4:親衛隊長、オムライスを頼む!



 二階席への階段を上っている間中歓声は止まらなかった。

 早く登ってしまいたいと思っているのに、綾斗様は妙にゆっくりと歩く。とろいな!
 やっと登り切ると、広いその場には、一組しか先客は居なかった。
 綾斗様はそちらに歩いていく。なので当然僕もついていく。

 そこにいたのは、生徒会副会長の、凛堂上総(りんどうかずさ) 様と、王道君(渾名)の広瀬歩美(ひろせあゆみ) 君だった。
 

「上総ちゃん、歩美ちゃん、おはよー」
「おはようございます副会長様、広瀬君」

 綾斗様の声に、慌てて僕も挨拶をした。
 すると副会長(敬称略)が僕と綾斗様を交互に見た。

「やっと告白したの?」
「……上総ちゃん、俺はそのつもりなんだよ」

 そうして綾斗様と副会長が話し始めた。興味がなかったので、僕は王道君を見てみた。
 するとカツ丼を食べている王道君が、所在なさげに、困惑したように僕を見上げていた。

 カツ丼羨ましいな。
 僕はカルボナーラもそうだけど、卵料理が好きだ。

 それにしても王道君は、可哀想だ。理事長の甥っ子の季節はずれの転校生で、生徒会長の幼なじみだった事がきっかけで、生徒会役員が何かと構ったせいで、未だに学園になじめないでいるらしい。僕にも制裁騒ぎの噂が届いてくる。きっと僕が怖いんだろうな。誓って会計親衛隊は、増えるわかめを会費で買ったりしていないが。

 あ、もしや、綾斗様は僕を連れ歩くことで、会計親衛隊が今後王道君に制裁しないようにとでも考えているのではないのか? だから僕をここに連れてきたのか? 思ったよりも頭良いな。そして僕の機嫌も取ろうという腹か!

「歌織ちゃん、窓際の席で食べよう」
「はーい」

 どうやら綾斗様と副会長のお話は終わったらしい。未だに繋いでいる手を僕は引かれた。
 頷きながら促された席まで行き――僕は、初めて来て良かったと思った。

 窓の外には満開の紫陽花が咲いていたのだ。本当に綺麗だ。
 座りながら、僕は窓の外に釘付けになった。

「歌織ちゃんは何を食べる? た、確か、卵料理が、その」
「紫陽花綺麗ですね!」
「え、ああ、うん。そ、それで――好きって調べ……聞いたんだけどな。何にする?」
「あの紫色のが良いですね。青も捨てがたいけど」
「歌織ちゃん、そうだね。あ、あのさ」
「はい?」
「……可愛い。お花が好きなの?」
「何が可愛いんですか?」
「歌織ちゃん」
「……」

 まぁ雰囲気イケメン(可愛い系)目指して、日々努力しているからな。そう言われて悪い気はしない。それはそうとお腹が減った。僕もカツ丼が食べたいな。しかし、親衛隊会誌によると、綾斗様は『卵料理が好きな子を可愛いと思う』と書いてあったから、ガッツリ系肉とはいかがなものか。ここはやはり可愛らしくいった方が良いのだろうか。ただ、卵料理好きという点だけは評価しても良い。

「そ、そうそう、何食べる?」

 僕が無言で居ると、綾斗様が赤面して視線をメニューへ向かってあからさまに逸らした。
 メニュー表を僕に手渡してくれる。

 下の階はタッチパネル式なんだけどな。お礼を言って受け取りながら、僕は卵料理を探した。一番可愛らしくて美味しそうなのは――おおう、オムライス! これなら鉄板だろう。外さないはずだ。

 なにせ王道君が初めて食堂にやってきて大騒ぎになったあの日、王道君はオムライスを食べていて、綾斗様は「可愛いね」と言った。

 だから会計親衛隊内部は殺気だった……わけではなく、会誌の信頼度が増しただけだったな。何せ綾斗様だからな。可愛いなんて言い慣れているだろう。だろうに、何を赤面しているのだ。それにしても値段が高い。おごりなんだろうな、コレ。割り勘だったら今月は破産するな。

「オムライスが食べたいですぅ」
「オムライスね。じゃあ俺は、刺身膳にする」

 綾斗様はそう言うと給仕の人を呼び、料理を注文した。まるで高級ホテルのレストランにいそうな人だった。それから綾斗様は僕に向き直った。

「オムライス、入学式の次の日も食べてたよな」
「ああ、そういえば」

 懐かしいことを僕は思い出した。綾斗様が外部入学してきた翌日、食堂でボッチでうろうろしていた綾斗様と僕は鉢合わせしたのだ。

 そして、座る場所がないのだろうなと察して、自分の正面の席を空けたのである。アレが唯一これまでに、綾斗様とした食事である。

 その際に、食堂での席の取り方をレクチャーしたから、翌日からはうろうろしていても、百獣の王になった気分で僕は突き放してみて見ぬふりをしたものである。

「覚えて頂いていて光栄ですぅ」
「絶対それ思ってないよな」
「っ」

 何故ばれた! そうだよ! 思ってるわけがないだろう! 思わず息を飲んでしまった。

「本当、完全な一目惚れをしてた所に、あの優しさ」
「そう言えばどなたが好きなんですか?」
「……だからさぁ――ああもう! 俺は!」

 綾斗様が何か言いかけたとき、オムライスが運ばれてきた。早いな。
 僕の視線はオムライスに惹き付けられた。

「本気で歌織ちゃんの事が好きなんだよ!」
「すごいですね! このデミグラスソース! マッシュルームが食欲をそそって、それにこの色、匂い!! 先に食べても良いですか!?」

「え、あ、うん」
「いただきます!」

 ――美味しい! 美味しすぎる!! コレをオムライスと呼ぶのであれば、今まで僕が食べてきた一階のオムライスは、ケチャップライスの卵焼きのせに過ぎない(あれも美味しいけど)。人生でこんなに衝撃を味わったのは、初めてかも知れない。僕が大興奮しながら、スプーンを握りしめて感動に震えていると、綾斗様の刺身膳も届いた。それもまた、大変食欲をそそる上に芸術的な見た目をしていた。良いな、生徒会役員!

「歌織ちゃんは、お刺身なら何が好き?」
「サンマです!」
「し、渋いな……食べる? はい、あーん」
「いただきます!」

 反射的に僕は口を開いていた。醤油とワサビの味すら絶品だった。
 世の中にはこのように美味しい食べ物があったのか……!

「はは、俺、ずっとこういうの夢だったんだ」
「僕は夢にすらこんなに美味しい食べ物を見たことがありませんでした! 連れてきてくれて本当に有難うございます!」
「あーん、したことについて何だけどな……まぁ喜んでくれたんなら良いかな」

 僕は無我夢中でオムライスに意識を戻した。ふわふわの卵、何だコレ!
 そんなこんなで、綾斗様の話を聞き流しつつ、僕は絶品オムライスを味わった。

 それから午後の授業が始まる頃合いになり、また手を恋人つなぎされた。
 そして僕は教室まで送り届けられたのだった。


 悪くなかった。しかしなんだか疲れたな。

 そんなことを考えながら放課後になったので、会計親衛隊の溜まり場に顔を出すことにした。恐らく、昨日今日の状況を知りたい隊員で溢れかえっていることだろうし、直緒に全てを任せるのは、悪い。

 そうして歩いていると、進路を誰かにふさがれた。顔を上げると、

 会計親衛隊の隊員、長谷川昴先輩が立っていた。
 長身で、綾斗様と同じくらいの背丈だ。

「隊長」
「はい」

 あ、なんだか嫌な予感がする。制裁開始か? 思わず素で返事をしてしまった。間延びした声を作っている場合ではない。

「綾斗様とは、その、どういうご関係なんですか?」
「ただの会計様とその親衛隊長という関係です」
「本当に?」
「本当です」
「良かった――……っ、俺、隊長のことが好――」

 ガシッと長谷川先輩が僕の肩を叩きながら、何か言いかけた。
 その時だった。

「歌織ちゃんから手を離せ。そいつは俺のだから」

 そこに綾斗様の声が響き渡った。視線だけで振り返ると、そこにはいつもは基本的に笑顔なのに、初めて見るほど真剣な顔をした綾斗様が立っていた。長谷川先輩の手が僕から離れる。

「だけどこの気持ちは抑えられません! いくら綾斗様が恋敵でも!」
「へぇ。俺に勝とうって言うの?」
「負けません!」

 二人が何事か喧嘩を始めたとき、僕は近くにカタツムリがいるのを発見した。
 思わず歩み寄る。
 それから暫く眺めていると、長谷川先輩が走り去っていった。

「歌織ちゃん、気をつけて」
「はい?」
「嫌、俺が気をつけた方が良いのか。歌織ちゃんモテるからな」
「……」

 なんだそれは。嫌味か。僕は自慢じゃないがモテないのだ。親衛隊長なんて怖がられてなんぼだと日々自分を納得させるくらい、男にもモテない。普通は男が男にモテるっておかしいだろうが、この学園ではそれが真なのだ。

「どこに行くの?」
「ちょっと隊員のみんなの所に」
「俺も行って良い?」
「え、良いですけど……みんな喜びますし」

 うん、それに綾斗様が来たら、とりあえず今日は制裁もされないな。
 と言うことで、僕たちは二人で、溜まり場へと行くことになったのだった。