【5】変わらないもの(★)






 その後、後夜祭が行われた。

 この学園は――思春期の男子が募っているわけで、各自の寮での行為等は、実質黙認されている。基本的には自慰であるが、それは建前で、風紀委員も教員も、それが強姦等の犯罪でなく、同意であるなら……端的に言って、SEXして良いという事になっている。

 俺にはこれまで、よく分からない制度だったわけだが――後夜祭にて、そっと隣に立った磐城に静かに手を繋がれ、腕を軽く引かれた時、ドキリとしていたその瞬間、耳元で「部屋に行くぞ」と囁かれた時、瞬時に行為を意識した。


 現在俺は、磐城の部屋にいる。彼もまた一人部屋だ。
 家具などの持ち込みが可能だからなのか、備え付けのものをそのまま使っている俺の部屋のものとは異なり、そこには大きなセミダブルのベッドがあった。

 部屋に入るなり、扉を閉めて磐城が施錠した音を聞いて、俺は硬直した。
 そして振り返った時には、腰を腕で引き寄せられて、性急に深いキスをされた。
 いつもはゆっくりと深まっていくのに、初めから舌を絡め取られ、歯列をなぞられる。

「っ、ン」

 自分のものとは思えないような甘い声が、鼻を抜けるように漏れた。
 息苦しくなって肩が震えると、一時唇が離れ、俺が息継ぎをした直後、再び角度を変えて口づけられた。

 その状態でネクタイを解かれ、気づけばシャツのボタンを外されていた。
 俺には抵抗しようという気は無かったが、それから少し強めに手首を掴まれて、ベッドに連行された時には、ガチガチに緊張していた。

 ドサリと押し倒されて、後頭部がふかふかのベッドにぶつかった時、俺は最近覚えた磐城の真剣な瞳をまじまじと見上げる形になった。だが、いつもとは異なる事に、不意に磐城が微笑した。

「想いが伝わるっていうのは、嬉しいことだな」
「……そうか。その、気づかなくて悪かったな」
「いや――良い。今、伝わっているからな。それに、実際に一緒に生徒会の執務をして、俺様の好意に無頓着で率直に、かつ、有能な働きをしている塔屋を見ているのは、楽しかった。俺様は、個人の好き嫌いで後任を選んだりはしないが――貴様を選んだ自分の見る目を確かだと確信した」

 初めて俺は、磐城の柔和な顔を見た。優しい瞳と、微苦笑している薄い唇に、俺の目は釘付けになった。それからまた、唇が降ってきた。その温度に、次第に体の緊張がほどけていく。気づいた時には、俺の制服は完全にはだけさせられていた。

「っく、ぁ……」

 胸の突起を優しく弾かれた時、思わず声が漏れた。
 鎖骨に口づけられて、少し強めに座れる。
 それだけで、俺の体が熱を帯びた気がした。

「ぁ、ぁァあっ……」

 唇に乳首を挟まれ、舌先で乳頭を刺激される。同時に、陰茎を右手でゆるゆるとなで上げられて、俺は思わずきつく目を閉じた。誰かに触られた経験などないし、基本的に取り締まってきた過去があるから、自分の体がこのように熱くなる事自体、信じられない気持ちだった。

「ん……っ……ぁ、ぁあっ、あ、ンっ」

 その内に、磐城の手の動きが早くなり、俺の陰茎が頭をもたげ始める。
 完全に立ち上がる頃には、もどかしくなって、太ももが震えた。

「あ、磐城、だめだ、出る」
「森羅って呼んでくれ。俺様も、下の名前で呼びたかったんだ、ずっと前からな。朱嶺」「ふ、っ、んあ、待ってくれ、話してる余裕なんて、俺には――あ、ああっ」
「言え」
「森羅……っ、ハ」
「それが聞きたかった」

 俺の耳元に唇を寄せて、磐城――森羅が囁いた。

「んぅ」

 それから耳朶を軽く噛まれて、耳の中へと舌が侵入してきた。
 ピチャピチャと水音がする。
 異常にそれが羞恥を煽った。

「あ、ああっ、あ、ああン」

 焦らすように森羅の手の動きが緩慢にかわり、俺は生理的な涙を浮かべた。
 その時、左手でベッドサイドにあったボトルを、森羅がたぐりよせた。
 見ればローションらしかった。

「っく――あ、ああっ、冷たッ」
「すぐに慣れる」

 ボトルの中身を右手に垂らし、直後森羅が、俺の中にゆっくりと指を差し込んできた。
 最初は一本で、第一関節まで。それを、内側を広げるように動かしていく。
 そうして第二関節、指の根元までと、丁寧にゆっくりと指が進んできた。

 俺にはとてつもなく大きな存在に感じられたが――指が二本に増え、ローションが体温に馴染んで水音を立てる頃には、体の芯が熱くなっていた。中を弄られているというのに、そこから響いてくる――快楽が、陰茎に直結していく気がした。

「ああっ!!」

 その時、指先が、俺の奥のある箇所を刺激した。

「ここか?」
「あ、あ、だめだ、だめ、やめ、そこ――うあ、出る、あ」
「気持ちいいだろう?」

 ニヤリと笑った森羅を見て、その通りだったが、恥ずかしくなって、俺は唇を震わせたまま何も言えずにいた。すると、森羅がそこばかりを指先で刺激し始めた。その度に射精感が募っていく。

「ん――っ、あ、ああっあ、あ」

 俺の喉が震え、背がしなる。
 すると今度は指の抜き差しが始まり、時折ローションを追加しながら、丹念にほぐされていった。痛みはあまり感じない。それよりも、何か、胸が満ちていく感覚のほうが大きかった。

「挿れていいか?」
「ん、あ」

 必死に俺は頷いた。体の熱を開放したくてしかたが無かった事もあるが――森羅にも気持ち良いと思って欲しかった。果たして俺と体を繋ぐことが、彼にとっての快楽につながるのかは、俺には不明だったが――ひとつになりたかった。 

 森羅に必要とされたかったし、俺には森羅が必要だと、直感的に感じていた。
 ゴムの封をきる音を耳にしながら、俺は大きく吐息した。
 体が熱い。俺は、森羅を求めていた。

「あ、ああっ!!」

 すぐに、先程までの指とは圧倒的に異なる存在感を持つ熱に、俺は穿たれた。
 ゆっくりと進んでくる森羅の陰茎が、俺の中を押し広げていく。

「俺様のものを、よく覚えておけよ?」

 根元まで挿入された時、動きを止めた森羅にそう告げられた。
 いやでも、もう、この感覚を俺は忘れられないと思う。
 森羅の質量が、俺の中を満たしていた。

「絡み付いてくるみたいだな」
「ん、ア、ぁあ、ァ、ん――」
「辛いか?」
「平気だ、けど……あ、ああっ」
「けど、なんだ?」
「お前は……?」
「俺様がどうかしたのか?」
「少しは、気持ち良いか?」
「っ、バカだな。幸せすぎて、泣きそうだ」
「うあああ」

 笑み混じりの吐息を漏らし、いきなり森羅が動き始めた。
 最初は体を揺すぶられ、続いて緩慢に抽挿が始まり、次第にその動きが早まっていく。
 俺の陰茎が彼の腹部に擦れ、そちらの刺激も、俺の意識を曖昧にしていく。

 気持ちいいことと、満たされていることと、森羅が好きだという事以外、考えられなくなっていく。

「あ、あ、ああっ、あ、ン――!! あ、気持ちいい」
「俺様もだ、本当に――っ、愛してる」
「んああああっ」

 そのままひときわ強く突き上げられた時、俺は白液を放った。
 森羅も果てたようで、熱い吐息が俺の肌に触れた。
 お互いの体が汗ばんでいる。

 ぐったりとした俺を見て、森羅が再び微笑した。

「俺様は、まだまだ止まらない」
「……え?」
「もう一回――だめだ、朱嶺が好きすぎる」
「うあああ」

 こうしてその日――俺達は、一晩中繋がっていた。
 幸いなことに、翌日は、文化祭の代休で、学園はお休みだった。


 なんというか、編入生が来てからの混乱とリコールから、こんな展開になるとは、俺は一切考えていなかったものである――が、きちんと大切な、愛する相手の存在に、気づくことができたのは、ある種の奇跡だと今では思う。

 風紀委員長だった俺であるが、その後は任期が終わるまでの間、生徒会長として――ほかにも様々な制度の変更などを行った。いつも隣には、森羅(と呼ぶようになった)副会長や、会計や書記がいてくれた。一人では、無理なことも多かったと思う。

 だが、変わらない事もある。それは、例えば、俺が森羅に対して抱いている愛だ。
 これからも俺は、幸せを築いていきたいと感じている。

 今、俺は幸せだ。




【完】