【2】風紀委員長、生徒会長になる!





 最初、俺は何を言われたのか、理解できなかった。
 そうかそうか、風紀委員長か、塔屋、塔屋、誰だったか……って、俺か?
 やっとそう気づいて、思わず俺は息を呑んだ。

 気づけば、周囲の視線も俺に集中している。
 あたりには、奇妙な沈黙が漂っている気がした。

 直後――大歓声が上がった。

「い、いい!」
「塔屋様なら!!」
「風紀委員長様なら、間違いないです!」

 俺の耳に最初に入ったのはそうした言葉で、以後は大歓声に紛れて一つ一つの発言は聞き取れなかった。呆気にとられながら、壇上を見ると、磐城と目があった。すると口角を持ち上げて、磐城はニヤリと笑った。

「補佐として、俺様は副会長に立候補する! 生徒会長の仕事を完璧に叩き込んでやる」

 磐城が続けた。

「それでは――選挙を行います! 次期生徒会長として、塔屋様が良い人はご投票を。副会長として磐城様がふさわしいと思う人もご投票を!」

 ……え?
 硬直しながら、俺は選管の司会の声を聞いていた。
 そのまま――投票が始まった。


 ……。

 二時間後、投票結果が出た。
 結果、俺は生徒会長になった。副会長は、前生徒会長の磐城、会計は続行で、永礼由馬(ながれゆま)、書記は風紀委員会副委員長だった間宮に決まった。

 ……ん? こ、これは……風紀委員会は、一体どうなるんだ?
 焦った俺は、周囲の風紀委員会メンバーを素早く見渡した。
 すると俺を慕ってくれている後輩が挙手をした。

「こちらのことは、お任せを!」

 俺が次の風紀委員長に推そうと思っていた、日比野静空(ひびのしずく)が満面の笑みを浮かべた。彼はEクラスの生徒だったが、何故なのか俺の腕っ節に惚れたと言って、風紀のメンバーになった元不良である。非常に仕事が出来る逸材だ。


 こうして――俺は、風紀委員長から、生徒会長になる事になってしまったのである。

 本日は、授業が中止で、リコールと選挙が行われたわけであるが、放課後は等しく普段通りに訪れた。しかしいつもとは異なる事に、俺の出向いた先は、風紀委員会室ではなく……生徒会室である。

 豪奢な飴色の扉の前で、俺は少し緊張した。
 ノックをするべきか、否か。
 そんな些細な事を考えた。

 ま、まぁ、一応と考えてノックをすると、中から返答が入った。

「入れ」

 相変わらず偉そうな磐城の声だった。
 これからコイツと一緒に仕事をする……?
 正直嫌だなと思いつつも、俺は無言で扉を開けた。

 すると正面の生徒会長席は空いていて、磐城は副会長の席に座って膝を組んでいた。
 頬杖をついている磐城の手には、万年筆が見える。
 この学園は――何故なのか、書類作成は手書きなのだ。

 俺は、常々これに疑問を抱いていた。

「磐城」
「なんだ? なんでも聞け、新生徒会長様。まず俺様が貴様を指名した理由は――」
「その前に俺の話を聞け。手書きをやめないか?」
「――へ?」
「パソコンかタブレットを導入するべきだと思うんだ。予算は余っているはずだ。器物損壊の修理費で今年はだいぶ飛んだが、生徒会に与えられている予算は潤沢だ」

 きっぱりとそう告げると、磐城が目を丸くして俺を見た。

「あ、ああ……俺もそれに異はない。それより、俺様が貴様を指名したのは――」
「決定だな。予算書を作ってくれ――会計はどこだ?」
「へ? あ、由馬なら親衛隊の茶会に――」
「呼び戻せ。新生徒会結成の初日から、茶なんか飲んでいる暇などない。その程度は親衛隊の連中にも理解可能なはずだ」

 俺の言葉に、磐城が沈黙した。
 だが、一刻も早く学園の混乱を正すべきだし、俺は奇っ怪に思った事はすぐにどうにかしたくなる性格なのである。

「さっさと連絡をしろ」
「――俺様に命令するとは、良い度胸だな。俺様に対等な、そういう所が、俺様は気に入――」
「早くしろと言っているだろうが。磐城の話は後で聞く」
「……分かった」

 磐城が若干ひきつった笑みを浮かべた。いつものニヤリとした笑顔とは違う。

 その後、奴が生徒会と風紀委員にのみ与えられているスマホで連絡を取り始めたのを確認しながら、俺は生徒会長席に向かった。

 無駄に座り心地の良い椅子に深々と座りながら考える。
 室内を見渡すと、様々な調度品がある。

 これらを購入して飾っておくより、絶対的にパソコンを購入した方が仕事ははかどっただろうし、効率も上がったはずだ。無駄が多い。チェストの上には、多種多様な紅茶の茶葉が並んでいる。ここはカフェではないはずなのだが。紅茶専門店でもないはずだ。というか、使われている気配のないティーセットを見る限り、コーヒーサーバーでも設置したほうが良いだろう。なにせ、インスタントコーヒーの瓶には、使っている形跡(粉の減り)が見られる。

「連絡を取ってやったぞ、感謝しろ」
「感謝? 俺には怠慢でいないようにしか思えないが」
「……風紀のメンバーには慣例として親衛隊が組織されないから知らないのかもしれないがな、俺様達はこれでもイジメ等の阻止のために、それなりに親衛隊の奴らに気をつかって定期的に茶会なんかを――」
「つまり仕事をせずに雑談をしているんだな。親衛隊なんだろう? ファンなんだから、多忙を正直に告げて黙らせるべきだ」
「……、……俺様や由馬は、茶会に出席する社交を行いつつもきちんと仕事を――」
「仕事をなんだって? じゃあどうしてこの机の上には、未処理の書類が山積みなんだ?」

 俺は、やはり無駄に豪華な机の上に山を築いている書類を眺めた。
 ――風紀委員会における俺の一日の仕事量と同程度だが、あちらは確認やサインが主要だが、こちらは話し合いや議決が必要なものが多い。さらに手間がかかるはずだ。それをこんなにためておける神経が信じられない。俺は目の前にある仕事はその日に片付けたいタイプだ。

「貧乏人――奨学生の塔屋風紀委員長様は知らないだろうがな、人脈形成や、イジメや性的暴行が発生しないように親衛隊の奴らの気分を向上させるというのも、俺様達生徒会の人間にとっては非常に重要な責務で――」
「言い訳はやめろ。話をすり替えるな、そんな話は聞いていない」
「……」
「――しかし、暴行か」

 俺は、かねてより考えることが度々あった事柄を思い出した。

「そもそも風紀委員会の見回りは非効率的だとは思わないか?」
「ん? ああ。塔屋、俺様から見ればな、貴様らの存在なんか塵芥というか――」
「資金は有り余っているんだから、各地に防犯カメラを設置し、専用の警備員を雇用するべきだ」
「――へ?」
「そもそも、学生の本分は勉強だ。授業に出ずに、校内を歩き回るなど、意味がわからない」
「貴様は、今までその意味のわからない仕事をしていたわけだな。つまり、俺様達の茶会以下の無能の極み――」
「黙れ。俺は何度も生徒会に、防犯カメラの設置要望を出しただろうが」
「っ」
「記憶にないのは、仕事をしていない証明だな。生徒会長は要望書を読む義務があったはずだが?」

 半眼で俺が告げると、磐城が黙った。そして何故か遠い目をして俺を見た。

「……そうだな。俺も設置や雇用には賛成だ。賛成だったし、きちんと記憶している」
「ではなぜ今まで行動に移さなかったんだ? それこそが無能だろう」
「忙しかったんだ!」

 すると磐城が声を荒らげた。逆ギレか。全く、器が小さい。
 これが国内一の大財閥の御曹司だというのだから、この国の将来が不安だ。
 俺から見て、磐城の取り柄は、顔のみだ。

 この学園では、同性愛が何故なのか『普通』であるため、中等部からその環境にいた俺にも、別に男というだけで恋愛対象から除外するというような、嫌悪感はない。そういった意味で見るならば、確かに抱かれたいランキング不動の一位を維持するのが理解できる程度に、磐城の顔は良いだろう。

 風紀委員会所属者は、ランキングには掲載されない決まりだから、俺の順位は知らないが、俺の顔はおそらく平々凡々で別段特徴はない。しかし俺の中には、「ただしイケメンに限る」といった概念は存在しない。

 ――その時、コンコンと軽いノックの音が響いて、扉が開いた。
 入ってきたのは、会計だった。
 なお新書記に任命された俺の片腕は、風紀委員会室の方で引き継ぎ業務中だ。
 だから今日は来ない。

「あ、風紀委員長――じゃなかったぁ、新会長!」
「思ったより早く来たな」
「俺ぇ、お茶会とか、本当は好きじゃないからぁ」
「そうか。それは何よりだ」

 俺はヘラヘラ笑っている会計に、PC購入や警備員雇用の経費等の書類作りを指示した。すると徐々に会計の顔が引きつっていった。一応笑ってはいるが、冷や汗を浮かべているのが分かる。

「これまで絡んだ事なかったけどぉ、確かに会長――元会長が言った通り、仕事できそ」
「いいや、お前達が、仕事ができないだけだ」

 事実を俺が告げると、会計が半笑いになった。
 しかし、素直に自分の席につき、彼は仕事を開始した。
 俺はそれを確認してから、改めて磐城を見た。

「それで? 俺になにか話があるそうだが、なんだ?」

 やるべき事で頭がいっぱいだったため、さきほど磐城が何か言いかけた事は覚えていたが、なにを言おうとしていたかは思い出せなかった。とりあえず書類の処理を開始しながら俺は、改めて尋ねる事にしたのである。

「……そ、その、だな。会長としての話だから、二人の時に話す」
「そうか、つまり必要のない無駄話か。ならば聞かなくていい」
「――貴様、以前から思っていたけどなぁ、俺様より俺様じゃないか?」
「俺様? どういう意味だ。俺様生徒会長として名高かった磐城に言われてもピンと来ない」

 会長専用の万年筆で書類処理を開始した俺は、視線を机に向けた。
 もう磐城の話は聞かなくて良いだろう。

「森羅はぁ、いいんちょーのぉ、働きぶりを見てて、だからぁ、あれでしょ? 好感を持っていたけどぉ、その好意からじゃなくてぇ、有能って判断したから推薦したっていう――つまり、愛の告白をしようとしてたわけじゃない?」

 会計が何か言っていたが、どうせどうでもいい話だろうから、俺は書類の内容に集中した。もうじき行われる文化祭の書類が手つかずで山積みだったからだ。これは非常にまずい事態だ。

「ば、バカ、由馬! それは秘密で、俺様が直接――」
「けどぉ、森羅が新会長の事を好きだっていうのは、公然の秘密って言うかぁ、全校生徒が知ってるって言うかぁ……だってほら、嫉妬させたくて食堂で王道くんにキスしてみせたりって言うかぁ……」
「由馬!」

 二人が何やら雑談を開始した。内容は頭に入ってこないが、耳障りだったので俺は顔を上げた。

「黙って働け」
「「……」」
「仕事をしろ」

 俺の言葉に、二人は黙った。こうして、生徒会室には静寂が訪れた。