1:親衛隊長、呼び出される!





「それだけ言うなら今夜相手にしてやるよ」

 カルボナーラを食べようとしていた時だ。本当どうしよう。ここの学食、本当に美味しい。ってそうじゃなくて、あれだ。

 今僕の目の前には、金髪のチャラ男会計様が立っている。

 お祖父様がアラブの大富豪で、地毛。
 僕はその、アレだ。こやつ――三住綾(みすみあやと) 斗の親衛隊長をしていたりす
る。それで副隊長の、葛西直(かさいすなお) 緒と二人、(本当はあんまりパスタは好きじゃなくカツ丼を食べたい気分ではあったのだが”可愛らしく”)昼食を頼んだところであった。話題は勿論『会計様』。綾斗様のことである。

「本当格好いいよねー!」
「もう眼福」
「見てるだけで孕みそう!」
「た、隊長、ま、まだお昼です!」
「本当、一度で良いから抱かれてみたい」

 というようなやりとりをしていたら、その場に会計様本人が現れたのだ。
 しかも、王道くんと渾名されている転校生を楽しませるために、変装していたとかで、声をかけられても一瞬誰なのか分からなかった(愛の程度が知れるだろう)。同時くらいに届いたパスタ。

「……あ……綾斗様……」

 僕はとりあえず恥じらってみた。それにしても困った。僕は、このチャラ男なら、わざわざ親衛隊長なんて言う近場の人間になど目を向けず、他の親衛隊持ちと一夜を明かすだろうと踏んで、キャーキャー言っているだけで、実は会計様に対して興味はないのである。

 本命は――……いないのだが、少なくとも女子だ。僕は切実にモテたい! 女の子に! 近隣の女子校の子と、合コンしたい。

「今夜六時に俺の部屋、な」
「……」

 会計(敬称略)は、それだけ言うと歩き去った。静まりかえる学食。
 直後、大歓声に包まれた。

「よ、よ、よ、よよよ、よかっ、よか……!」

 直緒が動揺している。僕は呆然としている!
 ど、どうしよう! 何も良くない。何がどうしてこうなった!?
 そもそも、だ。僕は自分で言うのも何だが、雰囲気イケメン(可愛い系)である。元々の顔立ちはお世辞にも……まぁ普通だと思っておこうレベルだ。すれ違ったとき、良い意味でも悪い意味でも二度見されない程度だ。髪型と着崩した制服は、そこそこ気を遣っている。いつ女子と遭遇しても良いようにな! だからこその雰囲気だ。

 別に実家が寺だからと言って、オカルトな雰囲気があるとかではない。そんな感じなので、僕には親衛隊などもいない。

 親衛隊というのは、主として外見が優れた生徒に対して組織される

 代物だ。抜け駆け禁止を謳い、抜け駆けようとしている人がいたら、制裁(イジメ) をする。男が男を相手に作っているのである。ここに入っていれば、余程のことがなければ虐められない。初等部の頃から培ってきた知識だ。

「本当、良かったですね! 歌織(かおる) 隊長!」

 直緒の声で現実へと引き戻された。何も良くない。どうしよう。我が、鷹ノ城学園は、男子校でほぼ9割が同性愛容認派だ。多い。8割くらいは実際に気になる男の一人や二人いたことがあるんじゃないだろうか。何せ、この僕にすら有るからな……黒歴史だ。

「隊長なら……そ、その、準備も……」

 直緒が今度は照れた。準備。そう――男同士で致すため、切れたら痛いと想定されるので、隊長として、会計(略)に呼び出された隊員に僕は、ローションとゴムをプレゼントしているのだ。親衛隊の会費から捻出している。

 さてはて、矛盾している。抜け駆け禁止の親衛隊の人間が何故呼び出されているのか。

 こればっかりは僕も知らない。ただし、初等部から数えて十年、現在高一の僕が知る限り、親衛隊”幹部”に手を出した”生徒会役員”は見た事がない。生徒会役員は、毎年指名制で、似たようなタイプが就任しているが、ただの一回も聞いたことがない。はっきり言って、会計は毎年遊び人(直接的に言うならヤリチン)が就く。

 だが、会計親衛隊長は、全校生徒の中で最も会計に抱かれにくいとされてきた。寧ろ皆無だ。理由は、”面倒”だからが圧倒的である。

 ――それで良い。それで良かった。
 一体全体何が起きた?

 意味が分からないのだが、これは僕、行かないと駄目なのだろうか……。僕には同性愛の趣味はないのだが。

「きっと隊長が魅力的すぎて、これまでの前例なんてどうでも良いと綾斗様は思ったのでしょうね!!」
「……そんな事は無いよ……」

 直緒の前で僕は、長く瞬きをしながら告げた。顔が引きつりそうだ。

 そんなわけで、午後の授業など何も頭には入ってこなかった。バックれたい。マジで。しかし、そうすれば、僕の親衛隊長としての立場が危うくなる。

 悪くすれば、『綾斗様のお誘いを断るなんて!!』と言って、制裁に合う。

 制裁の内容は、ここはお上品な学園なので、最悪でも机の中に増えるわかめを入れられる程度だが、地味に痛い。本当。だが僕は、後ろの穴は死守したい。そこで、決意した。

 この際増えるわかめを選ぼう。

 まっすぐ帰宅した僕は、寮の部屋(隊長特権で一人部屋……時に親衛隊会議室になるため)の鍵を閉めた。

 ――夜。僕は現実逃避のため、料理に打ち込んだ。本日のメニューは、ドライカレーだ。すると、八時頃、部屋をノックされた。きっと親衛隊員の誰かが、事後報告を聞きに来たのだろう。どうしよう。

『照れすぎて行けなかった』で良いかな。

 可愛い隊長イメージを崩さない名言な気もする。さて……出るか。制裁にあったら、その時だ。僕は完全に開き直った。

「はーい」

 間延びした声を作りながら扉を開けた。そしてドアの向こうに見えた顔に、反射的に閉めようとした。が、一歩早く足を挟まれた。

「痛! 何閉めようとしてるの?」
「あ、綾斗様……ハハ」
「早く開けろ」

 チーン。と、音がした気がした。耳鳴りか。頭に、鍋でも振ってきて激突したような気持ちだ。いや、盥だっけ? 僕はお笑いには詳しくない。造詣皆無だ。

「歌織ちゃーん? 何で閉めてんの?」
「は、はい、今……」

 仕方がないので僕は扉を開けた。すると中に入ってきた綾斗様が、後ろ手に鍵を閉めてから、僕に詰め寄ってきた。僕の背後は壁だ。

 瞬間、ドンと音がした。壁ドンされた。壁に綾斗様の手、顔がすごく近い場所にある。こうしてみると本当にイケメンだが、イケ限など僕には通用しないからな! ドキドキしているのは、純粋に、壁をドンとされて”恐怖”しただけだ。トキメキではない。

「六時って言ったよな?」
「ハは……」

 空笑いと『はい』が混ざってしまった。

「俺がどれだけ勇気を出したと思って……!」
「はい? 勇気?」
「歌織ちゃんに折り入って頼みがあるの」
「な、なんですか?」

いつも笑っている綾斗様の真面目顔に怖くなりながら問う。

「――実は俺、童貞だから、その……」

 僕は耳を疑った。