2:親衛隊長、聞き流す!



「歌織ちゃんは慣れてるって噂だから、あー、だから、その」誰がだよ! 慣れていてたまるか!
「絶対秘密な。俺にヤり方教えて……!」

 ちょっと待て。何だと?

「ど、どうして僕が……えっとぉ、僕なんかに?」

 これまで何人も親衛隊員を部屋に呼んでいただろうが! しかし腐っても僕はこやつの親衛隊長! 一応へりくだってみた。

「今まではそのぉ、どうしていらっしゃったんですか?」
「デコチューして誤魔化してきた!」
「は、はぁ……」

 そう言えばみんな口をそろえて『優しかった』と言うな。エロではなく、デコチューだったのか?

「では、今後もその路線で良いのでは?」
「それじゃあ好きな子相手に困るでしょ」

 いやあの、おいおい、僕は練習台ではないぞ!
 確かに通常なら、『それでも良い』とか言って喜ぶべき所かも知れないが、無理だ。

「好きなお相手にご相談されては……?」
「……うーん」

 いや、「うーん」じゃなくて。本当、コイツ最低だな! しかし話は変えられそうだ。

「あ、綾斗様には、お好きな方がいらっしゃるのですか?」

 これだけでも学園の一大ニュースになるな。

「うーん? うーん。うん。多分な」

 なんだよその煮え切らない答えは。本当は僕、興味ないからな!

「気になりますぅ!」
「聞いてくれる?」
「はぁい。勿論ですぅ」

 よっし、のってきた。聞いてやる。それで後ろが阻止できるのであればな! しかし綾斗様、顔が真っ赤になっている。なんという乙男。

「出会いは、入学式だったんだ」

 ――? 最近仲良いし、てっきり王道君かと思ったら、違うんだな。
 ちなみに僕と綾斗様の出会いも入学式だ。遅刻しそうになった僕が(普通に寝過ごした)、走っていた時ぶつかったのだ。向こうは食パンをくわえていたので、さっさと食って歯を磨くか、女の子になって出直せと思い、苛立った覚えがある。確か桜の木の下だったな。

 で、向こうは家庭の事情で遅刻したと言っていた。そして二人で会場に静かにはいると、なんと隣の席だったのだ。これは、綾斗様が中等部から外部入学してきた頃の話しである。

 それで、僕はその後、ぼけっと式辞を聞き流しつつ、スマホでパズドラをしていたので、いったん綾斗様のことは意識から消えた。誤算だったのは、こやつがイケメンだったため、一緒に会場へ入ってきた所を見られたので、後々周囲から、どういう関係なのかと問いつめられたことだ。

 しかたがないので、「見ているだけで満足で……」と言っていたら、親衛隊長になってしまったのである。虐められないし、いっか、というノリで僕は引き受けた。

「桜の木の下で、ぶつかった。花びらで視界が霞んでいる中で、はっきりと俺には見えた」
「ほう」
「ひとめぼれだったんだ。こんなに愛らしい”男”が存在するとは思わなかったんだ」
「へぇ」
「――どうせお前は覚えてないだろうな。何で親衛隊なんかに入ったんだよ! 全然話せなくなっちゃって……」
「で、相手は誰なんですか?」
「は?」

 あんまり良く聞いていなかった僕の前で、綾斗様がポカンと口を開けた。僕の特技は聞き流すことなのだ。人の話は八割方聞いていない。だから要点だけ、教えて欲しいのだ。

「いや、今の流れ的にお前――」
「僕が何か?」
「え、いやだから、お前」
「?」
「歌織ちゃん」
「何ですか?」
「……好きなんだけど」
「だから誰が?」
「え。ええ? え、だ、だから……あの……」
「綾斗様なら大丈夫ですぅ。告白すればいけますよ!」
「……」

 綾斗様が黙ってしまった。やっぱり、いくらチャラ男でも告白には勇気がいるのだろうな。背中を押してあげよう。

「まずは、遊びに誘ってみるとか!」
「……歌織ちゃんはどこに行きたいの? っていうか、フるんならきっぱり……」
「フラれたんですか!?」

 なんだと? それこそ学内一大ニュースじゃないか!

「え……あ、あのさ……と、とりあえず、どこ行きたい?」
「えーっと、僕は、シンガポールに行ってみたいな」
「遠っ!! もっと近場で次の休みに行けるところ!」
「休みに……? 学園から出られないんですから……うーん……親衛隊長としては、綾斗様のお部屋ですぅ」
「今日来なかったよな」
「――!! あっと、じゃあ……食堂の二階!! 生徒会役員専用席!!」
「そんなの休みじゃなくても行けるじゃん。明日行く?」
「止めた方が良いですよ。好きな相手に迷惑がかかります。制裁されちゃいますよ!! 食堂なんて目立つ場所!!」

「えっ、歌織ちゃんに制裁できる人とか居るの!?」
「え? 僕は、そりゃ……えーと……うーん……」

 いるだろうが、咄嗟に出てこない。

「僕のことより、綾斗様の好きなお相手です!」
「もしかして、というか、四年間見てきて思ったけど、歌織ちゃんて人の話聞いてないよな。そうでしょ?」
「えっ……」

 僕は言葉に窮した。