6:親衛隊長、餌付けされる!



 部屋へと着いたので、僕は振り返った。中に何とかして入れないようにしよう!

「今日は楽しかったですぅ! また明日!」
「まだ今日は終わってないよ」
「……」

 部屋の鍵を開けながら告げた僕の隣で、綾斗様がドアのぶを握った。
 握った!
 肝心なところを握られてしまった! 何ということだ!

「優しくしてあげるって言ったよね?」

 全力で遠慮したい。優しくって何をだ! デコチューならもういい!
 結構だ。不要だ。他の親衛隊員に振りまくがいい!

 第一男に優しくされても嬉しくない。

 女の子に優しくされたいんだ、僕は!
 ――だけど女の子いないんだよ……。


「……俺、結構恥ずかしいこと言ってる自覚あるから、無言はやめて」

 僕が沈黙していると綾斗様が言った。何と、自覚があったのか。僕は心底驚いたぞ。だったら言わなきゃいいのに。

 しかしとりあえず部屋の中へと入らなければ……! この際、綾斗様が一緒でも良いのだろうか。悩むところだ。腰痛との二択だ。

「お腹空きましたね!」
「食べるのが好きなんだな」

 好きで悪いか! 生存本能だ! だからなんだ!
 確かに綾斗様は、三大欲求ならば性欲優先かもしれないが……いや、童貞だと言っていたな。人は本当見かけと噂によらないものである。

「自炊してるの?」

 綾斗様が僕の部屋の扉を開けながら言った。僕の部屋なのに……。
 主導権が、僕の手から離れてしまった!

「そうですぅ。今夜は、焼き――」

 大量に焼きそばを作って、満腹になろうと思っていたんだけど……
 うーん……可愛い隊長イメージが崩れてしまうな。

「焼きプリンを作ろうと思って!」
「プリン? それだけで足りるの? ちゃんと食べないからそんなに華奢なのかな」

 うるさい。全く。筋トレしてもあんまり効果がなかったんだよ!
 正直ムッとした。これでも僕は、男らしくありたいのに、華奢だなんて言わなくたっていいじゃないか。確かに可愛い系を目指しているが、可愛くたって僕は男らしくありたいのだ。

「綾斗様はスタイルが本当によろしくて格好いいですね!」

 ちょっと毒を込めて言ってやった。
 しかし、僕の言葉に綾斗様は、な、何と激しく照れて真っ赤になってしまった。

「え、あ、ありがとう……! すごい俺今嬉しい」
「え、え、えっと……恐縮です」

 なんだか素直に取られたからこちらまで恥ずかしくなってきてしまった。
 実際、綾斗様はスタイルが非常にいい。
 均整の取れた体格は、密かに僕の憧れといえば憧れだ。こんな風になれたらな、という意味合いで。何というか、しなやかで、明太子みたいなイメージだ。明太子といえば、そうだ、うまい棒を貰ったんだった!

「そ、そうだ! 俺にもプリン食べさせて」
「やっぱり今夜はうまい棒にしますぅ」
「え?」
「昨日、長谷川先輩がくれたのを忘れていましたぁ」
「……長谷川先輩……」
「綾斗様は何味が好きですか?」
「うまい棒詳しくないからわからないんだよね……うまい棒……やられた!」
「?」

 何をやられたというのか。
 確かにこの学園、世俗的なお菓子を手に入れることには大変苦労するから、うまい棒のようなお菓子は、特に初等部の頃からここにいる僕みたいな者にとっては絶品だ。もしかして綾斗様は、すごくうまい棒を食べたいんだろうか?

「俺も餌付け……じゃなかった、えっと、そうだ! 俺の手料理食べたくない? 結構自信あるんだよー」

 男の手料理を食べてもな。手料理のところしか聞いていなかったが、製作者は男に違いない。何せここは教職員も含めて男子校なんだからな。まぁ作るのが面倒な日がないわけでもない。

「食べたいですぅ」
「じゃあ今夜は俺が作るよ。俺の部屋に来なよ」
「え」
「俺の手料理じゃ不満?」

 当たり前だ! すごく不満だ。しかもここまで来て、綾斗様の部屋に行くだと?
 なんて面倒なんだ。

「今ある材料だと、カツ丼くらいしか作れないけど」
「お邪魔します!」

 何ということだ、ここに来てカツ丼が食べられるだなんて!
 僕は揚げ物が苦手だからなかなか作れない。というよりも、揚げた後にさらに一手間かける気力がなかなか出ない。だからカツ丼を作れる人を尊敬する! 初めて綾斗様を尊敬した!

 こうして僕は、綾斗様のお部屋に行くことになった。恋人つなぎで。
 途中ですれ違った生徒たちがみんなこちらを見ていたから、いよいよ制裁に注意しなければならない。明日からはジップロックを持って行かないとな。ワカメの処分は大変だ。

「どーぞ。あー、歌織ちゃんが部屋にいるとか緊張する」
「お邪魔しますぅ」
「抱きしめていい?」

 部屋に入ってすぐに、何か言われたと思ったら抱きすくめられた。
 温かい感触に、自分とは違う体温に、一瞬だけドキリとした。
 どんどん腕にこもる力が強くなって行くから、驚いて綾斗様を見上げると、何かを噛みしめるように目を伏せて笑っていた。幸せそうだ。何かいいことがあったのだろうか。あれか。好きな相手とやらを、脳裏に再生して、代わりに僕を抱きしめて浸っているのか?

 酷い話だ。問題はそれよりもだ。

「綾斗様ぁ、僕すごく欲しいですぅ」

 早くカツ丼が欲しい! 僕はそのためにここに来たのだから!

「っ」

 しかし綾斗様は息を飲み、急に硬直した。僕に回っている腕もこわばった。まさかカツ丼は嘘だったんじゃないだろうな?

「……もう一回言って」
「カツ丼が欲しいですぅ」
「か、カツ丼か……いやそうだよなわかってるよ、わかっていたよ俺は! 俺が欲しいわけじゃないことくらい!」
「? 作るのは綾斗さまですから、綾斗さまは必要ですよ?」
「俺には違った意味で歌織ちゃんが必要だから、いくらでもカツ丼くらい作る!」
「お願いしますぅ」

 そんなやりとりがあってから、僕はソファへと促された。座っているとコーヒーが出てきた。僕はミルクと砂糖を入れながら、ふぅふぅと冷ました。猫舌なんだよな。熱いのを飲むと火傷しちゃうんだ。

 僕はソファの上で足をバタバタさせながら、カツ丼の到着を待った。
 しかし料理している綾斗様もこれまた黒いエプロンをつけていて様になっている。
 イケメンを観察することでイケメン力がupするかもしれないと思い、僕は凝視した。

「歌織ちゃん……」
「はーい?」
「そんな風に見つめられると緊張しちゃうんだけど……嬉しいんだけどな」

 違う、見つめていない! 断じて違う! しかしへりくだらなければ! これは親衛隊長だからではない。カツ丼への愛ゆえだ。

「嬉しいだなんて光栄ですっ、僕も嬉しいです」
「っ」
「綾斗様のお部屋にお邪魔出来て二人きりだなんて、キャッ」
「絶対それ思ってないよな」

 なぜバレるのだろうか……! 僕は演技に自信があるのだが。初等部の頃はクラスの出し物でよくお姫様役をやった。演技力をかわれたのだと思っている。僕にしかできないとみんなに力説されたものである。みんな可愛かったと言ってくれた! 僕男なのにな!

 そんなこんなで、カツ丼が完成した。

「どう?」
「十段階評価で言うとBですね!」
「なんかそれ評価方法おかしい上に微妙な採点なんだけど」
「間違えた、ABC評価でした!」
「分かってるよ……うまい棒とどっちがいい?」
「……………………………………」
「そんなに考え込まないでよ……」
「……カツ丼、かな?」
「疑問系かよ! よし、今日から俺もっと腕を磨くから毎日食べに来て」
「はい!」

 ここまで来たら綾斗様の進歩を見届けてやらねばならない気がしてきた。
 僕は隊長職をやるだけあって、責任感は人一倍強いのだ。

「やった。これで毎日歌織ちゃんに会える」

 僕は、いきなり笑い始めた綾斗様の言葉が、耳に入ってこない状態になった。真剣にカツ丼と向き合うことにしたのだ。噛めば滴る肉汁。決して不味くはない。だが、家庭料理感が半端ない。もっとこう、定食屋さん風がいい。人生で一回しか定食屋さんには行ったことがないし、実家はお寺だから精進料理しか出てこないから、全部想像なんだけど。ただ僕はこのカツ丼、嫌いじゃない。嫌いじゃないぞ!

「綾斗様、好きです!」
「!」
「ずっと、その」

 料理の腕前が上がるのを応援しています! と、言おうとした。
 だが、唇を片手で抑えて、綾斗様が目を伏せた。

「ごめん、やばい、まずい、勘違いなのはわかってるんだけど、本当やばい」
「何がですか?」
「好きな人に好きって言われたら嬉しいでしょ」
「? まぁ嬉しいんじゃないですか」
「……あのさ、歌織ちゃん。俺のこと、好きになってくれない?」
「? 僕は綾斗様の親衛隊長ですよ? もちろん好きです!」
「そういう意味じゃなくて、その――」

 綾斗様が何か言いかけた時、インターホンの音がした。