3:親衛隊長、学食に行く!




とりあえず僕らは立ったままだ。そこに気まずい沈黙が横たわって
いる。本当気まずい。

「あ、あの……綾斗様……こ、珈琲でもいかがですか? 淹れさせ
て下さい」
「……」
「あちらのソファに」
「押し倒して良い?」
「砂糖とミルクはいらないんですよね」
「聞いてる?」
「親衛隊情報で、綾斗様の好みはばっちり把握致しております!」

 僕はソファに向かって率先して歩き始めた。綾斗様の腕の下をすり抜けたのだ。
 結構緊張した。
 すると綾斗様が溜息をついて、後を就いてきてくれた。
 こうして僕らは何とか席を移ることに成功した。
 珈琲を二つ淹れて戻ると、綾斗様がじっとこちらを見ていた。

「兎に角明日は学食に行こう」
「いってらっしゃい」
「だから……! 歌織ちゃんと二人で行きたいんだって」

 なんだと? 僕は嫌だぞ、そんな針のむしろ。

「好きなお相手と行って下さい」

 この際僕じゃなければ、制裁されてもそのお相手さんが行った方が良いと思う。制裁されているのを見かけたら僕だって、少し助けてあげるくらいのことなら出来るし、しようと思う。

「……お願い、歌織ちゃん。一緒に行こう」
「お願いって」
「どうしても歌織ちゃんと行きたくなった。上の階のメニュー気にならない?」

 別に気にならない。メニュー表など、親衛隊会誌に良く掲載されているからな。親衛隊情報網を舐めるなという話しである。だが、へりくだらないとな。

「気になりますぅ」
「じゃあ明日三限が終わったら迎えに行くから」
「え」
「行くから」
「……」

 何で僕が行かなきゃならないのだ。絶対に行きたくない。もしやこれはあれか。僕をデートの練習台にする気か? なんと言うことだ!

「そんなに俺と行くの嫌?」
「まさか。そんな事ありませんぅ」
「じゃあ良いよな」

 こうして僕は学食は行くことになってしまった。
 その後珈琲を飲むと、綾斗様が僕をじっと見た。

「一つ聞いて良い?」
「はい?」

 聞くんならそんな事言わずにさっさと聞け。

「歌織ちゃんて好きな人いたりするの?」
「僕は綾斗様一筋です!」
「……本当?」

 何故なのか嘘だとばれてしまった。間延びしていない本気っぽい声音で言ったというのに。案外綾斗様って鋭いのだろうか。ただのチャラ男じゃなかったのか。親衛隊活動が忙しすぎて、綾斗様の言動、そういえばあんまり注意を払ってこなかったな。王道君と仲が良いなど目立つことがあれば別だけどな。

「信じて良いの? 信じさせてよ」
「本当ですぅ。信じて下さい」
「じゃあ、チュウしても良い?」
「だ……!」

 駄目に決まっていると言おうとしたら、腕を引かれて、すっぽりと抱きしめられた。そして額に、柔らかい感触がした。感触がしてしまった! なんだと! デ、デコチューされた! されてしまった。

 そう気づいた瞬間、僕は思わず膝を、綾斗様のみぞおちに叩き込もうとしていた。しかし華麗に避けられた。くっ。強敵だ!

「何で蹴ろうとしたのかな?」
「え……て、照れちゃって」
「……はぁ。今日はこれで満足。俺結構純情なんだよ。今、胸がドキドキしてる」
「膝蹴りが怖いんですか?」
「だから違うって……ああ――駄目だ、これ以上ここにいたら我慢できなくなりそう」

 抱きしめ直される。ギュッと綾斗様の両腕に力がこもった。暑いのでさっさと離して欲しい。大体男を抱きしめて何が楽しいのだろうか。

「じゃあまた明日ね」

 綾斗様はそう言うと返っていった。
 安堵しつつ、ドライカレーの制作に戻りながら、僕は一人目を細めた。

 ここまでの言葉が全部チャラ男のチャラ男たる所以のリップサービスだったりして。きっとそうだな。その一環で、ギュッとされたのだろうか。まぁ後孔は死守できたからよしとしよう。

 しかし明日行きたくないな。学校を休みたい。だが実は僕は奨学生なので、授業にはしっかりと出て一定の成績をキープしないとまずい。ああ、どうやって明日逃げよう。そんなことを考えながら、僕はドライカレーを完成させた。


 翌日。
 三時限目の終わり、僕は早めに教室を出て逃げようと思っていた。
 しかし休み時間のチャイムが鳴ったのとほぼ同時に扉を開けようとしたら、一歩早くそこが開いた。驚いて硬直して見上げれば、そこには綾斗様が笑顔で立っていた。

「歌織ちゃん、迎えに来たよ」
「……あ、有難うございますぅ」
「今、どこに行こうとしていたの?」
「っ、あ、そ、その……迎えに来て頂けるとのことで、嬉しくて教室前で待機しようと思って!」

 よし、よくぞまわった僕の口!
 その時綾斗様に手を取られた。そして恋人つなぎをされた。背後の教室からは大歓声があがる。なんと言うことだ! 針のむしろが開始してしまった。まさかこの状態で、食堂まで歩くというのか!

「行こう」
「え、ええ……嬉しいですぅ」

 本当は全然嬉しくない。

「あの、手……」
「これで歌織ちゃんが俺のモノだってみんな分かるだろ」

 誰が誰のモノだって? ありえないからな。僕は女の子にしか興味はない! なにをさも付き合っているようなことを言うのだ。しかも廊下に響き渡るような声で。嫌がらせか? きっとそうだな。僕を制裁に合わせようとしているのか? なぜだ。僕、何もした覚えはないぞ!

 しかし抗議しようと僕が口を開きかけたときには、既に綾斗様が歩き出したので、言うタイミングを逸した。

 それから、あれやこれやと綾斗様が話しかけてきたので、僕は頑張って嬉しそうに笑った。僕は親衛隊長だからな、嬉しそうにしないとな。しかし面倒なことになった。嫉妬の視線がビリビリと跳んでくる。確実に今、僕の敵は増加傾向にあるぞ。

 そんなこんなで、僕たちは食堂へとたどり着いた。

 そして豪奢な扉を抜ける。すると食堂が静まりかえった。
 ああ、気まずい、そう思った直後だった。
 大歓声と拍手が響き渡った。

「綾斗様――!! 孕んだ――!!」
「歌織様――!! 可愛い――!!」
「まさかあのお二人が、手、手!」
「か、歌織様となら……! 何も言えない。お似合いすぎて言葉が出てこない」
「しかたがないよね、あのお二人なら」
「綾斗様、つ、ついに……!」
「これじゃ、学園の華が一人のモノに……! ちょっと毒があるけど!」

 歓声を僕は聞き流した。いつもは僕も叫んでいる方だから、大体内容は想像がつくし。キャーキャー格好いいだ。阿鼻叫喚が今日は混じっているかも知れないが。

 しかしこの歓声すごいな。生徒会役員は耳栓が必要だという噂だったが、分からないでもない。それに綾斗様の人気を再確認した。流石はイケメンだ。

「じゃ、二階行こっか」
「恐れ多いですぅ」

 行きたくない、行きたくなかったが、手を引かれ、僕は転びそうになりながら一歩踏み出した。こうして僕の昼休みは始まった。