?
その話を聞いた時、俺の頭の中では、筋骨隆々とした巨漢のイメージが浮かんだ。
なお、器物損壊への注意も、風紀委員の仕事の一つだ。
しかしこの日まで、こうした派手な破壊行為は無かった。
せいぜい、嫉妬した親衛隊メンバーが、嫉妬対象の机に彫刻刀で『馬鹿!』などと書く程度だった(それはそれで陰湿ではあるが)。
とりあえず、注意に出向いて、事情を聴いて、書類にまとめなければならない。
億劫だったが、俺は編入生がいるという食堂へと向かう事になった。
何故なのか食堂は、二階が生徒会・風紀委員会メンバーの専用席という造りだ。
そこへ向かう道中で、風紀メンバーで一番耳が早い副委員長の、間宮汐里(まみやしおり)――一応俺の片腕が、衝撃的な話を俺の耳に入れた。
いつも微笑を崩さないが、非常に腹黒い事を俺は知っている副会長が、なんと迎えに出た際、編入生にキスをしたらしい。……奴は、筋肉フェチだったのか? そう考えながら食堂に入ると、「「「「「キャー! 風紀委員のお二人がいらした!!」」」」」と大歓声が上がった。
……耳栓が必要なほどのこの人々の声に、俺は慣れていたが、何故いつも歓声が上がるのかは理解できない。風紀委員会にも、相応の権力(自主性を養うため)があるからだろうが……正直、男に黄色い声をあげられても、俺は嬉しくない。
その直後、今度は悲鳴が上がった。
この理由は、俺も理解した。
俺の視界の中で、俺様生徒会長――磐城森羅(いわきしんら)が、不意にキスをして、殴られて、吹っ飛ばされたからだ。
まず俺は、珍しく生徒会長の心配をした。
門を破壊する力の持ち主に殴り飛ばされたのだ。
肋骨にヒビくらいは入っているかもしれない。
続いて、驚いた。俺のイメージの中では巨漢だった編入生(初見だったため、一応学園内の生徒の顔は全員把握している俺は、すぐにそう判断できた)――この人物、小柄で特異なアフロちっくな髪型の、今時珍しいメガネをつけた少年だったからである。
とりあえず俺は、踵を返した。
注意は同行していた他の委員に任せて、俺は保険医を呼びに走ったのである。基本的に廊下は走ってはならないが、緊急時に風紀委員会メンバーは走る事を許されている。
腕に装着した風紀の腕章を無意識に撫でながら、俺は保健室に走ったわけだ。
そのため、編入生との直接的な接触は特に無かった。
――この時は、その後の生徒会の堕落など、知る由もなかった。
以後、訪れた多忙の日々……当初は、これも予想していなかった。
基本的に注意して回ったのは、風紀委員メンバーである。
俺は風紀委員会室で、上がってくる報告書の始末に追われた。
直接的な注意も他のメンバー、事情聴取も他のメンバー、俺が行ったのは一連の事件のまとめである。まとめた書類作りや処理で、直接俺が行動するような時間は無かった。情報通の副委員長から様々な話を聞きつつ、他の委員からの報告を聴いて、後はひたすら書類と格闘した。
器物損壊、親衛隊との確執、何故か激モテで人気者を落としていく編入生の不純交遊のまとめ、強姦未遂や暴行未遂の報告書……直接的な関わりはほぼ無かったが、俺は編入生について、非常に詳しくなってしまった。
まぁ、そんなこんなで学園の秩序は崩壊し、間違った自主性が横行した結果――この度、仕事を放棄している生徒会メンバーはリコールの憂き目にあったわけである。
意外だったのは、選挙管理委員会にリコールの打診をしたのは、当の生徒会役員の一人だった事だ。噂に詳しいを通り越して、最早情報屋(?)と呼ばれている副委員長の間宮から一応聞いてはいたのだが……なんと俺様生徒会長こと磐城森羅は、実はひっそりと一人で生徒会の仕事をしていたらしい。なお、あのチャラい会計も、一応自分の仕事をそこそこはしていたようだ。
その生徒会長が内々にリコールを自分から打診、会計も同意したらしい。
俺には、それが真実とは思えないというか――彼ら二名が仕事をしていたようにも特別感じられないが、単純に彼らと俺の仲が険悪だからなのかも知れない。
単純に、俺にはリコールが、当然の帰結に思える。
リコールというのは――つまり生徒会役員をクビになったという事だ。
壇上でポカンとしながら、生徒による投票(リコールの是非)の結果を聞いているのは、腹黒い副会長と、普段は表情を変えない書記くらいのもので、チャラい会計は相変わらずチャラチャラ笑っているし、俺様生徒会長もニヤリと笑っている。
なぜ俺が生徒会役員達と険悪だったかといえば、理由は二つだ。
俺が入学当初から、元々風紀委員会と生徒会は仲が悪かった。
権力(自主性)を与えられた二大組織だからなのかもしれない。
もう一つは、個人的な理由だ。問題行動を起こすのが、大体権力に酔いしれた生徒会役員達だったからである。あるいは彼らの親衛隊メンバーだった。俺の仕事を増やす彼らを、好きになるというのは無理だった。
「続いて、新生徒会役員を選ぶための、選挙を行います!」
選挙管理委員会の司会の言葉で、俺は我に帰った。
周囲には緊張感のようなものが溢れている。
今までは謎ランキングの上位から選ばれていたから、選挙など無かったのだ。
……どうやって選ぶのだろうか?
これに関しては、選挙管理委員会の仕事の範疇だから、まだ俺は知らない。
「生徒会長――元生徒会長として、最後に進言する」
その時、俺様臭を放ちながら、磐城が声を上げた。
皆の視線が壇上の彼に集まる。俺も見た。
「生徒会役員は、能力で選ぶべきだ」
珍しく真っ当なことを言った磐城を眺めながら、どうせ『俺様にはその能力がある』とでも続くのだろうと俺は考える。実際……一人(正確には会計も少し)で、相応に大変な生徒会の仕事を微妙に片付けていた奴には、能力自体はあるのかもしれない。
だから、生徒会長は続行でも良いのかもしれない(学園内にもそういう空気が漂っている)。
「そこで、生徒会長経験者として、俺様は次期生徒会長に推薦したい人間がいる」
すると意外な言葉が続いた。
何事も自分が一番だと考えているとばかり思っていた磐城にしては、意外に思える発言だった。一体誰だろうか……?
「生徒会長の仕事は重責だ。多忙を極める。俺様はそれが可能な人材を一人しか知らない」
響いた磐城の声を、固唾を飲んで皆が聞いている。
「現風紀委員会委員長、塔屋朱嶺(とうやあかね)を俺は推薦する!」