5:親衛隊長、溜まり場へ行く!
会計親衛隊の溜まり場は、日向会館の三階のテラスにある。
古い洋館で、壁には緑色の蔦が這っている。僕はこの場所が好きだ。
広いテラスには、テーブルクロスをかけた丸い大きなテーブルがある。
ここでお茶会をするのが、親衛隊の日課だ。そして、いかに綾斗様が格好いいかについて日々語り合っているのである。僕も良く心にもないことを言っている。そこまで、本日僕は、再び恋人つなぎをされて連行された。何故手を繋ぐ必要があるのだ! もうこうなったら、僕は逃げないというのに。
「こんにちは、みんな。元気?」
到着しても、固く僕の手を握ったまま、綾斗様が満面の笑みを浮かべた。このちょっと軽薄に見える笑みが大人気だ。確かに格好いいのは僕も認めよう。
「綾斗様……!!」
「お話ししたかったです!!」
「綾斗様のお顔が見られただけで今夜は良い夢が見られそう」
「綾斗様! 良かったですね!」
「本当! 隊長も良かったですね!」
何も良くないなと思いながら、僕は隊長席へと視線を向けた。そこに座りたいのだが、それは綾斗様に用意された席の真正面になるので、手を離してもらえないと座れない。座れないと腰痛になってしまう。僕は結構肩や腰がすぐにいたくなってしまうのだ。そうだ、隊長挨拶をしなければ。
「今日は綾斗様をお連れ致しましたぁ。みんな、綾斗様のご厚意ですぅ、楽しんでねっ」
こんなモノで良いだろう。うん。
するとワーッと歓声が上がった。
さて、座ろうと、手を何とかしようと僕は握ったり開いたりしてみた。
「今のなんか可愛かった。もう一回やって」
「え? 何がですか?」
「手」
すると綾斗様にそんなことを言われた。空気を読んで早く手を離してくれないものか。
だがしかたがないので、ムスンデヒライテ、みたいなことをしてみた。
再びワーッと上がる歓声。何故だ。
「歌織ちゃんの隣の席、開けてもらっても良い?」
その上、綾斗様がそんなことを言った。威勢良く、僕の隣の席の直緒が立ち上がり大きく頷いた。
「は、は、はい! ど、うぞ!」
その上、白いレースのハンカチを椅子の上に敷いた。別に綾斗様相手にそんな気遣い必要なさそうだが、逆の立場なら僕も同じ事をした自信がある。
手を引かれる形になり、僕は席へと向かった。ただ、良かったとは思う。
これで腰痛は回避した!
「それでお二人の馴れ初めは何だったんですか?」
「どちらから告白なさったんですか?」
「二人はなんて呼び合っているんですか?」
さて――始まった。僕と綾斗様は付き合っていない。しかし誤解が確実に生まれている。これは巧妙なイジメなのだろうか、やはり。まぁ、良い。増えるわかめなどの直接的被害がない限り、僕は聞き流して生きていこう! ああ、そこのスコーン美味しそうだな!
「俺が告白したんだよ」
「それでそれで結果は?」
「お二人が一緒と言うことは、おめでとうございます!」
「ずっとずっと応援してました!」
「歌織隊長が相手なら全然良いです。許せます。あ、許すなんて上目線でごめんなさい!」
「それがね……まだ付き合ってる訳じゃないんだ」
みんな元気だなと思っていると、ピシリと急に場が静まりかえった。
まずい、聞いていなかった。なんだ。何を言ったんだ綾斗様。
「ま、まさか……隊長?」
直緒が、ゴクリと唾を飲み込んでから、僕を見た。なんだろう。僕がどうした?
「なーに?」
「綾斗様の告は……お話を、ちゃんと聞いていなかったのでは……?」
「まさか! 綾斗様のお言葉なら一言一句聞き逃したりしないよ!」
「「「「「「……」」」」」
僕の答えに、直緒も含めて、その場にいた他の親衛隊メンバー達が半眼で僕を見た。
ま、まさか、制裁開始か!? ど、どうしよう!
「――歌織ちゃん、今日『も』お部屋に行って良い?」
そこへ綾斗様が言葉を挟んだ。すると周囲の空気が一気に和らいだ。
さすがだ。
「『も』ですか」
「良かった、二人の仲は順調ではないのかと……!」
「てっきり隊長がまた話を聞いていなかったのかと……!」
「違うよ、隊長は聞いていないんじゃなくて、頭に入ってないんだよ。右から左に抜けていくんだ。要するに、聞き流してるんだよ!」
「違いが分からないよ! 兎に角隊長は、可愛いから良いんだよ!」
「そうだね!」
「それより綾斗様、絶対に他の方のお部屋には行かないのに……」
「ね。本命のお部屋にしか行かないって」
「隊長のことはやっぱり特別なんですね」
「僕、綾斗様に恋愛相談を受けてから、ずっと応援していました」
「僕も!」
「俺も!」
「それで歌織隊長、そ、その、初めての二人の夜はいかがでしたか?」
再び周囲が静かになった。今度は綾斗様はどんな爆弾発言をしたのか。僕はスコーンにクロテッドクリームを塗りたくることに必死で全く聞いていなかった。直緒が入れてくれた紅茶のカップをじっと見る。それから、皆の視線が僕を向いていることに漸く気がついた。
「……えっと」
何だ? 僕の発言待ちか? どうしよう。怒濤の親衛隊トークを全て聞き取ることなど誰にも不可能だぞ。特に綾斗様クラスタは酷い。酷いが、そこが面白いんだよね。だから僕はみんなのことが大好きだ。
「歌織ちゃん。昨日の夜はどうだったかって」
喉で笑いながら、綾斗様が言った。なんという助け船。敵船から救護艇が来た気分だ。僕は海軍に入隊した気持ちを味わった。
「は、恥ずかしくて、つい言葉が出てこなくて……」
それにしても、どう、って何が?
「やはり、その、あの、ヤったのですね!」
今度は直緒に言われた。僕は笑顔が引きつりそうになった。ヤっただと? ヤっていてたまるか! 僕は後ろの穴は死守するのだ!
いやでもあれ待てよ、これまで綾斗様はデコチューをやってきたらしい。と言うことは、これは、デコチューの話しか?
「すごく優しかったですぅ」
「「「「「「キャー!!」」」」」
大歓声があがった。うん、きっとデコチューの話しだろう。だが、紅茶のカップを持っていた綾斗様が盛大に咽せた。ゲホゲホと肩を揺らしている。それから綾斗様は引きつった笑みを浮かべた。
「今夜はもっと優しくしてあげるよ」
「「「「「「キャーキャー!!」」」」」
再び大歓声があがった。最早個々の言葉など聞き取ることは不可能で、僕には、キャーとかキャンとか、そんな擬音で聞こえた。どこから声が出ているのだろう。しかも早口だし。みんな普段は僕と同じで間延びした声をしているくせにな。
「じゃあ早速、部屋行く?」
綾斗様に言われた。確かにこれ以上ここにいてぼろが出ては不味い。
それに、隊員の手前、僕には断るという選択肢が用意されていないじゃないか。
「はーい。幸せですぅ」
こうして、そのまま、部屋に向かうことになってしまったのだった。
勿論恋人つなぎで。